第231話 正調”コノエ節”と汚ねぇ罵り声 ~ペルシャ湾ルートも楽では無いようですよ?~




 インディペンデンスデイに届いた”アルハンゲリスク陥落”の報は、これ以上ないほどアメリカの祝福の空気を台無し・・・にした。

 何しろ、序盤の序盤で「ソ連救援に最も有効で、モスクワに最も近いレンドリース品搬入ルート」が潰され、計画が頓挫したのだ。

 

 無論、太平洋・渤海ルートは健在だが、結局のところそのルートは最終的にはシベリア鉄道の運送力頼りであり、太平洋とユーラシア大陸を跨いで地球の反対側まで物資を届けねばならない長く面倒なルートだった。

 また対日関係が悪化すれば、直ちに使えなくなるかもしれない危険性を孕んでいた。

 ルーズベルトが大統領である以上、日本皇国との関係改善は望めないのは自明の理であった。

 何しろ、ルーズベルトの発言は、日本皇国に知れ渡り、コミンテルンに浸食され尽くされているのに何ら有効な手を打ててないアメリカの内情は筒抜け……というより、アメリカ人より詳しく知っていたのだ。

 

 そして、米ソのマッチポンプでイランを言いなりにした事で得た、史実より前倒しで整備されつつある期待の新人”ペルシャ湾ルート”だったが……

 

ふざけるなっダムファッ○!!」

 

 今日も大統領執務室では、放送禁止用語交じりのルーズベルトの怒声が響き渡る。

 7月の初旬、正確には日本時間の7月7日に、

 

『今日は7月7日、七夕だ。偶には風流な報告でもするとするかねぇ』

 

 というオープニングから始まった各国メディアを集めた近衛首相の発言は、アメリカ……レンドリースを我がことのように考えるアメリカ在住の赤い人々には、明確に不愉快な物だった。

 

 つまり、正統フランス政府(米国式にはパリ・フランスだのオールド・フランスだのペタン・フランスだのとイマイチ安定しない珍妙な呼ばれ方をしている。フェイク・フランスという呼び方をド・ゴールは広めようとしたが、「そうなるとフランス本土に居なく、パリが首都でもないフランスの方がフェイクじゃね?」という至極真っ当な意見により失敗している)から、セーヴル条約以降フランスの委任統治領だったシリアとレバノンの委任統治権を日本皇国に財政難を理由に売却し、日本皇国は対象二国の独立国化を支援するというのだ。

 

『俺も日本皇国の海外の評価、”よくわからん連中”だの、俺を筆頭に”変人窟”だのって言われているのは理解しているが、たまには中東の平和と安定に貢献って奴をしても悪くねぇんじゃねえかと思ってな』

 

 その対価は、リビアでの躍進が伝えられている”アラビア石油開発機構(アラ石機構)”と現地政府で共同開発・運営される油田から産出される石油の日本側分配分から、将来的に現物で支払われる事も同時に発表された。

 ちなみにインドネシアとリビア・シリアの石油バーダー交換の話は、今回は見送られたようだ。

 別に防諜上の理由ではなく、実際にまだ石油の生産が始まってないのに発表するのは時期尚早とされただけだ。

 

 忘れないように言っておくと、今生の日本は樺太油田を持つ産油国で、国内の石油消費程度は自前で賄えるため、石油供給に不安がない事と、ただでさえ戦争税(消費税)10%が39年より導入されているのに、更なる増税がないことに皇国国民は安堵し、また「平和と安定」という耳触りの良い言葉を好意的に捉えていた。

 

 日本皇国本土が直接的な攻撃にさらされてないとはいえ、昨今の話題が戦争関連ばかりで皇国民は少々食傷気味だったのだ。

 今回の話題は、それに対する一服の政治的清涼剤として機能したようだ。

 真相やら部隊の裏側を知らないというのは、実に幸せなことである。

 そして、近衛の名調子はまだ続く。

 

『って訳で、晴れて独立国になって国として安定するまで、皇国の軍隊が用心棒代わりに張り付くって事になっちまったって訳だ。まあ、既に国連を通してるし、関係各国にも話は通してるが、よろしく頼んますってこったな』

 

 起きたのは失笑。

 その意味は、

 

 ”ああ、また日本皇国が巻き込まれて、尻拭いさせられてるよ”

 

 だった。

 左派だのソ連だの共産主義だのコミンテルンだのと枕詞の付かない中道のマスコミにとって、もはやこれは恒例行事になっていたのだ。

 

 

 

***




 日本皇国首相、近衛公麿には就任以来いくつも興味深い発言があるが、その中で一つ有名な物を列記しよう。

 それは、同盟国である英国がドイツとの開戦準備に入ったとき、大規模な軍事力の派兵、つまり双務同盟である”日英同盟の完全なる履行”を宣言したときの事だ。

 とある外国人記者に、「なぜ、日本皇国は直接的に自分たちの権益に関係ない戦争に全力で挑むのか?」と質問されたことがあった。

 

 悪意があったわけでは無い。

 ただ、純粋に疑問だったのだろう。

 この記者の祖国がある欧州では、裏切り裏切られるのが日常茶飯事、同盟の完全な履行なぞ成された試しが無いに等しい。

 だからこそ、大きな国益があるわけでもないのに全面参戦を表明する日本皇国が不思議でならなかった。

 いや、正確には懐疑的だった。

 だが、近衛はこう返答している。

 

『そりゃお前、一度締結した以上、それが破棄されるまでは同盟は同盟。契った以上、契約は契約、約束は約束だろ? 守れる以上、約束を守れるのが人の道ってもんだ。ましてやこいつは国同士の話、やんごとなき御方が治めるこの国に、天下の正道以外を歩ませるのは、政治家の名折れってもんじゃないのかい?』


 欧州では決して聞かれないだろう発言に、この記者はひどく感銘を受けたという。

 無論、各国の記者も日本が”巻き込まれ体質の間抜けなお人好し”だのとは考えていない。

 そんな連中が一世紀近く、”あの・・英国”とつるめる訳もなく、また厄介事や面倒事に巻き込まれながらも、その度にちゃっかりと国益を出してる抜け目の無さも持っていた。

 

 ”(西洋的な価値観の)善良でもないし善人という訳でもないが、決して悪人でもない。ただし変人である”

 

 というのが国家像ではないだろうか?

 まあ、変人という評価は国家や民族ごとの価値観の相違も大きく関係しているだろうが。

 ただ、日本を巻き込む勢力に、新たにフランスがダイナミックエントリーしたのは、紛れもない事実だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 だが、この近衛の発言は、米国が断じて笑い飛ばせるような類の物では無かったのだ。

 

「あの小賢しく薄汚い腐れニップスどもめっ!!」


 何しろ、シリアの隣国はイランという国だ。

 ペルシャ湾ルートというのは、確かに未成熟という部分もあるのだが……元々史実よりも難易度が上昇してるハードモードの搬入ルートなのだ。

 日本皇国がレンドリース船団の自国の港を使用禁止していたり、領海を通行禁止にしていることは以前も話したと思う。

 それは、同盟国である英国も同じ処置をしており……つまりはレンドリース船団は、太平洋からインド洋への出入り口であるマラッカ海峡や、大西洋からペルシャ湾へショートカットできる地中海の東西の玄関口、ジブラルタル海峡やスエズ運河を通行できないのだ。

 無論、民間船ではなく軍艦は普通にアウトだ。

 単純な話、許可を出してない軍艦が勝手に領海に入ったり、港に侵入したりしたら即ち超ド級の敵対行動であり、時節的に即時撃沈命令が出る案件だ。

 という事は米国レンドリース船団は、わざわざアフリカ大陸(喜望峰沖)を回り込んでペルシャ湾へ向かう必要があるという事だ。

 より正確に言うのなら、東海岸より南下して実質的に保護領であるドミニカで補給を行い、そのまま南米大陸東岸を進み、比較的政情が安定しているウルグアイで最後の補給を行いアフリカ大陸南端を回り込むという面倒な物であった。

 地中海を使えた史実と比べればあまりにも長いが、それが現状における最も安全かつ最短コースであり、実質的に唯一のルートだった。

 ただし、アフリカ大陸東岸はほぼ全てが英国の統治下にあり、立ち寄れる港は無く、唯一使えそうなマダガスカルはフランス領であり、そこを制圧すれば政治的面倒を引き起こすことが確定的であった。

 いや、それを無視して占領できなくもないだろうが、各国との対外関係を今以上に悪化させた状態で、マダガスカルの占領維持を行うのは得策ではないと判断された。

 

 これだけでも十分に厄介かつ面倒なのに加えて、イランには「石油権益の保護」という口実で英国軍が駐留して色々と監視の目がありただでさえやりにくいというのに、ここで日本にまでまで居座られるというのだ。

 まさに由々しき事態だった。


 だからこそ、ルーズベルトは”革命的な一手”を模索する。

 それが結果として更なる混迷を招いても知った事ではなかった。

 

 世界は、”米ソ・・にとって”都合が良い物でないとならないのだ。

 他のことなど、全ては些事に過ぎない……それが、ルーズベルトの本音であった。

 

「そうだ。全ての現況は、日本人を欧州やアフリカに招き寄せた英国人ライミ―ではないか! ならば、あの捻くれ者共に落とし前をつけさせるのが筋という物であろうっ!!」

 

 ルーズベルトは天啓を得たように閃く。

 ただし、それはレンドリース船団の苦労を減少させるようなアイデアではなく、どちらかと言うと……”奇策”に該当するような物だった。













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