第227話 ”ドイツ北海艦隊”という火力的概念と、ターニングポイントになるかもしれない”とある組織”の立ち上げ




 さて、アルハンゲリスク攻略戦と言っても、その港町対する戦闘は一度で終わったわけでは無い。

 6月中旬に行われた地上戦ステージは、むしろ攻略最終段階であったと言える。

 

 1942年の冬は史実同様に例年に比べ長く厳しく、万全の装備を整えスモレンスクに籠っていたドイツ軍でさえ辛さを感じるほどであった。

 ちなみにロシア人に言わせれば、「珍しくはあるが、一生のうちに何度か経験する冬将軍」とのこと。

 革命以後、短縮の一途をたどるロシア人の平均寿命を考えると、さほど珍しくはないのかもしれない。

 

 当然のようにアルハンゲリスク港は凍結し、この年は5月末まで船の入港ができなくなっていた。

 アメリカのバレンツ海ルートのレンドリース船団は、中継地であるアイルランドで雪解けならぬ氷解けを待っていたのだ。

 

 だが、アルハンゲリスク……白海の氷溶け・・を持っていたのは、何もアメリカ人だけではない。

 考えてみて欲しいのだが、暖流の影響で不凍港となっているムルマンスクが陥落したのは、もう相対的には半年前の話だ。

 そして、アメリカ人船団を騙せるくらいに港の体裁を整えたのは、4か月前……つまり、”バレンタインデーの喜劇”である。

 

 管轄はフィンランドだが、別に港を使っているのはスオミ人の艦船だけではない。

 ゲルマン人もまた、有力な艦隊をムルマンスクを母港にしていたのだ。

 

 《b》”ドイツ北海艦隊”《/b》

 

 史実ではフィヨルドに身を潜めて不遇な最期を遂げたが、その鬱憤を晴らすように今生では緯度の高い海で大暴れしている”ティルピッツ”を旗艦リーダーとする”彼女”らはそう呼ばれていた。

 




***




 そして、冬から春にかけても、不凍港というムルマンスクの特性を生かして、ドイツは手を抜かなかった。

 つまり、グラーフ・ツェッペリン級空母2隻を護衛艦隊を付けて増援として送り込んだのだ。

 

 ちなみにであるが……

 財政が史実ほど逼迫してないので、ライオン級戦艦(史実では未成艦)4隻同時建造に着手している英国、大和級4隻全ての戦力化を44年までに達成できそうな日本、日英独に対抗するためだろうか? 

 アイオワ級高速戦艦6隻に加え、伝統的アメリカ戦艦(中速・重装甲・高火力)の完成形と言えるモンタナ級戦艦4隻+シャルンホルスト級の対抗馬として計画されたらしいアラスカ級大型巡洋艦(実質的に巡洋戦艦)2隻の合計12隻を新規戦艦建造計画に加えている少々頭のネジが緩んだ建造計画をしているアメリカに比べればこじんまりしているが、ドイツも本国で新たに改ビスマルク級(H型ではなく戦訓を踏まえて防御力強化や小改良したビスマルク級)2隻、”フォン・モルトケ”と”フォン・クラウゼヴィッツ”、グラーフ・ツェッペリン級空母の”アーツト・ヘンライン(ヘンライン博士。半硬式飛行船の生みの親)”の追加建造が進んでいた。

 どうやら今生でのドイツは金があるだけでなく、総統閣下と海軍との関係も極めて良好なようだ。

 

 ついでに言うと、アメリカ海軍は太平洋戦争も真珠湾攻撃も経験していないので、史実同様に日本以上に大艦巨砲主義者が多く、また、レンドリースに反対・反発している(レンドリースでソ連に無償提供される物資は本来、米軍に供給されるべき物という至極当然の意見の)軍部の一派を宥めるためにも必要な処置だった。

 また、陸軍には新型爆撃機(当時、米国に空軍は無かった)や戦車の開発予算の増額などの対応を講じた。

 しかし、米陸軍にも行き渡っていないM3、M4という新型戦車のソ連への供給を議会が決めたため、結局は反発した陸軍は「使用弾丸の違い・全将兵に行き渡っていない」ことを理由に米陸軍は、最新の”M1ガーランド小銃”を始めとする陸軍工廠製を始めとする個人携行火器の供出を拒否する一幕もあった。

 また、戦艦建造に予算が回ったためと、海軍から特に強い要求もなかったために、エセックス級量産型・・・正規空母の建造計画は、大幅に縮小され予算が付けられたのは4隻だけだった。

 その4隻も現状の保有空母(レンジャー、ワスプ、ヨークタウン級空母3隻)と合わせれば、ドイツ海軍を圧倒できる……という建前で、「日英にとりあえず対抗できる(=そう簡単に攻めてはこないだろう)」という本音が見え隠れしていた。




 実際、アメリカ海軍において空母は、欧州での戦いの結果から「ロングレンジの航空機を運用できる対地攻撃兵器」としては、非常に有益だが、対艦攻撃兵器としては戦艦に未だ一歩譲るという評価だった。

 

 タラントではトリを飾り、圧倒的な破壊力を見せつけたのは戦艦だったのだ。

 そして、タリン沖で最も猛威を振るったのは潜水艦だった。

 

 つまり、未だにアメリカ人にとって海洋の女王は戦艦であり、恐れるべきはドイツ人の潜水艦だった。

 

 その結果、史実と似て非なる立ち位置を得たのが護衛空母のボーグ級で、史実では船団護衛に加えて英国向けのレンドリース用艦船として生産されたが、今生ではソ連海軍の運用能力の低さと海軍の根強い反発で、純粋な船団護衛用空母(対潜空母)として建造される事が決まったために建造計画数が史実の半分以下の16隻にとどまり、全て米軍の船団護衛で運用されることとなった。

 また、サンガモン級護衛空母は建造計画すらなく、アメリカが大戦に本格参戦しない限りカサブランカ級も存在しなくなるかもしれない。

 

 同じ理由でインディペンデンス級軽空母は生まれることはなく、そのまま船団護衛を主任務とするクリーブランド級軽巡洋艦として建造が継続された。

 

 巡洋艦や駆逐艦をしっかり整備しているあたり、ドイツ人の操る潜水艦への恐怖が垣間見えるようだ。

 

 

 

 そして、悲しい現実を言うなら、米陸海軍は要求した装備から分かるようにルーズベルト書記長と赤い取り巻きとは裏腹に、「日英だけでなく独とも本気で戦争するつもりは無い・・」ようだ。

 戦艦を整備するのは何も大艦巨砲主義だからというわけでは無い。

 渡洋侵攻作戦に輸送船に補給艦、揚陸艦にその護衛艦群だ。

 ロングレンジの対地攻撃ができる空母ならともかく、戦艦は揚陸作戦では火力支援役、即ち主役ではない。

 渡洋侵攻作戦は、「如何に侵攻地に兵力を揚げ、占領・維持するか?」が肝要なのだが、戦艦や船団護衛用の艦艇とは対照的に、そこを意図的に・・・・整備していないのだ。

 はっきり言えば、陸軍も共謀していた。

 彼らとて別に好んでドイツ人と戦いたいわけでもなく、ましてや日英となど冗談ではなかった。

 

 そして、彼らはいつの間にか立ち上げていたのだ。

 今生では、陸海軍が同じく共謀し、史実よりいくぶん早く、そして極秘裏に……《b》”ベノナ機関・・・・・”《/b》を。

 如何にお気楽で共産主義者の浸透工作受けても気付かないアメリカとはいえ、日英独の発言を笑い飛ばす人間だけではないのだ。

 大統領がアレだと国民も軍部も苦労する。

 これはいつの世でも変わらない。

 

 

 












************************************










 さて、話を再び5月末から6月初旬のアルハンゲリスク沖に戻そう。

 空母2隻を臨時に新たな仲間に加えた北海艦隊は、凍結が解除されるなりいきなりアルハンゲリスク港に襲い掛かったのだ。

 氷解を察知する速さと距離の差もあり、レンドリース船団よりムルマンスクを母港とするドイツ北海艦隊の方がいくぶん早かった。

 もう、一切の遠慮も容赦もない猛攻だった。

 比喩ではない。真面目に戦艦の主砲弾薬庫、空母の航空機用爆弾庫が空になるまでの攻撃は続いたのだ

 ただ、奇妙なのは市街地ではなく、”港や関連した軍事施設だけに”火力を集中させていた点だ。

 つまり、”アルハンゲリスクの港としての機能”を殺すことだけに集中していたのだ。

 理由はただ一つ。

 「アルハンゲリスクを占領するまでの間、レンドリース品を荷揚げできないようにすればよい」。ただそれだけだった。

 そして、港と残存兵力と評してよいソ連バレンツ海艦隊をまとめて叩き潰した後、ドイツ人(とフィンランド人)は水上艦、潜水艦、冬が終わって飛べるようになった航空機とあらゆる手段を使って徹底的にアルハンゲリスク港とその周辺に機雷をばらまき、濃密な機雷原を形成した。

 語義通りのアルハンゲリスク港の機雷封鎖であった。

 

 ソ連の掃海艦船は既に修復不能のスクラップになっていたし、レンドリース船団の努力に期待というところだ。

 そもそも戦時中にドイツ・フィンランド共にアルハンゲリスクを港として積極的に使う気はなかったので、時間稼ぎの機雷封鎖にも容赦は無かったのだ。

 燃料タンクに弾薬庫に倉庫、ドックにガントリークレーン……形あるものは須らく攻撃対象になった。

 港に関しては、軍民の区別などしなかったのだ。

 桟橋などには、新開発の対ベトン用の試作貫通破砕砲弾(砲弾型ブンカーバスター)や拡散焼夷さんしき砲弾まで使用された。

 また、艦隊の襲撃と同時に、ドイツ・フィンランドの連合爆撃機隊も襲い掛かった。

 

 比喩でなく港の全てが灰燼に帰したのだ。

 港だけで言うのであれば、タラント港やサンクトペテルブルグより濃厚で濃密な火力集中であった。








 つまるところ、ヤンキー船団が到着する前に、アルハンゲリスクは港としての機能を完全に喪失していたのだった。

 そして、今度はバレンタインデーのような喜劇ではなく、”喜劇の様な(アメリカ人にとっての)悲劇”が開演されるのであった……
















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