第190話 ”第一次スモレンスク防衛戦”と歴史に記される事になる戦いの実像と”チェコの針鼠”




これは、後に”第一次スモレンスク防衛戦”と呼ばれる戦い、その陸上戦での記録である。




 それは正しく阿鼻叫喚だった。

 濃密な爆撃、砲撃と続き仲間達が次々と倒れる中で、ようやく何とか敵の防御線を示す有刺鉄線網や障害物が見える位置に来たと思った時だ。

 戦車に必死にしがみついていた赤軍タンクデサント兵が見たのは、ドイツ軍のロケット弾に混ざって飛んでくる……

 

「味方のカチューシャが俺達を撃ってくるべさっ!?」


「くっ!?  督戦が始まったとでも言うのかっ!?」


 魔女の巨釜が、いよいよ火力を強めてきた。




***




 本物のドイツ製地対地ロケット弾とサンクトペテルブルグで生産されたカチューシャロケット……あるものは、上空で成形炸薬弾をばら撒き、あるものは地表や戦車にぶつかった途端に水平方向に鉄球や鉛玉を爆散させた。

 

 戦車の上面装甲を穿ち、デサント兵を細切れにするロケット弾攻撃は、凄まじい密度の攻撃とは引き換えにその持続時間は極めて短いし、装填時間も長くかかる。

 そして、砲撃は長射程のカノン砲ではなく一般的な榴弾砲の先ほどまでと比べれば緩慢に感じる砲撃は、むしろソ連兵をホッとさせた。

 これならまだ理解もできるし、曲射砲撃は滅多に当たらないことも知っていたからだ。

 

 しかし、その砲撃に気を取られて足元が疎かになっていた。

 そう、地面が唐突に爆発したのだ。

 何のことはない。ドイツ人が仕掛けた地雷原に入っただけだ。

 

 気がつけば、ドイツ人の砲撃は地雷原に飛び込んだ自分達ではなく後続部隊へと移っていた。

 

 しかし、ここで前進を止めるなら赤軍などやっていない。

 地雷を踏んで擱座した戦車があると言うことは、その擱座した戦車の後ろにある進路には地雷がないということだ。

 「地雷の数より戦車の数の方が多ければ突破できる」と言わんばかりの突進だった。

 

 また、擱座した戦車から動けるデサント兵は飛び降り、有刺鉄線が張り巡らされた敵陣へ向かおうとするが……

 

”ドンっ!”


「ひでぶっ!?」


 仕掛けてあるのが対戦車地雷だけだと、何時から勘違いしていた?

 当然、凝り性のドイツ人が敷いた地雷原なんだから対人地雷だって仕掛けてある。

 

 

 

 














******************************















 チキチキ地雷原チキンレースのお次は、対戦車バリケードだ。

 さて、皆様は”チェコの針鼠”というものをご存じだろうか?

 簡単に言えば、鉄骨を繋ぎ合わせて作った”鋼鉄のテトラポッド”みたいな対戦車障害物だ。

 これを地雷原の先にズラリと並べてあるのだが……悪質なのは、そのすぐ先に対戦車壕があるというところだ。

 そして、対戦車壕の乗り越えた先にもズラリと”チェコの針鼠”が並んでいるのだ。

 和風に言うならお城を囲う空堀の両岸を、テトラポッドサイズのマキビシが壁を作るように並んでるとイメージすれば良いだろうか?

 

 これで何が起こるかというと、バリケードを無理に乗り越えようとすれば、ほぼ垂直に前から落ちる事になる。

 もし、主砲が前を向いていれば、ほぼ曲がるか折れる。

 ついでにでんぐり返るように高確率でひっくり返る。

 仮に無事に空堀に着地したとしても、今度は堀から進もうとしてもそこにも”チェコの針鼠”が待ち構えているのだ。

 つまり、今度は高確率で後ろ向きにひっくり返る。

 仮にひっくり返らないとしてもそこでドイツ人が何もしないとでも?

 

 ”チェコの針鼠”の壁の向こうには幾重もの有刺鉄線網があり、その先は普通の意味でのドイツ兵が身を潜めてる塹壕があり、そこには機銃座や迫撃砲を据えた野戦陣地があり、その後ろには(空堀を掘った時に出た)盛り土で人工的に作られた稜線がある。

 そこ有るのは、ダグインした戦車、対戦車自走砲、駆逐戦車、突撃砲、そして永久陣地トーチカに仕込まれた対戦車野戦機動砲の砲列……

 言うまでなく直射砲ばかりで、砲弾共通の43口径長ないし48口径長の75㎜長砲身砲ばかりだ。

 つまり、ドイツの対戦車特効砲撃部隊は、僅かに盛り上がった丘の上から”撃ちおろせる”のだ。

 

 敵戦車は、空堀とバリケードの二重苦を乗り越えようと身を反らして無様に装甲の薄い腹を晒している。

 そして、自分はわずかな高低差とはいえ撃ちおろせるポジションにいる。

 こんな好条件で砲撃しない砲手はいるだろうか?

 もしいるなら軍人には向いてないだろう。

 

 

 

 さて、ついでに言うなら空堀の底には、要塞化の為に壊した民家などから出た廃材を用いた、先を尖らせた杭が無数に突き立てられていた。

 無論、空堀に落下してきた戦車には何の意味もない。

 しかし、戦車にへばりついていたデサント兵は果たして、落下の衝撃に耐えられるか?

 

 そして、落下の衝撃に抗えなかったデサント兵が放り出された先には尖った杭……見事、現代版の串刺し公の出現だ。

 加えて、ここにも密度はさほどではないが対人地雷と対戦車地雷が埋設されていたのだ。

 

 ひっくり返った戦車など、亀よりも元の姿勢には戻りにくい。

 実は、このような野戦築城にも機械化の波は押し寄せていて、既にスモレンスクを後にし軍の工兵隊にバトンタッチしたが重機の扱いに慣れたトート機関が大暴れした結果がこれであった。

 確かに戦車が落っこちてひっくり返って出れなくなるような壕はいかに人海戦術を駆使しても人力だけでは時間的に不可能だったろう。

 

 しかし、流石はソ連軍であるならば落ちた戦車で空堀を埋めてしまえば良いと突進を繰り返した。

 壕に落ちたくないと”チェコの針鼠”の前で停車した戦車はドイツ軍に高初速の75㎜徹甲弾を撃ち込まれるか、あるいは後ろからソ連製76.2㎜徹甲弾を撃ち込まれた後に押し込まれて落ちるかのいずれかだった。

 

 一見すると蛮族その物の戦い方だが、実は合理的でもあるのだ。

 無論、「兵隊が畑から生えてくる」ソ連式のロジック……つまり現在、”死の強行突破デス・スタンピート”を強要されている中央アジア出身者や非ロシア系ソ連人、あるいは辛うじて生き残っていたコサックなどは、T-34戦車同様に”消耗品”と見做せばであるが。

 

 ソ連は、いや共産主義は民族による区分や区別はしないという”建前”だ。

 だが、それが所詮は建前でしかない事は歴史が証明している。

 例えば、コサックに対しては公式な政策として”コサック根絶”を行っており、一説には50万人以上のコサックが処刑もしくは国外追放になったらしい。

 

 

 

 現在、激怒しているスターリンから直接命令を受ける立場にある赤軍司令官例えば、シモチェンコ、エリョーマンコ将軍は気が気じゃなかったろう。

 彼ら、あるいは政治将校、もしくは共産党指導部は彼らを捨石、あるいは「T-34を動かす部品」として戦車と同じく消耗品と見なすしかなかった。

 スターリンの怒りはそれほど深く厳命されていたのだ。

 

 彼らは何が何でもスモレンスク、いや”カティンの森”を一刻も早く制圧せねばならなかった。

 例え、どれほど犠牲を払っても。

 自分達が粛清されないために。

 この作戦のソ連側の責任者達もまた命懸けの戦いを強いられていたのだった。

 

 

 

***




 乗員ごと戦車で対戦車壕を埋める強硬策は、多大な犠牲を払いながら一応の成功を見た。

 犠牲の数を考えれば、ドイツ基準ではとても成功とは言えないが、とりあえず空堀の一部は埋まったのだ。

 

 ソ連的に言えば、「ロシア人にんげんの人的損失は軽微」なので、無論作戦は続行だった。

 実際、渡れた戦車よりデサント兵の生き残りの方が多数ではあった。

 

 強行突破しようとする戦車はたちどころに75㎜徹甲弾の洗礼を浴び、爆発炎上する車体が数多く出た。

 だが、ソ連の論理であれば「ドイツが備蓄している砲弾より渡れた戦車の数が多ければ勝てる」戦いだ。

 

 そしてデサント兵、いや乗車を失いただの歩兵に立ち戻った彼らに後退は許されなかった。

 督戦隊みかたに撃たれるからだ。

 味方とはなんぞ?という哲学になりそうだが、彼らにとりそれが当たり前だった。

 

 そして、赤軍歩兵を阻んだのは有刺鉄線網とあちこちに埋められたやはり地雷だった。

 

 地雷の数(有刺鉄線もだが)が多過ぎるように思えるが、これにはからくりがある。

 いつもの通りサンクトペテルブルグか?

 それもある。

 だが、特にこの時代の地雷と言うのは、火薬を使った武器の中でも単純な部類に入る。

 特に火薬と飛び散る鉄球と鉛玉、踏んだだけで作動する発火装置を缶詰の缶に入れただけで作れる対人地雷なら猶更だ。

 

 つまり、”どこででも、誰にでも作れる”のだ。

 だから、ドイツは国外に発注し、普通に輸入することで数を揃えたのだ。

 

 ちなみに地雷輸出元は、現金や金塊よりドイツ製の自動車やら兵器の物々交換の方が喜んだというのだから、まあ輸出国はお察しくださいだ。

 ちなみに日本皇国は遠すぎて無理。

 だが、その同盟国は……まあ、買い取ってくれるのだから、余剰在庫を嬉々として売りつけたようだ。

 赤軍がダメージを蓄積させることは、紳士たちの理にも利にもかなっているのだから。

 

 


















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