第233話 アメリカとアイルランド、その繋がりについて R氏「ボクが一人で原案作った大戦略だよ? 本当だよ?」
さて、米軍が北アイルランド………ではなく、アイルランド島北部から西部にかけて基地を設営するメリットとはなんだろうか?
端的に言えば、欧州への物理的アクセスゲート、橋頭堡の確保だ。
欧州で大規模な軍事行動を起こそうとすれば必ず大規模な集積地が必要になってくる。
また、立地条件から考えても実は北西アフリカへのアクセスも非常に良いのだ。
アメリカ本土東岸主要港からでは、具体的にモロッコのカサブランカまで5000㎞以上6000㎞弱というところ。アイルランドからなら大西洋の安全圏(ドイツの哨戒圏外)を迂回したとしても2500㎞程度。
効率が違いすぎるのだ。
なおも美味しいのは、立地を見ると一目瞭然なのだが……英国本土、即ちイングランド島がまんま”アイルランド島の
(アメリカ的には忌々しい事だが)イギリスはドイツとの戦争を再開する気は露ほどもない。
棚ぼた式に転がり込んできた旧蘭領東インドやアフリカ全域の植民地化に忙しいのだ。
ぶっちゃけ戦争なんてやっている暇はない。連邦の再構築、新領土の黒字化は早急に果たさねばならない。
フランスと違い現役の”日の沈まぬ帝国”は、その運営に必要な労力も運転資金も半端ではない。
だからこそ、地域ごとの独立採算が可能な連邦制(真の意味での”commonwealth”)を目指しているのが今の英国である。
そして、「英国の衰退する未来」を回避するために今日も全力で暗躍する転生腹黒紳士淑女たちがいるのだ。
そんな訳で、戦争から距離を置きたがっている英国の領空をドイツ機が飛ぶことはない。
英国はアメリカ機の領空侵犯も許していないがドイツ機も同じだ。
そして、英国以上に戦争を再開させたくないことが見え見えなドイツ機は、ルール・ブリタニアを遵守する。
そして、総じてドイツ機の航続距離は短い。
勿論、現在租借しているフランス北岸、ブレスト近郊からの基地からなら狙えなくはないが……アイルランド島の北部から北西部にかけて米軍施設が集中すると仮定すると、かなり厳しい物になる。特に戦闘機の護衛を付けるとなると、英国南岸の領空を迂回しての爆撃は実質的は不可能といってよい。
無論、アメリカも同じ条件ではある(つまり戦闘機の護衛を付けるのは難しい)が、如何せん航続距離の長い4発の大型爆撃機の生産数が違う。
例えば、史実のB-17は13,000機近く、B-24に至っては18,000機以上が生産されているのだ。
とても4発機の生産数ではない。史実のゼロ戦の生産数が10,000機を少し超える程度、同じ単発機で単一種軍用機としては最多生産数を誇るIl-2が36,000機ちょっとだったことを考えると、これがいかに異常な数字かが分かると思う。
加えて、どうも米軍が怪しい動きをしているらしく、史実ほどのB-17や24を生産せずにむしろ”アイルランド島から英国領空を迂回し、
また、艦隊戦用ではなく爆撃機の護衛と対地攻撃に特化した艦上機の開発に走っているらしい。
つまり、アイルランド島から戦略爆撃機を飛ばし、それを空母機動部隊で援護する……艦上戦闘機で護衛し、艦上爆撃機で対地攻撃を行いレーダーサイトや高射砲陣地を潰すという算段だろう。
アメリカが本気で物量戦を仕掛けるなら不可能ではないかもしれないが……とはいえ、国内世論はまだそれができるほど覚悟ガンギマリでないことは書いておかねばならないだろう。
加えて、ドイツお得意の潜水艦による海域封鎖が非常にやりにくいという側面もある。
おそらく、北アイルランドが無事にアイルランドに併合されたとすれば、おそらく米海軍北大西洋艦隊の母港はベルファストになると想定される。
他にもロンドンデリーという候補地があるが、条件的にも規模的にはそこが一番適切だ。
しかし、アイルランドの首都であり最大の港であるダブリンやベルファスト港が面しているアイリッシュ海は、ブリテン島とアイルランド島に挟まれた内海であり、ビートルズの生まれ故郷であるリヴァプールをはじめブリストルなど英国屈指の港がいくつもあるのだ。
例えば、アイリッシュ海の南北の海峡、セントジョージ海峡とノース海峡を機雷で封鎖しようものなら、英国船舶に確実に被害が出る。
そうなれば、英国経済にも深刻なダメージが出かねない。
今更、英国人の怒りを買うのはドイツの本意とするところではなく、現在、ドイツ自慢の外洋型潜水艦の任務は主にバルト海、北海、ノルウェー海、バレンツ海、白海の
無論、対米戦が本当に成立したら、流石に大西洋まで長距離哨戒を兼ねた通商破壊作戦はやるだろうが、きっとそれまでは目立った動きは無いだろう。
史実であればインド洋で暴れた”モンスーン戦隊”などもあったし、まあマダガスカル島を本気で基地化する気があるなら今生でも”モンスーン戦隊”は生まれたかも知れないが……
今生のドイツはインド洋は日英の領域と認識しており、あえて(利権があるわけでもないのに)その場所で冒険的作戦を行う理由がなかった。
そもそも、米国だけではなくドイツ軍艦のジブラルタル海峡やスエズ運河の航行を英国は認めていない(申請は受け付けるが許可は出さない)方針を固めているのだ。
これでアフリカ東岸に浮かぶ島へ軍隊を送れという方が土台無理な話なのだ。
むしろ、ペルシャ湾ルートが本格化するなら米軍が占拠する公算が大きく、その前に(商品価値があるうちに)日本か英国に売り払えって話が、真剣にパリで協議されているくらいだ。
忘れてはならないのはドイツが、ヒトラーが望むのは”
ならば、レーヴェンスラウムに特に必要ないと判断された物は優先度が低いのが道理、つまり切り捨てられる。。
存外、ヒトラーは詰将棋とか得意かもしれない。
チェスもそうかもしれないが、この手のゲームの名人は総じて駒の捨て方が上手いらしい。
***
つまり、米国は自分たちも英国を横切って攻撃することはできないが、その分、英国という極めて(政治的に)堅牢な楯を前線基地の前に設置することに成功しているのだ。
更に加えて言うなら、ルーズベルト個人的にも英国、いやいけ好かない英国首相に意趣返しと英国に対する軽い嫌がらせができているのが愉悦だった。
ベルファストの強力な米国艦隊を置き、また大規模な航空基地や陸軍の駐屯地を作る。
そして、アイルランドは晴れて堂々と米国の友好国扱いとなるのだ。
無論、アイルランドがドイツ人と戦うと表明すれば、即座に気前よくレンドリース品を進呈する。
北アイルランドの奪還はアイルランドが英国から独立した時からの悲願であり、またアメリカには英国の圧政に耐えかねて独立の遥か前に北米に移民し、米国人口のビッグナンバーとなった。
そして、アイルランド本土より早く独立戦争で活躍し、比喩でなく独立の原動力となった。
彼らの勢力の強さは、”アイルランド系アメリカ人”と入力しネット検索すればすぐわかる。
きっと驚くような名前の羅列を見ることになるだろう。
例えば、早くも4代目合衆国大統領がアイルランド系移民の直系の息子だ。
彼の生まれは独立戦争より以前で、初代大統領のワシントンの友人だったと記録に残っている。
戦後で有名どころだと、かのケネディ家がもろにアイルランド系筆頭だし、それ以外にもレーガン、クリントン、最近だとバイデンがアイルランド系だ。
つまり60年代から半世紀程度でジョン、ロバートのケネディ兄弟を含めれば5人の白人アイルランド系大統領がおり、意外なことに黒人初の大統領となったオバマも、母方がアイルランド系であり、広義な意味では6人の大統領がアイルランド系で生まれた事になる。
また、21世紀においては、アメリカの総人口の約12%がアイルランド系移民の末裔とされている。
このようにとても繋がりが深いアメリカとアイルランド。
繰り返すが、初代の移民も含めアイルランド系アメリカ人にとり祖国の独立は悲願であり、その第一歩となったのは1922年の英愛条約によって決定された”アイルランド自由国”だが、実はこの時は自治領扱いだった。
そして、相対的には僅か5年前の1937年の新憲法の発布によりようやく独立国として承認された経緯がある。
アメリカの独立が、公式には1776年7月4日とされているから、それから150年以上の月日が流れた事になる。
そして史実では現在の”アイルランド共和国”に制定されたのは、戦後も戦後の冷戦時代が既に始まっていた1949年の事だ。
しかし、今生ではそれが随分と前倒しされそうだ。
もう交渉は始まっており、史実では有り得ない北アイルランドのアイルランドへの割譲(正確にはアメリカが購入してアイルランドに譲渡)が公式に行われるのは1943年3月17日、つまりアイルランドの国定記念日である”セント・パトリック・デー”だ。
この日、独立に続く悲願だった北アイルランドがアイルランド人の手に戻ってくる。
そして、北アイルランドの合流により、正式に”アイルランド共和国”として発足する手筈になっていた。
あまりにもあざとく、露骨すぎる。
ルーズベルトは喜色満面だった。
最近では珍しい政治的大勝利であるので、当然だった。
まず、米国は欧州への介入できるアクセスポイントを手に入れられた。
また、北アイルランドに関しては、基地の使用は無制限であり、永年に土地代が発生しない……そういう契約だった。
100年単位の長い目で見れば、実に黒字だった。
また、国内のアイルランド系に対する絶対の指示を稼ぎ出せるのは確定だった。
最重要なのは本土のアイルランド人ではなく、投票権のある”アメリカ国内のアイルランド系アメリカン”にとり、自分が長年の案件を解決したスーパーヒーローになることだった。
これで次の選挙(44年の選挙)も安泰だろう。
何しろ、絶対の支持を取り付けたアイルランド系は揺るぎないメジャーナンバーなのだから。
更にレンドリースに関しても朗報なのだ。
確かに中立法を盾にしてる以上、アイルランドと軍事同盟を結ぶのは反対意見が多いだろう。
だが、念願の「民主主義の友好国」だ。
彼らが対独戦への参戦を表明すれば、港ごと潰れたバレンツ海ルートの物資を回せる事になる。
つまり、無理にレンドリース計画を縮小させる必要は無くなる。
むしろ大腕を振って「自由主義の兵器工廠」を名乗れる筈だ。
無論、長年、独立を巡って実質的に敵対関係にあった英国が、大量の米国製軍需品がアイルランドに流れ込むのに良い顔をしないだろう。
それがいつ報復で自分たちに向けられるかわからないからだ。
だが、そんなことは合衆国大統領である自分には関係ないと、ルーズベルトは考えていた。
そもそも、戦争から勝手に足抜けした英国が、自分達で撒いた種だ。
アメリカだってイギリスから独立したのだから、今更、英国人がガタガタ言うのがおかしい。
仮に武力衝突が起きたとしても、それはイギリスとアイルランドが解決すべき問題であり、自分達の範疇ではないと。
「武器に善悪は無い。武器は持ち込んだ人間に善悪は無く、使った人間に善悪が求められる」
さすがは市民が武装する権利を持つ国の大統領だ。貫禄が違う。
アメリカがソ連支援の為にドイツと直接対決を行うには、準備がまだまだ必要だ。
政治的にも、物理的にも。
だが、やがて来るだろう”飛躍の日”に向けて準備を怠ってはならぬ。
ルーズベルトは、自覚する。
やはり、自分こそがアメリカのリーダーであると。
「”約束の日”は近い……!!」
アメリカ合衆国大統領渾身の大戦略が、今こそ幕開けるっ!!
えっ?
(後々の対英戦にも転用できること請け合いな)武器弾薬の無償供与をちらつかせて、アイルランドに対独戦参戦を要請ってまるで傭兵扱い?
いえいえ、合衆国はそんな無体なことはしませんよ?
ただ、世の中には”
まあ、合衆国が本格的な参戦準備が整う前にモスクワが陥落するのは少々都合が悪いですので、時間稼ぎにお付き合い頂ければと。
こら、そこ。
「どうせ筋書き描いたのは、何時ものように真っ赤っかでインテリゲンチャな取り巻きゴーストライターだろ」とか事実を言ってはいけません。
脚本家や監督のお仕事の一つは、役者に気持ち良く演じてもらう事だから。
本人が「自分の考えた最高にCooLな大戦略」だと思い込んでいるのだから、邪魔しちゃいけません。
それが合衆国市民の義務なのですから。
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