第13章:戦争は所詮、政治の一形態に過ぎない事を語る章

第216話 ペタン首相もやっぱりフランス人だったというお話




 さて、舞台は唐突に1942年4月中旬のフランスの首都、パリへと移る。

 もはや戦争の影響をパリ市内で見かける事は無かった。

 例えば、史実では普通にいた横暴なふるまいのドイツ軍人が闊歩するような姿はいない。

 パリにいるドイツ軍人は、常にいるのは大使館付駐在武官くらいだ。

 最もドイツとの”兵器を含んだ重工業品”の取引は堅調なので、パートタイムではたまに集団を見かける。

 後は、北部の海岸線から100㎞が「西方への防衛」を理由にドイツへ租借されてるから、そこの駐留部隊の軍人が、たまに静養を兼ねて来るぐらいだろうか?

 後は故郷への土産を買うのに相応に金を落としていってくれるのでありがたい。

 土産……に入るかわからないが、実はドイツ人に好調な売れ行きを示してるのが、不思議なことに自動車だ。

 

 ペタン首相をはじめ、フランス人はドイツと言えば”国民車フォルクスワーゲン”なんて格安大衆車を生み出し、「一家に一台の自動車を」なんてバカげた、あるいは今の緊縮財政(復興資金をドイツから借りてる現状。支払いは主に軍用品の現物支払い)のフランスにとっては、夢のような政策をガチで実現させた自動車王国のはずだ。

 

 だが、フランス人には及びもつかない話だが……国民に車が行き渡り、アウトバーンの建設と軍官民問わない大規模な国土開発計画で、モータリゼーションが起きたゆえの悩みがあったのだ。

 つまり、一昔前は「車は持ってるだけでステータスシンボル」であったのに、誰も彼も自動車を持ってしまった為に個性が出しにくくなってしまったというのだ。

 何とも贅沢な悩みである。

 更に低価格帯自動車は、国策国民車”フォルクスワーゲン・タイプI”以外にも、オペルP4やタトラT97など小型車・大衆車市場は活況のようだ。

 しかし、そうなってしまえば個性を出したくなるのが人情という物。

 そこで、そこそこ懐に余裕がある(年齢の割には階級が高いとか、実家が太いとか)若手将校が目を付けたのが、”最も身近で手頃な外国車”の一つであるフランス車という訳だった。

 

 特に人気なのはシトロエンの”トラクシオン・アバン”だ。

 なんでも、前輪駆動とモノコック構造という先進性とネオ・クラシカルでエスプリを感じる外観がミスマッチで良いのだとか。

 更には、セダンだけでなくハッチバックにクーペにカブリオレとバリエーション豊富なのも、フランスらしくカラーバリエーションが多いのも大いにウケた。

 フランス人的にはよくわからない感覚だったが、「とりあえず外貨稼げればなんでも良いか」とフランスでの販売のみならず、ドイツへの輸出も開始、販売と修理、部品供給を行う代理店ネットワークも整備した。

 それが更に評判を呼び、トラックやバンなどの商用車の発注も鰻登りらしい。

 

 

 

 これはドイツも致し方無い事情もあり……どうしても旧チェコなどを含めたドイツの自動車メーカーは民生車と並行して軍用車を作らねばならず、どうやっても生産リソースが取られてしまう。

 だが、戦争景気のお陰で市場の購買意欲は高く、また富国政策を行うにはトラックなどの自動車物流を滞らせる訳にはいかない。

 スウェーデンのボルボなど対価さえ払えば輸入が可能だが、彼らにも自国需要を考えれば輸出限界はある。

 そこで”民生車両業界の救世主”として白羽の矢が立ったのが、シトロエンなどのフランス自動車産業という訳だった。

 

 史実ではドイツ軍が徴用を行ったが、今生ではそうではなくドイツとフランスの経済関係者話し合いで、拡大の一途を続ける民生車両分野での協力と相成ったようだ。

 むしろ、ドイツがさっさとペタン政権(旧ヴィシー政府)にパリを含んだ全土を返還したのも、可能な限り産業基盤を破壊しないように配慮して戦争したのも、そして占領統治時代もいつでも工業力を復元できるようにしたのも、全ては「戦争で欠乏する民生分野」を補填するため、フランスの工業力がどうしても必要だったという部分があるのだ。

 戦争は金食い虫であり、軍隊は消費するだけで基本的に金は生まない。占領するのは軍であるが、占領地を復興させ自国経済に取り込むのは、本質的に軍ではない。

 だが、民間は金を生む、経済を回すために市場というのは存在しているのだ。

 一部の戦略物資は仕方ないとはいえ、ドイツだって本来は統制経済などやりたくもない。

 ぶっちゃけ、戦争に金がかかるなら、その浪費の分、経済を回さねばならないのだ。

 略奪という方針を捨て去った今生のドイツは、”税金で戦争する”のが基本なのだから。

 そして、民族資本だけではどうにもならないから、占領した国々をさっさと親独国として再独立させ、戦後復興を起爆剤とした経済活性化に繋げ、ドイツに限らずドイツ経済圏(マルク経済圏)全体の利潤で戦費を捻出しようとしている。

 加えて戦時国債も発行しているが、ドイツの勝ちっぷりのせいか、売れ行きも好調だった。

 ”愛国債”の別名で国民が買うだけでなく、わりと外国人投資家も購入しているようだ。

 

 

 

 そしてこの状況を、欧州の群雄割拠で生き残り、”日の沈まぬ帝国”の一角だったフランスが見逃すはずがなかった。

 兵器を含んだ軍需品で復興資金の返済を細々と行いつつ、民生品で儲けることに躊躇など無かった。

 昨日の敵が今日の友、今日の友が明日の敵なのが欧州だ。

 史実で日本人から「欧州政治は奇々怪々」と評された土地で生き抜いた強かさをナメてはいけない。

 

 

 

***



 

 またフランスは、元々農業国であり、代表的農業輸出品であるワインの輸出も再開され、ドイツは食料の物納も返済として認めているためにこっちも堅調。

 再軍備も別に富める者もおらず、かといって戦争からは足抜けした(と思ってる)フランス。

 パリジャンは中々良い空気を吸ってるように思われるが……だが、そうは問屋は卸さない。

 

 フランス、ペタン政権だって頭痛の種はいくつもあるのだ。

 自由フランス?

 いや、あれは国際連盟でのテロリスト認定である程度は解決している。

 

 植民地問題?

 まあ、これもインドシナ半島とか中央アフリカは解決できたし、他もおいおいやっていこうと思ってる。

 幸い、ドイツと停戦してからもはやあまり戦争に熱心ではなくなった英国が、わりと不良債権化した土地を買ってくれそうな気配を出している。

 だが、

 

「委任統治領をどうするか……」


 ペタンは悩まし気に呟いた。

 今回の議題は、独立要求の強いフランス委任統治領のシリアとレバノンだ。


 本音を言えば、損切りをしたかった。

 まあ、以前の政権ならばならばそれなりに支配に野心はあっただろうが、ペタンにとっては、

 

「今となってはただの負債だな。アルジェリアやチュニジアと違って、我が国フランスの国防にコミットしている訳でもないし」


 強欲なれど、必要無くなれば切り捨てる。

 傲慢なれど、それが欧州の流儀といえば流儀だ。

 そして、ペタンもやっぱりフランス人である以上、フランス人気質なわけで。


「……こうなっては仕方がありません。損切りしましょう」


 閣僚の1人、経済大臣がそう発言した。

 

「損切りは賛成だが、どうやって行う? 実際、統治コストがじわじわと上昇しているのは、おそらく米ソの工作員が民族自立派を煽ってるからだぞ?」


 明確な証拠尻尾はまだつかめてないが、シリアとレバノンで彼らが暗躍している状況証拠はいくつも見つかっていた。

 

「無論、ただ手を引くのではありません。それではただの支配力喪失による撤退でしかありません」


 いや、実際にドイツに敗れたことによりそういう状況になっている、そしてかの地から手を引きたいから、こういう議題になってるのでは?と疑問を顔に出すペタン首相と他の閣僚たち。

 だが、経済大臣は胸を張り、


「……日本皇国ジャポンにシリアとレバノンの委任統治権を売り付けるのです」


「「「「「はっ!?」」」」」


 一瞬、その意味が解らないというような顔をする閣僚達。

 ペタンは一同を代表し、

 

「まちたまえ。何故、日本が買うと思うのだ? 彼らは火中の栗を拾うことハイリスクを好む民族ではないだろう?」


「いえ、今回は話を出せば、必ず乗ってきます」


「なぜかね?」


 すると経済大臣はドヤ顔で、

 

英国人の跳ねっ返りド腐れライミ―が、”アラブ連盟”なんて物を提唱してしまったからですよ」


 史実における”アラブ連盟”とは、英国人の政治家アンソニー・イーデンが、枢軸側に当時は殆どが西欧の植民地や半植民地、委任統治領だったアラブ諸国が枢軸側に流れないよう「アラブ人の連帯」を提唱したものだった。

 これは、ヴィシー・フランスが実質的に中東への影響力を喪失したからこそできた政治的奇術であり、実際にフランスの委任統治領だったレバノンは戦時中の1943年以英国の了承のもと、独立を果たしている。

 要するに、英国人お得意の”多枚舌外交の典型いつものやつ”だ。

 しかし、今生では……

 

「しかし、あれはドイツとの停戦がなった後に取り下げられたのでは?」


 と外務大臣。


「ですが、その発想と思考はばら撒かれました。吐いたツバは吞み込めません」


 経済大臣はそう切り返し、

 

「アラブ連盟は、”アラブの恒久的安定”を望む日本人にとって、とても都合が悪いんです」


「まちたまえ! 日本人がアラブの恒久的な平和を望む? 何を言っているのかね?」


 すると経済大臣は極めて真面目な顔で、

 

「でなければ、リビア三国連合トリニティでの動きは説明がつきません。彼らの目的は、リビアの支配ではなく、”リビアの安定化”その物なのです。加えて石油資源に関しても、日本人は収奪することを目的としておらず、あくまで”原住民による健全に運用されるべき資源”として定義し、富国政策の一環とするように指導していおります。そのための”アラビア石油開発機構”です。貧富の格差は国にとって危険な火種となることを、日本人は理解しているのですよ」


 経済大臣は一度言葉を区切り、

 

「プライムミニスター・コノエはそれをおそらく誰よりも良く知っております。彼の”占領地政策”は一貫しておりますので」



 

***

 

 

 

「むっ、確かに納得できないわけでは無いな」


 この外務大臣の発言で、話の流れは決定された。

 

「委任統治権の代金は、現物で……石油で支払ってもらいましょう。心配しなくとも日本人はシリアやレバノンの独立に尽力してくれますし、新たに生まれる独立国”シリア共和国”や”レバノン共和国”と手を取り合って油田を共同開発し、健全に採掘してくれるでしょう」


「例えば、リビアのように……かね?」


 経済大臣は大きくうなずき、


「そして我々が得た石油、その余剰分はドイツへの復興資金返済に当てればよい。これが誰も損をしないやり方だと思われます」

 

 外務大臣はムムムっと腕を組み、

 

「シリアとレバノンは念願の独立を得て、日本人はアラブの更なる安定化を、そして我々フランスは損切りをして、石油を得るか……悪くない」


 閣僚からは不満の声は上がらなかった。

 

「良いだろう。外務大臣、ドイツとの水面下交渉を頼めるかね? これは国際的な協調を必要とする大掛かりな取引となる」


「かしこまりました。ペタン閣下」




 こうしてまた、日本に悪意のない政治的爆弾やっかいごとがユーラシアの反対側から大陸間(?)弾道飛行でかっ飛んできて、再び日本皇国の永田町に着弾するのだった。















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