第172話 来栖、その魂の在処 ~彼の憎悪は何処から来て何処へ向かうのか? クルスとは一体何者なのか?~




「詳しく話を聞かせてもらおうか?」


「10日も空けずに来るとは……ねぇ、暇なの? やっぱ」


 サンクトペテルブルグのなんちゃって総督、来栖任三郎だ。

 今、”冬の宮殿”の執務室で、NSR長官をお迎えしてるの……ってアホか。

 こいつまたベネトン・シューマッハカラーのBf109で来たし。アポなしだわ、また人払いさせるわで、羨ましいくらいやりたい放題だよな。ホント。

 

「シェレンベルクから話を聞いてな。スモレンスク周辺の防衛強化に急を要するとか」


 ああ、それね。

 

「いや、お前だってロシア人イワンのタチの悪さくらいわかってんだろ? 国連で虐殺晒して、多国籍調査団入れるなんて話になったら、なりふり構わず”カティンの森”ごと証拠隠滅図るだろうなって話だよ」


 連中、それくらいなこと平気でやんだろーが。

 ってか、前世のソ連時代、どんだけ虐殺隠したと思ってんだよ。”カティンの森”なんて氷山の一角だぞ?

 「物的証拠が無ければ、そんな事実は存在しない」なんて平気な顔で言う厚顔無恥その物の連中だろう?

 面の皮の厚さ、KV-2の正面装甲以上のクソ共じゃん。

 

「正直、そこまで考えてなかった」


「……ハイドリヒ、腐れ外道アカ共への認識、少し甘すぎやしないか? 大丈夫か?」


 バカは死ななきゃ治らないと言うが、アカは死んでも治りゃしねぇよ。

 

「フルシチョフの阿呆がスターリンを否定するとかほざいてから、連中は何年共産主義を続けた? 何度、革命やら何やらの美辞麗句を掲げて戦乱起こし、何人殺した? 共産主義に感染した連中の狂信っぷりをナメてんじゃねーよ」


 生きてた年代はわからんが、ハイドリヒも転生者。多分、この言い方で通じるだろう。


(クソッ、なんかイライラしてきた……)

 

「いいか、良く聞けよハイドリヒ。宗教テロってのは”殉教”なんだ。神への祈りとか捧げもの、神へ近づく為の手段なのさ。信仰なり信条、だから止められないし無くならない。共産主義もそれと本質的には同じなんだよ。あれは理論だけは”完璧な理想・・・・・”だ。つまり共産主義ってのは主義者にとり聖書やコーランと一緒なのさ。だから、理想とか革命とかあやふやで曖昧なものに命をかけ、殉じようと・・・・・する」


 だから、わかれよ。

 

「俺の祖国やお前たちが相手にしてるのは、自分の死が革命の一歩に繋がると本気で考えてる”狂信者”どもだ。アイツらの目標は、未だに”世界同時共産主義革命”なんてイカれたもんなんだぞ?」


 だからさ、

 

「いい加減、覚悟を決めろよハイドリヒ。共産主義者れんちゅうはどうやったって救えんし、救う価値も意味も無い。俺たちが出来るのは敵として立ちはだかり、殺して殺して殺しつくして……」


 アカ共が言う、

 

за холодной ночью冷たい夜の先にある, |Утро грядущей революции《やがて来る革命の朝》なんて物がこの地上の何処にも存在し無いってことを、魂の奥底まで刻んでやることだ。何度黄泉返よみがえろうと忘れないぐらいにな」


 えっ……なぜ、おれはこのことばをえらんだ……?

 えっ……この状況は、この情景は……

 ははっ

 ハハハハハハハハハハ!!


(ああ、そうか……そういうことかよ)


 わかってしまった。不意に理解してしまった。

 そういうことかよ……

 

(俺は、今生が初めての転生じゃないのか……)


 歴史は巡る。何度でも……

 そうか。

 俺は、ただの日本人じゃない。いや、持っていたのは日本人としての前世だけじゃない。

 

(魂のリフレインルフラン……魂は輪廻転生を繰り返す、か)


 何度転生しても消える事なき、憤怒の炎……

 赤色勢力に対する、無限沸きする憎悪……


(俺には、”赤いナポレオントハチェフスキー”として生きた、短く凄惨な人生確かにあったのか……)


 思った以上に、クソな世界だぜ。




***




 何かがおかしいと俺の中にある理解不能の”何か”が告げる。

 だが、それがどうしたと言うのだ?

 結局、

 

「だからこそ、お前の力が必要なんだ。クルス」


 俺にもオージェにも、お前のような深淵から吹き上がるような憎悪は持てないから。

 いや、俺が知る限りお前以外の誰もが持ちえないんだよ。

 

 ああ、レーヴェンハルト・ハイドリヒだ。

 NSRの長官をやっている。”金髪の野獣”でもなんでも好きなように呼んでくれ。

 転生者などというオカルトじみた存在だ。

 

「そうか…そうだったのか。まあ、いい。いずれにせよ、お前は”俺の知っているハイドリヒ・・・・・・・・・・・・”じゃないんだからな」


「? まあ、そうだな。純粋な”歴史上の人物であるハイドリヒ”かと聞かれれば、NEIN違うとしか言いようがない」


 何しろ”前世記憶”なんて不純物が、魂と呼べるものに混じっているのだから。


「それで、俺が必要ってのは?」


「スモレンスク、いや”カティンの森”防衛のアイデアを聞きたい」


「直球だな?」


 笑われてしまったが、こっちもなりふり構ってる状況ではなさそうだ。

 

「まず絶対なのはスモレンスクは当然にしても、ドニエプル川を中心にカティンからグニョズドヴォあたりの防衛線をトート機関を投入しても可能な限り強化すべきだ。構築するのは縦深防御陣地。ソ連にはまだ満足にレンドリース品を受け取ってない。ということは、兵員を輸送する車両に事欠いてる状態だ。つまり……」


 クルスはニヤリと笑い、

 

「喜べハイドリヒ。敵の主力、突っ込んでくるのは、ほぼほぼ”戦車とその戦車跨乗デサント兵”で確定だ」


 ああ、そうかこの時期はソ連は戦車ばかり作るのに固執し(いや、それだけ我が軍ドイツが破壊したという事なんだが)、他の車両はおざなりだったはずだ。

 それを補ったのが、アメリカのレンドリース品の一部、兵員輸送用のトラック、ハーフトラック、牽引車両トラクターだ。

 

「なら基本を踏まえれば問題はない。対戦車地雷原に対戦車障害物、ノモンハン式ワイヤートラップに対戦車壕……ああ、の中には戦車が落ちたら折れる程度の白木とかで作った先を尖らせた杭を並べとけよ? 戦車は無事でも振り落とされたデサント兵がいい感じに串刺しになるし、後で壕を埋め戻すから土葬の手間が省ける」


 クルスは、なんの感情の揺らぎも見せずに言い切った。

 

「お約束の有刺鉄線と塹壕……有刺鉄線網の間には、対人地雷だけでなく一見するとそうとは見えないように……例えば、有刺鉄線の支柱の影とかにSマインを無線でも有線でも遠隔起爆できるように仕掛けておけよ? ある程度の数が有刺鉄線で絡め取れたらまとめて始末してやればいい。あと、自然の岩とかこっちの射線からの障壁バリアになるような場所の裏にも仕掛けると良いな。タイミングを間違えなければいい感じに駆除できるぞ?」


 ……クルスは、ゲリラ屋の経験でもあるのか?


「塹壕には機関銃座、対戦車兵器を持たせた歩兵、隠蔽壕には対戦車砲。いや対空機銃も用意しておこう。知ってるか? 対空機銃の水平射撃ってのは、歩兵……特に非装甲の歩兵にはこの上ない脅威になる。戦車はハルダウンでも戦車壕にダックインさせてもいい。この時期のT-34相手なら、ドイツ製の43口径長砲以上の長75㎜砲であれば、高価なHVAPを使わなくてもAPCBCで1,500m以上でも破壊できるし、傾斜で80㎜もある”今生の新型IV号”の砲塔正面は短砲身のT-34相手なら500mでも射貫けない。そもそもT-34の命中精度は高くない。こっちの妨害措置で動きが止まったところで、よく狙って砲弾を撃ち込めばいい」


 この男には、どうやら来るべき戦場が見えてるようだな……それも、かなり明確にだ。

 

「”対人散布地雷クレイモア”でもありゃなお良いんだが……まだ時間ある。ウチで試しに作らせて見るか? ハイドリヒ、パンツアー・シュレークやパンツアー・ファウストみたいな対戦車装備はある程度、数は揃うか? あればあるだけ用意した方がいい」


「ああ、努力しよう」


 戦車と歩兵が入り乱れる混戦、いや乱戦か?


「ところで、”突撃小銃”の生産や配備はどうなってる?」


 今更、クルスが”シュトゥルム・ゲベール”計画を知っていたところで驚きはしないが、

 

「初期生産自体は始まってるが、まだそこまでまとまった数は用意できんな。銃、弾共に戦術的に意味のある数が揃えられるのは、早くても春以降だ」


「分かった。そっちはそっちで急いでくれ”StG”シリーズは、戦況を左右するだけの潜在能力がある。何ならサンクトペテルブルグでも簡易型で構わんなら生産する」


 それは頼もしいな。

 クルスが生産に手を出すとなると、終戦前に全ての小銃兵に行き渡らせる事も可能かもしれない。

 

「ドイツは第一次世界大戦の頃から機銃が歩兵戦の中心で、小銃はその補佐サポートって感じで動いていたが、今回の戦いは勝手が違う。MP-38/40の短機関銃を使う兵を可能な限り多く、可能な限り対戦車装備を持たて塹壕に潜ませてくれ。まだ個人携行型の対戦車兵器の射程は短く短機関銃の射程と大差ない。戦車が登場した時代ではなく戦車が陸戦の花形となったこの時代、塹壕戦や白兵戦は比較的近距離の投射重量の勝負になるぞ? あと、スコップや斧は手近に置いとくようによく周知しろよ? 塹壕じゃいつの時代でも、使う武器が変わろうと近接戦での鈍器は鉄板だ」


「小銃兵はどうするんだ?」

 

「やや後方に配置し、狙撃による阻止任務に徹してもらう。別に本職の狙撃兵と同じ事をしてもらう必要はない。4~5名で1ユニットを組んで射程内にいる敵兵を片っ端から撃ってくれればいい。おそらくだが、デサント兵の場合は引っ掛かって邪魔になる小銃より、取り回しがよく射程は短いが制圧力のある短機関銃使いが比率的に多くなるはずだ。Kar98kならアウトレンジから狙える」


 そしてクルスはこう続付けた。

 まるで”そんな戦場”をよく知るように。

 

「守備において機動力を持つ相手と戦うなら、機動戦に付き合うべきじゃない。ソ連はドクトリン的に迂回より正面突破を好む。一点集中した時の突進力は半端じゃないぞ? そういう相手と戦うときは、如何に勢いを殺すかが肝だ。浅い防御線なら、勢いを殺しきれずに突破されるぞ? 相手の機動力を削ぐには、段階的に削ぎ落す重層防御……”縦の深さ”が鍵になる」

















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