第10章:皇国は暑い砂漠を熱く戦い、そして合衆国は策に自ら溺れる

第158話 ヘカテーたん




 さて、場所と視点を変えようと思う。

 流石は”世界大戦”と呼ばれるだけのことはある。世界随所で戦いがあり、とても1つの視点で追いきれる物ではない。

 

 時期は、1942年の2月中旬。まあ、どこぞのヤンキーがまとめて捕縛されたちょっと後ぐらいだ。

 場所は、”リビア三国連合トリニティ”、フェザーン首長国。(厳密には今は建国準備期間で特別行政区扱い)。


 転生日本人達はフェザーンのオアシス地帯以外には人類の生存にあまり適さず、またここの地下に「少なくとも現状の人類の技術で掘り出せる位置」に石油資源がない事を知っていた。

 

 だが、オアシスがあるという事は水資源自体はある。

 日本人達はリビア人参画を大前提とし、日本皇国が官民一体組織”アラビア石油開発機構(アラ石機構)”を通して、技術・資本支援を行うという形を取っている。

 具体的には去年の12月8日のトリポリ陥落からさして日をおかずにアラ石機構の日本人達はリビア入りし、まるで「最初から油田のある場所を知っていたような」嗅覚で油田を探り当て、既に試掘に入っていた。

 

 また、その過程で後に”ヌビア砂岩帯水層”と呼ばれる事になる地下水脈を発見し、有効利用の方法を検討していた。

 水資源は石油資源と並んでリビアの発展と近代化には欠かせない要素であると認識していたのだ。

 そして、ここまで大規模ではないが、フェザーンにも既存のオアシスとは繋がっていない未発見だった地下水脈があり、それの発見と同時に日本皇国は懸案事項だった”石油資源のないフェザーン”の活性化に着手した。

 

 

 

 その方法とは……”日本皇国の兵器実験場”だ。

 政府と軍は、ひたすら長射程化する兵器の実験場や試験場、その訓練を行う為の訓練場や射爆場をずっと求めていたのだ。

 特に”戦略級兵器の地下実験”ができる場所を。

 

 そして、そういう建前なら「定期的に使用料・賃貸料として金を落とせる」のだ。

 石油資源の利益配当だけでフェザーン首長国を食わせるわけにはいかないと皇国政府は考えていた。

 それでは、巨大な油田を持つキレナイカ王国、トリポリタニア共和国に経済的におんぶにだっこの不健全な経済状態になってしまう。

 不健全な経済状態はやがて歪みとなり軋轢となり、対応を誤れば戦乱を呼ぶ。

 

 そのようなリスクを回避する為に早急に手を打つことにしたのだ。

 金を落とすだけでなく、ある程度の物資を現地調達する事で、土地使用料だけでなく商業としての連携を持たせようとしていた。




***




 場所は、フェザーンのオアシス都市”ムルズク”より南南西へざっと100㎞。

 何もない砂漠だが、そうであるが故に工兵隊により道路が作られ、計画に大量輸送が可能な線路敷設が盛り込まれた。

 

 ムルズクと繋がってない地下水脈があり、井戸の確保にも成功した。

 そして、実験場などの軍施設設営の準備段階として工兵隊が現地入りして前線基地キャンプを設営しており、無論、彼らを護衛するための部隊も装備実験部隊を兼ねて駐留していたのだった……

 

 

 

「噓だろ、お前……」


 ああ、なんか久しぶりだな?下総兵四郎だ。皇国陸軍で狙撃手なんてものをやっている。

 階級は、よくわからない理由の野戦任官、いや戦地昇進か?で大尉になってしまいました。某赤い彗星の初登場時と同じ階級だったか?

 相方の小鳥遊君も昇進して軍曹だぜ?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺の目の前には、ありえない物がある……

 

「なんでこんなところに”ヘカテーたん・・・・・・”が……?」


 いや、まんまでないことは分かってる。

 使用弾は、アメリカンな50口径ではなく日英共通の標準50口径弾、12.7㎜×81だ。

 ストックは強度維持のためかどう見ても取り外しや伸縮はできない構造になっていた。

 バットプレートやチークパッドも微調整までできる感じじゃない。

 だが、でっかいマズルブレーキとこの全体の感じは紛れもなく、

 

(”PGM ヘカートII”、それも初期型の木グリ仕様の……)


 某有名デスゲー系MMOラノベシリーズの中で、鉄砲篇ヒロインが愛用してたでっかい銃って言うと、イメージしやすいか?

 少なくとも、1940年代に出てきちゃいけない代物が目の前にある。

 というか、登場を半世紀ほど間違えてないか?


「ん? 下総大尉、確かにこの銃の開発コードは、ギリシャ神話の女神の名を取った”ヘカーティア”らしいが、知っていたのか?」


「いや、特に詳しく知っていた訳ではなく、噂程度には」


 噓です、隊長殿。元ネタ知ってただけですとは言えない俺である。

 

「元々は”試製十三粍(=12.7㎜)手動銃”って対物/対装甲ライフルとして開発されていた物なんだがな、個人携行型の対戦車ロケット砲や軽量擲弾筒の開発に目途が立ったのと、小銃擲弾にモンロー/ノイマン効果の対装甲成形炸薬弾型が開発され、射程は短いが軽装甲ならそっちの方が有効ってのがはっきりしてな。そこで、これまでとは文字通り桁が違う超長距離狙撃銃に転用しようって話になったらしくてな」


 確かに遮蔽物が全くない砂漠だと、超遠距離射撃ってめっちゃ有利なんだけどさ。

 ちなみに現在の皇国陸軍の主力小銃、”チ38式自動歩兵銃”は、小銃擲弾の発射に力を入れてる小銃で、標準搭載の擲弾照準器を起立させると連動してガスカットオフが働いたり(この手の機能は史実のイタリアのBM59小銃やユーゴスラビアのツァスタバM70小銃で実装されている)、また小銃擲弾自体もバレット・トラップ式で空砲じゃなく実包で発射出来たり、種類も豊富だ。

 まあ、これは銃の性能が上がったため、手榴弾の投擲距離だと対応しきれないシチュエーションが増えたって意味なんだが。

 史実ほどでないにしても、やはり日本人は白人に比べて小柄(1940年時点で皇国の成人男性の平均身長165㎝。史実の1965年の数字とほぼ同じ。ドイツは同時期175㎝以上)だから、重い手榴弾を遠投するのは得手って訳じゃない。

 それに皇国陸軍は、どの時代の出身かはわからないが、火力不足に悩んだと思われる歴代転生者の執念と言うか怨念じみた努力で、歩兵装備を中心にかなり火力馬鹿の傾向がある。

 火力増強で装備が重くなっても車で前線まで兵隊運べば問題ないって思想から、陸軍の装甲化と自動車化が一気に進んだのだから、如何ともはやだ。

 特に第一次世界大戦以降は、かなり顕著だ。

 

(このヘカートモドキも、その流れで『50口径弾を使う長射程・高威力の狙撃銃だと? よし!』ってノリで開発許可出たんだろうなぁ)


 陸軍技研とかの開発チームって、結構マッドだって聞くし。

 

「一応、現在の仮称は”試製二式長距離狙撃銃”《/。理論上、1,000m以上先の相手を射殺できるようには作ってあるらしいが」


 なんか、めっちゃ気軽にオーパーツが製造されたと聞かされた気がする。


「試製ってことは、実際にれるかどうか試してこいってことですね?」


 少佐は頷き、

 

「大尉、君には優秀な小鳥遊軍曹スポッターがいるし、丁度おあつらえ向きのミッションもある」


「……どういう意味です?」


 すると少佐は書面を出し、

 

「チャド方面からリビアへ越境しようとしている部隊を遊牧民トゥアレグが遭遇した。彼らは気づかれる前に距離を取ったから詳細までは不明だが、証言から考えると武装した原住民ではなく正規部隊の可能性が高い」


 それはそうだろうな。手渡された資料を読めば、むしろ納得しかない。

 原住民が使う徒歩以外の砂漠の移動手段はラクダがメインだ。

 間違っても戦場じゃ最早クソの役にも立たない、豆戦車や装輪装甲車で移動はしないだろう。

 

「この証言として記されてる”小さな戦車”や”大砲の付いた自動車”は、フランス製なのでは?」


「大尉もそう思うか?」


 まあ、チャド方面から進軍してくる連中なんて、野盗かフランス人くらいだろう。どっちも大差ないが。

 

「という事は、今回の役回りは斥候哨戒狙撃スカウト・スナイプでよろしいので?」


 まあ、要はロングレンジパトロール(砂漠だと必然的に長距離哨戒になるんよ)に出て、敵を発見したら気づかれぬように狙撃ポジションについて、味方に敵の存在を報告しつつ狙撃命令が出るまで潜伏って感じかな?

 

「うむ。今回は斥候哨戒スカウトの方がメインとなる。しかし、発砲許可が出たら自分の判断で撃って構わん」


「具体的なプランをお聞きしても?」


「2マンセルに砂漠行動に慣れた現地協力者のガイドを一人つける。これはフェザーン側と交渉済みだ。むしろ、向こうから売り込んできた」


 あー、さもありなん。

 ほら、トリポリ攻略戦の時、フェザーンのベルベル人ってイタリアに付いたじゃん?

 それがキレナイカ人やトリポリタニア人には面白くないらしくてな。

 キレナイカ王国人は、事あるごとに「日本人と共に戦って、我々は祖国をイタリア人から取り戻した」ってマウント取りに行こうとするし、トリポリタニア共和国人は「我々は日本人の攻勢に呼応して自らの手でトリポリを奪還した」と反撃するのが、リビア三国会議で行われるお約束だ。

 そう言う場合、やっぱりフェザーン首長国人の立場と発言権はどうしたって弱くなる。

 なんせ、「最後までイタリア人に味方し、日本人と敵対した」、そして唯一「日本人と共闘したのではなく降伏したリビアw」という評価は付きまとう。

 その状況を、リビア三国連合が本格スタートする前に払拭したいと考えるのは普通だろう。

 無論、日本人はそこに他意も思うところもない。だが、これは基本的に「身内リビアの問題」なので迂闊に口出しもできないって部分がある。


(名誉挽回の機会をフランス人に求める、か……)


 戦争が政治の一形態である以上、どんな段階でも政治と戦争は不可分って事だな。

 

「そこで各方面に散ってもらい広域哨戒。言い逃れできない所まで越境させたところで、包囲殲滅といこう。無論、生き残りには証言してもらう」


 あー、つまり現在、この仮設前線にいる1個旅団相当の戦力を投入すると。

 

 少し補足してるとリビアの南部にあるチャドは、行政区分的には”フランス領赤道アフリカ”って区分になる。

 21世紀の地図だと、チャド、中央アフリカ共和国(この時代はウバンギ・シャリ)、ウガンダ共和国(西ウガンダ。この時代は中部コンゴ )、ガボンから構成される。

 基本、フランスはあまりこの地域の統治に情熱を注いでるとは言えず、植民地軍も分散配置しており、確か純粋なフランス人正規軍はチャドには3,000人くらいしかいなかったはずだ。

 残りの兵力は、現地のチャド人を徴用して水増ししていると思った。

 

「新兵器の実験台としては、少々物足りない相手ですね?」


「まったくだな」


 そう俺と隊長は笑い合うが、

 

「問題は、チャドの越境軍が”どの命令系統”で動いているかですか」


 史実なら、仏領赤道アフリカは最初にド・ゴールに尻尾を降った植民地軍だったはずだ。


「それを先ずは確かめねばならんだろうな」













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