第243話 この上ないデビュー戦のリザルトなのに、何故か気分はほろ苦い




 実験戦車大隊副隊長である逸見大尉(当時の階級)によれば、

 

『西住隊長が、あれほどやる気とる気を見せなかったのも珍しい』


 と後に語っている。

 まあ、確かに状況的にはそうだろう。

 

 まず、相手が旋回砲塔に75㎜級かそれ以上の大口径砲を積むことがトレンドになってる現状において、75㎜砲は搭載しているが固定装備で、明らかに時代遅れの趣がある”M3中戦車”と、これまた豆戦車と呼びたくなる”M2軽戦車”だ。

 どちらも史実ではレンドリース初期において、大量に供給された戦車ではある。

 

 おまけに、その戦車にはソ連のタンクデサントもかくやとばかりに、鈴なりにいかにも「民兵です」と言いたげな、統一感のない武装兵が跨乗しているのだ。

 定員オーバーの過積載も良いとこだ。中には咥えタバコをふかしている者さえいた。

 あれじゃあ、戦車が本来の機動をすれば、確実に全員が振り落とされる。

 つまり、「その程度の速度しか出していない」のだ。

 

 

 

***



 

 うん。

 これは解説の必要があるな。

 まず、彼らが旧式戦車に乗ってる理由と、ハーフトラックなどの兵員装甲輸送車を使ってない理由からだ。

 ソ連へのレンドリース品には、当然のように(米軍にもまだ十分に行き渡っていない最新鋭の)”M4シャーマン中戦車”や”M3ハーフトラック”なども混じっていた。

 前者は少数(当然のように米陸軍が「共産主義者より先に自軍に回せ」と当然の要求をした為)だが、後者はそれなりの数があった。

 だが、それらを民兵組織に渡すなど言語道断だった。

 ”ドイツ人相手に戦える戦車”は1両でも多く欲しいし、ソ連は戦車の生産能力こそ高いが、他の装甲車両や非装甲の戦闘車両の生産力が低いので、兵員輸送や牽引に使える車両は宝石よりも貴重だった。

 なので、(余剰分があるので)予備兵力として持ち込みはしたが、「ドイツ人との戦闘には力不足」と判断されたM3中戦車やM2軽戦車が”とある作戦”のために”地元勢同志・・の勢力”に供与されることになったのだ。

 

 さて、その作戦だが……

 背景としては、シリアに配備されている日本皇国陸軍の配備兵力が精々1個軍団、10万人に届くかどうかという”小規模”であり、しかも8割がたが治安部隊であり、国境線に張り付かせている有力な装甲兵力は1個師団程度と米ソが看破したことに始まる。 

 そして、イランにもクルド人はおり、またソ連のイランに対する工作の一環として、一部を民族自立にかこつけた”共産化教育”に成功していた。

 然る後、ソ連はこう唆したのだ。

 

『シリア北東部にはクルド人自治区が制定される。諸君らもクルド人である以上、そこに居住する権利がある』


 最初、ソ連はお得意の浸透工作を行うつもりだった。

 だが、彼らは太古の昔からこの地に住まうクルディスタン・ネットワークを甘く見ていた。

 その情報は、直ぐにシリアのクルディスタン・コミュニティに伝わり、シリアに潜入した”アカいクルド人”は、「人知れず姿を消して」いったのだ。

 実は、このあたりの事情は、日本皇国も事後承諾的に知った事実であるのだが……ただ、「クルド人同士の問題」とされれば、深入りする気も起きなかった。

 

 

 

 この様に強固な民族ネットワークに切っ先を潰されたソ連は、強硬策に転じる事になる。

 それほどまでに、イラン側へ深く食い込んだ”シリア北東部の長い角”に圧迫感を感じていたのだ。

 まあ、当然と言えば当然だ。

 何しろ、もっとも有益なバレンツ海ルートはあっさり潰され、太平洋ルートは陸路が遠い。文字通りペルシャ湾ルートは、ソ連の生命線だった。

 そこが絶えずに圧力を感じるのは、極めて遺憾なのだ。

 そこで、赤化に成功した原住民を武装させ、”実力行使でシリア北東部を乗っ取る”というソ連らしい結論に帰結したが……肝心の武装がなかった。

 これも当然だろう。

 余剰な武装などがあれば、中東の異民族にばら撒く前に対独戦に投入している。

 そこで目を付けたのが、「ドイツ人相手には使えない、アメリカからの貢ぎ物・・・」だ。

 要するに、ソ連は共産化に成功したクルド人を鉄砲玉に使うことを提案し、アメリカはそれを容認した。

 このような「米露の中東人に対する認識(除くイスラエル)」は、戦後も……いや、21世紀に入ってさえも本質的には変わってないように思える。

 

 

 

 だが、彼らは肝心のところで手を抜いてしまった。

 イランにやって来たアメリカ軍人は、アメリカン・ウエポンの「使い方」を教える為の指導教官(技術指導員)であり、実際に戦場で指揮をするタイプではなかったのだ。

 アメリカの「兵器の使い方を教えればロシア人は戦える」という判断からだった。

 実際、彼らは「イランにて教導」を行うのであり、欧州の奥地へ派遣予定は無い。

 

 そして、肝心の計画発案者であるソ連だが……軍事顧問団などイランに派遣してなかったのだ。

 いや、むしろ教官職はソ連本国で大幅に需要があった。まあ、あれだけ負けがこめば、兵士の促成栽培は必須であり、教官などいくら居ても需要に供給が追いつかない。

 なので、イランに着任していた武官が教官を代行したのだが……まあ、「戦車以外の車両のない彼らの戦術」といえば、お察しくださいだ。

 

 


***




 だが、”クルド解放戦線”の同志諸兄にも擁護すべき点はある。

 まず彼らは、現状の”明確な国境線”を示されていない。

 いや、そもそもクルド人が住む地域を”クルディスタン”と呼ぶ風潮があるように、そもそもが国を持たない彼らの国境感は希薄だ。

 つまり、彼らは

 

 ”現在進行形で国境を侵犯している”


 という意識はない。

 あくまで今は会敵するまでの”行軍中”であり、既に敵地という認識が無いからからこそ、ここまでリラックスしていられた。

 そして、彼らは「戦車の動かし方を習っただけの、軍人としては素人」であり、サンドブラウンの迷彩塗装や地形に溶け込むように巧妙にカモフラージュが為され、車体をダグインさせた戦車を射程距離外で見つける方法なんて知るはずもなかった。

 そして、乾いた大地に潜む三式戦車の群れとの彼我の距離が2,500mとなった時……

 

「大隊全車に告ぐ。距離2000にて、隊長車の発砲を合図に各自発砲を開始。弾種、”標準徹甲榴弾APCBC-HE”。他の弾を使うなよ? 勿体無い」


 そして、西住は一呼吸置くと、

 

「相手は国境を侵犯した民兵組織、警告の必要はない。一切の躊躇なく殲滅せよ」

 












************************************










 結果は言うまでもないだろう。

 M3中戦車の装甲厚は最大でも51㎜(2インチ)程度。しかも大きな車体正面は避弾経始など考慮されていないほぼ絶壁だ。

 M2軽戦車に至っては、最大でも装甲厚1インチ。これで2,000mの距離から放たれた日本皇国陸軍愛用のAPCBC-HEを止めるのは無理な話だった。

 

 そして、クルド解放戦線戦車群には、数的な優位も働かなかった。

 確かに数こそ100両近くと西住戦車大隊の倍近くいたが、その7割がM2軽戦車だ。

 そして、待ち伏せ&奇襲という圧倒的に有意なシチュエーション……西住は、戦車を1両もダグインを解かせる事なく殲滅してみせたのだ。

 むしろ、敵の乗員と戦車に相乗りしていた者達の大半は、どこから撃たれたのかわからないままこの世から解放されたに違いない。

 三式戦車の最大射程は3,000mとされていたが、これは照準器の測距限界であり、基本的には固定目標に榴弾など撃ち込む際に用いいられる”最大射程”だ。

 しかし、この距離では虎の子の”高速徹甲弾”を用いても、あまり有効打を与えられない可能性があるという事、また照準が酷く難しい事から、対戦車戦の場合、最大以遠2500m以内での砲戦が推奨され、また、数多の実戦からのフィードバックの結果、対戦車戦の標準交戦距離は1,300m程度になると想定されていた。

 そのような条件で、現行から43年後半までに登場すると予想される他国米ソ戦車に勝利できるよう設計されたのが三式戦車であるが……

 2,000mでの発砲は、「十分に敵をを引き付けて、狙いすまして撃った」砲撃であり、また最短の交戦距離は奇しくも平均交戦距離とされていた1,300m前後であった。

 この時に撃たれたM2軽戦車は、徹甲榴弾にも関わらず車体が縦に貫通されていたらしい。

 つまり、クルド解放戦線を僭称する戦車隊は、敵をまともに見ることなく壊滅したという事になる。

 

 

 

 西住は、追撃の許可を出さなかった。

 それは彼らの仕事ではなかったし、何よりも戦車ごと大半のデサント兵が吹っ飛んでしまった為、深追いする程の価値のある標的が残っていなかったのだ。

 

 そして、クルド人暫定自治機構との盟約に従い連絡を入れる。

 おそらく、程なくシリアのクルド人回収部隊がやって来るだろう。

 運よく逃走にした敵を追うのも彼らの仕事だった。

 何しろ、「クルド人をかたる偽物には一切容赦しない」と宣言しているのだ。きっと熱心に仕事をしてくれるだろう。

 

 それがどのような結果になろうと、生存者のその後は西住達の管轄ではなかった。

 

 

 

***




 西住の胸中に去来するのは、圧倒的な勝利に対して、断じて高揚感などでは無かった。

 虚無感とは、死んでいった者達に対する礼儀を欠くので言わないが……ただただ、この土地の風土に似た荒涼とした、酷く乾いた何かだった。

 

 ”三式戦車のメイクデビュー”として考えれば、パーフェクトゲームは上々どころかこの上ないリザルトではあったが、西住の心情的にはどこかほろ苦さをを感じていた。

 戦場にセンチメンタリズムは禁物だし、プロフェッショナルな軍人はリアリストでなければならない。

 そのような事は頭でわかっていても、

 

「やはり、”射的”や挽肉製造は好みじゃないな……」


 部下の命を預かる以上、最大限の安全マージンを図るのは隊長の義務だが、それでも戦闘を……血が沸騰するような戦闘を望んでしまうのは、熊本の武家長男として生まれた者のサガなのかもしれない。

 

 そんな上官を、何となく従兵っぽい秋山はキラキラとした目で見てたし、副官の逸見は小さく同意の笑みを浮かべていた。

 

 

 


 

 

 

 

 







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