第239話 ”Ob-La-Di, Ob-La-Da”




「ああ、”お前も”か……」


「予想しなかった訳ではありませんが、貴方様もでしたか」


 それが邂逅した2人、リチャードとドロシーの最初の会話だった。

 1934年の初め、バッキンガム宮殿の事である。

 




***




 王子は人払いを済ませ、文字通り二人きりになった時、こう切り出した。

 

「同郷者……かどうかは分からない。時代も同じ歴史かもわからぬが、”転生者サクセサー”ということで良いのだな?」


「ええ。少なくとも”わたくし”も、『第二次世界大戦で米ソに食い潰され、踏み台にされた挙句に転落した英国』を知る者ですわ♪」


「遠慮がないな? だが、それも良いだろう」


 そして、ドロシーは切り出す。

 

「ねえ、王子様。唐突ですけど結婚しませんか?」


 リチャードは驚いたように、

 

「本当に唐突だな?」


「でも、”私と貴方”が結婚すれば、もしかしたら暗鬱とした未来を変えられるかもしれません」


「ふむ……」


 リチャードは少し考えてから、

 

「本音は?」


「ノルウェーあたりに難癖付けられる前に、さっさと北海油田を開発したいですわ♡」


「パーフェクトだ。”ドロシー・ミットフォード”」


「お褒めにあずかり恐悦至極♪」


 リチャードは豪快に笑うと、


「ふん。まるで”Ob-La-Di, Ob-La-Daオブラディオブラダ”だな」


 リチャードが相対的未来に発表されるかもしれない往年の名曲の名を出すと、


「あら? 私、”市場の歌姫マリー”で満足する気はございませんわよ?」


「奇遇だな? 俺も”髪結いの亭主デイズモンド”に収まる気はないさ」


 二人は微笑みあい、熱く口づけを交わすのだった。

















************************************















 電撃的な婚約に世間が驚いたのは、それからすぐ後の事だった。

 だが、問題とされたのは史実の様な相手の出自ではなく、ドロシーの年齢。

 この世界線のこの時代の英国で婚姻できるのは16歳からで、王家が自ら法を破るわけにはいかなかった。

 現在、ドロシーは14歳……なので、彼女が16歳になってから、正式に結婚する事になった。

 

 ちなみにミットフォード男爵は、自分が王家に連なるものになると知った途端、座っていた椅子ごとひっくり返って腰を強打、ついでにぎっくり腰を患ったらしい。ちゃんと静養して欲しい者である。史実よりも善人な上に、苦労人臭が半端じゃないし。

 

 まあ、それからも色々とあったのだが……それをいくつか語っておこう。

 例えば、男爵家という低い家柄や「若すぎる、いやむしろ幼な過ぎる」と文句をつける(娘を売り込んだのに選ばれなかった)名門貴族も皆無ではなかった。

 まあ、さほどおかしな反対意見ではない。

 家柄もさることながら、1920年生まれのドロシーと1894年生まれのリチャード、歳の差は実に四半世紀以上だ。

 いくら某”アリス”シリーズの作者の生まれ故郷であっても、少々大きな年齢差だ。


 実際、それをネタに王子を貶めようとする動きも、主に赤い勢力からあったようだが……意外なところから援護射撃が飛んでくる。

 そう、ドロシーと懇意にしていた(というか、共同研究もしている)ケインズとケインズ学派を名乗る経済学者グループだ。

 彼らは、ミットフォード男爵との約束で口止めされていた”ドロシー・ミットフォードの天才性”をここぞとばかりに口外しまくり、

 

『天才経済学者になるべくして生まれたドロシー・ミットフォードを”王族如き・・・・”に寝取られるのは悔しいが、ドロシー嬢がそれを望むのなら是非もなし』


 と声明を出したのだ。

 無論、ケインズ学派一門の連名で。つまり、援護射撃は弾幕射撃で効力射だった。

 実は、あの幼い容姿の未来のお后が天才少女だったという話に、英国メディアは飛びつき国民は沸きに沸いた。

 トドメとばかりに今生のケインズは結婚の年である1936年に発表した”雇用・利子および貨幣の一般理論”において、共同研究者一覧に堂々とドロシー・ミットフォードの名を記したのだ。

 意図せずにお后第一候補とは別の意味で”時の人”となった娘……自分もまさかの形で、特に”天才少女の教育方法”についてインタビューを受ける羽目になったミットフォード男爵は、生まれて初めて胃薬という物を購入した。

 何しろ、彼がやったことは娘が望む本を買い与え、それに見合うような家庭教師を雇入れ、ついでに荘園経営や領地経営の片棒を担がせたくらいだ。

 実は構築した経済理論を、荘園経営という形で実践運用し、実際に効果測定できたのはドロシーにとりこの上ない教育になっていたのだが、当然のように男爵にそんな認識は当然のようにない。

 胃腸の強さが密かな自慢だったようだが……ご愁傷様である。

 ただ、一つだけ彼にとって幸運だった事がある。

 ドロシーが話題をさらい過ぎた為に兄と姉、どちらかと言えば不祥事スキャンダルが、多くのマスコミから「些事」とみなされた事だろう。

 無論、左側で王室に批判的なマスゴミ・・・・はそこをせっついたが、多くの国民の反応は……

 

『長女が元ヤンの作家? 次女がレズ? 三女と四女+兄がナチ? 五女がアカ? だから何? それってドロシーちゃんより情報価値高いの? 話題性あるの? 所詮、兄も五人の姉も、ドロシーちゃんに比べれば凡俗だろ? それよりドロシーちゃんの情報をMore Update! ハリーハリーハリー!!』

 

 という塩対応ならぬ塩反応だった。

 どうもこの世界線では”王妃となる「あの蛮族王子」のハートを射止めた天才少女のドロシーちゃんと、他の(どちらかと言えば悪い意味で個性的な)ミットフォード五姉妹+兄”という扱いになったらしい。

 蛇足だが五女、三女と四女への反発もあって共産主義に傾倒したのは良い者の、38年以降の英国でも始まったレッドパージ(ケンブリッジ・ファイブの処断とか)の流れで、英国に居場所が無くなり、アカの天国たるアメリカへ移住逃亡したのが、この世界線での真相臭い。

 

 

 

***




 その後の王族についても語っておこう。

 弟のヨーク公アルフレッドは、兄の説得もあり1923年に結婚し、26年に無事に娘を得た。

 長女……女王となる運命から解放された長女は、”リズベット・・・・・・アレクサンドラ・エリザベス・・・・・”と名付けられ、勝ち気でおしゃまな女の子として成長する。

 

 無論、ちょうど10歳になった頃にリズベットもまた伯父の結婚式へと招待され、公務の一環で参列するのだが……

 

「き、筋肉……」


 それが忙しさにより、7年ほどぶりに見た伯父リチャードへの感想だった。

 ついでに今の自分と背丈が変わらない、下手すれば僅かに低いが胸だけは大きな幼い顔立ちの王妃を二度見した後に、ドン引きしながら伯父の顔を見たという。

 

 

 また、懸案事項だった長男が身を固めることに安心したのか、父であるキングジョージV世は、ドロシーの誕生日を待って盛大に行われた1936年6月1日の”ジェーン・ブライト”の結婚式を見届けた後に眠るように息を引き取った。

 1936年8月の事だった。

 史実より、ほんの少しだけ長生きしたようだ。

 もしかしたら、半年の寿命延長は気力の差だったのかもしれない。

 その死に顔は、実に満足げな笑みを浮かべていたという。

 この偉大なる老王は、遺言にこう書き残している。

 

 ”I was able to see my eldest son get married and also see my granddaughter.(長男の結婚も拝めたし、孫娘の顔も見れた)”

 

 ”I saw what I was supposed to see, and I think I got what I was supposed to get.(見るべきものは見たし、得るべきものは得たと思う)”

 

 ”It wasn't a life full of fun, but looking back, it wasn't a bad life.(楽しい事ばかりでは無かったが、振り返ればそう悪くもない人生だった)”

 

 そして、偉大なる王の崩御を乗り越え、国民の万感の祝福の基に”リチャードⅣ世”は即位する。

 それは確かに、一つの時代の終焉であると同時に”英国の新たな時代”の幕開けを意味していたのだった。

 

 

 

 












************************************










 とここで終われば奇麗なのだが、そうは問屋が卸さないのがこの世界線だ。

 回想を終え、シーンは再び、チャーチル登城の1942年まで戻る。




「でも、いざ蓋を開けてみれば、初夜でいきなり”ヌカロク”キメてくるようなド助平な王様だったんですもの。私、初めてだったのに」


 ちなみに誕生日から逆算すると、その時に長男は”仕込まれた”と推察される。


「そりゃああんまり可愛い反応をするドロシーが悪い。それにあの時は、最後の方はお前も気持ちよくてぐちゃぐちゃになってたろ? 盛大に”黄金の噴水ショー”してたし」


「そ、そういうのは覚えていなくて良いんですっ! それにお金にしか興味がなかった私がこんなにエロエロになった原因は、全部、旦那様なんですからね?」


「はいはい。わかってるよ。俺の可愛いドロシー」


「……ばか♡」


 唐突にイチャつきだす英国国王夫妻に、今度は胃痛でなく胸やけを感じたチャーチルはまたしてもポケットから薬の小瓶を取り出すのだった。




「ところでチャーチル卿、北アイルランド開放を謳う諸勢力に紛れ込ませた”草”たちは元気か?」


「特に何か問題があったという報告は受けてませんな」


「結構」


 リチャード王が頷くと、

 

「陛下、その質問の意図は?」


「今すぐに動くことはない。北部返還を妨害するなど愚の骨頂だからな」


 リチャードはスッと目を細め、

 

「”彼ら”に動いてもらうのは、”北部アイルランドが米国によって基地化される”……その意味を、アイルランド人が正しく理解する事になる、ちょっとした未来の話さ」


 アメリカ人は知らない。

 自分達が気づかぬまま火種を、いや正しく英国製の”着火剤”を丸吞みしてしまった事など。

 英国が伊達や酔狂で長年、アイルランドを支配していたわけでは無いと思い知るのは、ドイツ人との諍いが一段の結末を見せた後……そう遠くない将来の話だった。

 

 















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