第171話 性能評価、そしてやっぱり始まりはコイツかい




「凄い……F-4と同じBf109とは思えないぐらい、パワフルだ……」


 サンクトペテルブルグ上空6,000m、フリードリヒ・ハルトマンは驚嘆の表情も隠さずそう呟いていた。

 緊急性の高さゆえにまだパイロット養成課程の全ては終えていなかった自分も、前倒しに”スモレンスク防空戦”へと動員された。

 それ自体に不満は無かった。

 

 スモレンスク防衛のために、ドイツ空軍戦闘機隊総監のアーデルハイト・ガーランド中将の肝いりで、さほど緊急性のない戦場にいて引き抜けそうなエースから「空中戦ができると判断された新人パイロット」まで片っ端からかき集められた玉石混交の戦闘機群集団、

 

 ”第1統合航空戦闘団(Kombiniertes Luftfahrt Kampfgruppen 1 略称:KLK1)”


 ここに抜擢され、配属された事に後悔は無い。むしろ同期の誰よりも先に戦場の空を駆けれる事が誇らしかった。

 自分の恩師であり、教官職から現役戦闘機パイロットに復帰したロスマン上級兵曹長きょうかんと同じ部隊と言うのも頼もしかったし、ラルと言う年上の友人もできた。

 何より、

 

『”坊や”。そっちのエンジンの調子はどうだい?』


「上々です。マルセイユ大尉」


 尊敬すべき先輩、”地獄のような戦場”と評される、英国人や日本人と正面から殺し合った北アフリカ戦線からの生還者……ヨハン=ヨアヒム・マルセイユの2番機、”2機分隊ロッテ”の相方となる事ができた。

 これはとても名誉だと思ったのだ。少なくとも”最初・・”は。

 

『DB601の再設計エンジンと聞いていたが、こりゃ完全に別物だな。圧倒的にパワフルになってやがる。それにあの気難しいBf109とは思えんくらい扱いやすくなってるしな』


 それに関しては、ハルトマンも全くの同意だった。

 例えば、F型だとダイブで700㎞/hを超えると途端に昇降舵エレベータの操作が重くなる(水平尾翼が小さすぎることも原因)、ラダー・トリムがなく飛行中全速度域においてラダーを踏み続けなければならない、左右非対称作動の失速防止前縁自動スラットに癖があり不意自転が起きる場合があるetcetc……

 Fw190が頑丈さと扱いやすさからよく軍馬に例えられるが、Bf109はサラブレッドに例えられるのは高性能な反面、その扱い辛さの裏返しでもあった。

 これでも、ヒトラー直々の命令で(車間トレッドの取れる)内側引き込み式の主脚の採用、主脚の設計変更で空いた胴体の機内搭載燃料量は増えて下部に落下式増槽も搭載できるようにし航続距離を延伸する事を必須とされた為(そうしなければ採用は取り消すとまで言われた)、我々の知る歴史で記されるBf109の二大弱点、

  ・トレッドが短い+脆弱な主脚構造の為に着陸時に破損事故が多発

  ・航続距離が極端に短いため、使えるシチュエーションが限られる

 が大分是正されていたが、それでも「ドイツ空軍で有数の操縦の難しい機体」であったことは事実だ。

 

 まあ、これは元々機体自体が、エンジンと比較してもかなり小さいことが根本原因である部分もあるのだが……

 だが、二段過給機付きのDB605を前提としていた試作機(この世界線におけるBf109G原型機)は、増えた過給機を収納する為に機体を50㎝ほど延長しスペースを確保、またより重くなるエンジンに対処するために水平・垂直共に尾翼を大型化し、昇降舵の油圧アクチュエーターを強化することでバランスを整えようとしていた。

 また主翼に関してなのだが、フォン・クルス総督が胴体に武装を集中させること、MG151/20㎜機関砲をプロペラ軸機関砲モーターカノンと機首に搭載する事を要請したため、設計の自由度が上がり自動スラットの改良もできた。

 これらの改良でも、実は強力過ぎる今生のDB605では不十分だったのだが、メッサーシュミット・スキャンダルなどの紆余曲折の果てに我々の知るDB605AS(M)に近い仕様のDB601NGVが採用されたことにより、結果として欠点が是正されバランスが取れてしまったのだ。

 これは来栖すらも読んでなかった本当の偶然だった。

 来栖にしてみれば、「メッサーシュミットがDB605搭載予定のBf109を試作してるのは当然だと思ったし、前世の自分が知るDB605後期型そっくりの国外向けDB605と601のハイブリッドエンジンがあった。それを組み合わせるついでに、頑強な米ソの機体に対抗できるよう武装強化しちまえ」程度の話だったのだ。

 皮肉にもこの「ドイツ正規軍以外向けに生産予定の間に合わせの機体」こそが、「必要な時に必要な数を用意できる名機」としての資格を得たのだった。地味に視界の良い”エルラ・ハウベ”型キャノピーの採用も嬉しかった。

 この時代の空中戦は、視界の良し悪しが割と生死を分けたりするのである。

 だが、

 

『マルセイユ大尉、お先に失礼しますよ』


 と横を飛び抜ける”MC.205A”。

 あえて米ソの情報を混乱させる為にイタリアと同じ型番を使うが、中身が独伊で全く別物のラルとロスマンが駆る最新鋭戦闘機2機は、マルセイユとハルトマンの横に並ぶとスゥーと加速してあっさり置いて行ってしまった。

 このMC.205A、取り敢えず胴体下のラジエターカバーを史実のP-51Dを模したようなメレディス・インテーク・カウリングに交換し、少しラジエターの配管をいじりMW50付きのインタークーラーを装着した物だった。(オイルクーラー自体は円筒型でエンジンの左右に取付けられ専用インテークを装着していた)

 だがその効果は大きく、推力式単排気管の採用と相まって、MW50未使用時の戦闘重量での最高速度が640㎞/h→670㎞/hへと向上している。

 また、設計の新しさを示すように、あるいは翼長と全高が一回り大きいことから分かるように、明らかにBf109系列より高い運動性を誇ってるようだった。

 当然、強力な二段二速過給機付きの強力なDB605エンジンとそれを操るラルとロスマンの技量の高さもあってこそなのだが……

 

『ハルトマン、MW50に火を入れるぞ』


 いや、その仮にも冷却システムに対してこの言い回しはどうかと思うが……ただ、後にこの表現は一般化してしまうのだが。

 

「ちょ、マルセイユ大尉っ!?」


『良いじゃねぇの。こいつの”本気の加速”ってのを見てみたくなったぜ』


「マジでっ!?」


『遅れんじゃねぇぞ、坊や! 連中のケツに食らいついてやんぜっ!?』


 この愛すべき先輩は「子供かっ!?」と思いながら、ハルトマンは思いを馳せる。

 自分が、どうしてサンクトペテルブルグの空を舞っているのかを……


















******************************















 話は、今から数ヵ月前……1942年1月初旬まで遡る。

 

 

 

「そういやシェレンベルク、ヤンキーのPQ1船団ふん捕まえたら、それをダシにして”カティンの森”の件、国連臨時総会で告発する段取りになったんだよな? その後に国際共同調査入れるって感じで」

 

 うっす。

 フォン・クルス総督こと来栖任三郎だ。

 日本式に言えば松の内も明けた今日この頃、去年の大晦日にやって来たハイドリヒの事を思い出しながら、ふと進捗状況が気になったので手下のシェレンベルクに聞いてみた。

 お前の手下じゃないのかって?

 冗談でしょ。こんな曲者、俺みたいな前世知識だけが取り柄の凡人が使いこなせるかっての。

 

「そう聞いておりますが……それが何か?」


「一応確認しておくが、”スモレンスク”は当然にしても、ドニエプル川を中心にカティンからグニョズドヴォあたりの防衛線の構築ってやってるよな?」

 

「確認しないと何とも言えませんが……おそらくは」


「そうか。可能ならトート機関を動員して念入りに防御線補強しておいた方がいいぞ?」


「え~と……急にまたどうしたんです?」


 シェレンベルク、疲れてるのか?

 ちょっと思考が鈍くなってないか?

 

「急も何も、国連総会なんかで告発してみろ。イワン共、なりふり構わず採算も犠牲も厭わずカティンの森に攻め込んでくんぞ?」


「はぁっ!?」


 いや、驚くようなことか?


「共産主義者、特にスターリンとその手下どもなんて中身はロシアン・マフィアと一緒だぞ? 要するに面子を潰されるのを何よりも嫌う。当然、多国籍調査団入る前に、証拠隠滅くらい図ろうとすんだろうさ」


「直ぐにハイドリヒ長官に連絡をっ!!」


 いや、まさかハイドリヒだってそんぐらい読んでるだろ?

 アイツ、ほぼほぼ転生者だし。

 史実でソ連がポーランドに捏造と偽証言強要して国交断絶まで行ったことくらい覚えてるだろうからな。

 

 












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