第234話 ”特濃”という単語は、果たして王族に対する表現として適切なのかどうかを議論する余地があるのかもしれない




 その日、英国産の政治的古狸ことウェリントン・チャーチルは、彼にしては珍しく憂鬱な気分でとある部屋へ向かっていた。

 ちなみに場所はロンドン”シティ・オブ・ウェストミンスター”の一角にある、もっとも有名な建造物。


 公的には”バッキンガム宮殿”と呼ばれる場所だ。

 本日、宮殿に掲げられている旗は、”王室旗”。つまり、英国王夫妻が在宅である事を示している。

 

(まあ、だから呼び出されたのだがね)


 蛇足ながら、不在の場合は英国旗であるユニオンジャックが掲げられているのが慣例だ。

 ちなみに国王夫妻は、基本的に特別な事でもない限りツーマンセルで行動する。

 何か特別な理由がある訳ではなく、お互いが好きすぎてあまり離れたがらないだけだ。

 まあ、確かに離れないから護衛は楽だし、夫婦仲が円満過ぎて・・・既に第一王子どころか、第二王子、第三王子、第一王女、第二王女まで生まれているのだから、王家は将来的にも安泰というのが実に一国民としてはありがたいが……

 

陛下・・が結婚したのは36年、しかし第一王子のご生誕が翌37年というのも……)


 いや、あの二人にも相応のストーリーがあるのは理解しているが。

 ついでに言うと計算上、ほぼ王妃は妊娠しっぱなしである模様。夫婦そろってタフだ。

 

濃すぎる・・・・のだよ、あの二人は。老骨には、過ぎたる濃度だ。お陰で精神的に胃もたれを起こしそうになる」


 小さくため息をつくという珍しい姿の英国首相……

 哀愁漂う背中に気合を入れ直し、国王夫妻の公務の場であると同時にプライベート空間である国王執務室のドアをノックして開けると、

 

「にょほほほっほほほ~~~~♪ 長年の懸案事項だった治安コストがバカかかる上に利益出さねー赤字確定&含み損の権化、ドクサレ金食い虫共とその巣穴、ようやく縁切り出来ましたわ~~~♡♡♡」

 

 敬愛すべき英国王の膝の上で、幼女が悪役令嬢のごとく高笑いしていた

 全裸まっぱで。

 ごめん。厳密には真っ裸でも素っ裸ではねーや。

 なんか一応ロリボンテっぽいの着てるや。

 隠さなきゃいけないところ全露出だが。

 いや、そりゃここは余人が入らない、執務室という名のプライベート空間とはいえ少々はしたない(?)

 あと、単純に幼女と呼ぶには……具体的に乳デカすぎ、腹ボテ過ぎだ。

 乳は身長の八割以上あるんでねーの?ってくらいの余裕のメーター越え、腹は明らかに”第六子”が詰まっていて、しかも安定期に入っている……というか、臨月間近って感じだ。

 ”コレ”がおそらくは……

 

 チャーチルは、無言でポケットから液体の頭痛薬と胃薬の小瓶を取り出し、飲み下すのだった。

 

 


***




 さて、どっちから紹介すべきだろうか……?


「偉大なる”リチャードⅣ世・・・・・・・”陛下におかれましては」


 あっ、ほんの少しだけ濃度が薄い……ではなく先ずは礼儀としてチャーチルが(内心はともかくとして)恭しく頭を下げた、何やら筋肉と男性ホルモンの擬人化というか……大胸筋の隆起が隠し切れてないが、英国王らしい紋章入りのポロシャツとネイビーブレザー(いわゆる”紺ブレ”。国王お気に入りの仕事着らしい)という装いをサイバーでパンクな服装に変えれば、世紀末な救世主伝説に登場しそうな、それもネームドのラスボス級風格がある男からゆこう。

 まず、外観からして史実のエドワードⅧ世とは別人28号だ。

 エドワードⅧ世は、身長は170㎝と現代の日本人男性の平均身長くらいしかなく、またその……遠慮なく言えば、かなりひょろりとした細身だ。

 まあ、白人男性としては短身痩躯と表現してもそう間違ってはいない。

 対して”リチャードⅣ世”と呼ばれたこの英国王、まず身長からしてエドワードⅧ世より15㎝以上、いや20㎝近く高く、体重は軽く100kgを超えていた。

 太っているわけでは無い。体脂肪率はおそらく10%以下。つまり、国を問わずプロフェッショナルな護衛がしっかりどこにでもついてくる現代王族には不必要な体格と筋肉量を誇っている事になる。


「いつも言っているがチャーチル宰相Vizier Churchill、そういう堅苦しいのは俺は好まん。省いてよい」


「こちらもいつも言っておりますが、私は宰相ではなく英国首相(Prime Minister)です」


「プライム・ミニスターってなんか長くて好きじゃないんだよ。意味は似たり寄ったりだから良いじゃないか。細かい奴だ」


「細かくないですからね。それ」


 これはチャーチルが正しい。

 ”Vizier”は近年だとオスマントルコ帝国での”宰相”という意味で、元はペルシャ語の”ヴェズィール”だ。

 ただし、その由来は更に古く、古代エジプトの”ファラオに仕えた最高官吏”が元々の出所であるらしい。

 ここからわかるのは、古典趣味というか古風を好むというか、素直で英語で表現すればよいものをわざわざラテン語的な言い回しにする暇人の類だろうか?

 

 とはいえ、この全身に張り付いたはちきれんばかりに主張する筋肉は”見世物”用のそれではない事は確か。

 まず現英国王、”リチャード四世”の来歴を、史実のエドワードⅧ世との対比を交えて語って行こう。

 

 先代の英国王、初代ウィンザー朝初代君主の長子として生まれたのは、今生も史実も変わらない。

 ただし、史実のエドワードⅧ世が、即位する前の名が正式には”エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド”だったのに対し、この今生の国王は、”リチャード・アルバート・エドワード・ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド”という感じだ。

 

 まあ、これじゃあ意味が分からないので史実のエドワードⅧ世を例にして名前の解説をしてゆこう。

 まず、本人の名前と呼べるのは、”エドワード”だけだ。”アルバート”は曾祖母のヴィクトリア女王(驚くべきことに彼が生まれた時にまだ存命だった。激動の19世紀に生きて在位63年を誇り、英国の黄金期を築いたガチの女傑)から付けられ、”クリスチャン”は曾祖父の曾祖父のデンマーク国王クリスチャンⅨ世にちなんでいる。

 ”ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド”は洗礼名で、それぞれイングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズの守護聖人をつなぎ合わせたものだ。

 具体的には、

 

  ・ジョージ:聖ゲオルギオスのこと。ドラゴン退治の逸話で有名。

  ・アンドルー(アンドリュー):聖アンデレ。イエスの使徒の一人。

  ・パトリック:聖パトリキウス。アイルランドの国民祝日”セント・パトリックス・デイ”は、この人のお祭り。

  ・デイヴィッド:聖デイヴィッド。実は唯一の英国(地元)出身の守護聖人。


 という感じだ。

 つまり、今生の今上国王は”リチャード”という名前で、アルバートはエドワードⅧ世と同じ理由。クリスチャンから”エドワード”に変わったのは、その由来が曾祖父ではなく、祖父の英国王”エドワードⅦ世”になったから。

 ややこしいが、エドワードⅦ世の王妃の父親が、前述のデンマーク王クリスチャンⅨ世だ。

 まあ、洗礼名は本人が決められるものでもないし、宗教関係には深入りしたくないようなので、クソ長いこと以外には特に文句はない。

 国王本人に言わせれば、

 

 『他の三人はともかく、セント・ジョージ由来というのは、実に良い。ドラゴンスレイヤー、悪くないじゃないか』


 名前に関するエピソードだと史実のエドワードⅧ世は終生、親しい人物から”デイヴィッド”と呼ばれたらしいが、今生のリチャードⅣ世はそれを許しておらず、本人の名前である”リチャード”以外の呼び方は、返事をしないくらいに認めていない。

 

 『本来の俺の物で、即位して残ったのはこのリチャードって名前くらいだ』

 

 


***




 さて、史実のエドワードⅧ世は、英国王(あるいは次期国王)とは思えない逸話がいくつもある。

 まず、幼少期から振り返ってみよう。

 実は、乳母に虐待され、それが発覚してその乳母が王宮から叩きだされるという信じ難いエピソードがある。

 いえ、次期国王に虐待って……

 ちなみにその時に負った心理的外傷が原因で、長く神経性胃炎と双極性障害を患っていた。

 また、大人になってからも、何か自分に気に入らないことがあると、すぐに大声で泣き叫ぶなど年齢不相応に幼い面が多く見られたという人物評もこの幼少期の虐待が原因しているらしい。

 

 対して、この”リチャード”のエピソードは、ある意味、史実より壮絶だ。

 幼少期から痛みに対する耐性が高かったのか、叩いてもつねっても鳴き声どころか唸り声一つ出さないリチャードが面白くなかったのか、こともあろうに弟に手を出そうとしたのだ。

 それにガチギレしたリチャードは、即座に自分の着ていた幼児服を絞って簡易的な紐を作り、弟に迫る乳母の背中に飛びつき後ろから首に紐をかけぶら下がったのだ。

 子供、いや幼児の力だけで女とはいえ大人を絞め殺すのは難しい。それがまるでわかっているかのような行動だった。

 しかも、ぶら下がったまま体を左右に揺らし、遠心力まで使って乳母を引きずり倒すことに成功している。

 その乳母が倒れる音を聞きつけ駆け付けた衛士達が見たのは、乳母の背中に馬乗りになりなおも首を絞め続ける幼い王子の姿だったという。

 そして、その衛士達にまだ満足に喋れるはずの年齢ではないはずなのに、実に流暢なキングス・イングリッシュでこう告げたという。

 

「この女、余と我が弟に無礼を働いたのでな。余、自らが処しているところだ」

 

 まあ、この乳母、一命はとりとめたようだが虐待しようとした幼子に返り討ちにされた上に殺されかけた事(実際、酸素欠乏症になっていたらしい)で半狂乱となり、逃げるように王城から飛び出し、以後行方不明になったようだ。

 まあ、程なくよく似た女の身元不明死体がスラムの路地裏で見つかったという噂もあるが……

 

 

 

 

 

 

 

 要するにリチャード国王は、生まれながらにエドワード国王と違うということが分かったと思う。

 名前だけでなく、その在り方までも。

 だが、それを語るには1エピソードでは短すぎる。

 以後は、王妃との馴れ初めも含めて、次に回したいと思う。

 

 

 














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