第187話 Der Abwehrkampf um Smolensk Beginnt ! !
後年の資料によると、スモレンスク……正確に言えば”カティンの森”を巡る最初の戦いの火蓋が切って落とされたのは、現地時間の1942年3月21日午前8時のことであったという。
この時期のスモレンスクはようやく最低気温が氷点下を下回る日が少なくなり、最高気温も10℃を超えない……春先の雰囲気を醸し出していた。
そして、その春の空気の中、いくつもの無粋な人工音が大地を空を震わせていた。
『ハッハァーーーッ!! こいつぁいい。どこを向いても敵だらけだぜっ!! ハルトマン! ケツにしっかり食らい付いてこいっ! クルピンスキー! 背中預けんぞっ!!』
「
『あいよ。次は俺が切り込むから、フォローまかせんぞっ!!』
『わーってるってっ!!』
その日の空は過密状態と言っても良かった。
そして、その中で闘気をみなぎらせていたのが4機のBf109Fだった。
そう、お馴染みのマルセイユ大尉とハルトマン少尉のロッテ、クルピンスキー中尉と実戦は経験してるがハルトマンと同じくまだ若い少尉のカールハインツ・シュミット少尉のロッテだった。
この4人、驚くべきことにドイツ版のサッチ・ウィーブ、”
しかも、ドイツ戦闘機……というかBf109が得意な縦軸運動にアレンジを入れて。
『落ちろ蚊トンボっ!!』
「照準器のセンターに捉えてトリガーを引く!」
『ははっ、さっさと地獄に落ちちゃいなよ♪』
『くっ、空が狭いな。滅殺……!』
何やらハルトマンと初登場のシュミットの少尉コンビがが微妙に紫色の人造人間乗りっぽかったり、殺意の波動に目覚めたっぽい感じだが、この四人だけで初日の戦闘だけで27機のソ連機、それも戦闘機ばかりを落としていた。
ハルトマン、シュミットはこの初日だけでエース(一般に5機撃墜)となったのであった。
***
そして、Fw190A隊もまた赫々たる戦果を上げていた。
防空任務特化のBf109と違い、彼らは航空阻止攻撃という任務があった。
このスモレンスク防衛戦に投入されるBf109F-4やJu87D/Eについては以前語ったことがあると思う。
しかし、Fw190A、正式な型番は”Fw190A-3”についてはあまり語った事はないと思う。
なので簡単にアウトラインだけ説明しておこう。
そもそも、Fw190はこの世界線においては、「最初から
つまり、設計段階からA型シリーズだけでなく史実のF型としての運用も考慮された、生粋の”汎用戦闘機”、その先駆けと呼べる機体だった。
そして、現在配備されているA-3は、視界の良い”ガーラント・ハウベ”型キャノピーを外観的特徴とし、十分な防弾性と頑強さを持つ「史実のA-8とF-8双方の特徴を兼ね備えた機体」だった。
例えば、主翼と胴体下に合計最大1tの爆装が可能であり、その状態でも機内燃料のみで850㎞の飛行が可能だった。
エンジンは、主力増強装置を使わない状態でも最適高度で1,850馬力を発生させる”BMW801E”の強心臓であり、外部装備がない状態の戦闘重量(機内燃料・弾薬満載)で最高速640㎞/hを叩き出す、時代的には「軍馬の頑丈さと競走馬の速さ」を持つ優秀なヤーボだった。
そんな機体を操るバルクホルンとノヴォトニーのロッテは、かなりの制度を持つ電波高度計に注意を払いながら、低空を高速で飛ぶ。
目指すは上空のJu86P高高度偵察機から音声で位置情報が伝えられる敵砲兵陣地だ。
Fw190はJu87のような精密な射爆照準器もなければ、航法手や後方機銃手を兼ねた無線手もいない。
だから、まさに味方に向けて突進する赤軍戦車ではなく……
「見えた! ロケット弾、投射!」
既に発射体制に入ろうと止まり密集していた本家”カチューシャ”ロケットの車列の群れに翼下のロケット弾を放つ!
1個
中には同じ起源の元祖ソ連製BM-8/BM-13ロケット弾が誘爆を起こし、阿鼻叫喚を生み出していた。
フライパスするとき、しっかりと機銃掃射はしたがそれ以上に執拗な空対地攻撃はしない。
彼らの目的は、「カチューシャロケットの発射を阻害する」事であり、別に殲滅や全滅は求めていない。
それは別の担当が行うことだ.
「こちら”
『了解。ラケーテンドーラ・ドライ、損失機はあるか? 空対空戦闘は継続可能か?』
敵のカチューシャに一当てした自分の配下のFw190中隊15機に、空中集合した機体や機数を確認する限り損失機や損傷機は見られない。
また、しつこい地上掃射を敢行しているなら、今の空中集合には間に合っていないだろう。
「問題ない。ロケット弾は全機発射済みだが、機銃弾には余力がある」
そう地上管制官に返すと、
『了解。レーダー観測班が新たな敵影を確認。反応と移動速度から考えて双発爆撃機と襲撃機の混成部隊40機前後と判断。迎撃可能か?』
MG151/20㎜機関砲×4にMG131/13㎜機銃×2、ドイツの単発戦闘機の中で現在、最強火力を誇るFw190にとって格好の相手だった。
「可能だ。座標を口頭で、可能なら地上より電波管制誘導を頼む」
『了解。バルクホルン大尉、幸運を』
「Danke」
半自動式初歩的なオートパイロットや電波高度計に連動した電波誘導装置が程なく基地からの
言ってしまえば、ビーム・ライディング方式の指令誘導だ。
この時代の技術水準では、まだ大雑把な方向と高度に誘導することしかできないが、それでも口頭で座標と高度だけ伝えられてその空まで飛んで敵を有視界で探すよりはよっぽど効率が良い。
さて、お察しいただけたと思うが、この「地上管制による誘導と迎撃」は、その原理はまさにカムフーバーが提唱した”ヒンメル・ベッド”なのだ。
史実では、夜間迎撃用のシステムだ。
だが、この世界線における「
昼夜で飛ばす戦闘機が違うだけで、24時間体制で防空を担うシステムを彼は欲していたのだ。
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「驚いたな。まさか、ここまで優勢に戦えるとは思わなかった」
”空陸統合スモレンスク防衛司令部”。
スモレンスクのほぼ中心部に設置された、大規模司令部でスモレンスク防衛司令官”ゴッドハルト・ハインリツィ”大将だった。
史実ではこの時期、上級大将だったはずだが史実に比べてこれまで戦闘が少なかったから妥当なところだろう。
というか、1月に大将に昇進したばかりだ。
もっとも、今回のスモレンスク防衛戦に成功すれば、程なく上級大将に昇進だろうが。
オリジナルはドイツ屈指の「防衛戦の名手」として知られているが、その資質は今生にもどうやら受け継がれているようだ。
(それにしても、隔世の感があるな……)
彼の目には、最新技術の実験場という意味もかねて作られた”最も新しい司令部”が、どうにも未来的に見えて仕方なかった。
オシロスコープの親戚のようなディスプレイが並んだレーダー制御卓と通信手のコンソールが無数に並び、その情報を元に並べられた”戦況表示板”……大型の透明アクリルボードの中央の印刷された”
(確か戦況表示板はサンクトペテルブルグで考案され、急遽作成されたと聞いているが……)
とにかく、周辺情報が一目で確認できるのは便利だった。
情報の元になっているのは無論、地上レーダーだけではない。
上空には、世界的にもあまり例を見ない
実は、このJu86Pは敵にとり実に厄介な特性を有していた。
従来の光学観測型だけでなく、レーダーを搭載した初歩的な”早期警戒機(AEW)型”も存在するのだ。
レーダーと言うのは一般的に高所に置けば置くほど探知距離が増える。理屈的には高いところの方が遠くを見れるような物だ。
Ju86は元々は爆撃機として開発された機体で、レーダーやオペレーターを搭載するするのに十分な容積が確保でき、また旅客機のように機内の有人スペースを与圧化できるのも大きなメリットだった。
無論、航空管制できるほどの余剰人員も機材も積めないし、データリンクなどの概念もない現在、「レーダーで捕捉した目標情報を地上に無線連絡するだけ」の機能しかないが、「空飛ぶレーダーサイト」と言うだけでも十分な価値があった。
ついでに言えば、Ju86PのAEW型は、夜間哨戒にも対応しており、後年はHe219とのコンビの夜間防空に猛威を振るう事となる。
加えて言えば、敵地に入らず「味方の制空圏内で高高度から敵を見張る」というコンセプトの為、撃墜される可能性が低いことも大きなメリットと言えた。
地上や空中にまで置かれたあらゆる”目”から入った情報が指令所に集約され、それが戦況表示板に書き込まれ、それを元に航空参謀が次々に指示を出す。
無線手が航空隊に連絡を入れ、必要であればビーム・ライディング方式の電波誘導で敵へと向かわせる。
”昼夜を問わないヒンメルベッド”の現状における到達点がここにあった。
そして、防空戦はスモレンスク司令部だけで行っているのではない。
無線通信で、あるいは有線電話で繋がったビテプスク、モギリョフの残る二つの基地と緊密に、あるいは有機的に連携できるよう配慮されていた。
そう、航空管制能力だけ見れば同等の防空司令部が、ビテプスクとモギリョフにも設営されているのだ。
だが、スモレンスク防衛司令部で行うのは航空管制だけではない。
歩兵科、砲兵科、装甲科のそれぞれの参謀が陸戦用の戦況表示板に書き込まれる情報に注視し、矢継ぎ早に指示を出し始める。
防空戦は所詮、防衛戦の幕開けを告げる開演のベルに過ぎない。
血腥く泥臭い戦いが、まさに始まろうとしていたのだった。
(それにしても……)
ハインリツィは視界の先にある一定の温度に保たれるようになった部屋に置かれた《b》”
「技術本部の持ち込んだ”アレ”、一体何に使ってるんだ?」
と首を捻るのだった。
これはまだ、コンピューターという用語が一般化する遥か以前……まだ何ができるか分からない時代の物語である。
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