第213話 ヴォロネジ攻略戦 ~対照的な戦場~




 さて、第二次スモレンスク防衛戦に並行する形で行われたドイツの”ヴォロネジ”攻略戦については、実は思ったよりも盛り上がりは少ない。

 ある意味において、とても退屈かもしれない。

 

 まず、ヴォロネジの状況を説明しよう。

 最精鋭部隊が”第一次スモレンスク攻略戦”引き抜かれたまま、彼らは未だに戻ってきてはいない。安否は不明だ。

 その穴埋めだろうか? 後方から雑多な……寄せ集めとしか思えない部隊が増援としてやって来る。中にはロシア語が通じているのか怪しい部隊も混じっていた。

 ヴォロネジの司令官と政治将校は顔を見合わせ、「これは指揮権のすり合わせが大変だぞ」と溜息を突いた。そして、ウォッカを痛飲した。

 クルスクがドイツ人に攻め落とされ、彼らに叩きだされた……というより純粋に追い出された(実際、脱出に猶予が設けられ、家財を持ち出す時間が与えられていた)クルスクの住民とそれを護衛するという名目でクルスク防衛隊がやって来た。

 ヴォロネジ市長と共産党員は、住居や備蓄食料の再配分に頭を抱えた。そして、ウォッカを痛飲した。

 

 それからしばらく、モスクワから直々に”第二次スモレンスク攻略戦”に向けて戦力抽出が求められた。

 最初は、首脳部がごっそりいなくなったとはいえ、中堅どころが残っていたためにある程度は指揮系統が維持されていた”旧クルスク防衛隊”を差し向けようとした。

 だが、モスクワからは「首脳部がこぞって降伏した部隊を作戦に組み込むのは危険」と拒否。

 ヴォロネジ司令官と政治将校は、「「馬鹿げてる」」とは思ったが口には出さず、再編を終えたばかりの「雑多な後方からの増援部隊」を差し出すことにした。

 これ以上、ヴォロネジの正規保有戦力を減らされるよりはマシだった。

 モスクワはそれを了承する。

 彼らが欲しがっていたのは、兵隊というより鉄砲玉だったからだ。

 

 その日、司令と政治将校は、市長と共産党員も呼びつけて一緒にウォッカを痛飲した。「「自分達が何のために頑張って再編したかわからない」」と。

 

 


***




 さて、それからまたしばらく。

 今度は”北から(モスクワ方面)”からかなり装備の良い部隊がやって来た。

 歴戦の風合いを感じさせる使い込まれた装備は、傷だらけでもキチンと整備されている様子が見て取れて、また行軍の様子も上手くまとまっていた。

 規模は増強連隊規模と小さいが、精鋭である事に疑いはなかった。

 また、西(陥落したクルスク方面)からじゃないのがまた良かった。

 

 ドイツ人に奪われたはスモレンスク、ブリャンスク、オリョールの”モスクワから300㎞以遠の西側ライン”だけで、ヴォロネジからモスクワへ通る街道は未だに健在だったはずだ。

 そして、彼らはヴォロネジの北部で止まり、綺麗に整列し、その中の最先任らしい将校が前へ出てくると拡声器で

 

「小官は”トゥーラ”方面軍、第63戦車連隊、”ウラジミール・スホーイ”大佐である! ヴォロネジ防衛司令と取次願いたい! 現在各地でドイツ軍の無線傍受も疑われ無線封鎖にあるるため、援軍を兼ねて機密性の高い情報伝達の為に我々が来た!」


 訛りのほとんど無いスマートなロシア語……

 モスクワっ子かまではわからないが、都市生活者には間違いなさそうだった。

 

 そして、階級章や認識票の確認が行われ、スホーイ大佐の身分が間違いないとされると早速、司令部に通された。

 敬礼する大佐にヴォロネジ防衛司令官

 

「スホーイ大佐、私がヴォロネジ方面軍司令のニコラス・ヴァトゥーチン中将だ」


 そう恰幅の良い男は答えた。


「お目にかかれて光栄です。同志中将閣下」


「早速で悪いが、スホーイ大佐。機密性の高い情報と君がわざわざ”トゥーラ”から駆け付けた理由を聞かせてくれるか?」


 政治将校も同意と頷く。

 実は、ヴァトゥーチンは少し不信に思っていたのだ。

 トゥーラは遠い。直線距離で北北西300㎞ほども彼方にある街であり、確かに大規模な陸軍拠点はあるが……

 トゥーラからヴォロネジへ来るには、一度、東のノボモスコフスクを経由して街道を南下する必要がある。

 (史実と異なり)トゥーラやノボモスコフスクが陥落したという情報は入ってないが、いささか援軍、それも明らかな精鋭を送り込むには不自然に感じたのだ。

 

「この情報をどこまで伝えるかは、中将閣下の采配にお任せ致します……”第二次スモレンスク攻略戦”は失敗致しました」


「なっ!?」

 

 一瞬、声を失うヴァトゥーチンに畳みかけるように、

 

「友軍の被害は甚大。最終被害報告はまだまとまっていませんが……死者・行方不明者・降伏者は攻略軍102万のうち少なくとも半数に達すると概算されています。作戦参加航空機の被害は損傷機まで含めれば8割に達し、連絡機すらもまともに飛ばせない状況です」


「ぜ、全滅ではないか……」


 絶句する政治将校にスホーイは頷き、

 

「そうなった以上、確実にやってきます。ドイツ軍がここに」




***




 ヴァトゥーチンと政治将校が復帰するタイミングを見計らい、スホーイを続けた。

 

「二度目のスモレンスク攻略失敗と被害は、未だに伏せられています。ですが、クルスクの前例がある以上、この機会にヴォロネジが狙われるのは明白です。そこで上層部は余剰戦力を抽出し、ヴォロネジの増援に差し向けることを決定いたしました」


「それが君達だと? 余剰というより精鋭に見えたが……」


 するとスホーイは自嘲気味に笑い、

 

「いえ、我々の本質はウクライナとベラルーシでの敗残部隊を再編成して生まれた、まだ若い部隊です。個々の技量が比較的まともな者が集められましたが、部隊としての練度はそこまで高いものでは無い……所詮は、寄せ集めの部隊なのですよ。無論、小官も含め」


「……すまぬな」


 ヴァトゥーチンもまた、初期の”バルバロッサ作戦”の地獄を生き延びた1人。

 スホーイの心情はわかるつもりだった。

 

「お気になさらずに」


 だが、まさにスホーイが詳細を続けようと口を開いた瞬間、

 

「伝令! ど、ドイツとウクライナの混成大軍団が攻めて参りましたっ!! 数は、確認できているだけで1個軍団以上!!」


 最悪の凶報がヴォロネジ司令室に響いた……

 

「スホーイ大佐、着任したばかりで申し訳ないが」


「これもお役目です。存分にお使いください」


「わかった」


 ヴァトゥーチンは大きくうなずき、

 

「君の連隊は独立遊撃連隊として扱う。戦場の火消し役を期待する」


 スホーイは改めて敬礼し、

 

「拝命いたしました! 同志中将閣下!!」









 そして、劇場は開いた……
















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