第217話 日本皇国の1942年度戦争計画 ~まあ、フランスからの提案にもメリットはあんだよ。面倒だけど~




   ”目には青葉 山ほととぎす 初鰹”




 サンクトペテルブルグでは、二度のスモレンスク防衛戦を無傷で終えた若きエース達が最新鋭機のテストフライトを楽しんでる頃……

 来栖任三郎の追放から1ヶ月おど経った永田町では、日本皇国挙国一致内閣の閣僚会議が行なわれていた。

 

「やはり、今年度の最大の戦時目標は、後半の”ギリシャ奪還”作戦か……」


 軍機とスタンプの押された書類束を指でトントンと叩きながら、海軍大臣の堀大吉に確認する。

 

「いつまでも”グレゴリウスII世”陛下をクレタ島でお待たせする訳には参りませんので」


 現在、イタリア人の支配が及んでない純粋なギリシャ領土というのはグレゴリウスⅡ世がいるクレタ島をはじめとするエーゲ海の島々だけだ。

 まあ、これもタラント港でイタリア海軍を壊滅させた日英同盟地中海艦隊の活躍と未だに繰り返されるイタリアへの通商破壊作戦などの成果だった。

 クレタ島防衛戦から1年余り……精強なドイツ軍の姿は、既にアフリカにも地中海にもなく、地中海は半ば日英同盟の浴槽となっていた。

 

 現在、英国陸軍・空軍の主力は新領土であるアフリカ中央部から西岸にかけて展開しており、海軍も紅海やジブラルタル海峡を抜けてその作戦支援に集中しているため、日本以外にギリシャ方面で大規模軍事作戦を行える組織はなかった。

 

「まあ、いつまでもギリシャ本土で”ELAS(ギリシャ人民解放軍=ギリシャの共産パルチザン)”や”KKE(ギリシャ共産党)”にデカい顔させておくわけにはいかんわな」


 現在、ギリシャ本土に駐留するイタリア軍に最も烈しく抵抗運動を展開しているのが、ギリシャ共産党指導下のギリシャ人民解放軍だ。

 名前からして日本人は拒絶反応が出そうだが……


「まだ王様が亡命せずにクレタ島で踏ん張ってるから民心は離れずに済んでるが……あんまり連中に活躍されると、民衆からは”王様不要論”が出かねん。実際、KKEはそう誘導しているフシ・・がある。そうなれば、例え王様が戻っても内戦一直線だ」


 そうして1946年に勃発したのが、日本人があまり知らない血みどろの内戦、史実の”ギリシャ内戦”だ。

 無論、転生者サクセサーである近衛首相はそれをよく知っていた。

 

「そいつぁ、本気で日本皇国我が国としちゃあ、面白くない。だからこそ、ギリシャ産……かどうかも怪しい共産主義者クソヤロー共が調子づかない内に一気呵成に、圧倒的な火力でギリシャに居座るイタリア人マカロニ共を茹で上げる必要がある。堀サン、できるかい?」


「お任せください。大和級1番艦”大和”は既に就役し、連合艦隊旗艦として既に実戦配備についています。2番艦”武蔵”も今年の夏までには。3番艦”信濃”は6月中に海上公試に入る予定で、年末には4番艦”甲斐”も竣工できる予定です。また、空母も装甲空母の大鳳型が既に就役しはじめています」


「つまり?」


「近衛首相、本国に残る加賀型戦艦2隻、翔鶴型空母2隻、さらに”あきつ丸”型揚陸艦の2隻を地中海方面へ新たに増援として送ることが可能となります」


 つまり、日本が地中海方面に展開する戦力は、

 

 ・戦艦:加賀型戦艦×2、長門型戦艦×2、金剛型巡洋戦艦×2

 ・空母:翔鶴型正規空母×4、雲龍型正規空母×2

 ・揚陸艦;あきつ丸型強襲揚陸艦×4

 

 戦艦6隻、正規空母6隻、強襲揚陸艦4隻、これに護衛や補用の艦艇まで付くのだから、総勢100隻を超える大艦隊が、地中海に集結するというのだ。

 無論、アレキサンドリアだけでは足りないので、軍港としての機能を拡張したトブルクなども母港として使われる。

 今生の日本皇国は、これだけの艦隊を遠隔地で無理せず展開できるだけの国力とロジスティクスを持つに至っていたのだった。

 

「加えて、海軍航空隊には零式戦闘機の最終型である”零式三三型”が、海軍陸戦隊には”海兵九七式改戦車”がそれぞれ配備、実戦運用が始まっております。少なくとも、初手よりイタリア軍に勝ちを譲ることは無いでしょうな」

 

 むしろ、オーバーキルのような気がしないでもない。

 例えば、零戦三三型は武装が違うがスペック的にはほぼ”五式戦闘機”であり、海兵九七式改は九七式軽戦車を魔改造して英国由来の6ポンド砲(57㎜50口径長砲)を搭載した代物であり、仮にP40重戦車が出てきても返り討ちにできるスペックを持っていた。

 

「海軍サンの簡保射撃と航空隊、陸戦隊で何とかなると?」


首都アテネくらいは、陸式の皆さんがいらっしゃる前に橋頭保として確保してごらんにいれます」

 

 理知的な堀には珍しい獰猛な笑みに、近衛は上機嫌になり

 

「いいねいいね♪ 上陸地点はグリファダ海岸ビーチに決定かい?」


 グリファダ海岸とは首都アテネから16㎞ほど南にある海岸で、大規模な揚陸部隊の上陸ポイントとして使える海岸としては、最もアテネに近い……というか、戦艦の主砲どころか15㎝級の陸用の重砲でもアテネ市内を射程に入れられる近さだった。

 正確に言えば、グリファダ海岸からアステラス海岸、ボーラ海岸に至る数キロの海岸線が、砂浜であり揚陸ポイントだ。


 ちなみにここよりアテネに近い海岸は、カラマキ海岸という広い海岸があるのだが、ここはアテネ市に隣接しているというか、アテネの海岸だ。

 市内中心部のパルテノン神殿まで直線距離で7㎞程度しかないと書くとイメージしやすいだろうか?


「そうなりますね。無論、事前にあらゆる手段を使って”日本皇国軍がグリファダビーチに上陸する”事を喧伝します。必要ならアテネ市内に、ギリシャ全土にビラをまき、ラジオで中継します」


 これは欺瞞工作などではない。

 皇国海軍は、奇襲上陸など考えておらず、強襲上陸一択だ。


「イタリア軍には可能な限りグリファダ海岸近隣に集まってもらいます。我々が一気に殲滅するために」


 これは傲慢や冒険的な作戦を望む故ではない。

 かなり正確に、ギリシャにおけるイタリア軍の総配備兵力をつかんでいたゆえの判断だった。

 ギリシャに全土に散らばられるより、まとめて始末したいが故の工作だった。


 その彼好みの強気な発言に近衛はニンマリ笑い、


「良いだろう。了承しよう。日本皇国は皇室外交の関係もあり、親交のあるギリシャ王室を全面的に支援する。皇国軍の活躍、”威”こそがギリシャ王権の担保と覚悟せよっ!!」


「はっ! 肝に銘じますっ!!」


 きれいな敬礼をする堀に満足しながら、近衛は今度は外務大臣の野村時三郎を見て、

 

 

 

***

 

 

 

「次の議題だが……野村サン、フレンチトースト共は北チャドの一件で味しめて、”アフリカ周辺の面倒事・厄介事は日本に投げておきゃ何とかなるんじゃね”とか思ってねぇよな?」


「あながち、否定は出来ませんなあ」


 と苦笑する野村外相である。

 

「まあ、でも確かに中東だの中近東だのアフリカだのの安定化は、皇国の望みではあるわな。そういう意味じゃ、好機と言えなくもねえ」


 相変わらずのべらんめぇ調の近衛は、

 

「野村サン、送るとしたら誰よ?」


「石射、”石射猪之助いしい・いのすけ”しかいないでしょうな。あやつは鉄火場に慣れていますので」


「石射サンかぁ。確かに適任だわな。軍人に平然と嚙みつくクソ度胸に鉄火場に鍛えられたど根性、そして根っからの平和主義者……いいね。良い選択だ」


 そう野村の判断を肯定しつつ、

 

「だが、皆も知っての通りどうにもシリアもレバノンもキナ臭ェ。ヤンキーとロスケの腐った腸の臭いがプンプンしやがる。ドイツは、おそらく今年の夏にでもアルハンゲリスクを潰してレンドリースの北海ルートを完全遮断するだろう。太平洋ルートは今のところ、皇国は米国と一戦やる気はねぇから、女装趣味の阿呆がちょっかいかけてこねぇ限り今以上のことはしねぇ。だがな……」


 近衛は腕を組み、

 

「北海ルートが潰される以上、おそらくスポットが当たるのはペルシャ湾ルートだ。今の所、活性化してる感じはねぇが、あそこには”イラン縦貫鉄道”がある。まあ、時間の問題だろうな」


 ”イラン縦貫鉄道”とは、ペルシャ湾から首都のテヘランを経由し、カスピ海へ抜ける鉄道だ。

 まさにレンドリース品の搬送にうってつけ、いやむしろそれ用に作られた鉄道の用だった。

 だが、史実においては1941年当時のイラン皇帝”レザー・シャー・パフラヴィー”はイランの中立を宣言すると同時に枢軸(ドイツ)寄りの態度を示した。

 そこでドイツと敵対し、尚且つイランに石油利権を持つイギリスと、レンドリース品ルートを確保したいソ連が軍を送り制圧。

 いわゆる”イラン進駐”である。

 この時、レザー・シャーは油田開発で知己のあったアメリカに救援ないし仲裁を求めたが、アメリカ大統領ルーズベルトは、史実だろうと今生だろうとアカと中国が大好きなクソ外道だ。つまり、あっさり見捨てた。というかソ連に味方し、レザー・シャーの国外追放を促した。

 そして、レザー・シャーの後釜はお決まりの操り人形だ。

 まあ、その後もイラン革命に至るまでの道筋は、まさに傲慢と偏見に満ちた鬼畜っぷりだが、それは各々確認してほしい。

 

 だが、今生では少し様子が違うようだ。

 

「ソ連が進駐し、助けを求められたアメリカが仲裁し、ソ連が撤退した。皇帝シャーは仲裁と皇位の保障の見返りに、イラン縦貫鉄道のレンドリース品の搬送使用を認めた。まあ、絵に描いたようなマッチポンプだな」


 そう、今生では英国はこの一件(ソ連のイラン進駐)に深く関与していない。

 彼らは、「英国がイランに持つ石油権益に手出ししない限り、一連の行動を黙認する」としたのだ。

 流石ブリカスである。

 まあ、こうなった経緯は英国がバトル・オブ・ブリテンにおいてロンドンを”誤爆”されてなかっただけでなく、独ソ戦開始時に既にドイツとの停戦交渉に入っていた(実際にクレタ島での戦い以降は自然休戦に近い状況になっていた)ことが大きい。

 

「なあ、永田サン」


 近衛は陸軍大臣の永田銀山に、

 

「アフリカには、もう”三式戦車”は送ってあるのかい?」


「次の便で先行量産型を送る予定でしたが……」


「急いだほうがいいぜ? シリアやレバノンで”オイタ”してる連中は、十中八九イランから流れてきてる。ってことはだ、」


 近衛はスッと目を細めて、

 

「もしかしたら、”三式戦車”の初陣の相手は、T-34やM4シャーマンになるかもしれん」

















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