第180話 ガーランド「来ちゃった♪」 メルダース「お前が来たらいかんやろっ!?」
ドイツ南部、ウルム近郊に開設された”第1統合航空戦闘団(Kombiniertes Luftfahrt Kampfgruppen 1:KLK1)”の編成/訓練飛行場において、その日事件は起きた。
「(貴様の部下になりに)私が来たっ!」
「何やってやがるガーランドぉぉぉーーーッ!?」
戦闘機隊総隊長執務室にヴィルヘルム・メルダース大佐の怒号が木霊する。
***
さて、経緯を説明しよう。
2週間程前、空軍省戦闘機隊総監”アーデルハイト・ガーランド”
だが、やって来たのは、アーデルハイト・ガーランド
「だからさメルダースよぉ、お前だけ実戦部隊復帰とか、よくよく考えたら狡いじゃん? 俺、デスクワークとか向いてないし」
なんてふざけた事を言い出すガーランドに、年齢的には一つ下だが空軍飛行士官学校同期(再軍備宣言初年度の35年組)のメルダースは、
「ズルいって……お前がデスクワークがさほど得意じゃないってのは知ってるが、俺を戦闘機隊隊長に任命したのお前だろ?」
「そりゃそうなんだが、そもそも俺が戦闘機隊総監になったのって、メルダース、お前が『私を前線から下げるのなら毎日とは言わないが、せめて週に五日は戦闘機に乗れるようにしろ』と駄々こねたからだよな?」
「うっ……お前、去年の事をいつまでも」
「まだ半年程度しか経ってないんだから、思い出にするには生々しいわ」
さて、この二人の関係を史実なども交えておこう。
そもそも最初に戦闘機隊総監の話が来ていたのは、ロッテ戦法の生みの親で史上初の100機撃墜を果たし、ドイツ全軍初の柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章を受章したメルダースだった。しかし、ガーランドの言う通りにメルダースは、後方勤務はともかく戦闘機に乗れなくなるのは拒否。
そこでドイツ版トップガンのようなカリキュラムを行う『教官を養成する教官』に就任した。
無論、今でもインゴルシュタット(フランケンシュタインの舞台になった街として有名)郊外にその教官養成施設はある。
そこでお鉢が回ってきたのが、史実より早く全軍で2人目のダイヤモンド剣柏葉付き騎士鉄十字章授与者となったガーランドだった。
本人曰く「とばっちり」である。
ただ、史実と違って興味深いのは、我々の歴史だとおデブのウーデッドが自殺→その葬儀に駆け付けようとしていたメルダースの乗機が墜落し事故死→そしてガーランドに戦闘機隊総監のお鉢が回ってくるという感じだ。
正直、無能さゆえに大ダメージを与えただけでなく死んでもなおドイツ空軍を祟る史実ウーデッドの疫病神っぷりが半端ではない。
しかし、メルダースの死亡フラグであるウーデッドはこの世界でピンピンして、今日も装備実験部隊で鹵獲したソ連機でも楽しげに飛ばしていることだろう。
ついでに同じく疫病神体質の
ドイツは(日本もだが)苦手としていた適材適所人事を割とやっているようだ。
まあ、ドイツ軍にとって一番の疫病神は他の誰でもない
「それで俺はこう言ってやったのさ。統合航空戦闘団の骨子は理解できたし、その設立には全力を尽くす。だから俺を戦闘機パイロットに戻してくれってな。将官が前線にいけないなら、降格処分で構わないと」
「……よく上が許可したな?」
「そりゃあ渋ったさ。だが、人事の大物が力添えをしてくれたんだ。”五体満足なら飛ぶべきだ。パイロットの華は、空にこそ咲く。レッドバロンもそうだった”ってさ」
「それってまさか……」
ガーランドは頷き、
「”ファルクラム・フォン・リヒトホーフェン”大将だよ。命は助かったけど、怪我がもとで飛べなくなった従兄弟が戦後とても寂しそうだったって」
この世界線でも”レッドバロン”こと第一次世界大戦のウルトラエース、”マルムート・フォン・リヒトホーフェン”は存在し、そして大戦末期に英国製の7.7㎜弾を受けたが、運よく一命はとりとめたものの杖を突く生活となり空へ戻ることはなかった。
本人は、「あの時、英国人の射撃がもう少し上手かったら、俺は空で死ぬことができた」と後年語ったという。
おそらく、その従兄弟の姿をファルクラム・フォン・リヒトホーフェンはガーランドを重ねたのだろう。
「それにしても二階級降格って」
「だって1階級なら大佐、お前の下に付けないかもしれないじゃん? 俺は嫌だぜ。戦闘機隊総隊長とか面倒そうなのは、もう懲り懲りだ」
「ガーランド、お前と言う奴は……で、後任は誰を推挙したんだ? じゃなければ流石にやめられないだろ?」
「ヴィックだよ。折よくちょうど退院したんだ」
”ヘルマン・ヴィック”大佐。メルダースとガーランドの後輩にあたり、1940年当時は二人と撃墜王の座を争っていた。
しかし、”バトル・オブ・ブリテン”のスピットファイアとの戦闘で負傷し、命は助かったが長期入院を余儀なくされた。
史実と異なりパラシュートで海に降りるのではなく基地に何とか帰投できたが、銃撃を受けたダメージで主脚の片方が降りずに胴体着陸を敢行するが、運悪く重傷を負った。また自身も7.7㎜弾を受けていたのだ。
「退院? もう飛べるのか?」
だが、ガーランドは首を横に振り、
「多分、パイロット復帰は難しい。できるとしても当分先だし、強烈なGのかかる戦闘機はおそらく無理だろうな。だが、軍病院のリハビリルームの窓から空を眺めてるよりはマシだろ?」
メルダースは小さくため息を突く。
まあ、生きてるだけで儲けものではあるのだが、飛べなくなるとそうとも言えなくなるのがパイロットの哀しいサガだ。
だが、同時に戦場に出るパイロットである以上、誰しもがそうなる可能性と背中合わせなのもまた現実だ。
「ところでガーランド、お前F型は”軽武装”だって嫌ってただろう? Fw190にでも乗るのか?」
いわゆる”F型論争”の話である。
E型までのBf109は左右主翼に20㎜機関砲×2、機首に7.92㎜機銃×2と史実の零戦21型とほぼ同じであり、時代背景的には重武装機であった。
対してF型は(この世界線では)
だが、ここでパイロットたちの意見は真っ二つに割れる。
E型までの”火力重視派”と、F型の”運動性重視派”に分かれたのだ。
まあ、これも本物の重戦闘機であるFw190の登場によって収束したのだが。
そして、メルダースの記憶では、ガーランドは武双重視派だったはずだ。
「いや、F型に乗るよ。俺は思い違いをしていたみたいだし」
「? どういうことだ?」
「20㎜機関砲だよ。E型とF型、同じ20㎜たって別物じゃねーか」
そう。これにはからくりがある。
E型の20㎜機関砲はMGFFというタイプで初速は650m/sほどで発射速度は540発/分であり、大してE型以降に大量生産が可能となったF型のモーターカノンMG151は、同じ20㎜でも薬莢から違い(MG151の方が長い)銃弾に互換性はない。その為、性能も1世代の開きがあり初速785m/s、発射速度は800発/分だ。
「MG151は砲口初速や弾道特性・威力全てでMGFFに勝る。相対的な破壊力で言えば、1門のMG151とMGFF2門分の相対破壊力は、ほぼ同等だろう。しかも装弾数、MGFFはどう頑張っても1門あたり60発が限度なのに、MG151は200発装填できるらしいじゃねぇか? これじゃあ勝負にならん」
ガーランドは小さくかぶりを振って、
「それと俺が聞いてたのは、F型の機首銃は7.92㎜だったが、それが13㎜に変更されてた。多分、F型の総合的火力はE型に引けを取らん。これで速度も運動性も航続距離もF型の方が上とくればな。付け加えるなら、俺は翼に機銃が付いていた方が”有効弾幕”が広く張れると考えていたが、照準器と同じ機体軸線に集束させた方が命中率が高く範囲が狭くとも命中弾が多い濃密な弾幕が張れるという意見がある事も分かった」
「流石、元戦闘機総監殿。そこに気づいたか?」
ガーランドの持論を否定する気はないが、戦闘機隊総監を務めたことでガーランドの思考的視野が広がった事に素直に喜ぶメルダース。
物理的な視野や視界だけでなく、思考的な視野の広さ……思考の柔軟性というもの上へあがれば上がるほど必要になってくるとメルダースは考える。
航空機の発展は日進月歩。古き考えに凝り固まっていればすぐさま置いて行かれると、肌で感じていた。
「茶化すなよ。だが、意外なのはバルクホルンだ。アイツ、たしか運動性重視派だったろ? それがまたなんだってFw190なんてガチの重戦闘機に乗ってんだ? アイツの立場なら、機種転換も断れたろ?」
「ああ、それな」
確かにこの世界線でのFw190は、最初からフルスロットル状態の重戦闘機だ。
武装は最初から左右主翼にMG151/20㎜機関砲×4、機首にMG131/13㎜機銃×2、つまり史実なら43年登場の”A-5/U9”仕様で、エンジンも最初から離陸1800馬力の後期型”BMW801TU”準拠だ。
他にも史実よりいくつか洗練されてる部分があり、現行のA型でさえ戦闘重量で最高速650㎞/hを発揮し、増槽搭載で航続距離は1,500㎞に達する。
「頑丈で素直な操縦性、扱いやすさが気に入ったんだそうだ」
「扱いやすさぁ? バルクホルンってそういうの気にするタマだったか?」
訝し気なガーランドに、
「あいつがって言うより、新人がって感じじゃないか? 鍛える気満々だし」
「ほほう」
「それに、Fw190にはどう足搔いても翼の薄いBf109じゃ不可能な芸当ができる」
「なんだそれは?」
メルダースは小さく笑い、
「Fw190には翼の下には、Ju87Eと同様にロケット弾を搭載できるようになる。つまり
ちなみにその空対地ロケット弾システム全般は、サンクトペテルブルグで目下フルピッチで製造されていた。
「いわゆる”多目的戦闘機”という奴か……”帯に短し襷に長し”にならなければいいんだが」
「その懸念も理解できるがな。しかし、航空機による阻止攻撃……ガーランド、ここに来たってことは”近接航空支援”の概念は聞いてるだろう?」
「無論だ。確かに想定されている”スモレンスクに押し寄せる予想される敵数”を考えれば、Ju87だけではとても手が足りぬか」
「そういうことだ。しかし、これで面倒になった」
「何がだ?」
メルダースはジト目で親友を見て、
「お前が来たことで、人事と編成のやり直しだ」
「手伝うぞ?」
「当然だ。お前は1個飛行隊率いてもらうだけでなく、戦闘機隊全体の副長確定だからな」
「うへぇ」
面倒臭そうなガーランドを一睨みするメルダース。
「しかし、これで第1統合航空戦闘団の戦闘機隊は大佐である俺が総隊長だからいいとして、お前とリュッツオウで中佐が二人。少佐はヴィルケか……基地の関係で戦闘機隊は三つに分ける必要がある。バランス的にもう一人くらい少佐が欲しいな」
「アテならあるぞ? というかもう呼んでる。じきに着任するはずだ。まあ、戦闘機隊総監としての最後の仕事になったが」
流石、第1統合航空戦闘団の人事を一手に引き受けただけあり、状況を……いや、メルダースが何を欲しがるか察していたようだ。
というか、ガーランド自身が加わることを前提としているあたり、ややマッチポンプ臭いが。
「誰だ?」
「シュタインホフだ。アイツなら問題ないだろ?」
「上々だよ」
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