第12章 東部戦線と呼ばれる数多の戦場は、みんなどこかで繋がっている
第194話 早めあっさりめの”ツィタデレ作戦(Unternehmen Zitadelle)”
「ふむ。割とあっさり終わったものだな……」
新生ウクライナ共和国の首都”
無論、通称”クルスク戦車戦”で知られるこの戦い、史実に比べて1年以上前倒しになってるだけでなく、前提や状況が大幅に異なるではあるが。
前提の一つなのだが、ウクライナの大都市
南方軍集団の状況は、ウクライナ解放軍の活躍とアシストもあり、ウクライナ本土制圧をあっさりめに終わらせたドイツ南方軍集団は、ロシア軍が立て籠もるセヴァストポリ要塞を除くクリミア半島全域を制圧、占領下に置いていた。
そして、セヴァストポリ要塞は現在、孤立化させるだけで「機が熟すまで無理に攻めなくともよい」という不可解な命令が出ていた。
まあ、それでもドイツ軍が黒海で何にも活動していないかと言われればそんな事はない。
セヴァストポリ要塞の対岸にある、友好国ルーマニアの港町”コンスタンツァ”に分解された
無論、海洋兵力だけでなく、この時期としてはやや旧式となっていたが、ルーマニア/ブルガリア空軍に供与された物も含むHe111やJu88爆撃機が通商破壊作戦や、機雷敷設に大きく貢献していた。
陸路は完全に閉鎖され、海路はドイツの通商破壊部隊のせいで中々上手く行かず(というより、そもそもソ連の船団護衛戦術や技量が稚拙だというのも大きいが)、言ってしまえば兵糧攻めとなっていたのだ。
心もとないどうにか残存燃料をやりくりしながら、爆撃機がルーマニアのプロイェシュティ油田やコンスタンツァ港を爆撃しようとしたが……防空を担当していたのは(形的には軍港や油田を借り受けている)ドイツ空軍の精鋭戦闘機部隊。しかも移動式を含めたレーダー管制付きだ。
当然のように失敗した。そりゃもう見事に。
セヴァストポリは堅牢な要塞かもしれないが、結局、備え付けた大砲の射程距離外に居るドイツ軍には一切攻撃できないのだ。
そして、セヴァストポリといえばもう一つ付け加えねばならない情報がある。セヴァストポリは独ソ戦当時、黒海艦隊の本拠地であったのだが、ドイツ軍の急速過ぎる侵攻に伴い、当初黒海艦隊は旗艦である戦艦”パリジスカヤ・コンムナ(旧名:セヴァストポリ)”をはじめ対地砲撃支援に従事していたが、1941年夏に発生した”タリン沖殲滅戦”によりバルト海艦隊が文字通り”消滅”したのだ。
これ以上のソ連艦艇の消滅、海軍力の消失を恐れたソ連海軍並びに共産党は、ただちにセヴァストポリからの黒海艦隊の撤退を命じた。
ノヴォロシスクは前線から近すぎるという理由で、駆逐艦などの輸送船団護衛部隊はソチに、戦艦を含む艦隊主力はグルジア共和国の軍港”パトゥミ”まで撤退を余儀なくされたのだった。
ちなみにソ連水雷戦隊によるコンスタンツァ港攻撃も試みられた事があったが、こちらも全くうまくいかず、逆に貴重な駆逐艦を沈められ、返り討ちにあったようだ。
Uボートばかりに目が行きがちだが、”S-38b型”と呼ばれる簡易レーダー搭載型のSボートもソ連海軍相手には存外に凶悪な存在であり、この頃の黒海で最も多くの駆逐艦以下のソ連軍艦や輸送船を沈めたのはUボートでも航空機でもなくSボートだったとされる。
特に特徴的だったのは、セヴァストポリ要塞に近づく輸送船団の航路上にこれ見よがしに航空機が浮遊機雷をばらまき、航路を変更しようとしている間に最高速39ノットを誇るSボートが殴り掛かり、更に襲撃でまごついた所を沿岸型Uボートでトドメを刺すという光景が何度も見られた事だ。
***
以上が大雑把な現状のウクライナ情勢であるが、重要なのは「スターリングラード攻略」、「セヴァストポリ要塞攻略」などの無茶ぶりをされてないドイツ南方軍集団に幾ばくかの戦力的余裕がある事と、そして、ウクライナ臨時政府の立ち上げと同時に、ウクライナ解放軍が発展的解消をされ、”ウクライナ国防軍”というより指揮系統が明瞭な強固な軍事組織として再編された事だ。
どのくらい強固かと言えば、ロシアとの国境の街”フルヒフ”の防衛を任せ、部隊再編の為に一度ハリコフへ戻ったドイツ機甲軍に代わり、ベルゴロド防衛を任せられるくらいにだ。
本来の計画では、クルスク攻略はその先のヴォロネジ攻略と合わせて42年の中盤から後半に行う予定だった。
そう、1942年~43年にかけての大規模攻勢作戦、
”Unternehmen Blau(ブラウ作戦)”
の一環としてだ。
このブラウ作戦、史実と状況が異なり、南方軍集団の攻略目標は、ヴォロネジ、ロストフ・ナ・ドヌー、クラスノダールの三つの内陸大都市と軍港ノヴォロシスクの攻略であり、スターリングラードはそもそも攻略対象に入っておらず、実はコーカサスの油田地帯も”可能なら狙う努力目標”程度の認識だった。
だが、ここで誰も予想していなかった事態が起きる。
そう、国連臨時総会での”ソ連への断罪と告発”である。
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1942年3月初旬、ソ連が連邦各地は言うに及ばず、一部の前線からも兵力を全てでなくとも部分的に引き抜いている事が判明した。
スターリンはどうやら、”カティンの森”の証拠隠滅の為にスモレンスクを含めた周辺を焦土化しようとしているようであった。
特にドイツが注視したのは、クルスク・ヴォロネジ方面、ロストフ・ナ・ドヌー方面の配備兵力だった。
額面上は、そこから引き抜かれた部隊はなかったが……
だが実際、Ju86P/Rを始めとした多くの偵察機や斥候部隊の活躍により、ロストフ・ナ・ドヌーからヴォロネジ方面へ移動する部隊が発見され、同時にクルスクから一部部隊がヴォロネジに下がり部隊交換が行われたことも判明した。
そして、行軍速度(スターリンが早期集結を催促したために彼らはかなり急いでいた)から、「選りすぐりの精鋭部隊」であると予想がつけられたのだ。
実は、部隊の練度と言うのは行軍速度やその時の陣形で結構推測できるのだ。
そして、これら三か所は「配備数に変化はなくとも、練度や装備が劣る二線級部隊が埋め合わせに使われている」と予想が付いた。
確かにソ連は、分母となる人口も強権発動が連発できる動員力も、ドイツのそれを遥かに上回る。
だが、それは数……量の問題であり、質的には劣化するのが常だ。
徴兵に志願兵と同じ練度や士気を期待してはならないのは、軍隊の鉄則だ。
しかもソ連は、まだこの時期、赤軍大粛清の影響から抜け出せていない。
新兵を教育するベテラン、士官や下士官が圧倒的に不足していた。
その報告を聞いたヒトラーは、自らの名義で臨時国防会議の招集を決定した。
そして、集まった面々……特にバルバロッサ作戦全体の作戦統合参謀総長であり、ブラウ作戦も継続して作戦統括参謀長を務めることになったマンシュタイン
「マンシュタイン君、単刀直入に聞こう。ブラウ作戦で予定されていた、クルスク攻略に絞り、作戦の発動は可能かね?」
「Ja. クルスクに絞るなら可能であります。総統閣下」
するとヒトラーは満足げに頷き、
「では、準備をしたまえ。スモレンスクが結果として敵戦力の誘引を行ったように、今度はクルスク攻略その物が陽動になる。我々が優位な立場で戦争をできる機会はそうあるものじゃない。その機会は存分に生かすべきだと思うのだが?」
「ハッ!」
「急ぎたまえ。幸運の女神に後ろ髪は無い。残された時間はあまりないぞ?」
「かしこまりました!!」
そして、ヒトラーは少し考え、
「諸君、最優先はクルスク攻略のプランニングだが、それが終わり次第、ヴォロネジ攻略の前倒しもサブプランに入れておきたまえ」
「ヴォロネジも……ですか?」
怪訝な顔をするマンシュタインに、
「ソ連がもしスモレンスクで大敗北を決するとしたら、その南方の集積地でもあるヴォロネジの状況……特に敗走してきたスモレンスク攻略部隊が帰還し、ごった返しているところを急襲したら、実に愉快なことになるとは思わんかね?」
息を吞む周囲にヒトラーは微かに微笑み、
「詳細は”本業”の君たちに任せよう。諸君、存分に戦争を楽しみたまえ」
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