第157話 結末、顛末、オチ、〆、そして阿鼻叫喚




 そろそろ、ムルマンスクから端を発する”喜劇”コメディを終わらせようと思う。

 

 国連加盟国有志と国際赤十字まで加わった選抜多国籍複数機関合同調査隊第1陣が編成され、1942年の春を目途にスモレンスク近郊の虐殺現場、”カティンの森”を調査することが決定した。

 

 トピックスとして大きいのは、そこにポーランド亡命政府の面々も参加することとなった事だろう。

 また、ポーランド亡命政府に関してドイツ側から、「ポーランド侵攻の際、”カティンの森”以外にも確認された、東ポーランドソ連支配地域で繰り返された”蛮行”」の調査報告と資料が、ドイツの強い要請で参加が望まれたポーランド(亡命政権)国連特使に手渡された。

 また「現在のところはマンパワー不足で完全な調査はできていない」と前置きしながら、同様の資料を各国に配布する。

 

 

 

 実は、このプレゼンの仕方こそ、ドイツ”名”宣伝相ゲッベルスのアイデアだった。

 まずは、「ムルマンスクでの米ソの大失態を国際的に喧伝する」事により、”場の空気”を作った。

 そして、「領海侵犯、領土侵犯、武器・弾薬の不法所持(敵国への武器供与)」の嫌疑で会議で晒すし国際司法裁判所には提訴するが、同時に「身柄を拘束した(捕虜にしたとは言ってない)アメリカ人の身柄引き渡し」に関して、いつでも示談に応じる用意があることを宣言し、ついでに「ドイツは人道主義」である事をアピール。

 

 更には、”人工的な飢餓地獄ホロドモール”の中間報告を行い、日本皇国が常に率先して発言し続けてるする「アカの脅威」に関する内容を流用し、証拠と共に肉付けを行う。彼らの脅威度認識の引き上げ工作と同時に「ソ連は悪逆非道」、「自らの理想やら目的のためには、人の命など無価値とする冷酷外道の集団」という国際共通認識を作り上げる。

 ソ連の欠席裁判なのだから、スムーズで仕方がなかった。

 また、アメリカが寄越した国際連盟特使、エドワルド・ステティニアスはオブザーバー参加であり、原則として発言権が与えられていなかった。

 アメリカは国際連盟加盟国ではなく、ただ「ムルマンスクの一件」の当事国だから、参加が許されただけだった。

 余計な発言をすれば、即座に退席を促される立場で、彼には共産主義大統領ルーズベルトへのメッセンジャー以上の役割は求められていないのだ。

 

 そして、トドメに調査を始めたばかりの、そして遺体が出始めたばかりの”カティンの森の虐殺”のセンセーショナルなネタ披露だ。

 これはインパクト抜群だった。

 その効果を引き上げるために、態々ポーランド亡命政府を呼びつけたのだ。そして、インパクトとソ連への悪印象の共鳴増幅効果を引き出すために「関連事項」として、「ソ連がポーランドで組織的に行った悪行三昧」を資料まで整えて公開する。

 

 

 

***

 

 

 

(ほ~ら、これでポーランド亡命政府は、逃げ場が無くなった)

 

 ドイツの国際連盟代表”アルフォンソ・ザイス=インクヴァルト”はそうアルカイックスマイルを浮かべる。

 何しろ、ドイツは東ポーランド……旧ソ連支配領域の全域調査を許可すると言っているのだ。

 それも”公平性を示す”為に、多国籍調査団まで迎え入れるとしてるのだ。

 世界の目の中でそれを断るのなら、ポーランド亡命政府は「国民を見捨てた」と見なされる。

 つまり、自らの正当性を全て失う事になるのだ。

 亡命政府を名乗る以上、それは決して選べない選択だ。

 今回の国連での加盟国代表相手に一席ぶったインクヴァルトは、改めて今回の任務を直々に命じてきたドイツ外相ノイラートの言葉を思い出す。

 

『”カティンの森”の出来事をダシにして、ソ連とアメリカ、そして”ポーランド亡命政府”を追い込む……ですか?』


『そうだ。まず、今回の国際連盟全体会議の場において、《b》”セント・バレンタインデーの喜劇”《/b》などというものは所詮、アメリカから会議への出席を言いださせる口実、いや”呼び水”にすぎん。本質的に優先すべきはソ連への否定的加盟国世論の熟成と、ソ連を支援するアメリカへの国際的嫌悪の醸成、そして、ポーランド亡命政府の帰国へ向けたアプローチだ』

 

『ソ連は直接的に、アメリカは”虐殺者のパトロン”として追い込むのは理解できますが、ポーランド亡命政府は……?』


『”カティンの森”の事実を突きつけ、さらにソ連が東ポーランドで行った”凄惨な支配”を突きつける。まず、その段階で亡命政府は”自分達が見捨てたせい”で、共産主義者のせいで”祖国が虐殺の大地”になったという現実を認識するだろう』

 

『それは、そうでしょうな……』

 

『だが、それでは足らん。ソ連の暴虐だけでなく、比較資料として”ドイツがこの2年でどれだけ上手く西ポーランドを併合し上手く統治したか?”を懇切丁寧に資料データで語れ』

 

『その意図は?』

 

『我々の統治により”平穏と豊かさを取り戻した西と、ソ連の暴虐に沈んだ東……彼らは”天国と地獄”が本当に存在するのか、自らの目で確かめなければならなくなる』

 

『なるほど……現実で起きてる”東西の格差”を知らせるのですね?』

 

『そうだ。西ポーランドは、ドイツ統治下の方が”より豊かになれる”事を知ってしまった。大半の住民が”東の惨状”を知ってしまった以上、ドイツの統治下から離れようとは思わないだろう。戦時下なら猶更だ』

 

『だが、その現状を亡命政府が知った以上は……』

 

『そうだ。”カティンの森”でさえ呼び水トピックに過ぎない。本当の目的は、ポーランド亡命政府の本国帰還を促すことだ。彼らが残された本国の東側半分の惨状を見せつけ、”民族自決”の精神を刺激し、「ポーランド人自らの手での国家再建を決断」させる』

 

『ノイラート閣下、今回の会議でそこまではできませんよ?』

 

『わかってるさ、インクヴァルト君。君は、最初の大義名分を与えてくれれば良い。東ポーランドが親独の民主主義ポーランドとして再出発し、ドイツのマルク経済圏に入るまでの青写真はすでにある。無論、ドイツに併合される地区の民族主義者の受け皿にもなってもらうし、戦後は折を見てワルシャワ以東を返還しても良い。無論、盛大な平和友好式典・調印式付きでね』


『もう一言……失言かもしれませんがよろしいですか?』


『言ってみたまえ』


『閣下は、悪魔オニですか?』

 

『HA-HA-HA!! この計画の原案を考え出したのは、残念ながら私ではないよ?』

 

 

 

(きっと、これを考え付いた奴は、外交を知り尽くした私以上のロクデナシだろう。そうに決まってる)













******************************










「ぶえっくしょいっ!!」


「パパぁ、風邪?」


 俺は膝の上で寛ぐツヴェルク君の頭を撫でながら、というか頭を撫でると頬をスリスリしてくるから妙に仕草が仔猫っぽいんだよな。

 

「いや、そんな感じではないが」


 アレルギーか?

 

「結局、フォン・クルス総督が3日程で纏めた計画というのは結局、何だったんですか? ハイドリヒ長官が大喜びでノイラート外相と会食したようですが……どこまでが、総督閣下のご指示で?」


 おや、シェレンベルクにしては珍しく察しが悪いな。


「指示なんてしてないさ。アイデアを出しただけだ。そして、本質的には至ってシンプルなプランさ。今までの”やらかし”を暴露してソ連を”共産主義の名の下に何人でも殺す真性の悪党・・・・・”として欠席裁判で印象付ける。ヤンキーはムルマンスクの当事者として呼び出すが、発言はさせない。だが、呼び出された理由から”悪党の太鼓持ち・・・・・・・”って印象を連盟加盟国に植え付ける。この先もソ連を援助するなら、ヤンキーは『ソ連の虐殺を肯定した同じ穴の狢』って国際世論を作り出すのさ」


 まあ、ネイティブアメリカンをインド人インディアンなんて呼んで絶滅一歩手前まで追い込んだんだから、やってる事はソ連と何ら変わらん。

 この世界は米国在住の日系人があまりに少ないから”まだ”やってないが、ルーズベルトは自国の人間を「日本人だから」って理由だけで強制収容所に放り込み、本気で日本人を根絶やしにしようとしたんだぜ?

 ヒトラーやナチ、スターリンや共産党とどう違うよ?ってなもんよ。


「そして、ついでに『ポーランドに戻らなけりゃ亡命政府とか名乗れなくなるんだが?』って状況を作って、帰国しやすい大義名分と国際的衆人環視って安心材料を与えるための場を整えりゃ良いってアイデア出したくらいだな」


 まあ、俺の”アレ”は所詮は原案や草案、実際に使えるようにするには相当、手直しが必要なはずだ。

 それに、

 

(ドイツが既に幾つもの”自称亡命政権・政府”の梯子を外してるからできる外交的パワープレイなんだよなぁ)

 

 オランダにせよ、フランスにせよ、実績がものを言うってな。

 

「いずれにせよ、久しぶりに外交官らしい仕事をした気がする」


「……外交官の仕事?」


 えっ? 敵国を政治的に嵌め殺しするのって、立派に外交の本懐にして真髄じゃん?


「シェレンベルク、味方の作り方の一つに”共通の敵を生み出す”ってのがあるのさ。何も懐柔する手間も、価値観やら何やらを同じにする必要も必ずしもないのさ。必要なのは結束ではなく結託・・、正当な理由より大衆が納得する口実だ。『生かしとくとあいつが一番ヤベーし、何されるか分からんから、とりあえず殴ろうぜ?』ってのでも人は手を結ぶことができる」


 そして、俺の知ってる歴史じゃあ現実に戦後世界で共産主義は猛威を振るい、アメリカでさえそれは止められなかった。

 いやむしろ、アメリカって国家全体が重度の赤色感染症を起こした。

 ベトナム戦争の体たらくがその証拠。アメリカって国は、アカに感染して薬漬けになったんだからな。

 フラワームーブメントにヒッピー文化、ウッドストックにサマー・オブ・ラブ……あの時代の反戦運動の異常な盛り上がりと、既存の価値観と「古き良き時代」の否定。

 俺は「自然発生的な」という言葉ほど胡散臭い物はないと思う。

 客観的に見て「おかしなもの」が流行るときは、時代を疑ってかかるべきだ。

 その時代、誰がどうやって一番利益を得ているのか?

 誰が裏で糸を引いてるのか?

 アメリカで反戦運動と麻薬が広がり、誰が一番喜ぶのか?

 まあ、そういうことだ。












******************************










 さて、最後に今後の展開なども少し書いておこう。

 身柄を拘束されたアメリカ海軍軍人と、船団乗組員たちは現在、ハンブルグに留め置かれ市内のいくつかのホテルに分散して抑留されているが、行動制限や監視はつくが申請すれば市内に限り観光もできる程度の緩い扱いになっていた。

 繰り返すが、彼らは戦時捕虜という扱いではない。

 ドイツ的には、「アメリカとは現状、宣戦布告はしていないはずだが? そして、宣戦布告もしてない国に何やってやがんの?」と主張したいわけだ。

 スタンス的にはあくまで「犯罪者」、ただし「ムルマンスクがソ連の港だと思い込んでた」、「アメリカ政府の命令で動いていた」という事情、また国際法的慣習も考慮され、情状酌量で現在のような扱いになっている。

 要するに「ドイツは国際法を遵守する、人道的な善良ホワイトな国家」の国際アピールの宣伝材料になってるわけだ。 

 実際、直接は無理だが国際赤十字を通して家族との手紙のやり取りもできる。

 現在、ジュネーブを通して独米二国間交渉中だが、彼らがアメリカに帰国できる日はいつになるだろうか?

 

 

 

 また、上記の理由で拿捕された軍艦や輸送船、積み荷は”戦利品”ではなく、”(犯罪)押収品・・・”扱いとなった。

 なので、ドイツ政府が競売しても良いだろうという判断となった。

 ただし、アメリカ製の重巡と軽巡、駆逐艦2隻、給油艦、油槽船は技術調査の為という名目でドイツ海軍が、残る駆逐艦は同じ理由でフィンランド海軍が接収となった。

 また、掃海艇とリバティー船などの輸送船は、ドイツとフィンランドで仲良く折半となった。

 非公開競売にかけられたのは、主に船の積み荷で、大物は米国製の戦闘機や戦車、ハーフトラックなどがあった。

 無論、ドイツやフィンランドが欲しい装備は例のように例のごとく抜かれており、残りは「技術研究のサンプル品を有償提供」という形だったようだ。

 無論、日英は事前に談合して出品リストからそれぞれ欲しい物を選択し摺合せ、提示価格を調整した。

 後に歴史家からは、「出品が史上最も挑戦的で、オークション自体は史上最も退屈」と皮肉られた内容だった。


 アメリカはドイツを、「史上最悪の詐欺行為にして、略奪行為」と激おこだが、ドイツのノイラート外相は涼しい顔で、

 

「よりによって、セント・バレンタインデーに史上最大の間抜けをやらかしたのはどこの誰かね? いくらアメリカ人がコメディで頭が緩んでるとはいえ、これは些か冗談が過ぎるのではないかね?」


 と公式発言でやり返した。

 

 

 

***

 

 

 

 とにもかくにも、”銀狐作戦”の最優先攻略目標であるムルマンスク攻略は成功し、また戦史や資料によっては特にムルマンスク陥落までを、あるいはPQ1船団拿捕までを”第二次冬戦争”と呼ぶ場合もある。

 

 いずれにせよ、勝者と敗者は明白であった。

 レンドリース船団のバレンツ海ルートで使える港はこの時点でアルハンゲリスクしか無くなり、そこは暖冬の年でも1年の1/3以上、感覚的には半分は氷に閉ざされている港だった。

 しかし、渤海(太平洋)ルートは最大の搬入海路であり続けるだろうし、もしかしたら史実よりもペルシャ湾ルートが活性化するタイミングが前倒しになるかもしれない。

 

 こうして史実よりもよほど早く、正確にそして大々的にソ連の、共産主義者の悪行三昧が世界に広まった。

 果たして米国が史実通りにソ連へ(英国の分まで含めた)レンドリース支援を行えるか未知数であった。

 

 いや、ルーズベルトが大統領のうちは、そして国の中枢が赤色汚染されている以上、彼らアメリカはソ連を支援し続けるのではないだろうか?

 事実、共産主義の手駒に成り下がっているアメリカの大手マスメディアは、今回の国連での会議の内容に関して”報道しない自由を発動なかったことに”した。

 これは国や時代を問わず、共産主義者や社会主義者、いわゆる”左派”全体に言えることだが、彼らはまずマスメディアにシンパを作りマスゴミ・・化させて、大衆を騙し扇動する。

 そして、自分たちに反する政府や組織の不祥事は傘下のマスゴミを総動員して糾弾するが、自分達の「都合の悪い現実」はなかったことにするか、自分達以外の誰かがやったと捏造する。

 呆れたダブスタ、捏造や責任転嫁に一切の責任は感じない。現実は自分たちにいつも都合よく、都合の悪い現実は「存在しない」事にする。

 日本の野党や、日本海側の大陸や半島国家を見ていれば実例はいくつも転がってる。

 

 分かりやすく言えば、日本人が戦争で殺すのは悪で、自分達が革命やら粛清やら”スズメ狩り”やらで自国民を殺すのは正しいのだそうだ。

 戦死者よりも内輪もめで殺した数の方が比べ物にならないほど多くても、問題にならないらしい。

 アカとはそういう物だ。

 結局、アメリカも本質的には同じなのだ。

 赤く染まるには、相応の理由がある。


 とはいえ、いくら国内のマスゴミを支配下に置き、大統領が脳ミソ赤化なサイコパス劣化スターリンだとしても、アメリカ国内も決して簡単に事は行えなくなりつつあった。

 確かにニューディール政策のような孤立主義が好まれたり、実は太平洋戦争中でも大半のアメリカ人が日本が世界のどこにあるのか知らなかったりと、存外に国外事情に無関心で、故に国際世論を気にしない傾向がある(例えば現在でも、ウクライナ戦争より中絶問題の方が扱いが大きく支持率に直結する)アメリカだが、イギリス系は言うに及ばずドイツ系移民やナチ党あるいはファシズムシンパ、ポーランド系移民にウクライナ系移民、反共主義者の独立系メディアは存在するし、彼らにも(治外法権の)各国大使館のプレスリリースは降りてくる。

 ついでに言えば、フランス系とて別に全員がド・ゴールを支持してるとは限らない。

 

 更に国境を超えて飛んでくる、カナダからの比較的高出力で放送されるラジオ電波は規制のしようがない。

 妨害電波でも入れようものなら、今度は自国のラジオ放送が壊滅的ダメージを受けかねない。

 そして、その機会を見逃す日英独とは、米国政府も思っていない。

 

 

 まあ、アメリカという多民族国家の自己矛盾や内部矛盾は、割といつものことだ。

 何はともあれ、1942年という年もまた世界に争いの火種は潤沢であり、イベントだのキャンペーンだのに溢れた賑やかな1年になりそうである。














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