第196話 クルスク陥落、その真相ないしオチ ~今生のドイツ軍はアフターケアもバッチリみたいですよ?~





 クルスクは、あっという間に陥落した。

 まず、当時のクルスクに配備されていた戦車をはじめとする車両は、全部合わせても1500両程度であり、航空機は180機程だったという。

 そして、先にソ連名称”クルスク迎撃戦”で、車両の4割、配備航空機の航空機の半数以上を失った。

 

 この時点で、クルスクの防御力はガタ落ちであったが、更に制空権を完全に奪われ航空基地や陸軍の砲兵陣地は悉く破壊され、都市がドイツ・ウクライナ連合軍に半包囲(あえてヴォロネジ方面の街道は閉鎖されていなかった)された状態で、またしても”特殊なビラ”が散布された。

 その内容は、こうだ。

 

 

 

 まずは、ホロドモールを筆頭に、ソ連が引き起こした”ウクライナ国内でのやらかし”を延々と詳細に書き連ね、

 

”Через 48 часа мы начнем тотальную атаку через Курск.(我々は48時間後にクルスク全域に総攻撃を開始する。)”

 

”Украинская армия находится на переднем крае войны за господство в городах.(都市制圧戦の先陣を務めるのは、ウクライナ軍だ。)”

 

”Учитывая бедственное положение и настроения украинского народа, Германия, как союзник, не может прекратить свои действия.(ウクライナ人の境遇と心情を考慮すれば、同盟国たるドイツはその行動を制止することはできない。)”


”Но в отличие от Сталина и НКВД мы не хотим лишнего кровопролития.(しかし、我々はスターリンやNKVDと違い、無用の流血は望まない。)”


”Путь отступления на Воронеж открыт.(ヴォロネジ方面への撤退路は解放してある。)”


”Ожидайте немедленной эвакуации, сдачи или принятия мудрого решения.(直ちに退避を開始するか、あるいは降伏するか、賢明な判断を期待する。)”


”Если вы решите эвакуироваться, уверяю вас, гражданских лиц и военнослужащих, мы не будем вас преследовать.(退避を選択するのであれば、市民にも部隊にも我々は追撃を仕掛けないことを約束する。)”


”Это ультиматум.(これは最後通牒である。)”



 

 ぶっちゃけ中身は脅迫状に近い。

 要約すれば、「復讐心に燃えたウクライナ人がクルスクに殴り込もうとしてるから、皆殺しになる前に逃げ出すか降伏するかしろ」という事だ。

 

 流石は、先にビラに続いて宣伝省と軍情報部とNSRのプロパガンダ部門、”アジテートの専門家”が考えた文章であると言えた。

 

 そして、実に感動的な場面が訪れた。

 4時間後に市民のヴォロネジ方面への避難が始まり、そのしんがりを守るようにクルスク防衛隊が後に続いた。

 そして、ドイツ・ウクライナ連合軍は約束を守った。

 言い方を変えれば、ドイツがキッチリと追撃したがるウクライナ軍を抑制しきった。

 

 人道的な意味でも紳士的な意味でもない。

 スターリンの名言(迷言?)の中に、

 

『感謝とは犬畜生だけが患う病気である』

 

 なんてものがある以上、ドイツ人はロシア人に感謝など期待しないし、そもそも感謝という感情が無い事を前提としていた。

 感謝の言葉をロシア人から聞いた時、一様に驚いた顔をするまでがお約束。あるいは、その理由を聞いてロシア人が少し凹むまでがお約束だ。

 一部の赤軍の人間にとり、自分達が「スターリンの精神的コピー体」のように思われるのは、甚だ不本意であるらしい。

 

 ただ、ドイツ人が考えたのは、「これが有効なら何度でも使える有効な手段」と確証したからだ。

 ここに史実との誤差が盛大に出てきた。

 

 ドイツ軍人にとり、「スラブ人だから」というのは殺害理由にならない。

 じゃないと東欧への政策に矛盾を起こす。

 「共産主義国家の国民だから」というのも、それだけでは殺害理由にならない。

 ドイツ軍人は、ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約を新兵や士官候補生の頃から叩きこまれる。

 そして、自分達が「文明国の軍人」である意味と矜持を教育されるのだ。

 

 そして、最後にクルスクから出てきたのは数十名、100名には満たない仕立ての良い軍服や服を着た一団だった。

 彼らは、ドイツ軍・・・・に降伏する旨を伝えた。

 同行していた法務士官が前へ出てきて、ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約に準拠する捕虜の取り扱いをすることを宣言する。

 

 ハーグ陸戦条約は帝政ロシアは調印していたがソ連は継続を拒否、ジュネーブ条約に関しては最初から調印していなかった。

 ドイツは両方に調印しており、ドイツのみが守るのは不公平に思えるかもしれないが……実はこれ、”アリバイ作り”の一環だ。

 だからこそ、宣伝省の職員が同行しているのだ。

 つまり、

 

  ・ドイツは、それが遵守できる状況であるなら、ハーグ陸戦条約もジュネーブ条約も守る「理知的で開明的な文明国の軍隊」

  

 というアピールである。

 これはつまり、「ドイツが非文明的な行動を行った場合」は、「そうせざるえない状況にあった」ことを主張する為のアリバイ作りである。

 ドイツの主敵は、ハーグ陸戦条約にもジュネーブ条約にも批准していないソ連だ。

 実に都合が良かった。

 ソ連は(史実と同様に)、戦争犯罪が発覚しても「我が国は、ハーグ陸戦条約にもジュネーブ条約にも調印した覚えはない。条約違反とは筋違いだ」と主張するだろうが、それを聞いた国際世論はどう思うだろうか?

 赤色に汚染されていないメディアは、果してどう報じるか?

 

『じゃあ、同じ事をされても文句は言えないよなぁ?』


 という空気にならないだろうか?

 具体的に言えば、ドイツがソ連のある街で住民虐殺を行ったとしよう。ソ連は、当然のように

 

『ドイツの戦争犯罪』


 を声高に、そして赤色感染させたマスゴミをフル動員して主張するだろう。

 リアルがまさにそうだ。

 だが、この世界線では……

 

『住民は赤軍パルチザンを名乗る便衣兵テロリストとそのシンパ、協力者だった』

 

 こうドイツが主張すれば疑われずに通る、少なくてもそんな状況を目指していた。

 だからこそ、「追撃しない約束」の順守も捕虜の条約に基づいた丁重な扱いも重要なのだ。

 

 (赤軍にとっての)地獄を再現したようなスモレンスクと、この無血開城に近いクルスクのギャップこそが、この戦争、”この世界における独ソ戦の特異性・・・”であり、同時にドイツ軍の強みでもあった。

 

 さて、蛇足ながら、その後、軍情報部や捕虜の抑留に関しても担当するNSRのエージェントと、捕虜となったソ連の将校達との会話を抜粋してみよう。

 

「抑留されるなら、暖かい地方が良いか? 寒い地方が良いか?」


「選べるのか?」

 

 ドイツ人が肯定すると、満場一致で暖かい地方となった。

 

「ドイツ南部、フランスとの国境ほど近くにホテルないし保養所がある。そこに案内しよう」


 その後、様々なオプショナルプランの説明があった。

 部屋の割り振りは身分や立場によって。監視もつくし、行動制限はあるが、軟禁の範疇に収まるような待遇。

 ドイツ軍に協力的なら部屋のみならず生活水準のアップグレードが可能。

 貢献度によっては、ウォッカ飲み放題プランなどのサービス追加が可能。

 亡命するなら、ドイツ国籍を用意できる等々……

 そして最後に、

 

「ソ連との間に捕虜交換、引き渡しなどの条約はないが、希望するなら国際赤十字を通して帰国についての話はできる。だが、帰国した際に粛清対象となる可能性は忘れないように」

 

 と。脅しではなく事実を告げた。

 少なくとも、希望があればドイツ人は捕虜に対する義務として国際赤十字に話を通すこと自体はするつもりだったようだ。

 ただし、参考までに言えば……帰国を希望した捕虜は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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