第168話 ……ハルノート? これが? いやいや、本場のアメリカン・ジョークって奴じゃないのか?





 1942年5月1日

 

 アメリカより届き、野村時三郎外相より直接手渡された公文書を呼んだ瞬間、日本皇国首相”近衛公麿”は実に愉快痛快な反応を示した。

 そう、

 

「ぶわっふっはっははは!! こいつぁ傑作だ!!」


 腹の底から大爆笑したのだ。

 そして、それを相方の広田剛毅官房長官に「読んでみろ」とばかりに渡し、

 

「”バカめ!”と言ってくれらぁな。これじゃあ”最後通牒ハルノート”の体裁成して無ェじゃねぇか? おい」


 クックックッとまだ残る笑いをかみ殺しながら、

 

「こんだけ笑わせてくれた、久しぶりに愉快な気分させてくれたんだ。きっちり返礼しねぇとイキじゃねぇよなぁ? 野村サン、国際連盟特使に連絡、臨時総会を開けるように根回し始めておいてくれ。広田サン、閣僚の緊急招集を。集まるまでの間に、返答の草案作っておくわ。都合のいい事に、今急ぎの案件ねぇからな」


 どうやらこのクソ(度胸)首相、新しい喧嘩の種を見つけて、心の底から楽しくなってきたらしい。

 この時、広田と野村の心は一致した。

 

((あ~あ、めっちゃ喜んでるよ。ウチの首相、喧嘩売って楽しませてどうすんだよUSA))


 そして、心中で嘆息したという。















******************************















 1942年6月5日(日本標準時)、スイス、ジュネーブ

 

 別の世界線では、太平洋戦争のターニングポイントとなった”ミッドウェー海戦”が勃発したこの日……アメリカ特使のオブザーバー参加が求められた国連臨時総会の場、ここ国際連盟大会議場はざわついた空気に包まれていた。


 理由は簡単だった。

 ”日本皇国”が招集要請呼び出しをかけたのだ。

 間違いなく、何かの”大騒ぎ”の前兆であった。

 別段、日本は品行方正でも問題児でもないが、何かと「国際的な騒動になりやすい」という印象を持たれていた。

 つまり、加盟国は正しい認識を日本皇国に持っていたのだ。

 

 そして、議長の国連臨時総会開会宣言の後、日本国連大使は恭しく一礼し、5月1日にアメリカより届いた書簡(通牒)を読み上げた。

 国務長官”コープ・ハル”名義で出された通牒ノートの内容は以下の通りだ。

 

 ・一つ。日本皇国は直ちに、無条件で仏領赤道アフリカの一つチャド、仏領インドシナより撤退しなければならない

 

 ・一つ。日本皇国は、ペタン政権を僭称するフランス本土を不法占拠する勢力へのフランス人捕虜引き渡しを直ちに停止しなければならない

 

 ・一つ。日本皇国は、ケベックに居を構える自由フランス政府を、「唯一のフランス正統政府」と認めなければならない

 

 ・一つ。日本皇国は、米国のソ連支援に対する一切の妨害をしてはならない

 

 ・以上の条件を守れぬ場合は、合衆国政府は日本皇国に対する全面禁輸処置を行う

 

 

 

”どっ!”

 

 国連大会議場に起きたのは失笑だった。

 当り前である。

 とてもじゃないが、文明国が公的には敵対していない(戦争状態にない)相手国に送る内容ではなかった。

 アメリカからやって来た特使は、前回会議のトラウマでも発動したのか小さくなっていた。

 議長の「静粛に」の言葉の後に、日本大使はコホンと咳払いをして、

 

「日本皇国といたしましては、先んじて返答内容をこの国連総会の場で公表し、加盟国皆様のご理解を頂いた上で改めて書簡で米国政府に返答しようと考える所存であります」


 ・以下の条件と要求を合衆国政府として了承するのなら、合衆国政府の要求を飲む準備がある

 

 なんと、条件や要求はあるが、「飲む準備がある」の一言に加盟各国大使は驚いた。

 だが、下記の内容を聞くと妙に納得してしまう。

 

 ・一つ。合衆国政府は、1893年に合衆国軍が指導したクーデターにより”ハワイ王国”を滅亡させた事例を国家的犯罪行為と認め、謝罪すると同時にハワイの王国としての・・・・・・再独立を直ちに承認すること

 

 ・一つ。再独立に関する全面的支援を”国際共同査察団”の監視下・・・で行うこと

 

 ・一つ。これまでの不法占拠・違法支配に応じた賠償金をハワイ新王朝に支払うこと

 

 ・一つ。ハワイ諸島より合衆国全軍の即時無条件撤退を行い、並びに軍施設の破棄と新王朝への移譲を行うこと

 

 ・一つ。ハワイへの合衆国軍の駐留をいかなる理由があれど永久的に禁止すると宣言すること

 

 ・一つ。ハワイ王朝をクーデターに対する道義的責任として、基地使用の未払い土地賃料を上乗せした慰謝料を支払うこと

 

 ・一つ。上記のクーデターに僅かでも携わった人間が生存している場合、ハワイ新王朝の司法当局に無条件で身柄を引き渡すこと

 

 

 

 これに関しては、「日本皇国らしい随分とジェントルやさしいな要求だ」と苦笑交じりに賞賛された。

 何しろ、アメリカはチャドだけでなくインドシナまで撤退要求地域に含め、あまつさえ自由フランスやソ連に関しても政治的要求しているのに、日本はハワイだけにとどめているのだから。

 簡単にまとめれば、「米軍は『悪いことしました。ごめんなさい』して迷惑料支払ってさっさとハワイから出てけ。そして二度とくんな。ハワイはアメリカ人のモンじゃねぇ。ハワイ王国、ハワイ人のもんだ」と言ってるのだ。

 無論、加盟各国の国連大使はアメリカがそれを飲まない、いや”飲めない・・・・”ことは百も承知だ。

 何せハワイを失うということは、日付変更線の向こう側の太平洋権益を全て失い兼ねない。事実上、太平洋の東西が寸断されるのだから。

 

 でも考えてもみてほしい。

 チャドに関しては、先に手を出してきた(越境してきた)のは自由フランスで、しかも正統なフランス政府より公式に北部チャドは”購入”したのだ

 一方、アメリカはどうだ?

 実はリアルで面白い話がある。

 1993年にアメリカ合衆国議会によって発表された謝罪決議により、先の米軍主導クーデターによるハワイの乗っ取りは”違法行為”と自ら認めているのだ。

 

 

 

「また、合衆国政府が日本皇国に対する禁輸措置に踏み切った場合、日本皇国政府は以下のような対抗措置を行う」


 ・合衆国製品の全ての輸入禁止措置

 

 ・レンドリース如何に関わらず軍民問わない合衆国船舶・航空機の領海・領空への一切侵入禁止

 

 ・公務以外での合衆国国籍人の入国禁止

 

 ・日本在住合衆国籍人の国外退去処分

 

 ・在日合衆国資産の無制限凍結

 

 ・日本からの合衆国への無期限輸出全面禁止

 

 ・日本の公的機関・民間企業から支払われているパテント料やライセンス料を米国からの損失補填の為に無期限停止

 

 

 これに関しては、逆に「日本皇国の報復にしては、むしろヌルめかな?」という印象を持たれたようだ。

 普段、他国からどう思われているかよくわかる話である。

 また、日本皇国の「国家、政府が保有する外貨準備高の米ドルや米国債」は綺麗に省かれているのがミソ・・だ。

 この時代の米ドルは金本位制、つまり文字通りの”金券”なので無理に手放す必要はない。

 いや、正確には別にそこまでしなくともどうとでもなる話なのだから。

 もっとも、今回の件とは別にこっそりと英国や第三国やペーパーカンパニーやダミーカンパニーを通して保有米ドルを金本位制が崩壊する前に金に全額変換する動きをしていたり、米国債を少額ずつ売却していたりするのだが。

 公権すら金で買える資本主義、万歳! 日本人が(史実と違い)ほぼ移民していないからって、油断するのは甘すぎる。札束をパンツにねじ込めば、裏切る奴なんてアメリカにはごまんといる。移民が全員、合衆国に忠誠を誓うとでも思っているのか? 極端な貧富の格差の貧側が、あるいは被差別民の有色人種が本気で国を愛するとでも?

 だから、共産主義者にああも簡単に腸を食い荒らされるのだ。

 自分が育てた闇に食われるのは、時代を問わず米国の十八番でありお家芸だ。

 

 

 

***

 

 

 

 何かの決議ではなく報告会という体裁だった為、日本が主催した割には平穏(なお、これを報告書にまとめて持ち帰らねばならない米国特使の心情は除く)な空気のまま臨時総会は閉会された。

 なお加盟各国の大使はとっくに気づいていた。

 

『ああ、なるほど。日本はヤンキーのバカっぷりを国際的に晒してコケ・・にしたかった、国家としての面子を正面から叩き潰したかったのか』

 

 つまり最初から「まともな外交文書」として扱う気が全くないと納得した。

 別に今回の総会で直ちに戦争の趨勢に大きな影響が出る事は無いだろう。

 そういう類の会議では無かったのだから。

 だが、参加者の多くが何となくだが、感じていたのだ。

 

 ”なんか……空気が変わったな”

 

 と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃……

 リビア三国連合、キレナイカ王国、仮設王宮

 

 

 

「なるほど……下総大尉がそのような言葉を」


によれば、あれはどれだけ敬虔なサヌーシー教徒でも出てこない聖句だそうだ。儂もそう思う。あの言葉は、戦い散った生粋のイスラーム戦士のそれだ」

 

「俄かには信じられませんが……末姫様が言うのなら間違いないでしょうな」


「うむ。我が娘ながら、アヤツの人を見抜く目は確かだ。武者小路、”例の件”を進めておいてくれ」


「はい。イドリース陛下の御心のままに。戦時中は無理ですが、戦後になれば必ず」



 

 別に国際連盟が世界の中心と言うわけでは無い。

 こうして世界中の何処かで、今日も歴史はひっそりと作られる。

 

 少なくとも、キレナイカ王国に限らない”リビア三国連合トリニティ”全体の軍を含めた国家近代化の流れはつけられたようだった。

 それは即ち、米ソが大好物な「不安定化工作」が容易でない国がまた一つ産声をあげたに等しい。

 

 日本皇国の転生者達は、戦後の祖国を台無しにした米ソの手口を決して忘れない。

 反政府組織に金と武器を渡し、訓練を施し国を潰したのは米ソどちらもやってることだ。

 
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る