第207話 ”第二次スモレンスク防衛戦”、開始 ~独ソ重砲戦力比較。数は勝ってるんだよなぁ、数は~
来栖が正式にサンクトペテルブルグ総帥になってから2週間ほど経った1942年4月15日、”
このスモレンスク、いや”カティンの森”へと。
今回の侵攻作戦に、ソ連は……いや、スターリンは決戦兵器の投入を許可していた。
それこそが、忌々しいスモレンスクのドイツ重砲部隊に対抗するために用意された機動(牽引)式
・B-4/203mm榴弾砲
最大射程:18,000m
・Br-2M/152mmカノン砲
最大射程:24,740m
・Br-5/280mm臼砲
最大射程:10,950m
いずれも牽引式重砲としては規格外の大きさ・重さであり、その為、一般的な野砲のように装輪式ではなく、戦車の様な幅広い履帯を履かせ、接地圧を分散させていた。
特注品に近い扱いの列車砲を除けば、あるいは大量生産された中ではソ連最大の威力を誇る
史実ではソ連の勝利へ貢献したとされる、スターリンお気に入りの”鋼鉄の巨獣”達……これが、スモレンスク周辺に1000門近く集結していたのだ。
この巨砲を操作するのに必要な人員は、その巨体故に最低15人とされており、この砲列を操作するだけで、丸々ドイツ式編成の1個正規師団の人数が最低でも必要だった。
更に先のスモレンスク攻略戦(ドイツ側から見れば”第一次スモレンスク防衛戦”)で、自軍をはるかに優越するドイツ空軍の航空兵力に痛い目を見たソ連軍首脳部が用意した策は、正にソ連らしい”レッド・パワープレイ”と呼ぶに相応しい物だった。
とにかく、重砲を牽引するトラクターであれ非装甲のトラックであれ野戦車であれ、動ける車両全てにありったけの機関銃や機関砲を取付け、「数で押し切る対空砲群」で対処する……1000門の重砲を15000丁の機銃とそれを操る3個師団分の人数で守ろうというのだ。
「撃墜できなくとも、爆撃されねばよい」、爆撃は弾幕の密度で妨害する。それがレーダーを持たぬソ連が出した結論だった。
更にソ連中からかき集めた800機の戦闘機
これに加えて、標準的な装輪式重砲がその倍以上が集結していた。
代表的な物は、
・ML-20/152mm榴弾砲
最大射程:17,230m
・M-10/152mm榴弾砲
最大射程:12,400m
・A-19/122mmカノン砲
最大射程:20,400m
つまり、履帯式の大型重砲と標準的な重砲を合計3000門以上そろえている事になる。
ソ連は、最初から精密砲撃なぞ最初から考えていなかった。
とにかく、投射重量で防衛線を穿ち戦車隊を突入、ドイツ人が守るスモレンスクと、なにより”カティンの森”を蹂躙すべしと考えていたのだ。
***
対して、ドイツ軍のスモレンスクに配備している重砲は、
・305㎜/Br18重榴弾要塞砲(固定砲)
最大射程: 16,580m
・210mm/Br17重カノン要塞砲(固定砲)
最大射程:29,360m
・21cm/Mrs18重臼砲
最大射程:16,725m
・17㎝/K18重カノン砲
最大射程:29,600m
・15cm/K18カノン砲
最大射程:24,500m
・15cm/sFH18榴弾砲
最大射程:15,675m
・15cm/K39榴弾砲
最大射程:24,700m
・10.5cmsK18/40カノン砲
最大射程:21,150m
射程や1門当たりの威力で劣ることはなく、むしろ精度では勝っていたのだが……如何せん、問題は数、門数だった。
スモレンスクとその周辺の防衛ライン内に配備されたこれらの重砲は、合計しても1500門には届かず、門数だけならソ連の半分以下だった。
これは、動員兵力の差全体の差でもあった。
ドイツ人のスモレンスクの配備兵力は30万人を少し超える程度なのに対し、ソ連側の動員兵力は遂に100万人に達するに至ったのだ。
つまり、”3倍以上の数”となる。
ソ連は数の論理、あるいは数の暴力で”防御絶対有利”の状況を覆そうとしていた。
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その日、まだ偵察兵となって日が浅いアントン・ツルゲーネフは、奇妙な光景を目撃する。
「アントノフ中尉、ナチ野郎は何をやってるのでしょうか?」
ツルゲーネフが覗き込む双眼鏡のレンズの向こう側では、ドイツ人が堀(対戦車壕)に落とした戦車の残骸や同志の遺体に水のようなものを、まるで消防団が使うような太いホースの放水銃(?)で撒いていたのだ。
「ああ、ありゃおそらく揮発油だな。ここからだと、ガソリンなのか軽油なのか灯油なのかはわからんが……」
「えっ? なんでガソリンなんか……」
「死体処理を兼ねた、俺達の戦車隊が突入するのを阻害する気だろうさ。連中の堀は、味方の残骸や死体で埋まり、防御効果が半減してしまっている。それを少しでも補いたいんだろう」
「そ、そんな! 同志の亡骸になんてことを……ナチ野郎めっ!!」
義憤に燃える、あまり偵察員に向いてなさそうな若者を、壮年の中尉は残念な人間を見る目になり、
(昨今は人材がいないのか、こんなのばかりだな……)
アントノフとて熱意は認める。
だが、それだけだ。
肝心の能力が伴ってない、それどころか適性を無視して放り込まれる人材が多すぎた。
つい先日失った前の部下も、「見つかったと思い込み、ドイツ軍のパトロール員に発砲」という隠密をもって良しとする偵察員にあるまじき失態で死んだのだ。
偵察員の仕事は、「敵との華々しい撃ち合い」などでなく、「生きて戻って正確な情報を友軍に伝える」事だということが理解できてなかったらしい。
「落ち着け。ドイツ人がやってる事は、所詮シロウトの浅知恵だ」
「えっ?」
「燃料ってのは、一般にすぐに揮発しちまうんだ。撒いてるのが何であれ、同志たちの戦車隊が突入する頃には、ほとんど燃料としては意味をなさなくなる。つまり、燃えなくなるってことだ」
「なるほど! 流石、中尉殿です!」
アントノフはため息を突きたくなったが、何とかこらえる。
どうにもこの若者は憎めないところがあり、出来れば生き残って欲しいと思った。
だが、アントノフは知らない。
世の中には、吸湿性はあってもほとんど気化(揮発)しない”ゲル化したガソリン”というものがあるのだと言うことを。
そしてこの日、スモレンスクは快晴であった。
もう少し、官給品であるソ連製の双眼鏡の解像度が高ければ気づけたかもしれないが、「照準器のレンズに気泡が入る」ことが珍しくないソ連には、やや無理な要求かもしれなかった。
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