第205話 ”冬宮殿=魔王城”疑惑について ~領事武官とか、ミリメシの話とかも添えて~




 1942年4月3日、魔王城(ガチ)……もとい。サンクトペテルブルグ行政府”冬宮殿”に登庁三日目、俺こと小野寺誠は遂に来栖任三郎改めニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ総督と体面と相成りました。

 

 4月1日の任官式を終えた総督は、どうやら昨日の午後にNSR(ドイツの諜報機関)のチャーター機で帰ってきた模様。

 何というか……色々凄いな。

 

「ふむ。こうして会うのは初めてだな?」


 場所はフォン・クルスの執務室。

 部屋には側近三人衆(シェレンベルク少将が教えてくれた)、サンクトペテルブルグ駐留軍首席参謀シュタウフェンベルク少将、軍需相特務生産統括官シュペーア氏がそろい踏みだ。

 そして……

 

(やっぱり美少年侍らしてるぅっ!? しかも三人!)


 外務省からの報告では、来栖特使は衆道? お稚児さん趣味?に走った疑いがあるとあったけど、マヂだったかぁ……

 いや、人の趣味とか性癖とかプライベートの範疇だし、日本人気質の俺としては別にいいんだけどね?

 ある意味、貴族趣味の典型ともいえるし。

 


「歓迎しよう。小野寺誠領事武官・・・・


「”領事”武官……ですか?」


 聞いたことない役職なんですが、それは?


「言葉の通りだ。サンクトペテルブルグにはまだ領事館はなく、今は戦時中で当面は治安リスクが高いために各国領事館の設立は難しい。なので通常の領事の赴任は許可できない」


 あー、つまり”サンクトペテルブルグは、まだ準戦地・・・”ってことね。

 

「なので、各国のエージェント駐留は原則として許可された武官に限る。軍人なら死ぬことも給料の内だからな」


 言い方ァッ!!

 

「安心しろ。サンクトペテルブルグで死んだら、理由の如何は問わず戦死扱いにしてやる」


 そうじゃなくてさぁ……いや、遺族年金とか考えると、その方が助かるけど。

 

「しかし、連絡官ではなく何故に領事待遇に?」


 そこが疑問なんだよなぁ。

 

「領事の仕事は大きく分けて二つ。一つは、有事の際の在留邦人の保護と帰国の円滑化だが、上記の理由で現状、書類の上では邦人はいないことになっている。だからこの任務は考えなくていい」


 目の前にいるんですが?は無粋が過ぎるか?

 元日本人なら、俺の目の前にもいるが。


「もう一つは、”通商”業務のサポートだ。サンクトペテルブルグは、現在、復興を遂げつつある工業基盤インフラで既に重工業生産、特に軍需品の製造を始めている。小野寺大佐、君には特にその分野で期待したい」


 やっぱそうなるよな? 俺の経歴から考えても。

 直属の上司が、吉田欧州統括ってのもそういう意味だろうし。

 大島”親善”大使じゃ、シリアスな機密の塊の軍装備の裁定なんて、危なっかしくて任せられない。


「はっ!」


 俺が敬礼すると、

 

「そして、早速で悪いが吉田先輩……いや、ヨシダ欧州統括に連絡を入れてほしい」


「どのような?」


 小野寺が着任しました的な?

 

「15~20年ほど前、確か世界恐慌の少し前だったと思うが、中科研(皇国中央科学研究所)と帝大の理化学研が共同開発したフェライトコア論理素子で、”パラメトロン”というのがあったのは知っているか?」


「ええ」


 あの史実より四半世紀くらい早く開発されたアレね。

 何でもトランジスタの開発目途が付いたからって理由で、研究が打ち切られた筈だけど。

 

「ドイツ側から後に正規外交ルートからの打診があると思うが、事前に可能かどうかを前もって確認しておきたい。ドイツ側は開発中断の判断が下った”BMW003軸流圧縮式ターボジェット・エンジン”とパラメトロンの技術交換を望んでいる。交渉次第では、同じBMWの801星型エンジンも複数入手可能だ」


「はっ?」


 いや、そんな話、聞いてないんだが……

 確かにBMW003は前世でも日本に正規輸出されたことあるよ? 結局、届かなかったけど。

 

「まあ、事前交渉とか予備交渉のようなものだな?」


 ちょっと待て。

 来栖さん、じゃなくてフォン・クルスはどんだけドイツ中央に”近い”んだ……?

 

「小野寺大佐、私から託を確実に皇国空軍の統合技研に届くように吉田欧州統括に念押しを頼む。内容は、”日本で『アター・・・』が作れるようになる”だ。十中八九、この意味がわかる者がいる」


 へっ?

 

「”アター”ってあのアターですか?」


 おフランス製のジェットエンジン(戦後開発)の?

 40年代後半の”ウーラガン”から始まって、70年代のミラージュF1あたりまで採用された?

 

(ああ、そう言えばアターって、鹵獲されたBMW003を元に設計されたんだっけ?)

 

 すると、フォン・クルス総督は一瞬、大きく目を見開いてから頷き、

 

「そのアターで間違いない」


「フォン・クルス総督、質問よろしいでしょうか?」


 と俺じゃなくシュペーア氏。

 

「いいぞ?」


「”アター”とは?」


 なんて答えるんだ?

 まさか、未来のエンジンとか言えないだろうし。

 

「日本で研究中の次世代軸流圧縮式ターボジェット・エンジンの開発計画の一つと、その成果物の通称さ」


 サラッと噓をついたっ!?


「ところで……」


 フォン・クルス総督は俺を見てニチャアと笑い、

 

オノデラ・・・・大佐、君も”こちら側”だったのか?」


 背筋にゾゾっと冷たい汗が流れ落ちた。

 それはまさに、世界半分くれるとか言っちゃう”魔王の笑み”!

 

 やっぱサンクトペテルブルグは魔境で、冬宮殿は魔王城じゃんっ!!




***




 さて、小野寺君には着任早々申し訳ないが、早速、吉田先輩に打診してもらうように頼んだ。

 今は退室して、自分の執務室に籠ってる筈だ。

 BMW003の資料もツヴェルク君に届けさせたし。


(まさか、小野寺大佐も転生者だったとはな……)


 青天の霹靂みいいとこだぜ。

 ハイドリヒ、ヒトラー総督、マンネルハイム元帥……ここんとこ立て続けに転生者に会いすぎじゃないだろうか?

 エンカウント率がバグってるような気がして仕方ない。

 

「フォン・クルス総督、オノデラ大佐の印象はどうでした?」


「まあ、悪くはないと言っておこう。それにしても、シェレンベルクは随分と買ってるみたいじゃないか?」


 こいつにしては珍しく。

 シェレンベルクはその社交的な雰囲気に対し、人物評価は諜報畑の人間らしくかなりシビアだ。

 

「能力はそこまで高くないというか、どちらかと言えば”未知数”ですが……」


 そりゃまあ、転生者だしな。

 

「感情の起伏の上下動は激しいように見えますが、実際のところ、根幹部分は極めて安定してるように見受けられますね。なんというか、動いてるのは表層だけで重心はぶれてないと言いますか」


 なるほど。アレをそう評するか。

 まあ、本質的には間違っていない。

 

「あとこれは厳密には人物評ではないのですが、個人的に好感が持てるというか……ウマが合う、波長が合う。不思議とそう感じました」


 これ、もしかしたら因果とか因縁とかいう奴じゃないのか?

 

「お前さんの直感なら信じて良いだろう」


「恐縮ですな」


 ともかく、これで日本と交渉しやすくなったのはありがたい。

 

「シュペーア君、外務省でも軍需省ルートでも構わないから、”日本皇国軍装品全般・・・・・の輸出総合カタログ”を取り寄せておいてくれ。国内需要の急増で兵器輸出に熱心な国ではないが……まさか海外向けのカタログぐらい用意してあるだろう」


「オノデラ大佐は持ち歩いてませんか?」


「彼のスウェーデンでの役回りは、バイヤーであってセールスマンじゃなかったからな。知識はあっても、カタログ自体は持ってない可能性が高い」


 それに欲しいのは最新版、それもできれば「ドイツに輸出できるもの」を纏めた編纂版だ。


「Ja. 速やかに用意します」


「頼むよ」


「何か興味のある装備でも?」


 とはシュタウフェンベルク君。

 生粋の軍人だけあって、興味を示したらしい。

 

「日独のドクトリン違いが見えて来て面白いぞ? それに……」


 これは自慢して良い部分だと思うが、

 

「同じ缶詰でも、日本の戦闘糧食レーションは美味いぞ? あれはドイツも参考にすべき部分がある」


 この時代の史実とは比べ物にならないミリメシの美味さ、それこそ戦後自衛隊に比肩しうる出来だ。

 というか、真空パックやレトルトパウチが何故か試験的に導入されている(いや、国際特許とるまで国内の民間向けにも出回ってないんだっけ?)……これ、もしかしたら転生者の軍事面における最大の貢献かもしれん。

 

 いや、美味い飯は戦闘薬ヒロポンなんぞより遥かに士気向上に役立つ。

 飯は娯楽なんだよ。特に日本人にとっては。

 いや、むしろドイツ人が食に対する欲求が低いんじゃなくて薄くて、時折心配になる。

 1920年代から流行ってきてる”カルテスエッセン(冷たい食事)”なんて、日本人に言わせればただの手抜きだぞ?

 

 まあ、あれも国策とか政策とか色々絡みがあるんだが……

 

「兵士は体が資本だからな」

 

 人類なら、どうせ食うなら美味いモン食いたいと思うのが人情だと思うんだよ。

 

















***




 どうでも良い閑話休題

 

 あくまで後年の話(具体的に何時いつとは明記しない)だが……

 ロシアもどちらかと言えば、特にソ連時代「豪華な食事はブルジョワジーの証」と粗食文化なのだが、サンクトペテルブルグ製造のコンバット・レーションだけは異様に人気を博した。

 フォン・クルス総督が監修(オノデラ大佐という説もある)したとされるそれらのシリーズは、皮肉にも前述のカルテスエッセンを参考に火を使わない事を前提にした缶詰の食品群だった。

 ちなみに1950年代後半になるまでドイツや周辺国では真空パックやレトルトパウチは製造されていない。その代わり薄殻榴弾の技術的応用で軽量な薄殻缶詰缶が開発された。

 しかし、その味は良好であり、食べ比べたドイツ将兵が「戦闘糧食だけはベルリンはサンクトペテルブルグに完敗した……」と絶望するほどだったという。

 おかげで、サンクトペテルブルグやその周辺に展開するドイツ軍からサンクトペテルブルグ・レーションの供給を求められたり、前線にサンクトペテルブルグからの増援が来た場合、友軍からレーションの交換をねだられて大変だったり(おかげで遠征では多くの糧食を余剰で持たせる羽目に……)、あるいは敵軍の「人気鹵獲品ランキング」では銃器類をはじめとする武器弾薬を抑え堂々の1位となったりした。

 しかも、銃器類とは異なり、証拠隠滅も兼ねてその場で食って消費してしまえるので、史実であった「戦利品としてワルサーP38を持ち歩いてる奴は戦友の仇」として”処分”されるケースも少なかったとされる。

 まあ、これが結果として各国の戦闘糧食の改善に繋がっていくのだから、世の中、何が幸いするかわからない。

 

 

 

 結論

  ・食い物を狙ってくる飢えた兵隊はおっかない

  ・無駄に味にこだわる日本皇国人に飯関連を任せるのはリスキー

  ・大体、フォン・クルスが悪い

  

  














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