第204話 ”集う英傑”というより、どちらかと言えば”増える被害者”と表現したくなる状況
さて、時は1942年3月中旬まで戻り、場所はスカンジナビアの雄、スウェーデンのストックホルムに視点を移す……
「おいっ! 小野寺、お前何をやらかしたっ!?」
「へっ? 影佐先輩?」
大使館にある私室で午後の紅茶(商品名じゃなくて、言葉通りの意味で)を楽しみながらさほど重要度の高くない書類をチェックしてたら、”中野学校”時代にお世話になった仲良しの先輩が飛び込んで来ました……って何事?
ああ、おっひさー。
スウェーデン大使館付駐在武官、小野寺誠だze♪
前世では諜報員養成機関”陸軍中野学校”は1938年の設立だけど、今生ではなんと設立から半世紀以上経つ皇国陸軍の中でも老舗のセクションだ。
前世の中野学校はよく知らないけど、多分、名前が同じだけで中身は別物だと思う。
日清戦争で諜報活動の重要性を認識した日本皇国が、諜報機関の本場、英国のアドバイスを元に極秘裏に開校したのが”中野学校”というわけらしい。
ちなみに今生では冠に”陸軍”とは付かない。
陸海空を問わず受け入れてるし、駐在武官となる軍人は少なからずスパイ活動をするので、軍種に限らず”中野学校”で特定のカリキュラムを履修、試験に合格する事が駐在武官資格を得る条件となっている。
俺も3年間みっちり教育を受けて、その時の先輩が影佐貞昭大佐だ。
いや、本来なら影佐先輩、少将くらいに出世してないとおかしいんだけど、何でも現場(鉄火場?)が好きすぎて、将官になると本局詰めでデスクワーク・オンリーになるからって理由で、佐官にとどまってるお人なんよ。
んで、その何年かぶりに顔を合わせる先輩が部屋に飛び込んできたんだけど……いや、なんでよ?
事態が全く吞み込めてないんだけど、
「小野寺、この辞令を見ろ……」
影佐先輩が突き出した陸軍省の透かしが入った事例には……
「”小野寺誠大佐、サンクトペテルブルグ行政府への出向を命じる”?……ふあっ!?」
***
えーと……少し落ち着いてきた。
状況をまとめると影佐先輩、前の赴任地から”在スウェーデン大使館付武官”に着任する為に一旦、準備のために本国に戻ったらしいんだ。
そこで、何故か”機密指定”になっていた俺の辞令を預り、届けるように言われたらしい……
ちなみに辞令は封がされており、影佐先輩は概要しか知らないらしい。
「ま、まさかの”サンクトペテルブルグ流し”……」
いや、マヂになんでさ?
「来栖
先輩、その憐れみを含んだ視線は俺に効く。
だけど、辞令の中身を読んだけど、なんかちょっと内容がおかしいぞ……?
「影佐先輩、ちょっと相談に乗ってもらっていいですか?」
「俺が聞いて良い内容ならな」
いや、多分それを前提にわざわざ先輩に届けさせたんだと思う。
「問題ないと思います。えっとですね、俺の身分は駐在武官なんですが、扱いはどういう訳か”サンクトペテルブルグ駐在領事”待遇なんです」
「なに?」
もうこの時点でおかしいよな?
一介の駐在武官に領事の権限を与えるってのも。
領事の仕事って外交じゃなくて、駐在国での自国民の生命や権益の保護と通商の策定や起案なんだよ。
つまり、
(半分は軍の領分じゃないんだよなぁ……)
「加えて、直属の上司が大島駐ドイツ大使ではなく、吉田滋欧州統括なんですよ? これってどういう解釈をすればよいんでしょうね?」
すると影佐先輩は考えて、
「小野寺、お前の資質を考慮し吉田統括が直属となると、おそらく……いや、十中八九”兵器取引”だ」
「サンクトペテルブルグのですか? でも、あそこってソ連系の兵器生産拠点じゃありませんでしたっけ?」
実は、ソ連系の兵器って堂々と”買う”事ができるんだよ。
例えば、お隣フィンランドが冬戦争で鹵獲したソ連兵器は、戦費獲得を理由にプレミアム価格で他国に販売している。
実際、皇国も研究用や比較用にいくらか購入していたはずだ。
「今更、皇国軍が興味を示すとは思えませんが……」
「これは憶測だが、おそらくはベースとなっているのはソ連兵器だろうが、サンクトペテルブルグではソ連軍のそれとは異なる体系の兵器を製造しようとしている、あるいは既に製造しているのかもしれんな」
ああ、なるほど。
冬戦争で大量のソ連兵器を鹵獲したフィンランドや、ついこの間までソ連だったバルト三国やウクライナなど今のドイツのお仲間には、ソ連系兵器のユーザーが多い。
だが、知っての通り、ソ連製の兵器ってのは生産性、生産量ありきで品質が粗く、性能や使い勝手がイマイチな物が多い。
例えば、安全装置が付いていないトカレフTT-33みたいに生産省力化の為に「ソレ外しちゃアカンやろっ!?」ってのまでやりすぎ簡略化がされてることが珍しくないのだ。
そこを是正するために工業都市として復権しつつあるサンクトペテルブルグが動く事は十分にありえる。
「それに皇国軍は興味を持っていると……?」
先輩は頷き、
「ドイツとソ連の技術体系が融合して生まれる兵器なら、軍上層が興味を持ってもおかしくはない」
皇国軍部は基本的に”Need to Know”。つまり、「必要なら知らせる」スタイルだ。
だから俺にも、おそらく先輩にも「サンクトペテルブルグで何が作られているか?」の詳細情報は入っていない。
(だけど、上層部は知っている……?)
「先輩の憶測が正しいのなら、多分、政治情勢の変化でドイツとの兵器取引、特にサンクトペテルブルグ製のそれが対象となる可能性がありますね?」
「小野寺、お前の境遇には同情する」
「いや、いきなりですね」
すると先輩は苦笑して、
「苦労するのが目に見えているからな。それも理不尽な類の」
「縁起でもない事、言わないでくださいよ……」
いや、でも”
「だが、同時に得難い機会でもある。しっかり見定めてこい」
「はいっ!」
いずれにしろ、辞令が出た以上は断れない案件だしなぁ~。
せめて、前向きに行くとしますか。
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「待っていたぞ」
1942年4月1日朝、復興と同時にレニングラード時代より更なる発展を遂げつつある(らしい)サンクトペテルブルグ港で俺を出迎えてくれたのは、
「やっぱり貴方でしたか。”シェレンベルク”少将」
なんか、納得してしまった。
腑に落ちてしまった。
「やっぱりとは?」
「全ては貴方の差し金ですか?」
するとシェレンベルク少将はニヤッと笑い、
「”俺の”だけじゃないさ」
きっと、ストックホルム会ったあの日、既にシナリオは出来ていたのかもしれない。
あるいは、シェレンベルク少将はあの日、俺の品定めにわざわざ俺を訪ねたのかもしれない。
それはさておき、
「マコト・オノデラ大佐、只今、サンクトペテルブルグに到着致しました」
俺が皇国陸式の敬礼をするとシェレンベルク少将は少し崩れた返礼で、
「歓迎するよ、オノデラ大佐。生憎と総督閣下は総督任命式の為にベルリンに出向中でね。予定では明日の午後に戻り、明後日の朝には顔合わせできる予定だ」
ああ、当日に着任してくれればよいって理由かこれか。
いや、辞令では本日よりサンクトペテルブルグ総督府付駐在武官となるんだけど、ドイツ側からは前日入りではなく当日到着予定のストックホルム⇔サンクトペテルブルグ定期貨客船で来てくれれば良いと通達があった。
”立つ鳥跡を濁さず”的な資料整理や、新たなスウェーデン大使館付駐在武官となる先輩に業務引き継ぎする時間はたっぷりとれたので、正直助かった。
そう、驚くべきことにレニングラード攻略戦があってからまだ1年も経ってないのに、サンクトペテルブルグ港はその機能を取り戻しつつあり、完全復旧ではないのでまだ数は少ないとはいえ、バルト海沿岸の国々との間に、既に交易船の定期便が往来していた。
例えば、ストックホルムとサンクトペテルブルグは700㎞も離れてない(大体、東京から広島くらい)なので、週に3本の定期便が出ていた。
この時代の貨客船の平均速度は20㎞/h(10~12ノット。波の静かなバルト海だから、この速度が出せるらしい)程度だから、36時間くらいかけて到着するって計算になる。
飛行機ならもっと早いんだけど、今は戦時下につき「敵爆撃機と誤認される恐れがある」ので、他国の民間機を受け入れる国際空港のようなターミナルは今のところ予定は立ってないらしい。
今のところサンクトペテルブルグに空から乗りつけられるのは、ドイツの公用機だけだって話だ。
「今日のところは君の住居を案内しよう。荷物は既に届いてる」
「えっ? 少将自らですか?」
「……暇なんだよ。部下が優秀過ぎて。総督がいないと、それはそれで」
そう波止場に止めてあるワインレッドの車、おそらくベンツ540Kのロードスターをシェレンベルク少将は見やった。
どうやらマヂらしい。
どうでもいいが、プレイボーイで鳴らしたシェレンベルク少将らしい車のチョイスだなと思う。
それにしても……脳内でさっきから”ドナドナ”がみっくみくなvoiceで脳内耐久再生されてるんだが、どうにかならんのかな?
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