第191話 戦闘の途中ですが、フォン・クルスにヤベー連中が面会希望だそうですよ?




 さて、スモレンスクでの戦闘はヒートアップしてる最中ではあるが、いったん視点を同時期のサンクトペテルブルグ、冬宮殿へと戻してみよう。

 4月1日を迎える1週間ほど前、来栖はハイドリヒとシェレンベルクにエスコートされた数名のロシア人(?)と面会していた。

 

 

 

 

「吾輩はバベル・・・・ベルモント=アヴァロフである」

 

 うんうん。にんざぶろー知ってるよ。

 元”西ロシア義勇軍”司令官で、ドイツにおけるコサックを含む白系反共ロシア人のまとめ役で、今は政治家に転身して本家ナチ党のお墨付き政治団体”ロシア国家社会主義党”の頭首だっけ?

 ”ロシア国家社会主義党”の結党理念は、「悠久のロシアの大地より不浄な共産主義を駆逐し、偉大な国家社会主義ナチズムを染み込ませる」だっけ?

 つか、さっさと大島大使のとこへ行け。ナチズム語りたいのならあっちの管轄だ。

 

「我が名はフィリップ・・・・・・クラスノフ。ドイツ白系ロシア人軍団の司令官を務めている」


 うん。政治面がアヴァロフだとしたら、クラスノフの管轄は「ロシア革命やその後の弾圧で祖国から追放されたり逃げ出したりしてきた反共ロシア人」の軍事面のトップだ。

 亡命白系ロシア人コミュニティーで募った”正統ロシア義勇軍”の司令官だ。

 ただし、保有兵力はせいぜい1個師団だったか?

 

「アンドレアノフ・ウラソフです。”ロシア解放軍”の司令官にこの度、任命されました」


 このメガネの男は知っている。”レニングラード”で捕虜になったレアな赤軍司令官だからだ。

 どうやら史実通り(恐らくNSRあたりの言葉通りの説得で)寝返って、赤軍捕虜で結成される”ロシア解放軍”の頭目に収まったらしい。


「ヒョードル・トルーヒンです」


 こいつも見覚えがある。

 確かバルト三国での作戦での捕虜だったか?


「サヴェリイ・ブニャチェンコです」


 確かウクライナ出身でホロドモールの経験者。農業集団化政策を批判し、そのために共産党から除名された過去がある。

 本来ならコイツが捕虜になるのは42年の12月だが、史実より早くクリミアが陥落してるのでその影響だろう。

 史実通りなら、自ら投降して”ロシア解放軍”に志願したはずだ。もしかしたらスカウトされたのかもしれないが。


「コ、コンスタンティヌス・ヴォスコボイニク」


「ブ、ブロニスコフ・カミンスキーです」


 何気にブリャンスクがあっさり陥落してたから、別にいても不思議じゃないんだが……

 なんか目上のお偉いさん会うのに慣れてない雰囲気の二人、史実の”ロシア国民解放軍”……いや、”カミンスキー旅団”と言った方が通りが良いか?

 元をただせば、ブリャンスクで共産パルチザンが強盗殺人を繰り返すから、その対抗策として現地住民で組織された自警団を起源とする部隊の頭目と副頭目だ。

 正確に言えば、ヴォスコボイニクがリーダーでカミンスキーが補佐。ヴォスコボイニクが生きていた頃がロシア国民解放軍で、彼が共産パルチザンに殺された後はカミンスキーが指揮権を引き継ぎ、名を冠したカミンスキー旅団となった。

 

(しかし、史実ならこの時期、ヴォスコボイニクは既に殺害されてる筈なんだが……)


 だが、生きてサンクトペテルブルグに来てるってことは、まだ今生では組織化されてないのか?

 

 いや、それはともかく……


(どうしてこうなった……!?)











******************************










「フォン・クルス総督、前に合わせたい人間がいるって話したじゃないですか?」


 それは冬の寒さが緩んできた、とある3月初旬の朝。

 シェレンベルクがそんなことを執務室で切り出してきた。

 

「そういえば、そんなことを言ってたな?」


「先にネタばらしをしてしまうと、NSRウチがブリャンスクで確保した現地の反共自警団の指導者コンビだったんですよ」


「ふ~ん」


 そんなんと引き合わせて何をさせたいんだ?

 面倒見ろって事か?


「そうなる筈だったんですが……」


 何やら言いだしにくそうだな?

 

「うちの長官に許可を取ろうとしたら、正式にサンクトペテルブルグ総督になるならもっと上役と面通しした方が良いって話になりましてね」


「はぁ?」


 いや、なんでそういう方向に話が流れるんだ?

 

「上役ってロシア人のか?」


「まあほら、ドイツ……というかNSRって仕事柄、反共白系のロシア人と嫌でも付き合いが多くなると言いますか」


 そういやそうなんだよな。

 史実でも、ドイツにはロシア革命で国を追われた、あるいは自ら出てきた反共産主義のロシア人、いわゆる”白系”ロシア人のかなり大きなコミュニティーがあった。

 だが、史実のナチスは、スラブ人差別などが邪魔をして、彼らを上手く扱えなかった部分がある。

 

(しかし、今生では大分様子が違うな……)


 少し調べてみたが、ナチズムその物が何度か話題にしているように段階的に史実より「マイルド・ナチ」になっている事。

 あと、確実に転生者が裏で手を回したのだろうが……

 

(ロシア系の帰化住民が多過ぎるんだよな……)


 具体的に言うと、俺の知ってる「バイカル湖で死んだ白軍とその家族」の倍くらいドイツとその周辺に増えている。

 しかも、そのかなりの割合が旧富裕層ブルジョワ、プロレタリアートやボリシェヴィキの絶対敵だ。

 まあ、帝政ロシアの高級将校は貴族階層が大半だったから、これは不自然ではないが……

 

(おそらく、増えた数百万の白系ロシア人は、自分の命を”買った”んだろうな)


 持ち出した財産で身の保証を得た。

 そして、その資金が(おそらくは国ぐるみの)地下銀行を通して、国策として1928年の世界恐慌までのアメリカンバブルに投機され荒稼ぎ、世界恐慌直前で回収してナチスの資金源の一端になったって筋書きだろう。

 間違いなく当時の転生者は第一次世界大戦の敗戦を予見して資金隠しをし、アメリカへの投機に用いただろうが、それにしたって額が大きすぎる。

 何しろ、現在のナチスドイツ(あえてこういう言い方するぞ?)は、史実と比べて資本力が大きすぎるのだ。

 軽く数倍……ドイツが各地で略奪行為をせず(軍規で許さず)、品行方正の軍隊のままでいられ、尚且つ長期戦を念頭に独ソ戦が開始でき、また一度占領・降伏した国にマルク借款で復興資金の貸し付けができたり、あるいは成長企業に投資できたりする経済力……と言ったらイメージできるだろうか?

 

 投機ってのは成功するならぶっこんだ金額によって利益は変わるから、おそらくは他にも色々やってることだろう。

 

「それで長官が言うには、フォン・クルス”サンクトペテルブルグ”総督に面会を望む方々が、どうにも私の手にはあまりましてね」


「つまり?」


 予想はつくけど……


「ハイドリヒ長官が自らコーディネートとエスコートを行うと」

 


 はぁ。やっぱりそういうオチかい。













******************************










(ハイドリヒが絡むとロクなことにならない定期)


 まあ、今回は本当に顔見せだったのが救いだ。。

 本格的に何かを交渉するのなら、俺が正式にサンクトペテルブルグ総督になった後と言うところだろう。

 

 そして、ハイドリヒと二人きり……つまり、転生者同士の話し合いができる状況になったところで、

 

「感触はどうだった?」


 開口一番、ハイドリヒはそう切り出してきた。

 

「……近い将来、サンクトペテルブルグ総督権限で自由に動かせ、”荒事に対応可能”な純粋戦力・・・・を、”ドイツ正規軍とは別口・・”で確保しておけって事で良いのか?」


 リガ・ミリティアは繰り返すが戦闘用部隊ではない。

 

「察しが良くて助かる。建前的には合衆国の”州兵”のような物だ」


 コノヤロー。人の気も知らんと、いけしゃあしゃあと


「ロシア革命で逃げ出してきた”白系ロシア人”の軍隊と、捕虜の受け皿になる”寝返り赤系”の軍隊……あれは水と油だ、両方を面倒見るのはは不可能だ」


 反目とは言わないまでも、あからさまに距離をとっていたからな~。

 

「二者択一なら、どちらを選ぶ?」


赤系・・


 俺は迷わず返した。

 

「またどうして?」


 興味深そうに聞き返すハイドリヒ。

 わかってるくせに性格悪いぞ?

 

「白系ロシア人はそもそも目的が、”祖国ロシアへの凱旋”だ。連中が求めてるのは共産主義の駆逐までは良いが、その後はロマノフ王朝の血を引く誰か……”ロシア帝位請求者”でちょうど都合がいいのがいただろ? あれを皇帝に据えての帝政ロシア復活が最終目標だ。違うか?」


 すると、ハイドリヒは笑みを深め、


「アヴァロフは国家社会主義者だぞ?」


 何言ってやがる。

 

「別にナチズムと帝政は必ずしも矛盾するもんじゃないだろ? そのための”ロシア・・・国家社会主義”なんだろうしさ」


 オリジナルの国家社会主義でもなく、わざわざロシアの3文字を入れるんだ。

 民族であるスラブ・・・ではなくロシア・・・だ。

 

「白系にとってロシアとはなんだ?」


 皇国人に”日本皇国とは?”と聞くような物だ。

 ハイドリヒはため息をついて、

 

「遊び心がないな」


「いらんよ。そんなん」

 

 ともかくさ、

 

「白系ロシア人は、そもそも元皇国人でドイツ国籍になる俺が、サンクトペテルブルグ総督に就任する事自体、心の底では嫌悪してるんじゃないか? ここは帝政ロシアの帝都で、俺は帝政ロシアの滅亡のきっかけを作った日露戦争でロシアをボコボコにした日本人だ」


 連中の目線からもそれを感じられた。

 

「白系ロシア人にとり、俺が冬宮殿に居座ってることだって、本来は不敬だと思うはずだぞ?」


「そんなもんか?」


「そんなもんだ。対して、寝返り組には後がない。ソ連に戻ったところで、家族もろとも粛清される未来しかない。共産主義の洗脳をどう解くかって問題はあるが……」


 するとハイドリヒは苦笑して、

 

「流石に人選は軍とNSRウチが責任もってやるさ。そっち総督閣下の手を煩わせるような者を送り込まんよ。獅子身中の虫になりそうだと思ったら送り返してくれて構わん。責任もって”後処理”はする」


 そういえば、「コミッサール指令(=政治将校、政治委員に対する即時殺処分命令)」とかこの世界では特に出てないんだよな。

 逆に、「政治将校が軍司令官を説得して投降した功績を考慮し、捕虜として厚遇する」なんて情報まで流布している。


 しかもタチが悪いのは、それが事実だって事だ。

 一般の将兵は、生きていればごく普通の意味での捕虜収容所に送られるが、「降伏に貢献を認められた政治将校」は、NSRや軍情報部が管轄するホテルやら保養所やらで悠々自適な”軟禁生活”だ。

 しかも、情報提供などの「積極的な協力姿勢」があれば、亡命受理や新たにドイツ国籍と新しい名前の用意など様々なオプションプランまで付いてくる。

 ちなみにその優遇措置の中には、ウォッカ飲み放題プランとかもあるらしい。


(寝返らせる頭からってのは、鉄板だしな)


 ならば俺も少々要求しようか。

 

「ところでハイドリヒ、もし俺にロシア人を押し付けるなら借りたい人材がいるんだが?」


 正規の軍事教練もアテにならないのがソ連と言う国だしな。

 

「誰だ? 都合できるなら、するぞ」


 できるさ。なぜなら、

 

「一人はジレンコフって政治将校……政治委員かもしれないが、もう確保してあるんだろ?」


 身分が露見し捕縛されたのは史実では42年の5月だが、今生でのドイツの方針なら、率先して捕虜になってるだろう。


「確かに捕縛しているが……良いのか? 政治委員だぞ?」


 ……なんか、目線で「明らかにお前と相性が悪い」と言われてる気がするが、


「安心しろ。腹いせに嬲り殺しにするとか、兵たちのストレス委発散の道具にするとかじゃないから」


 精々、厚遇してやるよ。利用価値があるうちは。

 そして、


「”パウロ・・・・ハウサー”中将。NSRにいるんだろ?」


「あの頑固オヤジをか? またなんで?」


 意外そうな顔をするハイドリヒに、

 

「チンピラの集団を精鋭に仕立て上げるには適任者だろ?」


 まあ、それと………

 

「サンクトペテルブルグに送る30代中盤から40代以上の中堅から上級指揮官な、なるべく隠れキリシタン……ロシア正教徒を選んでくれ」


 その年代なら、「革命前」を覚えているはずだ。


「もしかして、そいつは……」


「いつか相談しようと思っていたんだがな、そういうことなら早めた方が良いな」


 総統閣下に謁見の機会があるなら、ハイドリヒに先ぶれを頼むか……



「前々から考えていたが、信仰を……”正教会”を正式に復活させようと思っているのさ」


 このサンクトペテルブルグでな。


















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