第156話 これ本人の死後、絶対に陰謀論とか黒幕説とか出てくるパターンじゃね?
「まとめると、だ……”なぜ、シコルスキー”代表がまだアメリカに行かずロンドンに留まっているか?”と、”シコルスキー代表率いるポーランド亡命政府に東ポーランドの統治を押し付けるには、どういう手が効果的か?”で良いか?」
なんか、割と久しぶりに会う気がするハイドリヒの野郎が公用機(何とBf109F-4のド派手なNSRオリジナルペイントでだ。コイツ、何気に戦闘機の操縦が上手いらしい)でサンクトペテルブルグに乗りつけてきたかと思えば、なんか妙なことを聞いてきやがった。
どうでも良いが、NSR保有の機体が”痛戦闘機”一歩手前の気がするのだが、それは良いのか?
確かに目立つ方が誤射で落とされにくいし、別に戦地を飛ぶわけじゃないから航空迷彩の必要はないんだが……どう見ても、”ベネトン時代のシューマッハ”カラーなんだけど?
具体的には、”ベネトンB192”っぽい。こいつはシューマッハが初めてF1で勝利を飾った記念すべきマシンなんだが、
(ハイドリヒ、もしかして存外にミーハーなのか?)
ブガッティとか乗り回してるし、メルセデスベンツのスポーツモデルも所有してるらしい。
こいつの前世、もしかして”皇帝”様の全盛期か? 前もドイツ人だったかは知らんが。
いや、それはいい。いいんだが……
「道理で、人払いを要求してきたわけだよ」
もう遠慮とかいらん気がしてきたな。
戦闘機で文字通り飛んできたと思ったら、人払いを要求。
そして2人になった途端、面倒臭いことこの上ない案件をペラペラ喋り出したのだ。
「いや、プロファイリングくらいNSRや
なんで態々俺に聞きに来るかね~。
「なに。クルスなら我々ドイツ人よりスラブ人の心理に詳しいと思ってな。ついでに元外交官の知見もアテにしたい」
外交官スキルは”ついで”かい。それと、
「今は職務を停止しているだけで、身分的には未だに日本皇国の外交官だぞ?」
「……お前は一体何を言ってるんだ?」
いや、お前こそ何を言ってるんだよ。
「手下がこっちに居るんだから、そっち伝いでも良いだろうに。もしかして、NSR長官ってのは暇なのか?」
こういう時のシェレンベルクでねーの?
「まあ、そんなところだ」
噓つけ。まあ、良いけどな。
「無論、
ハイドリヒは、何やらスーツケース……じゃないな。おそらくはガンケースと思わしき小型のジュラルミン・ケースを開き、
「ステンレス・スチールのワルサーP38? ローズウッド・グリップの」
「こういうの好きだろ?」
いや、確かに好きだが……ん? ちょい違和感。
「……分解しても?」
ハイドリヒから特に拒否もなかったので、俺はマガジンをぬいてチェンバーに弾丸が入ってないのを確認してから、手早くスライドとフレーム、バレル(ロッキング)ブロックの結合を解く。
すると、
(カバーと一体化したスライド? 脱落防止用のスチール・インサート? ローディング・インディケーターの廃止? フレームがアルミ合金じゃないって事と銃身の短縮がされてない事以外は……)
「ハイドリヒ……これ、ステンレス・スチール仕様でポリッシュ仕上げ&木グリの”ワルサー
(いや、
まあ、単純に言えばワルサーP4ってのは、戦時中のワルサーP38や軽合金使った戦後再生産モデルのP1の露呈していた弱点や欠点、例えば構造的脆弱性でスライドとかが吹っ飛びやすいとかを是正した改良モデルだ。
ちなみにこのワルサーP38からP4までの外見は殆ど変わらず、後継のP5は内部システムは継承しながら見た目は大分違っている。
「正式には”ワルサーP38Ⅱ(ツヴァイ)”、機能をいくつか省いて生産省力化による生産性向上を狙った物だ。ワルサー社以外でもライセンス生産するから、作りは簡単で頑丈な方が良いという事になってな」
あっ、追求流しやがった。
「そりゃあ、合理的な事で」
俺はばらしたパーツを再結合し、マガジンを挿入せずにスライドを引っ張り戻してみる。
硬質な金属の音、スライドとフレームの”合わさり”もスムーズだ。
(まあ、良いか)
「最初の案件だが……これは簡単だ。シコルスキー代表がロンドンに残ってる理由は、アメリカをカケラほども信用してないんだよ」
筋金入りの民主主義者かつ自由主義者。それがシコルスキーの本質だ。
そして、急進的革命主義者が大嫌いときてる。
俺の知ってる歴史上の人物としてだけじゃない。今生の皇国外務省が直に調査して確認してるから信頼は出来る。
前世の”害務省”と違って、皇国の外務省は「アカを敵と認識」でき、
関係各所とつるんで定期的に”掃除”はしてるし、海外要人のプロファイリングは当然で、情報を更新しつつ動向を伺っている。
(だからこそ、日本が公表したアメリカの情報……ソ連のシャープパワーで内部を食い荒らされたアメリカを、シコルスキーは……)
”民主主義国家としてみなせなくなった”
ってとこだろうな。
「今だからこそ言えるが、ポーランドってのは30年代中期から末期にかけて日英の重点的外交工作点だったのさ。独ソが狙ってるのは目に見えてたしな」
その一環として、一般に公表されたよりはるかに濃度も密度も高い共産主義者達の謀略情報も渡しており、例えばポーランド内の浸透工作や隣国ウクライナで起こされた
「だからこそ、有事の際にロンドンへ亡命政府を樹立するよう最悪に備えた
実は、史実とはここが違う。
史実では、ポーランド亡命政府は陥落前のフランスに一度落ち着き、フランスが陥落したからこそイギリスへ渡ったという経緯がある。
だが、今生ではフランスはただの「脱出経路」に過ぎなく、最初からポーランド亡命政府の樹立はロンドンで行う事が事前計画で決まっていた。
「そこまで分かっていても欧州本土にイギリスは軍を出さなかったのか?」
「当時の英国の方針は、”欧州本土の諍いには極力干渉しないが、有事には備える”ってのがメインスタンスだったから」
物理的に手を出さないからって、政治的に何もしないって道理はないわな。
戦争が政治の一形態である以上は。
「そして、おそらくロンドンに開かれたポーランド亡命政府に、対米ソに関する追加工作が行われたんだろうな」
と言っても、米ソの(グダグダな)真相と裏側の最新版追加情報を詳細な外交資料付きで突きつけただけだろう。
俺も本国にいる時に、おそらくはこの作戦に使われるだろう資料の編纂を手伝ったが、まあ、アメリカ国内の赤い汚泥が出ること出ること。
誰が言ったか、「血便のつまった肥溜めを除いてる気分」とは言い得て妙だ。
前世ならこの時期、イギリスではかの有名な”ケンブリッジ・ファイブ”華やかかりし頃だが、今生では日英共に”
「さて、後はシコルスキー代表 with ポーランド亡命政府をどうやって東ポーランド統治に引っ張りこむかなんだが……いきなり暫定自治機構なんかの役割を投げるのは悪手だ。ドイツは侵略した側で、ポーランドはされた側。その隔たりは大きい」
「それは流石に理解している」
まあ、そりゃそうだろう。
少なくとも今生のドイツ首脳陣は、総統閣下を筆頭に無能という言葉とは無縁っぽい。
「しかし、今から信頼関係を築くのも、存外にホネでな。他にもやるべき仕事がごまんとある」
まあそれ以前にドイツが素直にポーランドに頭下げられるような民族性を持っていたら、そもそもポーランド侵攻なんざやらんだろうし。
(必要なのは、”きっかけ”だ……)
ドイツ人とポーランド人が、相互理解できるような”きっかけ”……ん? 丁度いい”事件”があるじゃないか!
「おい、ハイドリヒ……NSRは、スモレンスクの《b》”
「!? その手があったかっ!」
やっぱりハイドリヒは頭の回転が速い。
すぐに俺の言わんとする事に気が付いた。
「
確か、史実だとドイツが晒したのは1943年の出来事だったはずだ。
(だが、こういうスキャンダルは、ドイツが負け始めてから「苦し紛れ」に行うより、圧倒的優位な時に使った方がよりセンセーショナルで、インパクトが強くなる)
普通、圧倒的に優位な状況で「事実捏造をしてる」とは思われにくい。単純に「噓をつく理由がない」からだ。
(そして、これは捏造ではなく100%混じりっ気なしの”ソ連のやらかし”だ)
だから、強い。いろんな意味で。
面倒なので、俺が転生者であることゆえの発言は、余人がいないところじゃもう隠してやらん。
ロンメルだけじゃなく、ハイドリヒもほぼほぼ転生者であることに間違いない。
「それを前倒しして
口の端が自然に吊り上がって来るのが、自分でもわかるな。
悪巧みってのは、どうしてこうも楽しいんだ?
「幸いドイツは、国際連盟を抜けてないし、東ポーランドに正当な政権が立ち上がってる訳じゃない。あるのは暫定統治機構だけだ。今ならポーランド亡命政府と交渉できる」
「どのような”
「ドイツからポーランド政府へ、”共産主義者により
そして、こいつはドイツ人が忘れそうだから付け加えておくか。
「ただし、”合同調査団”のメンバーは、ドイツとポーランドだけじゃなくて必ず”
これが外交努力が実を結んだって奴だな。
ん? なんか違う? 気のせいだ。
「そして、最終目的が現ポーランド亡命政府への東ポーランドの統治権移譲って事は、常に頭に留め置いた方が良い。シコルスキーの望みは”民族の自立と民主主義政権の確立”だ。一国の統治を任せるんだ。それを認める度量くらい、ドイツにはあるだろ?」
「無論だ。民主主義とは選挙による民意の反映がその根幹だ。やりようはいくらでもある」
まあ、そういうのは専門家に任せるとしよう。
政略だのなんだのは専門外だ。
「できれば、その草案を纏めて意見書として提出して欲しいとこだな」
「いいさ。
多分、こいつは試作品か特注品。量産型は、シルバーフィニッシュではなく現行のP38と同じガンブルー表面処理のマットブラックだろうな。
「ああ、それと代表調査団編成するなら、一人絶対に入れておいた方が良い人物がいるが……」
「聞かせてもらおうか?」
やっぱり食いついてきたか。
「そいつの名前は、”
俺は言葉を慎重に選ぶ。
「何の打算もなく、ただ救いたいって願いだけで保身も自分の利益もかなぐり捨てて、国の方針に逆らってまで何千人も救う。それを『当たり前のことをしただけだ』って心から言ってのける人間ってのは、どんだけ人間離れしたメンタル持ってんだろうな?」
少なくても俺には言えんし、そもそもそんな行動はできん。
「スギウラ? その名前、まさか……」
「勘違いするなよ?
だから、俺にはきっと杉浦の事は死ぬまで理解できない事だろう。
だが、だからこそわかってしまうことがある。
「杉浦後輩なら、どんな惨劇も決して隠したりしないし、目も背けん。あいつは現実を直視し、その心のままに行動し、虐殺なんて理不尽を決して許すことはないさ」
「2万5千人のポーランド人が殺された」って事実を、まず「どうやって政治利用できるか?」なんて考える、俺みたいなみたいな外道じゃないからな。
おっと。忘れるところだったぜい。
「ソ連の支配下で、”罪なきポーランド人”が100万人以上、シベリアや中央アジアに強制連行されたって話があったはずだ。亡命政府がポーランドに戻って根を張る覚悟を決めたら、ドイツとポーランドが合同で発起人となり、国際合同調査委員会でも立ち上げて、追跡調査でもやってみるとよい。まあ、その前に連れ去りの事実が本当にあったかどうか、下調べはしておくべきだろうが」
「ほう。そのココロは?」
いや、ココロもへったくれも、
「ハイドリヒ、人間関係を長続きさせるコツを知ってるか?」
「利害の一致。損得勘定は人間の感情の中でも強い」
残念。そいつは二番目だ。そんなことをどこぞの魔王が言ってたな。
「共通の
(ああ、俺はやっぱり……)
どうしようもないクソ野郎だわ。
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