第224話 カティンの森の一次調査報告と、「鮮烈で濃厚な」デビュー戦!




 杉浦千景の”中央アジアレポート”の余波(騒ぎ)が納まりきらないうちに、”カティンの森国際合同調査団”は現地入りをした。

 空港のあるスモレンスクは、街一つが民間人居住が禁じられた要塞(軍事拠点)とされていた為に殺風景な物だったが、滞在に関して特に不都合もなかった。

 

 調査団がまず案内されたのは、試掘され冷凍保管されていた”証拠品の遺体”とその遺品、そして検死報告書だった。

 調査団には当然、司法解剖の専門家なども居たので、彼らの手による調査が念入りに行われた。

 

 その後に向かったのが”虐殺の現場”……”カティンの森”だ。

 現場はドイツ軍の警備部隊の手で厳重に守られて現場保存されており、調査団の環視の中で、ドイツ軍工兵隊の手により遺体の発掘作業が続けられた。

 

 発掘できた遺体は、20,000体を超えた。

 内訳は、遺留品からポーランド軍将校、国境警備隊隊員、警官、一般官吏、聖職者などが主だった。

 回収できた遺体が多すぎ、本格的な検死と証拠固めはかなりの時間がかかると予想されたが、それでも”動かぬ証拠”としてソ連を告発するために、黙々と作業が続けられた。

 

 

 二度に渡るスモレンスク防衛戦での戦死者・行方不明者はその30倍ほどにも達したが、明確な捕虜虐待などのジュネーブ条約・ハーグ陸戦条約違反や戦争犯罪の証拠があるわけでもなし、ドイツがそのあたりを非常に気を使ってることは誰しもが知っていた。

 また、スモレンスクの戦いは、その大義名分が”防衛戦”なのだ。

 常識的に考えて、(証拠隠滅のために)攻め込んできた上に返り討ちにあったソ連が悪いというだけであった。

 ドイツが最初にスモレンスクに侵攻し、現在も占領していることは、特に問題とされなかった。

 何しろ、そうであるからこそ”カティンの森”でのソ連の戦争犯罪が暴かれたのだ。

 調査団の誰もが、自分の仕事を否定するほど無能ではない。

 

 ”非ロシア人ソ連軍(中央アジア出身者)のレポート”は、所詮ジャブに過ぎない。

 ソ連に対する猛毒は、今まさにワインのように仕込みが始まっていた。



















************************************










 ドイツがアルハンゲリスクの攻略を狙う事は、実は米ソともに予想はしていた。

 それが夏頃であろうことも。

 ムルマンスクから戻ったドイツ北方軍集団がその準備に入ってる事もつかんでいた。

 だが……

 

「フハハハハハッ!! 攻めよ攻めよっ! 烈火の如く!! 吶喊せよっ!!」


 戦力に乏しいはずのフィンランド軍が、北方の夏の時期特有の長い昼間を利用して一気に”ボログダ”に侵攻してくるとは誰が想像していただろうかっ!

 そう、彼らの7万の軍団(ボログダ攻略に抽出できる最大兵力。ほぼフィンランド軍の1/4の戦力)は、夜明け前に出陣し、オネガ湖南岸から約200㎞を1日で南下するという暴挙とも言える強行軍をやってのけたのだっ!

 

 

 

 それが成功したのは理由の一つは、この日、(おそらく牽制の)ドイツ空軍によるモスクワ公官庁地区への爆撃……それもHe177戦略爆撃機まで参加した大規模な爆撃が行われ、モスクワ周辺のソ連空軍が対応に忙殺されたことだ。

 戦時中の米軍ではあるまいし、市民居住区を焼夷弾爆撃するようなジュネーブ条約違反の爆撃はしなかったので市民への被害は少なかったが、再建中だったソ連行政機関は再び大きなダメージを受けた。

 今回の爆撃の主な標的はクレムリンの目と鼻の先にあるスターラヤ広場、正確にはソビエト連邦共産党中央委員会ビルとその周辺の政府関連施設に対する集中絨毯爆撃だ。

 とにかくありったけの通常爆弾、徹甲榴弾、テルミット型クラスター焼夷弾をばら撒いて帰ってくるという至極単純だが、ドイツ爆撃機乗りの誉の様なミッションだった。

 また多くの戦訓を取り入れたHe177隊が、始めて”コンバットボックス”編隊を組んだミッションであることも追記しておく。

 

 そして、ドイツの読み通り、スターリンもベリヤもまたしても防空壕に逃げ込んで無事だった。

 モスクワから逃げ出してないので、政治的にはギリセーフである。

 ただ、度重なる爆撃で遷都が頭をよぎったのは確かだった。

 

 

 

***

 

 

 

 その間隙を突くようにボログダに侵攻したのがマンネルハイム元帥直参のフィンランド軍だったという訳である。

 しかし、7万という兵力は少ないように見えるが、ソ連のボログダ守備隊は10万に届いておらず、また精鋭部隊とは言えなかった。

 というのも、モスクワの方針でモスクワ防衛の主壁と定義づけられていたのはより南の大都市”ヤロスラブリ”であり、戦力はそちらに集中されていたのだ。

 ボログダはその前線基地という位置づけだった。

 別に軽視されていたわけではない。

 この年の冬は比較的厳しく、アルハンゲリスクは5月末まで凍結しておりアメリカのレンドリース船団は未だに入ってきていない。

 この状態で、アルハンゲリスクの重要性を感覚的に理解しろというのも難しいのだ。

 それほどまでに、スモレンスク防衛戦から始まるソ連の被ったダメージは物理的以外にも大きいのだった。

 ましてや、ロシア人が普段はあまり意識したことのないボログダに意識を割けというのも酷なのかもしれない。

 むしろ、精鋭と呼べないまでもそれなりに装備の整った10万の守備隊を付けていただけでも配慮していたとさえ言えるだろう。

 

 だが、今回は何とも相手が悪すぎた。

 数こそ7万と劣るが、本家ドイツの機甲師団に見劣りしない”完全装備の機甲師団3個編成”の軍団、それもフィンランド軍の最精鋭だ。

 制空権は白地に青の十字架が描かれた(この世界では鈎十字ではない)フィンランド空軍のBf109EないしFが乱舞してることから分かるように既にソ連になく、ひっきりなしに上空から同じ国籍マークを付けたスツーカがサイレンを流しながら急降下してくる。

 ヤロスラブリの航空隊はモスクワ直上防空戦に駆り出されており、増援は望めなかった。

 

 サンクトペテルブルグ製のソ連式重砲とカチューシャロケットの猛烈なフィンランド軍砲兵隊の砲火を味わう中、ボログダ守備隊が真に驚愕したのは、別の出来事だった。




 防衛隊司令官は、制空権を取られて砲撃戦でもスツーカでソ連側の野砲が1門、また1門と次々と潰されるのを見て、増援も今から要請しても早々の到着は(ソ連の現状から考えて)難しく、籠城戦は不利と考えて機動戦を仕掛ける事を決意した。

 距離を詰め敵味方が混淆する戦いとなれば、敵の砲兵も航空隊も支援しづらく、数に勝ってるであろうソ連に勝機はあるはずだった。

 

 何しろ、相手は強力なドイツ軍ではない・・・・のだ。

 ソ連から盗んだ装備とドイツの型落ち品でとりあえず武装したようなフィンランド軍だ。

 誰しもが、「圧倒的な火力で目にもの見せてやるっ!!」と意気込んでいた。

 だが……

 

「なんなんだよ……あの戦車は……」


 現実は、ボログダ守備隊の思うようにはならなかったのだ。

 呆然と次々と重装甲のKV-1を、あるいは虎の子である”街道の怪童”KV-2を容易くアウトレンジで撃破してゆく”見慣れぬ敵戦車”……T-34では相手にもならなかった。

 

「なんであんな《b》”化物みたいな戦車”《/b》を、スオミの田舎者が持ってるんだよっ!?」




 そう、この戦いには先行量産型の”KSP-34/42”が(フォン・クルスの発言通り)50両ほど参戦していたのだ。

 それも最前列を務める”パンツァーカイル”の鏃に配されていた。

 

 この戦車戦による純粋なKSP-34/42の撃破数は、KV-1/2を含む79両とされる。

 損傷は3両、擱座は1、被撃破は0……余りにも鮮烈なデビュー戦だった。



***




 公式な記録によるとボログダ陥落は、1942年6月14日だとされる。

 ボログダ守備隊司令官は割と優秀であり、勝てない戦いと踏んで、全軍のヤロスラブリまでの撤退を命じた。

 やはり損害の出やすい撤退戦、容赦ないフィンランド軍の追撃を受け、戦力を擦り減らしながらも辛くも司令官は撤退を成功させた。

 あの状況で守備隊の4割をヤロスラブリまで辿り着かせたのだから、名将の一人と言ってよいだろう。

 

 だが、時期が悪かった。

 司令官に下ったのは、非情の命令だった。

 スターリンは、ベリヤに「モスクワが危機的状況(爆撃)の最中に、戦闘を放棄した罪サボタージュ」でこの司令官の粛清を命じたのだ。

 いつもの考えなしの腹いせのでの処刑だった。

 いや、誰かに責任をかぶせないと精神的に持たなかったのかもしれない。

 そして、この防衛隊司令の最後の言葉は、

 

「なるほど。道理で我が軍が負け続ける訳だ」

 

 蛇足ながら、ジェーコフがその事実を知ったのは、粛清が行われてからだったという。

 

 

 

 そして、同日……ドイツ北方軍集団は、一路、アルハンゲリスクへ向けて北上を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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