第164話 急転直下 ~サイキョームテキに見える近衛首相の天敵は、実は国籍問わずに無茶ぶりしてくる爺様達説~




 1942年3月某日、日本皇国、帝都”東京”


 舞台は、唐突に日本の永田町へと移る……


「マ・ヂ・かぁ~……!」


 この日、日本皇国首相”近衛公麿”は、苦虫をダース単位で嚙み潰したような顔で自分の執務机に突っ伏していた。

 それは、英国に居る吉田滋特使クソダヌキからあった打診……相方の官房長官である”広田剛毅”、外務大臣”野村時三郎”も合わせて渋い顔をしていた。

 

「これ、完全に国際的な無茶ぶりじゃねぇか……」


 吉田から届いた暗号電文、それを意訳すればこう記してあった。

 

「《b》”仏領赤道アフリカを日英に『切り売り・・・・』する”《/b》とかさぁ。ペタンの爺様、いったい何考えてんだよ……」




 確かに頭が追い付かないかもしれない。

 まず、状況整理ついでに仏領赤道アフリカについてもおさらいをしておこう。

 仏領赤道アフリカは現代の地図に置換するといくつかのアフリカ中央部の国の集合体で内訳はチャド、ウバンギ・シャリ(現在の中央アフリカ共和国)、中部コンゴ(西ウガンダ。現在のウガンダ共和国 )、ガボンだ。

 そして、フランスは日英限定で1地域あたり「金1tで売却する」と打診してきたのだ。

 2023年7月現在、金は高騰しており1g単価=約9,500円で、1tは95億円となる。

 庶民感覚では高額に思えるかもしれないが……航空自衛隊が導入しているF-35A戦闘機1機分より安いと考えたらどうだろうか?

 国1つが、最新鋭とはいえ戦闘機1機より安く売却するとフランスは言ってきたのだ。

 

 無論、治安コストがかかるだろうが……それでも純粋な土地売却として考えると、格安であった。

 まあ、無料とは言わないあたりがフランス人らしいと言うか、国家財政厳しい状況を物語っているというか……

 加えて、ここに(英国向けに)赤道アフリカだけでなく仏領西アフリカの仏領カメルーン、仏領ダホメ(現在のベナン)、仏領トーゴも売却対象に入っているあたり、実に「分かってる」というか……この際、管理不能地域を売却してしまおうという意図が見え隠れしていた。

 いや、もしかしたら「どうせ反抗してきて管理できないんだから、(住民ごと)売れるうちに売っておこう」の方かもしれないが。

 

 これに即座に賛成したのは、当然のように英国だった。

 地図で確認して欲しいのだが……

 既にアフリカ中部西岸に英領カメルーンがあり、同じく西岸ナイジェリア、ガーナは英国領だ。

 そして、最近になりベルギー領コンゴを入手した。

 つまり、今回売りに出された植民地を購入すれば、《b》「アフリカの東西が完全に英領で繋がる・・・・・・」《/b》のである。

 それどころか、南もボツワナは英領、南アフリカ連邦(現在の南アフリカ共和国とナミビア)は英連邦の一ヵ国。

 むしろ、北アフリカの中央から西部と、西岸のスペイン領ギニア(現在の赤道ギニア)、ポルトガル領西アフリカ(現在のアンゴラ)を除けば、アフリカは全て英国の財産となるのだ。

 

 ならば、ここで何をためらう必要があるというのだろうか?

 そもそも、仏領赤道アフリカの地に巣食っているのは、「自由フランス軍」なる反政府武装組織、国でもないので遠慮する必要など皆無。

 当然、日本皇国に手を出したチャドを除き全買いだ。

 流石ブリカスと言おうか、欧州人の悪い癖が出たというか……

 しかし、「まとめ買いするから割引しろ」とフランスに値引き交渉を仕掛けるあたり、こちらも実にブリテンカスだった。




***




 だが、当然のように乗り気では無いのが日本皇国だった。

 彼らにしてみれば、アオゾウ地帯(=ウラン鉱脈地帯)が手に入れば良いのであって、チャド全域を支配など冗談ではなかった。むしろ、冗談でもやめてほしかった。ましてや、今後延々とチャドの面倒見続けるなど悪夢以外の何物でもない。

 そこで一計を案じたのが英国だ。

 

『チャドに関しては英国が半分の金500kgを出資する。そして、分担金に従いンジャメナ⇔アベシェライン以南は英国が面倒を見る。それでどうだ? 北半分は、後で独立させるなりなんなり日本の好きにすればよい』


 ちなみにチャド南部は水源地帯があり、現状でも農業は行われている。この世界線ではまだ未発見だが、油田もある。

 流石ブリ(ry

 

 そして、ここまで同盟国(のおそらくは転生者)が乗り気だと、皇国政府としても無碍には断れない。

 タチが悪い事に、英国は日本が内心でアオゾウ地帯を押さえ、具体的には現在のリビア・チャド国境線を最低でも200~300㎞ほど押し下げ、ウラン鉱脈を押収したい(リビア三国連合に取り込みたい)と皇国が考えていることまで読んでいた。

 いや、もしかしたら更にその先……性質上、ウラン鉱脈や精錬施設、関連施設は皇国の国家管理になるだろうが、キレナイカ王国やトリポリタニア共和国と異なり石油資源のないフェザーン首長国の基軸産業(原子力産業)として育成させようと考えてることまで見越しているのかもしれない。

 つまり、近衛首相が苦虫を嚙み潰したような顔で署名捺印するまで予想済みという事だった。

 

 そして、近衛は一派共々の皇国議会の承認を得るための根回しに奔走することになる。

 

 

 














******************************










 宥め賺し、あるいは脅し壊しした近衛の努力は功を奏した。

 その決定に反対した議員の幾人かが議席を失ったり、あるいは色々な意味で議員を続けられなくなったりもしたが、それは大した問題とはされなかった。

 3月中には議決が行われ、新年度の始まる1942年4月1日……

 

「我々は、フランス政府からの提案のあった、”チャド北部”の購入を正式に決定した事を宣言する。無論、これはエイプリルフールのネタなどではない。”自由フランス軍”を僭称する武装反政府組織の領土侵犯に関する対抗処置とリビア人によるリビア人の為の独立国家、”リビア三国連合トリニティ”に対する道義的責任、新国家樹立支援国として責任を果たすべき処置であるっ!!」


 そう新年度の皇国議会開会早々、近衛首相はやんごとなき御方の前でそう宣言した。

 議決自体は3月の臨時国会で決定したので、まあ本当に儀礼的なことでもあるし、あるいは4月1日より正式にチャド北部への侵攻がスタートするという意味でもあった。

 

「ただし、これは戦争ではなく購入した土地に巣食う武装反政府組織に対する治安活動であり、警察行動の一環である。つまり、本来は警察が行うべき活動ではあるが、武装反政府組織が警察装備では対処不可能と判断されたため、”領域警備法・・・・・”の概念に基づき皇国軍が代行として治安出動するという解釈である」

 

 そして一端言葉を切ってから議会を見まわし、

 

「そうであるが故に、今回の戦闘で発生するのは捕虜ではなく”逮捕者”である。また捕縛した人員に関しては、此度制定した時限立法”日仏犯罪者引渡協定基本法”に基づき、原則フランス政府に引き渡すこととする」

 

 要するにチャドで暴れてる自由フランス軍(含むチャド軍)は、フランス政府の正規軍ではないので武装反政府犯罪組織であり、犯罪者としては扱ってやるが、軍人として見做してやらんという宣言でもあった。

 

 もっとも、侵攻準備は1ヵ月以上前から始まっており、件の装備実験の為の前線基地は急ピッチで拡張され、むしろ大規模集積地としての役割を担わされる羽目になった。

 本物の戦闘用の前線基地はチャドとの国境線に沿うようにいくつも設営され、続々と戦力が運び込まれていた。

 

 

 

***




 無論、この動きに対してド・ゴールと自由フランス政府、米ソや各国の米国在住亡命政府の面々や取り巻き国家は一斉に非難声明を出したが、カウンターで国際連盟全体会議において、改めて「仏領赤道アフリカの主権はフランス政府にあり、この領地の売却は国家間契約書が交わされた正規の取引である」という共同声明が、満場一致の元に出されたのだ。


 この時代の常識は植民地の権利は宗主国にあるのが当然で、そこには売買の自由も含まれる。

 また、世界的に見たら正統フランスは明らかにパリに居を構えてるペタン政権であり、自由フランスを亡命政府と言い張ってるのは米ソと取り巻きだけだった。

 

 米ソ自身どこまで自覚しているかは分からないが、実はここまで反発されるには、それなりにきっちりとした理由があったのだ。

 米ソのやり方は「自分に都合のいい”自称・・”亡命政権を受け入れ、祖国奪還の美辞麗句の元に、いつでも他国を侵略できる(その口実になる)」と宣言してるようなものなのだ。

 史実ならいざ知らず、(レーヴェンスラウム建立の為)オーストラリアやチェコ、ダンツィヒのある西ポーランドの旧ドイツ領など、どうしても併合しなければならない土地以外、侵略してもさっさとあるいは積極的に再独立を促すドイツのやり方を見れば、「亡命政府とは一体……?」となるのも当然だった。

 

 そして、最近になりソ連の暴虐が米ソ&取り巻きを除く世界の共通認識となった事も地味に影響を与えていた。

 また、「世界で唯一、ソ連を大々的に支援するアメリカ」をソ連の一味とする見識も主流になってきたのだ。

 何気に日本皇国の地道なソ連とアメリカのズブズブな関係暴露ネガティブキャンペーンも少しづつ効果を上げてきている。

 日英独仏だけでなく、そこはかとなく世界中でアカ狩りレッドパージの機運が高まって来ているのは紛れもない事実だった。


 共産主義国家は、神を殺した後に革命のスローガンと共に国の内外を問わずに人間を殺す……世界はようやく、そんな当り前の事実を現実として・・・・・認識し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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