第174話 ”Kombiniertes Luftfahrt Kampfgruppen” という概念




 ”Jagdverband 44”、通称”JV44”はドイツにとり非常に因縁深い名前だった。

 

(まあ、「正気か?」って顔されるのもうなずけなくもない)


 そもそも生まれたきっかけは、史実では1945年1月にゲーリングによってガーランドが空軍の戦闘機隊総監の座を追われた事に端を発する。

 元々、ゲーリングとガーランドの確執はあった。

 ゲーリングはドイツ空軍トップクラスのエースパイロットで若干30歳で将官となったガーランドは面白い存在では無かったし、別にガーランドも人格者という訳でもない。

 決定的だったのは世界初の実用ジェット戦闘機”Me262”の運用方針を巡ってとされるが、それ以前の積み重ねもありガーランドは解任されてしまう。

 大戦末期に何やってんだかと思わなくもないが、ここでゲーリングにとり予想外の事が起きてしまう

 ゲーリングが予想していたよりガーランドの人望は特にパイロットからのそれがずっとあり、シュタインホフ大佐やリュッツォー中佐などの飛行団長(飛行部隊長)に弾劾されてしまったのだ。

 実戦部隊の離反で求心力を失う事を恐れたゲーリングは、新設の最新鋭ジェット戦闘機隊”第44戦闘団(Jagdverband 44、JV44)”の司令官をガーランドに任じ、人選の自由裁量権を与えた。

 そして、ガーランドが生き残っていたエースたちに声をかけ、生まれたのがリアルでは伝説となる「空の英雄豪傑の集まり」、「空飛ぶドイツ版梁山泊」などと呼ばれることもある”JV44”だ。

 

 無論、今生ではゲーリングは既に軍から離れ副総統の地位にあり(つまり、軍への影響力は既に排除されている)、広報活動……というか見た目の良さから、ドイツの看板ゆるキャラクター道を邁進しているようだ。

 そして、今生のガーランド自身も若さと鼻っ柱の強さからお偉方から「クソガキ」と思われてるフシ・・があるが、反面「だが、戦闘機乗りというものはそうでないといかん」と好意的に取られてる部分もあり空軍総司令官のヴェーファー元帥や航空技術総監のミルヒ大将などの重鎮との相性も悪くない。

 

(まあ、ガーランド少将も苦労人と言うか、割を食ってると言うか……)


 この世界線では”ロッテ戦法の生みの親”ことメルダースが事故死せずにピンピンしてる。まあ、大佐に昇進後、やっぱり後方に下げられて「教官を養成する教官職」やってたりするんだが……それでも、何やら「ドイツ版トップガン」じみたことやってるみたいだが。

 当然だ。メルダースの死亡フラグ、ウーデッドが装備実験部隊で今日も試作機乗り回し、きっと脳ミソぴょんぴょんしてるんだから。

 にも関らず、大佐だったガーランドが少将に昇進させられ、新たな役職である戦闘機隊総監が押し付けられているという。

 

「フォン・クルス総督、どんな名目で、どういう階層あるいは対象から招集する?」

 

 ハイドリヒがそう聞いてくるのも無理はない。

 史実と全く時期も状況も理由も違うのだ。

 

「基本的には、休暇配置でそれを消化しかけてるパイロット、戦闘がひと段落付き激戦地ではなくなってる場所に配置されているパイロット、後は実戦経験を積んでもらうために『戦闘行動が可能と判断される新人パイロット』も含めてガーランド総監には抽出してもらう」


「……新人を激戦になる、航空消耗戦になり兼ねない場所に放り込むのか?」


 ヲイヲイ。しっかりしてくれよ?

 

「甘ったれんなハイドリヒ長官。相手が相手だ。この先、ドイツの戦いには血を血で洗う激戦しかない。わかってるだろ?」


 相手は動員力チートのソ連と、生産力チートのアメリカだぞ?

 それをまとめて相手しようってんだ。行きつく先は修羅道しかねぇだろうが。

 

「だから早めに地獄を経験してもらうのさ。それにその為の”二直制・・・”だろ?」


 要するに普段から軍隊のパイロット養成機関だけでなく、助成金を餌に民間の飛行会社や操縦士学校からパイロットやパイロットの卵達に短期軍用機操縦訓練コースを受講させ、受講後は即応予備役として登録し、数字的には「保有航空機の2倍の数のパイロット」を確保しておく。

 そして、戦時となれば招集するって感じだ。

 特に戦闘機乗りとしての素養を示した者には、軍から直接リクルートされることもままあるらしい。


「心配なら、現地でも訓練や指導ができるような教官職経験のある実戦パイロット、例えば”ロスマン曹長・・・・・・”のようなを入れておけば良い。本末転倒かもしれんが、非常時なら仕方ないだろ? ”野戦飛行学校”の開設だ」


「正確には、”エドバーグ・・・・・・ロスマン”上級兵・・・曹長だ。今のドイツ空軍には陸海軍同様に上級下士官制度がある。主に下士官上がりの飛行教官が持ってるな。明文化されてないが、空軍の上級兵曹長はエースばかりだ」


「すまない。その辺は疎いんだ」


 まあ、俺は今生じゃ軍人って訳でもないしな。

 

「ところで、臨時編成と言うのは分かるが、《b》”統合航空戦闘団(Kombiniertes Luftfahrt Kampfgruppen:KLK)”《/b》というのはなんだ?」

 

「簡単に言えば、”空の諸兵科連合”だよ。電撃戦ってのは、急降下爆撃と重砲の短時間の効力射の下、戦車が機動力をもって蹂躙するってことだろ? だが、今回は機動力のある数的優勢を誇る敵相手の阻止戦だ。勝手がかなり違う」


 俺はアインザッツ君達が用意してくれた移動式の黒板に概要を書き込んでゆく。

 あー、ホワイトボードとか欲しいな……作るかな? あれ、要するにホーローだし。

 アクリル板はもうある(実はアクリル樹脂は30年代のドイツの発明だ)し、戦況表示板ってもうあるか?

 航空機のキャノピーには使われてるって聞いたが、無ければ作ってみるか。


「阻止戦で重要なのは戦場上空の制空権確保と、その下で行う”近接航空支援”。そして、航空偵察と航空機からの弾着観測と効果確認も仕事としては大きい」

 

 難しいことを抜きにして戦術レベルならこの四つが出来れば形になる。

 そして、これらのミッションを統括できる司令部の存在だ。

 

 普通の爆撃機隊が入ってないって?

 Ju188やDo217とかの役割は、むしろ航続距離を活かして敵の補給拠点や集積地、航空基地などを叩く事だ。

 大きな意味では阻止任務だけど、任務の性質がかなり異なる。

 命令系統は別の航空隊にして、統括はそれこそ中央軍集団司令部に投げた方がいい。

 

「イメージ的には、”電撃戦の防衛バージョン”さ。空陸の機動防御と言い換えてもいい。なので、空軍の弾着観測機と陸軍の砲兵の連携、空軍の近接航空支援と陸軍の前線航空統制官との連携がカギになってくるんだが……」


 史実を知ってる紳士淑女なら驚いていいところだけど、これ諸兵科連合と三軍合同って戦術思想、実は皇国軍では士官以上は徹底的に叩きこまれるんだよ。

 まず、一般兵科でも前線航空統制官や前線砲撃統制官のカリキュラムはある。

 そして本職の統制官ともなれば、陸軍砲撃統制官は重砲隊だけでなく艦砲射撃の統制ができて当たり前、陸軍航空統制官は陸軍の保有する自前の直掩機が少ないんだから空軍や海軍の攻撃隊の統制ができて初めて一人前。

 それ以上に難しいのは、的確な戦力を的確な場所に的確なタイミングで振り分ける後方司令部の首脳部とオペレーターズだ。

 話に聞くとコンピューターのない時代だけあってほぼ実戦のデータを用いた図上演習に明け暮れ、皇国軍が特に高価な装備を使ってる訳でも、あるいは給与が特に良いわけでも無いのに一人当たりの予算が他国に比べて大きいのは、実物を使った実戦演習と効果測定が多いからだと言われている。

 

「シュタウフェンベルク君、参謀として率直な意見を聞きたいが、可能かい?」


「不可能とは言いません」


 なるほど。

 

「実働部隊の編成と配置が終わったら、何度か合同演習をやる必要があるってことか」


 まあ、ドイツはそこらへんはケチらないだろう。ムダ金は嫌うが必要な予算は渋らない気概はある。

 

「となると、前線航空基地はスモレンスク要塞の中とビテプスクとモギリョフの辺りに増設が妥当か?」

 

 どっちもスモレンスクから150㎞前後。ジェット時代なら近すぎるが、この時代の米ソの機体はそこまで速くもないし航続距離も長くない。


「双発爆撃機隊は、ミンスクの司令部直轄基地から飛び立てれば十分か。スモレンスクまで直線で300㎞くらいだし」

 

 実は、前線航空基地をスモレンスクを含めて3か所に分散させるのは意味がある。

 互いに制空権確保エアカバーを行えるってのは勿論だが、ロシア人だってバカじゃない。

 スモレンスクという要防衛箇所があるからスモレンスク内部に即応の航空戦力を置く意味があるのであって、攻撃する側のソ連は「砲弾が飛んでくるような近場」に航空基地を置く必要はない。

 おそらくだが、防空しやすく設備が整ったモスクワ周辺から飛ばしてくるはずだ。

 モスクワ⇔スモレンスク間の距離は約370㎞。ソ連機の航続距離が短いと言っても、爆撃任務で往復できる距離だ。

 そして、ミンスク→スモレンスク→モスクワはほぼ一直線に並んでる。

 つまり、ミンスクからモスクワまでは約670km。

 そして、(Ju187とは逆に)開発が順調に進みJu88から順次置き換わりつつあるJu188双発爆撃機の航続距離は1,950㎞でペイロードは3t、期待の新鋭双発爆撃機Do217は航続距離2,300㎞でペイロード2t。

 つまり、

 

「ある程度、敵の攻撃をしのいだらミンスクからモスクワ周辺の敵基地並びにモスクワ本体にカウンター爆撃を仕掛ける」

 

「そ、それは、流石に無茶では……?」

 

 シュタウフェンベルク君、甘いぞ?

 

「だから、ある程度凌いだらと言ったろ? 要は航空消耗戦に引き摺り込んで疲弊させたと判断できてからだ」

 

 実際に航空消耗戦、それも一方的なそれになる可能性はかなり高い。

 俺ではなく、”この世界のトハチェフスキー”が記した『縦深戦術理論』は、確認したところやはり殆ど同じ内容で『赤軍野外教令草案』として存在していた。

 作者を殺しておいて、奪った著作を表紙とタイトルだけ変えて使うとは、まさに盗人猛々しいが……

 

(だが、だからこそ欠点が丸わかりなんだよ)


 現在、1942年編成のソ連陸空軍では、『縦深戦術理論』で概論を示した「陸空一体戦術エアランド・バトル」は達成しえない。

 なぜなら、装備も練度もそれを行うには貧弱過ぎる。

 実際、『縦深戦術理論』を計画通り実行できるようになったのは、装備と実戦経験による練度が釣り合った1944年……つまり、”バグラチオン作戦”だ。

 

(だが、生兵法は大怪我の基)


 繰り返すが、レンドリース品が前線まで届いておらず、未だに赤軍大粛清の影響が残る今の赤軍では、まともなエアランド・バトルは実現不可能だ。

 そこに付け入る隙は、いくらでもある。

 そもそも、今のソ連どころかアメリカにもまともなレーダーはない。

 史実のアメリカがまともな性能のレーダーを作れるようになったのは、電子技術先進国のイギリスの協力があればこそだった。

 実際、近接炸裂信管VTフェーズもイギリスの協力がなければ完成させるのは難しかったようだ。

 

(だが、ドイツには英国とタイマン張れるレーダー技術がある)

 

「爆撃機の護衛戦闘機隊は……ああ、だからこそのスモレンスクであり、ビテプスクとモギリョフか」

 

 流石ハイドリヒ、話が早い。

 

「そうだ。爆撃機より航続距離の短い戦闘機隊は”スモレンスクから飛ばす”。その間のスモレンスク周辺のエアカバーはビテプスクとモギリョフの航空隊で行う」

 

 現在、最も航続距離の長いドイツ戦闘機はFw190Aだが、ドロップタンク装備での航続距離は1,500㎞ほどだ。

 空中戦の燃料消費を考えれば、ミンスク⇔モスクワ間の護衛は難しいが、距離が半分のスモレンスク⇔モスクワ間ならかなり余裕を持てるはずだ。

 

「これは何もモスクワを瓦礫の山に変える作戦ではないのさ。モスクワ周辺の敵航空基地を見つけ、摺り潰すのが第一目標。モスクワを直接爆撃するのは可能と判断できればってぐらいでいい。それにモスクワ本体を爆撃するのは物理的な破壊が目的じゃないのさ」


 そう、それは……

 

「”牽制・・”だよ。むしろ、敵への心理的効果を狙った爆撃だ」

 

 知ってるか?

 あの小男スターリンは、実は臆病な小心者なんだぜ?


(だから他人どころか、自分ですら信用しきれない)


 そんな奴が、自分のお膝元に爆弾落されれば、どうなると思う?

 

「クックックッ……モスクワを直接爆撃。それこそクレムリン宮殿をぶっ壊されたら、果たして何人が粛清されるだろうな?」

 

 いや、皆さんや……なぜ、そこでドン引きする?

 

 

 

***

 

 

 

(それと、他に使えそうな戦力は、と……)


「ん? シュタウフェンベルク君、中央軍集団に列車砲……例えば、ベラルーシに”クルップK5レオポルド”は配備されているかい? あるいは配備できそうな物はあるかい?」


「調べてみないとわかりませんが……あると思います」


「後で確認してくれ。列車砲は発射速度が遅いが、数さえそろえば絶大な効果がある。レオポルドの射程は通常弾で最大62.4㎞……ここなら、予想戦闘地域をカバーできるか?」


 アインザッツ君達が持ってきてもらい、広げたスモレンスクからミンスクあたりまでを記した大地図の一点を俺は指さす。

 

「ミンスクからスモレンスクからの鉄道復旧は終わっていたな? 列車砲を引っぱり出せるならベラルーシ/ロシアの国境、クラスナヤ・ゴルカとジュツキの中間点に線路から分岐させ、ここに列車砲用の回転操車場ターレットを用意させよう」

 

「いや、まて……そんな時間は」


「資材さえ揃えられるなら、いけるさ」


 そう、足りないのは設営に必要な労働力。

 

「”バルト三国義勇兵団リガ・ミリティア”なら、トート機関や軍の工兵隊にもそうそう引けはとらんよ。むしろ線路の設営や引き込み線の確保、重機の扱いなら上かもしれん」


 なんせ、日頃からそんな作業ばっかりやってるし。というかサンクトペテルブルグとその周辺の道路網と鉄道網を直したの誰だと思ってるんだ?

 通常給与に加えて、特別ボーナス……1月につき一人頭ウォッカ1ケースあたりか?を参加者には用意してやらんとな。

 何故か現金より酒の方が喜ばれるんだよな~。

 まあ酒造所は、福利厚生の関係で真っ先に復興させたから問題ないけどさ。


「フォン・クルス総督、本気か……?」


「サンクトペテルブルグの外に出すことにって意味でか?」


 ハイドリヒは頷いた。

 

「本気も本気だ。今回に限っては、四の五の言わずに使える物は全部投入せんと勝てるものも勝てん」


 前にも話したかもしれないが、”リガ・ミリティア”の真骨頂は工兵隊・設営部隊だ。

 土木工事に施設の設営はお手の物だ。

 伊達に前世の自衛隊を参考にしてるわけじゃないぞ?

 

「だが、最低限の自衛戦闘はできるが、正直、正面戦闘力は高くない。ベラルーシの国境にほど近いとはいえ、護衛と”掃除”は頼むぞ?」


 ”掃除”、要するに共産ゲリコマの排除だ。

 

「それはNSRが責任を持つが……」


 なら問題はない。実際、NSRの抱える非対称戦部隊はかなりの実力があるらしいし、随分とベラルーシでも活躍してるらしい。流石はGSG9を生み育てた国ってとこか?

 

「安心しろ。スモレンスク防衛戦が始まるまでには工事は終わらせるし、戦闘が本格化する前にはサンクトペテルブルグに戻すさ」

















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