第14章:1942年、世界で一番(物理的に)熱い夏
第240話 復活宣言、そして……枢機卿?
”Я заявляю! Вера будет гордо возрождена на этой земле! !(ここに宣言する! 誇り高くこの地に信仰は蘇ると!!)”
久しぶりにサンクトペテルブルグ市の話題に戻ろう。
”その式典”は、1942年7月17日……最後のロシア皇帝ニコライ二世の命日、24年前に彼とその家族が殺害された日だった。
場所は、サンクトペテルブルグ市の四大聖堂の中から、”血の上の救世主教会”、正式名称”ハリストス復活大聖堂(Собор Воскресения Христова)”が選ばれた。
名前が何よりも今回の式典に相応しいという判断からだった。
ボリシェヴィキによって略奪と破壊が行われた挙句、閉鎖の後に野菜倉庫として使われ「ジャガイモの上の教会」と貶められた大聖堂は、フォン・クルス総督の命により工兵部隊として磨きがかかったリガ・ミリティアまで投入されとりあえず即席ではあるが式典で正面広場が使えるようにまでは修復が進められた。
その日、サンクトペテルブルグ市は一種異様な空気に包まれていたという。
大小を問わない教会と言わず、公的機関全てに”ブルーミントの花十字”の旗{IMG119776}が掲げられ、またハリストス復活大聖堂の正面壁面には、最大限に引き延ばされた在りし日の”ニコライ二世と家族の肖像”写真が掲げられていた。
式典は、ニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ総督の「肖像に捧げる厳かな祈り」から始まった……
「偉大なるロシア帝と、その穢れ無き家族の魂に安寧と救済を(Мир и облегчение душам великого Российского Императора и его чистой семьи)……」
そして、彼は振り返り、サンクトペテルブルグ四大聖堂の主教(司教)を任された四長老に見守られる中、演台に立つ。
《b》”В этот день, в это время, в этом месте я клянусь покойному императору.(我はこの日、この時、この場所にて今は亡き皇帝に誓おう)”《/b》
”Я заявляю! Вера будет гордо возрождена на этой земле! !(ここに宣言する! 誇り高くこの地に信仰は蘇ると!!)”
”Я как Иуда Искариот!(我はイスカリオテのユダに同じ!)
Не для верующих!(信徒に非ず!)
Не апостол!(使徒に非ず!)
Ничего, кроме святого!(聖者に非ず!)”
”Но я клянусь!(されど誓おう!)
Свобода религии обещана стране, где развевается флаг моего «Креста с голубым мятным цветком»!!(我が「ブルーミントの花十字」の旗が翻る地において、信仰の自由は約束されると!!)”
”Люди Петербурга!(サンクトペテルブルグの民よ!)
Молись, как хочешь!(好きに祈るがよい!)
Кому бы вы ни молились, на этой земле больше нет никого, кто осудит ваши молитвы! !(その祈りを咎める者は、もはやこの地には誰もいないのだ!!)”
”Люди!(民よ!)
Наслаждайтесь свободой религии! !(信仰の自由を謳歌せよ!!)
Это мое единственное желание! !(それが我が唯一の我が望みなり!!)
Давайте защитим его от моего имени! !(それを我が名において守護しようではないか!!)”
************************************
”Под знаменем синего священного цветочного креста!(蒼き聖なる花十字の御旗のもとに!) Благослови все ваши молитвы! !(全ての祈りに祝福をっ!!)”
Слава Богу!(神に誉れあれ!)
Слава нашему генерал-губернатору! !(我らが総督閣下に栄光を!!)
Молот суда для всех коммунистов! !(全ての共産主義者に裁きの鉄槌を!!)
割れんばかりの民衆の歓喜の声がサンクトペテルブルグで響く中、(おそらくは)世界中に中継ないし報道されるだろう内容に……
「毎度毎度のことだけど、あの人、本物の阿呆でしょ……」
俺こと小野寺誠は盛大に溜息を突くのだった。
ドモドモ~、なんかお久なオノデラ大佐っス。
いや~、今日も我らがフォン・クルス閣下は元気一杯、盛大に”やらかして”ますなぁ~。
信じられるか? 今回のイベント、会場選びから演出まで来栖さんが自分で1から考えたんだぜ?
「狂信者大量生産してどうするんですかってもんです。そこんとこどう思いますか? ”ハイドリヒ長官”」
俺は視察と称してこっそりとサンクトペテルブルグ入りしていたNSR長官、”黄金の野獣”殿に問いかける。
ところでこの人、いつの間に俺の隣に陣取ってたんだろ?
もしかして、”NINJA”だったりする?
そういや、前世で何故かナチだかネオナチだかの構成員が、変なニンジュツ使う作品があったような?
「実に良い。大変に良い。大いに結構だ」
棒読みじゃないのが救いだろうか?
「わかってると思いますが……クルス総督、思いっきり”亡き皇帝陛下に誓って”、”自分がロシア帝に
間違いなく演説の草案、読んでる……というより相談されてるよな?
(あの人の外交センスの無さというかハチャメチャで奇天烈っぷりは認識してたつもりだけど、まさかここまで斜め上だとは……)
いやさ、普通に考えて”今は亡きロシア皇帝に祈りを捧げる”って演出からもう色々とオカシイんだよ。
死者に敬意を払うつもりなのは良いさ。日本人としても共感できる。
前世も今生も、ロマノフ王朝の最後には、同情すらする。
だけどさ、
(やり方が致命的に間違ってないかい?)
まず、”アンタいつからロシア人になったんだよ?”というツッコミは当然としても、今回の演説って常識的に考えて”ロマノフ王朝の
そいつはサンクトペテルブルグの担い手なんてちゃちい話じゃない。
ロシア帝が守護してた旧ロシア正教の全てを守護するって言ってるに等しいんだ。
いや、むしろなぜ正教会長老は止めなかった?
それに来栖さん、”信仰の自由”は認めても、ロシア正教の復活は言ってなかったろ?
だって帝政ロシアって国はもうない訳だし。
だけど、サンクトペテルブルグって”特別自治区”で、正教の主教を四人全員招いての信仰復活宣言って……
(こりゃもうソッコーで外堀埋められるぞ? おそらく内堀も並行作業で埋設だ)
「もしかして、どこの国とは言いませんが、正教会ってもう動いてます?」
「ギリシャ国王は、何処に居て、誰の庇護下にある? フォン・クルスは元々はどこの国籍だ?」
あー、すまん来栖さん。
多分、何をやってももう手遅れだわ。
「”一国一正教”の原則……ロシア正教が帝政ロシア滅亡と同時に消滅判定受けてる以上、障害は表面的には皆無。そういうことですか?」
するとハイドリヒ長官、
「他にも特例として”
いや、”枢機卿”ってアンタ……カトリックの地位じゃん。
ああ、豆知識だけど
原則としては、司教の叙階を受けた聖職者の中から教皇が自由に任命し、任期はない……だったかな?
「別に正教が枢機卿を設けてはならないという法はないだろ? 第一、”守護聖人”などと言ったら、クルスは絶対に拒否するぞ?」
いや、それでいーんかい。
つまりは何か、来栖さん守護聖人とか絶対嫌がるから妥協して特別に枢機卿位階を新設するってか。
「クックックッ。これからは、フォン・クルス”枢機卿
いや、笑っとる場合ちゃうやろがい。
「演説の草案、読みましたよね? こうなること理解してましたよね?」
「では逆に聞くが、オノデラ大佐……君はフォン・クルスを止めるかね? あるいは、”止められる”かね?」
うっ……
「止めないし、止められもしませんね」
そして、ハイドリヒ閣下は満足げに頷き、
「そういう事だよ。フォン・クルスは自由にさせるのが、”
イイ笑顔で言いきりやがりましたよ。
「これで終わりじゃないですよね?」
「これは始まりに過ぎない。バルト海沿岸諸国の王侯貴族は既に動き出してるよ」
きっとそれ、裏から扇動しまくってるのドイツってオチですよね?
「身内にしてやられるとは……お労しや来栖さん」
「オノデラ大佐」
「なんでしょう?」
「君も嗤っているようだが?」
すまない。俺もやはり愉悦要員のクソヤローだったわ。
************************************
後日、正式にギリシャ正教からの《b》”サンクトペテルブルグ正教”《/b》の発足承認と、その旨を記した書簡を持参した四大聖堂を預かる主教(四長老)からの”枢機卿”就任の懇願をクルスは受けた。
「どうしてこうなった……」
いや、
それすんげー今更の上に、完全に自業自得だってばよ。
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