第229話 悲劇→喜劇と転じて解任劇? 転がる超大国はの行き着く先は……




 さて、アルハンゲリスクを巡る本格的な攻防戦の前に惹起した、

 

 ”米国レンドリース船団の機雷原での孤立”


 という珍事は、そのあまり前例のない状況に輪をかけて、前例のない事態が発生した。

 まず、とても時期が悪かったのは間違いない。

 6月の初旬は、まだソ連はクレムリン炎上のダメージからの物理的復旧も政治的復旧もままならず、その混乱の最中にヴォロネジも陥落し、ついでにスギウラ・レポート第一弾(中央アジア系ソ連人の強制徴兵について)が国連で暴露され、混乱も収拾できない状況で難しい対応を迫られていた。

 

 加えて、各国のマスゴミ型コミンテルン同志にスギウラ・レポートを情報学的に握りつぶすように指示を出したら、今度は各国政府の広報や国営メディアに同じく情報学的返り討ちに合った。

 それだけならまだ良いが、どうやらスギウラ・レポート自体がリトマス試験紙、つまり赤化度合いの確認装置として機能したらしく、騒ぎ立てるメディアを公安や警察、諜報関係が背後関係を洗い、逮捕者が続出したのだ。

 

 また、浸透破壊工作が表面化したことにより、国連加盟国を中心とした多くの国で共産主義、社会主義、左派のシンパ組織が逮捕者を続出させた挙句に軽くて解散命令、場合によってはテロ組織として殲滅処分を受ける羽目になった。

 

 この時点で、インターナショナル・コミンテルン、世界共産主義同盟というソ連の張り巡らせた世界同時革命という熱病を発症する思想的感染者集団のネットワークは、その連携をズタズタにされつつあった。

 無論、赤色感染マスメディアは、お得意の「表現の自由・報道の自由・思想の自由」を御旗に弾圧だとヒステリックな叫びをあげたが、”カティンの森”の真相を告げる一時報告書の公開に伴い、彼らの”出自(バックボーン)”が各国政府より明かされた結果、目論見だった大衆の煽動……上手くすれば、混乱に乗じての革命運動への転換と現政府・政権の打倒という流れは作れず、結果として「反政府活動」という更なる重罪カテゴリーで逮捕者を出す結果となった。

 

 参考までに言っておけば一部の国家を除き、叛乱罪は大抵の国で極刑に指定されている罪だ。

 まさに、”コメディー”だった。

 だが、これはギャグでは済まされないのだ。

 例えば、史実ではムッソリーニをリンチで殺して吊るすという如何にもアカがやりそうな”始末”をした民衆を赤色イタリアンが煽動して、どさくさに紛れてイタリア王室を潰している。

 共和制へ平和的移行したように書かれている事も多いが、真相は調べてみると中々に興味深い。

 身から出た錆という部分もあるが、イタリア左派勢力の行った王家に対するネガティブキャンペーンの悪辣さは、「やはりアカだな」と納得できること請け合いだ。

 更にギリシャではより血生臭い方向へ動いた。

 前にも話に出した「ギリシャ内戦」だ。

 

 彼らは隙を見せれば直ぐに国家転覆をはかり、実際にいくつも成功させているのだ。

 戦後、特に20世紀に起きた革命だのクーデターだのの事象の裏側にはソ連が居るのは常識であり、ソ連がいなければ大抵はアメリカが居る。

 結局、戦後という時代、冷戦という時代は米ソのパワーゲームに過ぎない。

 

 そして、そんな「くだらない」世界を拒否したのが、各国の転生者であり、その歴代の彼ら彼女らの影響を受けた各国が動いた結果が、このムーブメントに繋がっているのだ。

 

 

 

***




 そして、そうであるならば、転生者の影響が少ない国家であればこそ、史実を沿うような動きになりやすい。

 その代表格が、そう”アメリカ合衆国”だ。

 

 相変わらず赤色感染メディアは暴れ回り、それを発足したばかりの”ベノナ機関”が秘密裏に追いかけるという不毛な行動が続いていた。

 いや、流石に不毛と称するのは気の毒か?

 ベノナ機関は立ち上がったばかりで、今できることと言えば情報収集とその裏付け、証拠固めが精々だろう。

 彼らに何かを実働させるほどの力はない。

 だが、彼らもそう悠長に構えている訳にはいかなかった。

 

 彼らを含めた合衆国軍が忠誠せねばならぬ相手、アメリカ合衆国れんぽう大統領しょきちょーが、いつものようにいつものごとく愉快な発言をし出したのだ。

 

「今回、我らが輸送船団はドイツ人の操る潜水艦が放った”魚雷・・”にて沈められたのだっ! こうなってしまえば、今こそ合衆国はドイツとの直接的な戦いを行う為の準備をせねばならないっ!!」


 と議会で言いだしたのだ。

 これに激怒した(フリをした)のがドイツだ。

 外相のノイラート自らが、各国の報道官を集めて大々的な発表を行ったのだ。

 

「まず、ドイツはソ連と戦争をしている。であればこそ、敵国の主要港を襲撃するのも”機雷封鎖”するのも当然であり、軍事的常識の範疇であると言える。そもそも援助物資が着くとわかっている敵国の港を攻撃しない、封鎖しない理由があるのかね?」


 (偽りの)怒りを滲ませながらと淡々と語り、

 

「アメリカ自身が語る通り、レンドリース船団には軍需物資が、我々ドイツ人とソ連と戦う仲間達を殺す武器が満載されていた。無論、我々もそれを理解していた。理解した上で、諸君、見るがよい」

 

 報道陣に公開されたのは、”最大限の善意を発露”させるチリアクス提督の映像と音声だった。

 事前に念入りに準備されていたことがよく分かる、臨時とは思えないプチ上映会。

 ゲッベルス率いる宣伝省は、相変わらず良い仕事をしていた。

 

「我々が積み荷が何であるのを知りながら、それでも誠意をもって警告したのだ! ここから先は戦地であり、危険な海だとっ!! だが、それを無視したのはアメリカ人なのだよっ!! 魚雷攻撃? フン。馬鹿馬鹿しい。そのような手間を講じるくらいなら、我らの北海艦隊が接触した時点で、既に殲滅を開始している」

 

 無論、北海艦隊はそれができる状況ではなかった。

 だが、弾薬庫がほとんど空になっていたなど、別に言う必要のある情報ではない。

 

「良いかね? 我々は別に現時点でアメリカと全面衝突するつもりがないことを明言しておく。むしろ、それを望んでいるのはアメリカなのだよ。当然だな? 合衆国大統領は、今やソ連の飼い犬・・・だ。自国や国民の利益を蔑ろにしてまで、ソ連を救援したいと参戦に対する工作を行うのは必然ですらある」

 

 厳格な表情を崩そうとしないノイラート外相……

 しかし、内心は某動画サイト並みにニッコニコだった。

 しかし、彼は”罠にかかった獲物を前に舌なめずりするのは三流の猟師”だということをよく理解していた。

 やはり、一国の外相まで上り詰めただけの器がある男である。

 

「この映像が残ってる理由も説明しよう。我が国が誇る情報部のプロファイリングにより、米国が”機雷接触で沈んだ自国の船を、ドイツ人が魚雷を沈めた”と主張して冤罪をかぶせてくる可能性は予測されていた。だからこそ、我々はチリアクス提督の”良心に従った判断”を咎めることはない」

 

 実は少しだけ虚実がある。

 あの”最大限の善意ある警告”は、間違ってもチリアクス提督の「個人の良識による判断」などではない。

 最初から、「レンドリース船団と接触した場合の第一優先・・・・オプションプラン」として命じられていたのだ。

 要するに”国際政治的なアリバイ作り・・・・・・”だ。

 

 プロファイリングを行ったのは当然のようにハイドリヒ率いるNSRで、筋書きを描いたのはカナリス率いる三軍統合情報部アプヴェーア

 どうやら史実と異なり、相変わらずこの二人の関係も組織間の関係も良好なようである。

 

「今回の件の非は、明らかに警告を無視したアメリカにあると断言できる。繰り返すがアルハンゲリスクは既に戦地だ。参戦する覚悟がなっていない者が立ち入れるような場所ではないのだよ」

 

 

 












************************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このドイツ外相の”告発”は、あっという間に世界を駆け巡った。

 アメリカ本土では共産主義シンパや赤色大統領とその取り巻きが必死に沈静化を図ろうとしたが、ラジオ電波は容易に国境を超える。

 また、アメリカでさえも赤化していないマスメディアというのは希少だが存在していた。

 

 そして、付け加えるなら……実は、この時代のアメリカ人というのは保守思想が強い。

 「ソ連に味方してドイツと戦争する」なんてシチュエーションを内心では望んでいないというのが、国民の大半の本音だった。

 むしろ、そんな中で(対ソ支援オンリーの)レンドリース法を成立させたこと自体が、史実に劣らぬコミンテルンの浸透工作の恐ろしさなのだが……

 

 

 だが、ここでドイツに意外な援護射撃が飛んでくる。

 それもアメリカ国内からだ。

 

「常識的な軍人として判断すれば、ドイツの主張におかしな点はなく、至極当然とも言える」

 

 他の誰でもない”アメリカ合衆国海軍長官”、ノックスからだった。

 つまり、”身内”からだった。

 これも当然であった。実際、いざ戦争となればドイツ人と戦うのは政治家ではなく軍人だ。

 冗談では無かった。

 更にノックスはこう付け加えた。

 

「船団護衛の部隊は確かに米海軍所属ではあるが、レンドリース船団自体は直接海軍の統制下にある訳ではない。あれらはあくまで政治的理由で組織され、運用されているものだ」

 

 

 

 この「身内の裏切り」に対する発言、いわゆる「ノックスの責任逃れ」に激怒したのはルーズベルト大統領であり、大統領権限で解任してしまう。

 それに賛同したのはいつもの赤化取り巻きだけでなく、民間上がり・・・・・の”アメリカ合衆国陸軍長官”、対独強硬派で知られるスティムソンだ。

 この男、史実では1200万人の陸軍兵と航空兵の動員と訓練、国家工業生産の30パーセントの物資の購買と戦場への輸送、日系人の強制収容の推進、原子爆弾の製造と使用の決断を行っている。

 つまり、ルーズベルトの同類であり、死ぬのは軍人だけだと理解して行うタイプのクソ野郎・・・・だ。

 

 後任は、キング海軍作戦部長がそのまま繰り上げで海軍長官に就任することとなった。

 

 

 

***

 

 

 

 ノックスは自分が解任されることを理解した上での行動だった。

 これで、「この時点での参戦」が回避できるなら安い物だとさえ考えていた。

 そして、彼の去り際の言葉を記しておこう。

 

『民衆から選ばれたというのに、まるで我が国の大統領は、どこかの赤い国の書記長のようではないかね?』

 

 その後、一線を離れたノックスは史実の”病死(心臓発作)”を乗り越え、1950年代後半まで生きる事になる。

 まあ、アメリカ関係では要人が心臓関係で死ぬ事例が多すぎるような気もするが……

 

 それはともかく、悲劇から喜劇に転じた物語は、やがて超大国の”迷走・・”へと繋がって行くのだった。

 










 

 

 


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