第236話 ”The Grenadiers of Richard”が歌われるまでの経緯(王子様の第一次世界大戦)




”戦争だ。戦争だ。我らが待ちに待った大戦争だ”


”やがてこの大戦は、周囲に波及し「世界大戦」と称されることになるだろう”


”諸君、栄光曇る事なき大英帝国の紳士として、我らはこの戦乱の時代に一体何をすべきか?”


”決まっているではないか……”


”戦争を大いに愉悦するたのしむのだっ!!”




 以上、大戦勃発により王立陸軍大学入学を終戦まで無期限延期した陸軍士官学校出の新進気鋭のエリート将校ではなく、栄えある英国第一王子として第一次世界大戦勃発、英国参戦に関して発布した演説の一部である。

 

 英国国民の反応は、「まあ、あの蛮族の王子様だしな」とシニカルに上機嫌だった。

 まあ実際、彼の人物像はこの頃には英国国民に広く知れ渡っていたのだ。

 無論、海軍士官学校での「リンチ返り討ち事件」などで勇名を馳せたわけだが、それ以外にも色々と逸話の多い王子様だった。

 例えば、こんな発言がある。

 

「余はリチャードという名を非常に気に入っている。なぜなら父と祖父以外に英国王として尊敬するのは”リチャードI世”と”リチャードⅢ世”だからだ」


 ちなみにリチャードI世は、生涯の大部分を戦闘の中で過ごし、その勇猛さから獅子心王(Richard the Lionheart)の二つ名で知られ、その生涯のほとんどを戦場と冒険に費やしたという人物だ。

 た・だ・し、10年の在位中イングランドに滞在することわずか6か月……つまり、王様としての責務をほとんど果たしていない。

 しかも、自分の剣をエクスカリバーと呼んでいた。無論、エクスカリバーとは、あの”アーサー王伝説”のエクスカリバーである。

 何というか……かなり”アレ”な、”早く生まれ過ぎてしまった厨二説”がまことしやかにささやかれている。

 

 そして、リチャードⅢ世は、「英国史上、最後に戦死した王様」だ。

 甥殺しや不安定な統治など、王としての能力に疑問符はつくが……彼がヨーク朝の最後の王であり、その人物評は敵であったチューダー朝(新王朝)によって残されたものであり、こっちはこっちで疑問符が付く。

 ただ、リチャードⅣ世曰く、

 

「王として戦場に立ち、味方の裏切りにあったとはいえ、その生涯を戦場で終える。それに一人の王族として、漢として憧れをもって、何が悪いというのだ?」


 英国民の反応と言えば、

 

『うん、知ってた。そういや、こういう王子様だよな』


 と納得顔だった。

 更にこの王子様、第一次世界大戦、正確にはその発端となった”オーストリア皇太子暗殺事件(サラエボ事件)”により、”護身術”を極めたこの王子様、「先見の明がある」と国民からの評価を爆上げしていた。

 英国紳士曰く、

 

『うん。英国ウチの皇太子殿下はあの程度じゃ死なん。むしろ返り討ちにするわ』


 故に史実のエドワードⅧ世が「王位継承権第1位にあるプリンス・オブ・ウェールズが捕虜となるような事態が起こればイギリスにとって莫大な危害が及ぶ」と第一次世界大戦への参戦を時の陸軍大臣キッチナー卿から拒否されているが、この世界線では……

 

『我らが蛮族殿下を参戦させないとは、机に縛り付けられ憤死しろと陸軍大臣は申すのかっ!? あの筋肉は飾りの為に身に着けたのではないのだぞっ!!』


 と国民の声に押され、割りとあっさりと参戦が許された。

 正確には陸軍が国民の「王子様参戦させなきゃ(キッチナーが発起人になった大規模な)徴兵拒否するぞ」との圧に屈し、この世界線のキッチナー卿は胃痛で倒れた。陸軍大臣は悪くないと思う。

 

 

 それはともかく、歴史の皮肉なのだが……リチャードは、”英国擲弾兵近衛連隊グレナディアガーズ”の一員、それも隊長格として第一次世界大戦に参戦して大暴れしているのだ。

 まず、武器が凄い。

 隊長格なのに、彼の戦時中の愛銃は、12kg以上ある”ルイス軽機関銃”だ。

 機関銃手でもないのに、彼はランボーよろしく手持ちでパカパカ撃ってたらしい。

 無論、片手に拳銃、片手にグルカナイフの塹壕戦でも大活躍、投げ込まれた手榴弾は蹴り返すわ、スコップや斧で”真・塹壕無双”をり始めるわ、挙句に素手で”戦場のじんたいのふしぎ展”始めるわ好き放題やっていたようだ。


 実は、ここに面白い話があり……実は大戦末期、戦車兵に転身したばかりのヒトラーは、戦場でどうもリチャードとニアミスしてるっぽいのだ。

 何しろ、彼はカールツァイス製の双眼鏡でばっちりと、

 

 ”菱型戦車(雄型)の車上に陣取り、ドイツ兵から奪ったと思わしきMG08/15シュパンダウ機関銃をエモノに、体に弾帯を巻き付けながら銃型ガンカタモドキの乱射式戦場アクションを繰り広げる、愉悦に満ちた表情の金髪の大男”


 を遠目で目撃している。

 そのあまりに異常な姿に、ヒトラーは何も見なかったことにし、リチャードが陣取っている戦車との交戦を避けた。

 これは明確に将来の英国王が将来のドイツ総統に勝利した構図であると同時に、リチャードの勇猛さと戦闘力、ヒトラーの観察眼の正しさと危機管理能力の高さを裏付けるエピソードでもある。

 

『世の中には、戦うだけで生死にかかわらず、こっちが一方的に馬鹿を見る相手というのが確かに存在するのだな……』


 と後にしみじみと語ったという。

 何やら戦場で磨かれたせいか異能生存体某キュービィー氏じみてきていたリチャードと、銃の扱いはそれなりに高いが、生命体としてのサヴァイヴァビリティが人間の範疇を逸脱していないヒトラーとでは、確かにどっちが生き残るかは火を見るよりも明らかだ。

 

「何が”現代に蘇った獅子心王ライオンハートだ。”アレ”はまさに血に飢えたライオンその物ではないか」

 

 存外、史実と異なり英国に「力試しの一当てだけして後は(イタリアの尻拭いを除き)消極策→停戦」という流れは、この時の体験が影響しているのかもしれない。

 人に歴史あり、だ。













************************************















 さて、このリチャード王子の奮戦と活躍は大いに英国民を鼓舞し、また五体満足で戻ってきたこと(流石に無傷ではなかったが、後遺症の残らぬ軽傷ばかり。いや、どこの本多〇勝だよ)の国民は歓喜の声をあげた。

 最も、反王室的なブリティッシュからは”血塗れの千人隊長(ブラッディ・センチュリオン)”などと揶揄された。

 これは最終的に王子が連隊規模の部隊を任されるようになっていた事に由来するという説もあるが、有力なのは「単独で千人の敵兵を殺した」という戦場逸話を揶揄しているとされる。

 これは都市伝説、いや戦場伝説の様なものだが、一説には「ドイツ全歩兵戦死者の1%がリチャードライオン王子に食い殺された」という逸話もあるようだ。

 もっともリチャード本人にしても国民にしても、これは一種の勲章だろう。

 何しろ本人、本来は反王室勢力が付けた別称であるはずの”プリンス・オブ・バーバリアン”を、どうやら本人の本来の王位継承権第一位の称号である”プリンス・オブ・ウェールズ”より気に入ってる疑いがある。

 

 勲章つながりの逸話であれば、更に英国民が熱狂したのは、”英国軍人の最高の栄誉”とされ、受勲のもっとも難しい勲章の一つとされる”ヴィクトリア十字章”を選考者の満場一致で王子が受勲したことだ。

 まあ、この男を除けば誰が受勲するんだという話でもある。

 それはともかく、さしものリチャードも、

 

「軍人としての評価された事が、”ガーター勲章”の受勲よりも嬉しく誇らしい」


 と珍しく素直なコメントを出したようだ。

 こうして”大武辺ふへん者”としての評価を、ワールドワイドに不動のものにした。

 英国民の昂ぶりはとどまることを知らず、リチャードがグレナディアガーズの一人として参戦したことも相まって、国民歌(軍歌)の有名どころでである”The British Grenadiers”を元に、

 

 ”The Grenadiers of Richard”

 

 なる替え歌を流行らせたほどだ。

 その歌詞の一部を抜粋すれば……

 

”騎士王のリチャードI世も戦場で果てたリチャードⅢ世も、我らがプリンス・オブ・バーバリアンには遠く及びはしない”

”彼らがどれほどの英雄であったとしても、火薬の力を知り、戦場の支配者たる現代のリチャードにはかないやしない”

”2人が束になってかかってきても、勝つのは我らがリチャード王子なのだから”


 みたいな感じである。

 一説には作詞を買って出て、市民に広めたのは、日々兄の活躍をラジオや新聞で聞き読みしていた正統派王子様たる弟殿下、デューク・オブ・ヨークであるという根も葉もない噂がある。

 

 

 

***

 

 

 

 だが、ここで別の問題が起こった。


「ウチの息子が女っ気が無さ過ぎてターフ生える。このままでは王位継承に問題が出る件について」


 芝や草を生やしている場合ではない、新たな人生の難関が脳筋王子に差し迫っていたのだった。












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