第225話 不健全な精神での話し合いと、(立場的に)不穏当な発言 ~蒼き聖なる花十字の御旗のもとに~

  

 

 

 杉浦千景が”カティンの森”の惨状に「全ての闇を白日の下に曝す」新たな決意を固め、マンネルハイム元帥が上機嫌でボログダを蹂躙している頃……ちょっと待て、この二つは同列に語ってよい物だろうか?

 

 とにかく、その裏側で不健全極まる精神の担当者による日英独仏蘭の五カ国協議が行なわれていた。

 場所は、フランスの古式ゆかしい港街”マルセイユ”。

 風光明媚で観光地でおあるここの高級コテージを借り切って行われた会談は、何というか……政治的獣臭に満ちていた。

 

 ちなみにこの非公開の秘密会合、マルセイユで行なわれているのに秘匿名称は”サンクトペテルブルグ会議”とされていた。

 まあ、発起人がアレなので……ちなみに6月のこの日、実際にサンクトペテルブルグでフォン・クルス総督と旧ロシア正教をはじめとする聖職者たちとの会談が公式に行われていたので、実際に欺瞞工作にもなっている。

 

「なるほど。確かに我が国フランスにとってもメリットのある話ですな」

 

「産油規模は今はそこまで大きくありませんが、フランスとフランス経由での石油の供給開始がリビアだけと比べた場合、半年は早くできます。ドイツへのパイプラインの完成時期によっては、その方が日英独仏にとっては都合が良いでしょう」

 

 そう説明するのは、今回の”多国間石油バーダー交換計画”にシリア産原油を組み込むことを提唱した日本代表だった。

 

「ドイツにしても、石油生産をプロイェシュティ油田に頼りきりというリスクを早めに回避できますし、我らが同盟国英国は、ジブラルタル海峡や大西洋に無駄な緊張や火種を抱えずに済みますしね」


「我が国としては願ったりかなったりだな。出来れば、過去の因縁を一時的に棚上げして、協賛してくれると大変に助かる」


 そういうドイツ代表に、英国代表はフンと鼻を鳴らし、

 

「何を今更。過去の因縁など1ペニーにもならん。そこに価値を求めるなら、そもそもドイツとの停戦交渉になど応じてはおらんよ」


「ほう? それは意外な。貴国は伝統と格式を重んじられるのでは?」

 

 そう混ぜっ返すフランス代表。

 多くの紳士淑女の皆さんが知っての通り、今生の適度なところで手打ちにしたヒトラー政権下の独英関係より、英仏関係の方がよっぽど因縁深い。

 ホント、ドーバー海峡を挟んだ両国の関係は、どこからどう紐解くべきかわかったもんじゃない。

 

「国王御陛下の首を物理的に飛ばしたお国には理解できんかもしれんが、真なる革新は伝統と格式という土壌の中からしか芽吹かんのだよ」


 とやり返す英国代表。

 流石は歴史上、「素直という評価だけは受けたことが無い」ことを自慢するブリカス全開である。

 

「まあ、我が国は利益が出る以上、文句はない」

 

 とは高みの見物を決め込むことにしたオランダ代表。

 彼がここに来たのは、「ところで我が国の利益はいくらになるのかね?」という交渉をしに来ただけであって、別に再び英仏の間で百年戦争が始まろうと自国に害が及ばなければ知った事ではないと割り切っている。

 まさに交渉役の鏡であった。実にどこぞのやらかしの結果、外交官と日本人をクビになって、ドイツ人になった総督に見習って欲しいものである。

 

 一応、書いておけばオランダはチューリップと風車と平和な国なんかじゃない。

 オレンジ公ウィリアム(ウィレム1世)とか三十年戦争とか蘭領東インドとかちょっと調べると、”欧州における(欧州水準の)普通の国・・・・”だということがよく分かる。

 酒場に用心棒バウンサーが普通にいる国をナメてはいけないという事だ。

 

「とりあえず、じゃれ合う前に話をまとめてしまいましょうか?」


 ここで、一介の役人が「欧州情勢(政治)は複雑怪奇」と嘆かず平然と会議を回そうとするあたり、この世界線の日本人は随分と国際政治に慣れた、あるいはスレたもんだ。

 まあ、英国人といい加減1世紀近くも同盟関係を続ければ、こうなるのも無理もないかもしれない。

 

 

 

 こうして歴史に名を残さぬ官使達により、今後の関係各国の命運は決まる。

 方針やらプランやらを示すのはもっと上の、あるいは派手で目立つ役職の者達だが、本当に締結するのはその方針や計画を執行する実務官僚達だ。

 歴史とは意外とつまらない事実の積み重ねで出来ているものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************















 さて一方、その派手で目立つ役職に居る男と言えば……

 

 

 

「聖イサク大聖堂、カザン大聖堂、至聖三者トロイツキー大聖堂、そしてハリストス復活大聖堂……サンクトペテルブルグの誇る四大聖堂の復活宣言により、再びこの地に! 再び信仰の光は蘇るのですっ!!」


 聖職者、それも長老たちに一席ブッぱしていた。

 あくまで”この地”、つまりサンクトペテルブルグを中心とした自分の管理地の事であり、ロシアとか言わないあたり、実にフォン・クルスらしいと言えばらしい。

 ぶっちゃけ、この男はソ連を僭称する連中の物理的にも赤く染まった大地など欲しくはないのだ。

 

「神は不滅なりっ! 然らば、その信仰の光もまた不滅っ!! 故に人が滅びぬ限り、如何に共産主義者ボリシェヴィキに踏みにじられようと、何度でも蘇るのですよっ!!」

 

 そして一度呼吸を整え、

 

「であればこそ、ロシア正教を名乗ってはダメなのです。ロシアは既に滅びた国で有らばこそ。されど国は滅びようと信仰は滅びず。こうして皆様の胸の内にあるのです。故に、新しき信仰が……ロシア正教ではなく、この地に根付く新しき正教会が必要なのですっ!!」

 

 長老たちは知っていた。

 いや、実感していた。

 ロシア革命の一因が、ラスプーチンの例を出すまでもなくロシア正教の腐敗にあったことを。

 

「大聖堂は復活します。だが、それは断じて在りし日の栄華を取り戻す為ではない! 我々が求めるのは過去ではないのです! 今を! 未来を! この地に住まう人々に心の安寧と魂の救済を齎すために! 健やかに生き、安らかに逝く為の祈りの場を示すべきなのです!!」

 

 その後もクルスの熱弁は続き、最後は……

 

「「「「Под знаменем синего священного цветочного креста!(蒼き聖なる花十字の御旗のもとに!) Благослови все ваши молитвы! !(全ての祈りに祝福をっ!!)」」」」

 

 四大聖堂を任された”四長老”たちの誓いにより締めくくられたのだった。

 ロシア革命で疲れ切り、ついこの間まで実年齢以上に老いたように見えたその顔には、今は瑞々しいまでの、いや、生々しいまでの精気に満ちていた。

 失ってしまった理想を取り戻すのは、決して簡単なことではない。

 だが、長老たちは老いた心に信仰の炎が再び灯り、魂が熱を帯びるのを確かに感じていたという。

 

 

 

***




「シェレンベルク、あんな感じで良かったか?」



「いや~、名演説名演説♪ 録音しておいて正解でした。煽動演説アジテートの良い見本になりますよ」


「言い方ァッ!」


 この男は……いや、あれはあくまで相手と場の空気に合わせたものだからな?


「これでも元外交官、これくらいの芸当はできる」


「いや、どう考えても、元外交官がやっちゃいけないスキルを発動したような……」


「ん? そりゃどういう意味だ?」


 詳しく聞かせてもらおうじゃないか。

 

「……なんか、ものすごーくヤベェ新興宗教が生まれた気が。具体的には、西洋版嵩山少林寺(ガチ)みたいな武闘派の寺院が四つ生まれたというか」


 石山とか比叡山を出さないあたりが、ポイント高いな……じゃなくて。

 オイコラ。小野寺君よ、

 

「不吉な予言はやめるんだ。フラグになったらどうする?」

 

「いえ……フラグというより、もはや埋葬後の心臓マッサージくらい手遅れ感が半端ないというか」


 いや、噓だよな?

 












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