第221話 ”ミントブルーの花十字” ~オイル塗れの策略を添えて~
5月のある晴れた日、ふと俺ことフォン・クルスは思いついた。
「シェレンベルク、確かロイヤル・ダッチ……じゃなかった”リパブリカ・ダッチ・シェル”がボルネオ島とかスマトラ島に持ってた油田って未採掘の油田は全て英国権益だけど、試掘も含めた採掘済みの油脈や油田って、特別措置としてオランダ権益のまんまだよな?」
たまたま今日は執務室に顔を出していたシェレンベルクに俺は問いかける。
ほら、オランダって、議決して王族廃止しちまったろ?
んでもって、今は共和制に移行してて、例の国策石油企業もそれに合わせて社名変更したって訳さ。
それで話は、石油権益なんだけどな。
蘭領東インドを日英に割譲したが、全てを差し出せば国は干上がってしまう。
なので、「未開発の石油権益は譲るが、既得石油権益はオランダに残してほしい」という嘆願をドイツを通じて英国は受けた。
つまり、オランダの既得石油権益は英国管轄のボルネオ島やスマトラ島などの西側に集中していたのだ。
オランダの不安定化を望まない英国は、それを快諾していた。
実際、英国は世界中に石油権益を持っており、今更、世界の果てにある採掘済み油田に目くじらを立てる必要は無かった。
むしろ、オランダとの関係悪化でドイツとの停戦が揺らいだ方が大損だった。
「ええ。その通りですが……それが何か?」
そうか。契約は変わってないか……
「オノデラ大佐、リビアでの油田開発は予定通りで、原油の出荷は43年から可能か?」
「ええ。特に聞く限り遅延は出てないようですが……総督、まさか……」
おっ、頭の回転が早くて助かるな。
「日英独蘭仏の五カ国協議を行って……リビアの石油とインドネシアの石油、
いやさ、石油って輸送コストがバカにならんのよ。
タンカーはデカいし、今は戦時下だから護衛船団を付けなきゃならんしで、どっちも動かすだけで大いに金食い虫だ。
だったら、同じ石油、原油となれば近場から運んだ方が断然お得だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 英国は日英同盟、ドイツはオランダの宗旨国みたいなもんですからわかりますが、どうしてフランスが出てくるんです!?」
えっ? そりゃあ単純じゃん。
「原油の陸揚げを”トゥーロン”や”フォス=シュル=メール”から行うからに決まってるだろ?」
トゥーロンは大西洋に面した北岸をドイツに租借したフランス(一応、軍港のブレストはフランス軍管轄だが)が持つ今や拡張につぐ拡張でフランス最大の軍港で、フォス=シュル=メールは欧州有数の歴史ある港であるマルセイユから50㎞ほど離れたところにある港街だ。
共通項は、どっちもフランス南岸、地中海に面しているという事。そして、どちらも石油備蓄基地と化学コンビナートを港に隣接して持ってる事だ。
軍港であるトゥーロンは簡単にイメージ出来ると思うが、フォス=シュル=メールはかつては塩田で栄えていたが、今はフランスの国策でコンビナートを抱える工業都市になっていた。
「おそらく、港とタンクとコンビナートを使わせてやるから使用料として石油の分け前寄越せと言ってくるだろうが……わざわざジブラルタル海峡抜けて大西洋回り込んでオランダ経由でドイツに届けるのと、フランス石油会社(国策企業)にドイツまでパイプライン引かせて、”日英の浴槽”と化した地中海だけで完結させるのとでは、どっちがリスクが低く、コストがかからないと思う?」
「うっ……」
言葉に詰まったな?
「それにこれは日本皇国にもメリットあるんだよ。石油の運送コストを大幅に引き下げられる上に、直接の取引相手はオランダで、荷降ろしするのはフランスだ。どっちも親独ではあっても中立国だ。国際法規的に戦争幇助には当たらない。そして、書類上はオランダがフランスを通してドイツに石油販売するって形にすれば、普通の国際商取引の成立だ。日本は運送コスト下げられて幸せ、英国はジブラルタルや大西洋やドーバー海峡に余計な緊張持ち込まれなくて幸せ、フランスは港湾設備の料金で石油の分け前が得られて幸せ、オランダは自国に石油販売代金が入って幸せ。五カ国全得、誰も損しない素敵なやり方だと思うがね?」
まあ、Win-Winは商売の原則にして極意だし。
「シェレンベルク、オノデラ大佐、このクソッタレな世界をそれなりに楽しく生きようと思ったら、相応の作法が必要だとは思わないか?」
「……総督は、本当に外交官クビになってよかったと思いますよ。総督の適正は外交官ではなく、それを使う側です。断じて使われる側ではない」
えっ? 小野寺君よぉ、俺は今でも一応は宮仕えの身なんだが?
「フォン・クルス総督、それを提案する貴方の
個人のメリットなんてもんは特にないが、
「この話がまとまれば、ドイツは無理にコーカサス・カスピ海の油田に殴りこむ必要は無くなる。戦争に余力ができるぞ? しかも、米ソが手を出しにくい石油資源と安全な搬入ルートが手に入る。いいことづくめだろ?」
「それは間違いありませんが……」
「シェレンベルク、勘違いすんなよ? 俺も今は
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後日、なぜかヒトラー総統直筆の命令書を携えてハイドリヒがまたサンクトペテルブルグに自家用機(?)でやって来た。
なんでも手続きは全てやるから、正式に”多国間石油バーダー計画”を計画書としてまとめて欲しいらしい。
まあ、それは言い出しっぺは俺だし、エネルギー政策は国家の命運かかる重要事だから構わんけど……
「それで褒賞が管理担当区域の拡大ってのは、実際どうなんだ? 仕事増えるし、もしかして罰ゲームなんじゃ……」
サンクトペテルブルグからエストニアとの国境まで、具体的には南に延びるガッチナ→ルーガ→プスコフ→キンガセップ→ソスノヴイ・ボールのラインに囲まれた地域だ。
「”サンクトペテルブルグ
「フォン・クルス、お前さんは
いや、まさか。
「サンクトペテルブルグを含むガウなら、別のガウライターが任命されるのかと思っただけだ」
「それじゃあ、
まあ、そのあたりが本音か。
「なんだ? 俺に元共産主義者の面倒を見ろと?」
「良いじゃないか? 元なんだし。土地と一緒に労働力も手に入ると思えば。これで都市拡張やりたい放題だぞ?」
「そりゃそうだがな」
まあ、間違いなくやれることは増えるが……
「ここだけの話、今は戦時中だし現状では難しいが、総統閣下はノブゴロドやイリメニ湖辺りまでお前の管理区域に加えたいみたいだぞ?」
「うぇ……マヂか?」
「大マジだ。往時には300万人都市だったサンクトペテルブルグだが、元々の残ってた住人に移住者も含めて今は200万人規模ぐらいだろ? もし、土地が増えたらどのくらい養えそうだ?」
「都市生活者や工業従事者や港湾労働者だけでなく、農業従事者や畜産業も増えることを想定するなら……ざっと最低でも800万、上手くやれば1200万は固いかな?」
実は、サンクトペテルブルグの周辺は水資源が豊富で、肥沃な土地も結構ある。
寒いことは寒いが小麦や大麦、ライ麦、ジャガイモやサトウダイコン&テーブルビートとかなら普通に収穫できるし、ホウレンソウやブロッコリーも行けるだろう。
畜産も海岸部を中心に手つかずの草地が広がってるから、牧草地として整備すればいけると思う。
海辺の牧草地は潮風の影響で内陸部に比べてミネラル分が多くなるって結果もあるしな。
「それは頼もしいな。確実にフィンランドの人口を超えるぞ?」
冬戦争直前で、フィンランドの人口は370万人くらいだったか?
今は、急速にそこの住民ごと領土を増やしてるから、特にカレリア地峡やカレリア共和国には潜伏していた人間も多いし、国際的な監視の目があったから大規模な住民強制移住は起きてない(その分、ロシア人の新規入植者はあったが)。
それに冬戦争から1年ちょっとで独ソ戦、大幅なテコ入れはできてなかった。
これにコラ半島の住民まで組み込むと……
(ざっと400万人以上。だが、500万人には届かないくらいか)
その人口で、よく30万人も兵力抽出するよ。
***
ところでさっきから気になっていたんだが……
「ハイドリヒ、お前が取り出してるこの”エンブレム”ってなんだ?」
机に広げられたのは小さな旗。
ハイドリヒの掌の上には、同じデザインのプラチナの台座にラピスラズリがはめこまれた勲章が輝いていた。
なんか十字にも花にも見えるんだが?
「今回の”特別褒賞”だそうだ」
「はぁ? これが?」
ハイドリヒは頷き、
「”ミントブルーの花十字”、総統自らデザインした新しいサンクトペテルブルグの紋章で、同時にフォン・クルス家の紋章だ」
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