第230話 1942年7月4日
さて、唐突だが皆さんは「ルーズベルトと15ドルのホース」の逸話をご存知だろうか?
レンドリースが回収の見込みがないことを問題視されていたことに対し、ルーズベルトはメディアを通じて国民にこう訴えた。
『となりの家が火事で燃えているとする。火事を消すために隣人にホースを貸すようなものである。そして、火事が消し止められたときに「ところでお隣さん、このホースは15ドルしました。15ドル払ってください」とは言わないだろう。私は15ドル払ってもらうのではなく、火事がすんだ後にホースを返してもらえばよいと思う』
この説明でレンドリース法を納得したアメリカ国民は、心底阿呆じゃないかと思うのだが……
それはさておき、
バレンツ海における二度に渡るレンドリース船団の(米国の自業自得ともいえる)失敗と、ノックス海軍長官の解任で釈明を求められたルーズベルトは、少し内容を変更しながら15ドルのホースを例えにだし、窮地を乗り切ろうとした。
だが、タイミングが悪かった。
政敵は容赦なく、
「あなたのポケットマネーで買ったホースをイワンにくれてやるのは貴方の勝手ですが、投入されるのは国費であり、もとをただせば国民の税金であることを忘れないで頂きたい。貴方が私的理由でソ連という国家に渡していいものではない」
とやり返し、同時にレンドリース法の見直しと、レンドリース船団の即時凍結を訴えた。
しかし、ルーズベルトは太平洋(渤海)ルートの健全性と、現在、急ピッチで進みつつあるペルシャ湾ルートを引き合いに出し、安全性をアピールする。
しかし、共和党議員は待ってましたとばかりに、
「その太平洋ルートは、どこかの大統領の
正しく身から出た錆であった。
「ペルシャ湾ルートも英国人の支配領域のすぐ横を通るのをお忘れなく」
彼らはルーズベルトの政敵である以上、その周辺の情報もよく調べ上げていた。
もっとも情報の
とはいえ、それでも太平洋ルートは公海を通る限りは日本皇国は目立った妨害をしてこないし、ペルシャ湾ルートも史実前倒しで機能しつつあることも事実だった。
しかし、ルーズベルトがガチギレしそうになったのは、
「ところで太平洋ルートがシャットダウンされたら、ソ連の為に
ルーズベルトは、この共和党議員を名誉棄損で訴えた。
民主党は伝統的に弁護士上がりの人間が多く、勝率の高い法廷闘争だった。
また、司法関係は(史実同様に)アカに強く浸食されている分野であった事も、功を奏した。
ルーズベルトは、この小さな勝利に大変満足を感じていたが、同時に「孤立したレンドリース船団そっちのけで法廷闘争をおっぱじめる大統領」が民衆からどう見られるかは理解していなかった。
それは取り巻きとて同じである。
彼らは”大衆とは操作するもの”だと定義していたからである。
つまり、自分達の意のままに操れると。史実でそうだったように。
彼らのやり口でロシア革命は成功したのだ。
そして、エリート志向の強いインテリで理想主義者であればこそ、共産主義に重度感染するのは世界中で共通の傾向である。
高度教育を受けた高収入の
特に米国は、「収入こそが社会的ステータス」という概念があり、稼ぐ金額・持ってる金額が社会的順列という風潮がある。これは過去の話ではなく現在のアメリカ合衆国を見ても、「金持ちは偉い」とされる感覚は現役のようだ。
これは単純な拝金主義にとどまらない。
アメリカにおいて社会的成功とは収入額を意味するのだ。つまり、金とはサクセス度のパラメータである。
それは個人にとどまらず企業単位、国家単位でもそうだ。
「正しい者が成功する」のではなく、「成功した者が正しい」のがアメリカ社会であり、それが彼らが考える”
それ故に彼らの強欲さと傲慢さは単純な悪意ではなく、何も持たない故郷で食い詰めた移民が作り上げた国だからこそ生まれた、より構造的で根源的な思想なのだ。
彼らが何故、”祖国から逃げ出す羽目に陥ったのか?”を考えれば、感覚的に理解しやすいかもしれない。
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さて、アメリカ人が”白い御殿”で、意味があるような無いような喧々諤々をやってる間にボログダが陥落し、白海のレンドリース船団の救出が決まらないまま政治闘争から法廷闘争へシフトしている間に、アルハンゲリスクにドイツ軍は迫り……そして、見せ場のないままに陥落していた。
いや、待ってくれ。
石を投げないでくれ。
本当に語るべき戦いが無かったのだ。
何しろ、前哨戦……ドイツ北海艦隊の攻撃で、港湾機能は半壊どころかほぼほぼ全壊していたのだ。
そして、ラドガ湖とオネガ湖、ボログダが抑えられた以上、アルハンゲリスクの生命線は内陸へ続く”北ドヴィナ川”しかない。
ちなみにアルハンゲリスクはこの北ドヴィナ川の北岸にあり、南岸と繋がる橋を落とせば、防衛は可能だと考えていたし、実際に防衛側の赤軍は橋を爆破して落とした。
つまり、北ドヴィナ川の物流が維持でき、また川を要害とすれば耐えきれると考えたのだ。
基本、アルハンゲリスクから内陸へ繋がる大きな陸路は無く、陸路で移動しようとすれば、一度、南岸に出るしかないのだが……言い方を変えれば、彼らは自ら陸路での連絡を切り落とした。
まあ、ボログダが陥落した以上、間違った判断とは言い切れないのだが……今度は、言い方では無く視点を変えれば、ドイツから見るとアルハンゲリスクの命運は北ドヴィナ川一本に絞られたのだ。
つまり、状況は単純化された。
さて、史実の戦時中、アメリカ軍は海だけではなく水上交通を遮断するために河川にも機雷を落とした。
そして、史実のアメリカ人がやったことを今生のドイツ人がやらない道理はない。
まあ、河川の機雷封鎖を提案したのはどこぞの”花十字公”という噂もあるが、別に彼でなくても考えつく手段ではある。
また、要所への機雷敷設(いくつもの河川機雷原の形成)と同時に南岸に砲兵陣地やダグインさせた戦車陣地を築き、アルハンゲリスクに近づく船舶を片っ端から砲撃で沈めるように指示もした。
装甲兵たちは呟いたという。
『まさか、戦車で川船撃つことになるとは思わなかったぜ』
と。
更に分解して持ち込まれていた小型の
まさに”ブラウンウォーター・ネイビー”の走りである。
蛇足だが、魚雷艇を分解して陸路で目的地に運び込むという方法は、既にドイツ本国からルーマニア沿岸、即ち黒海へ搬入するという作業で実績を作っており、今回はその経験が大きくものを言った。
『経験というのは、いつどこで役に立つかわからないものだな……』
これは、”ドヴィナ川哨戒警備隊”という名目でSボート部隊12隻の指揮を任された、とある大佐の言葉である。
無論、空軍も攻略に手を抜くつもりもなく、規模の差はあるが、ドイツ陸海空軍の夢の共演となった。
***
こうして、アルハンゲリスクの残された生命線である北ドヴィナ川は航空機からの投下などによる河川用浅深度機雷の敷設、沿岸からの砲撃、魚雷の代わりに機関砲や機関銃、あるいは機雷を搭載した魚雷艇改めレーダー完備の河川哨戒艇により封鎖された。
真綿で首を絞められるように、じわじわと喉元を締め上げられたのだ。
もっとも、前回より規模も破壊範囲も拡大した二度目のモスクワ空襲でソ連の混乱は続いており、ドイツ軍が手を出さなくともどこまで補給がなされたかは疑問符がつくが。
だが、かと言ってそこで怠惰にならないのが、今生のドイツだ。
後はルーチンワークであった。
アルハンゲリスクの対岸に設置されたドイツが誇る重砲部隊の乱れ撃ちと、連日の爆撃で抵抗力を奪い、そして最後は……河川揚陸舟艇でドイツ軍は川を渡った。
魚雷艇が持ち込めるのなら、他の川船を持ち込めない道理はないという訳だ。
『アルハンゲリスク落とすのに橋掛けは要らぬ。兵が川を渡れれば良い』
とはアルハンゲリスク攻略部隊司令官の言葉だったという。
無論、残されたなけなしの火器でソ連軍は防戦を試みるが、揚陸ポイントに対岸から山ほど掃除代わりの事前効力射を撃ち込まれては、満足な反撃などできるはずもなかった。そもそも頭を揚げられないのだ。
おまけにドイツ軍は必要ならば遠慮なく大はHe177、小はJu87やHs129まで飛ばして来るのだ。
高性能無線機装備の前線航空統制官や前線砲撃統制官は、実に良い仕事をしていた。
更には暇を持て余した(?)魚雷艇が、サンクトペテルブルグ謹製の120㎜級迫撃砲を載せて簡易
大げさではなく時計の短針ではなく長針が進むたびに増えてゆく被害に耐えかね、赤軍アルハンゲリスク防衛隊が
《b》”1942年7月4日”《/b》
の事だったという。
ドイツは、今回の作戦に関しては即座にその事実を世界に公表した。
つまり、アメリカは、あるいはルーズベルトは祝うべき1942年の
それは即ち、少なくてもバレンツ海ルートでのレンドリース計画の完全な”
一応、誤解のないように言っておくが……
ドイツも狙ってこの日にアルハンゲリスクを降伏させた訳じゃない。
相手のいる戦争で、ヒトラーも「この日に落とせ」なんて無茶は言わないはずだ。
そして、普通は物事はそうタイミング良くは行かない。
だが、そうなってしまったのだから仕方ない。
事実は小説より奇なりという奴だ。
しかし、これがアメリカに対する”最大限の挑発”だと、
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