第11章:仄暗き森の奥より響く怨嗟の声は、更なる屍を望む
第170話 第167話 MC.205AとBf109G(DB601NGV仕様)、そしてエースパイロット達
1942年5月某日、サンクトペテルブルグ
「こいつぁ悪くないな」
俺はサンクトペテルブルグ郊外、航空機工場地帯に設けられた合同試験飛行場に来ていた。
ああ、来栖だ。
俺の目の前には、去年から開発を進めていた二種類の機体が鎮座していた。
正確には、戦闘機が2種類と急降下爆撃が1種類だ。
一つは、原型機の完成度が高かったためイタリア由来の”セリエ5トリオ”の中で最も完成が早かった”MC.205A”。
もう一つはメッサーシュミットの余剰がありそうなレシプロ機部門に当て込んで製作してもらった、史実と大分仕様が異なる”Bf109
ああ、ほら前に「DB605の中空クランクシャフト国外仕様と、メッサーシュミット社がスキャンダル発覚前に設計していただろうDB605仕様のBf109試作機を組み合わせたら? 主にドイツ空軍正規仕様ってより同盟国や友好国、協力国向けに」みたいな話をしたの覚えているか?
アレの先行量産型がもう完成したのだ。そうしたら、正式に”
別におかしな魔法とかを使ったわけじゃないぞ?
実は、これにはいくつかの幸運が関わっている。
一つ目は、”メッサーシュミット・スキャンダル”の後、国家管理(空軍省管轄)になっていたメッサーシュミット社のBf109系工場が、既存機やその保守部品生産の為に稼働状態にあった事
二つ目は、旧メッサーシュミット社がMe262ジェット戦闘機以外の全ての機体の開発・研究をストップさせられていた上に、潰しの効かないレシプロ戦闘機開発部門の人員に余裕があった事。そして、彼らの多くが”セリア5”の戦闘機開発のサポートとしてサンクトペテルブルグに結集していた事
三つ目は、Bf109以外の航空機生産が事実上、保守部品も含めて止まったために、レシプロ機生産部門の他工場がBf109機体・保守部品生産工場に移行する計画が既に実働していた事
四つ目は、DB605仕様の次期Bf109の試作機、その実機が既に完成していた事。そして、それに携わった旧メッサーシュミット社のスタッフの大部分が前述の理由でサンクトペテルブルグに集結していた事。また、残りのスタッフの大半が直ぐに招へいに応じられる状況だった事
五つ目は、既存のBf109の為にダイムラーベンツ社がDB601の生産ラインを一定数今でも確保していた事。そして、輸出仕様のDB605を既存のBf109のパワーアップキット『DB601NGV』として転用しようと計画していた事
などだ。
前にシュペーア君に聞いたが、実は既存のエンジンブロックとか中空クランクシャフトとかのストックや製造設備が使える分、国外仕様DB605はガチの国内仕様DB605より結構安く仕上がるらしい。
ただ、シュペーア君から話を聞いたのか、「水-メタノール噴射式出力増強装置」の概要を聞きにダイムラーベンツ本社からエンジニアが来た時は参った。
いや、シュペーア君に言われて概略図をまとめておいて良かったよ。
そして、概略図を渡して「本職では無いから」と断ってから、
ドイツ軍で主流の”GM1緊急出力増強装置”は、所謂”ナイトラス・オキサイド・システム(NOS)”、一般には”ニトロ・ブースト”で知られる亜酸化窒素をエンジン内部や過給機に噴射して、一時的に温度を下げてノッキングを抑えて馬力を引き上げるというものだ。
んで、俺が提唱した(事になってる)水-メタノール噴射式出力増強装置ってのは、大雑把に言えば過給機とエンジンの間にある
細かい理屈は除くが、一般にスーパーチャージャーなんかで過給された空気(過給気)は温度が高い。
んで、空気ってのは温度が高いほど体積が増えて酸素密度が低くなる。
より多くエンジンに酸素を取り込んで高燃焼で出力を上げる為の過給機なのにこれじゃあ本末転倒。
そこで熱い過給気の温度を下げるために過給機とエンジンの間に付けられるのが中間冷却器なんだが、この中間冷却器(中間冷却器自体はラジエターやオイルクーラー同様に空冷式)を水とメタノールの混合液の噴射で強制冷却して更に過給気の温度を下げて、より多くの酸素をエンジンに送り込もうって感じだな。
エンジンや過給機に冷却液吹きかける訳じゃないから、強制冷却で劣化するのはそれらより部品代(単価)が安いインタークーラーってのもメリットなのかもしれない。
ただ概要を説明した後、本当に「フォン・クルス式冷却装置」とか名付けられそうだったので慌てて、「MW50、”Methanol Wasser 50”とかにしてくれ」って頼んだ。
ちなみに”Methanol Wasser 50”の意味はドイツ語の「メタノール 水 50%ずつ」って事で混合液の比率だ。
ついでに言っておくと海外仕様DB605のドイツ国内版(ややこしいなぁ~。しかも性能的には史実のDB605ASMだし)に付けられた”DB601NGV”のNGVはドイツ語の”Neu Gestaltet Verbessert”の略で、『(DB601の)再設計改良型』って意味になる。
ニュアンス的には全く正しいんだわ。
***
そして、このDB601NGVには、GM1に加えてNW50までもが標準搭載される事が決定した。したんだが……
「何故かMW50冷却装置付きのインタークーラーの製作をサンクトペテルブルグで請負う事になっちまったんだよなぁ」
まあ、これはつい『インタークーラー作るなら、熱膨張が低いアルミ・シリコン合金系(いわゆる4000番台)が良いんじゃね?』と口走った俺が悪いのかもしれない。
この時期のドイツで航空機用アルミ合金っていやぁほぼほぼ2000番台のアルミ(A2024、いわゆる超ジュラルミン)で、強度はあるけど溶接に向いてないし、アルミである以上熱伝導率は高いが耐熱性や熱膨張率が特に良いってわけではないのでインタークーラーにそこまで向いてる素材じゃない。
うちの場合、ほらT-34のV2ディーゼルエンジンの再設計とかでシリンダーヘッドやピストン、不要なアルミを精錬し直し4000系アルミを量産体制に乗っけてる最中だからな。
実はドイツ勢力圏4000番台アルミの製造数が一番多いのはサンクトペテルブルグってオチだ。というか、他の所ではあまり作っていないようだ。
鋳造だったら鋳型さえできれば何とかなるし、元々オールアルミでエンジン作ってた街らしく、ダイカストマシンがあったのがありがたかった。
というか、やはり「包囲されても兵器製造する気満々」な感じで工作機械が地下壕などに避難されていたので、随分と無傷の製造機械が発見されたのは正直、助かった。
アルミダイカスト製法でインタークーラーが作れるとなれば、噴射装置自体は難しい物じゃない(むしろGM1の方が高度なシステム)のと、ダイムラーベンツ本社からも技術者が新しいドイツ製ダイカストマシン持ち込みで応援に来てくれた事もあり、比較的短時間で生産ペースに乗せられた。
ただ、この話にもちょっとだけ続きがある。
俺とダイムラーベンツのDB601再設計モデルを色々いじってるって話を聞きつけたのか、Jumo213Aを持ち込んで試作機でテストしていたユンカース社のレシプロエンジン開発チームが自分達も参加させろってやってきたのだ。
「思ったよりも暇なのか?」と思わなくもなかったが、特に断る理由もなかったので了承。
と思ったら、何か思ったよりMW50装備のインタークーラーの評判がよくDB605AやJumo213A用にも生産する羽目になってしまった。
いや、何でさ?
まあ、機材も原材料も人も金も出すって言うから、別に良いけどさ。
ん? これって一種の歴史再現なのか?
まあ、ドイツの事情も分かる。
ドイツ空軍と航空産業は、航空機のジェット化に向けて邁進している。
だから、もう陳腐化が確定しているレシプロ機、特に戦闘機に本音を言えば人員を出したくないのだろう。
できれば、Fw190などの既存の機体で乗り切りたいのだろう。
実際、史実では「コスト高」で見送られたBMW801への
だが、もし仮にヒトラーが転生者なら、それがリスキーなことぐらいわかるはずだ。
ジェットが戦場の第一線級戦力として大空を駆け巡るのは、あと数年は掛かる。
ドイツも努力はしている。
だが、それでも足りないのだ。
ジェットが華々しくデビューするまで、ドイツは制空権を掌握し続けなければならない。
それがわかっているからこそ、俺のような者まで話が回ってきて、それなりに権限が与えられているのだろう。
だから、サンクトペテルブルグの潜在的な工業力を使って本来はイタリアで生産される戦闘機をここで作ろうとしている。
おそらく、各種プロジェクトと並行して行っているサンクトペテルブルグの復興作業、工業力の完全復活がなされれば、おそらくイタリアの生産数を軽く凌駕できる生産数を叩き出せるだろう。
それだけの潜在力がサンクトペテルブルグにはある。
それにありがたいことに労働力も少しづつ戻ってきている。
強制的に狩り集めたのではなく、多くが旧ソ連支配地域で食い詰めてしまった人々だ。
無論、思想チェックなどをパスしてるし、街の随所で一般警察だけでなくNSRやアプヴェーアの紳士たちが人知れず目を光らせている事だろう。
***
そんな中で……俺自身が、何が本業なのかよくわからなくなってる忙しくも充実した、ある意味においては愛しき日々が続いていた。
本当に色々なことが、航空機関連だけでも色々あった。
例えば、DB601NGV関連でも、まだ話せるエピソードはある。
NGVはこれまでのDB601より大型のスーパーチャージャーを搭載(史実のDB603級の過給機)を標準搭載しているが、そいつは1段無段変速って建前だが、実際は1段2速を
スーパーチャージャーのキャパシティーや推力増強装置との兼ね合いを考えると、二速は少々勿体無い。
なので、低高度・中高度・高高度の1段3速式にしたらどうだ?と提案したら、今度は流体継手のキャパシティー的に厳しいと言われた。
そこで俺は、「流体継手じゃなくてトルクコンバーター使おうぜ? あっちの方が入力と出力の回転差に強いしトルクキャパシティーもある」って提案したんだ。当然、「戦車のオートマチックトランスミッション用に現在、研究開発中だ」と加えて。
ついでに「車のトランスミッションにも応用が利く」事を付け加えた。
案の定、ダイムラーベンツは食いついてきてめでたく共同開発する事になった。
あっ、ついでに推力式単排気管も推しておいたぞ? ターボチャージャーじゃなければ使えるし。
パテント管理とか面倒そうだが、その辺りは申し訳ないがシュペーア君に丸投げするしかないな。
エンジンだけじゃないぞ?
知ってる人もいるかもしれないが、MC205って胴体の下にラジエターが搭載されてるんだよ。
なので、史実のP-51Dみたいに「メレディス効果が期待できるカウリング付けて、ラジエターだけじゃなくインタークーラーやオイルクーラーもまとめたら? 冷却楽になるよ」みたいなことも言ってみた。
そうしたら、同じラジエター配置のG55やRe2005の開発チームもやってきて、「メレディス効果とはなんぞ?」という講習会が始まってしまった。
流石に俺一人で完璧な説明は無理なので、シュペーア君だけじゃなくシュタウフェンベルク君やシェレンベルクにも頼んでコネ使ってもろて、物理学者やら航空力学の研究者なんかを緊急招集して開催したよ。
あれは準備が大変だった。そして博士たち、忙しいのに正直すまんかった。
でも、ちょっと喜んでいたように見えたのは、何でだろうな?
Bf109Gに関しては、実は俺から旧メッサーシュミット開発陣に依頼したことがあるんよ。
いやさ、Bf109系列の機体って、最初から主翼に武器搭載するような空力設計してないから、主翼に機銃を積んで武装強化しようとすると、容積無いからガンポッド形式に必然的になるんだ。
だけど、これが鬼門で薄い翼に無理やり取り付けるガンポッドは滅茶苦茶空気抵抗が大きく、かなり飛行性能を落としてしまう。
実は、この世界線のBf109系列の場合、悪化が更に顕著になる。
総統閣下直々の命令で主脚を内側引き込みにしたから、その関連の油圧装置なんかが翼内部に入っている(なので、史実のBf109比べると少しだけ翼に厚みがある)し、また胴体から主脚装置一式が取り除かれた事で単に胴体下にドロップタンクを搭載しやすくなっただけでなく、機内搭載燃料(それも重心近くの中心軸)が増えて、ドロップタンクをつけない状況なら史実より大体3割増しの航続距離を持つに至った副次効果もあった。
だが反面、F型同様の薄い翼にガンポッドを搭載するとしたら”主脚位置の
いや、それどころか慣性モーメントの増大で翼の強度自体が不足になる、つまり空中戦の最中に翼が折れる心配まで出てきた。
事実、翼自体を変更して翼に20㎜機関砲を内蔵できるようにしたE型はF型などに比べると最高速、運動性、加速力などがかなり劣っている。
実際、E型が失敗作の烙印を押されたから早々に(史実より早く)F型が量産されるに至ったのだ。
だが、
これじゃあ、重装甲のソ連やアメリカの機体相手だと少々心許ない。
なので、機首のプロペラ同調機銃を20㎜のMG151に変更できないか打診してみた。
すると、「理論上は可能。だが、試作機の機首部分を作り直す必要がある」と返答があった。
俺は迷うことなくそうしてくれと返答。20㎜3丁なら、まあ火力的になんとななるだろうし、機首部分に集中搭載できる分、史実のMe262みたいに相乗破壊効果が期待できる。
幸いだったのは、試作機が二段の過給機を搭載するDB605を想定していた為(つまり、試作機は史実のBf109
結果的にBf109G-6型どころか、「R-6並みの強武装で性能はG-14」みたいな機体が出来上がってしまったのだ。
しかも、先も述べた理由で、サンクトペテルブルグが協力することが前提だが、旧メッサーシュミットのレシプロ機部門の総力を結集できるため、三交代制の24時間操業を行えば短時間でかなり大量生産が効きそうだった。
***
となれば……同じ時期に同等の性能と思わしき戦闘機、イタリア由来の戦闘機と旧来主力戦闘機の最終発展型ともなれば、性能評価したくなるのも人情というもの。
いや、それはわかるし、俺だって興味あるが……
(なぜ、サンクトペテルブルグでやる必要がある?)
しかも、空軍技術総監のミルヒ大将とか戦闘機隊総監のガーランド中将とか空軍上層部が
あと、ハイドリヒ。
いや、お前が総統閣下の名代なのは知ってるが……実は本当に案外暇なのか?
まあいいや。
あんまり、本日”最高の主賓”を待たせる訳にはいかない。
敬礼をする”四人のパイロット”……防衛戦にひと段落着いた”スモレンスク”から戻ってきた、ドイツ空軍の誇るエースたちに声をかける。
「名だたる
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