第154話 そして、今日もどこかで酷いオチがつく




 港との何度かのやり取りの後、誘導に従い先ず先導役の軽巡が入港し、牧羊犬に従う羊が如く後から入ってきて埠頭へ横づけるする輸送船を見守る。

 続けて給油船、油槽船が入り、いよいよ旗艦のニューオーリンズ級重巡が入港する。

 しんがりは駆逐艦に護らせているが、今の所は問題なさそうだ。まさかソ連の港・・・・の中まで入ってきて雷撃する、蛮勇というより無謀なUボートはいないだろうが。

 荷下ろしの必要のない軍艦は、埠頭や桟橋に停泊することはない。洋上、というか湾内給油する為に連れて来た給油船だし、駆逐艦や掃海艇はともかく、航続距離も持ち味である巡洋艦2隻は、寄港地のゴールウェイまでは燃料は余裕がある。

 砲弾は使わずに済んだし、燃料はアイルランドで給油したので、まだ余裕がある。

 

 また、軍艦の合わせて軍楽隊の演奏はアメリカ海軍歌”Anchors Aweigh錨を上げて”に変わる。

 護衛艦隊(規模は水雷戦隊だが)司令官のバークス少将は、口の端を僅かに上げた。

 

「ふん。悪くない演奏じゃないか」


 そう言いながら艦載艇ランチに乗り込むべくタラップを降りるのだった。

 船団長もだが、護衛艦隊司令官の自分が受け入れホスト側である「ソ連・・の代表団」に会わないわけにはいかなかった。

 

 

 

***




「初めましてバークス提督、ヴァスカーク船団長。私は……そうですな。本来の発音・・・・・はしにくいでしょうから、お国言葉アメリカ式の発音で、”ハンソン・・・・フォージ・・・・”とお呼びください。僭越ながら、現在のムルマンスク・・・・・・・・・の代表のようなことをさせていただいています。本国・・から辞令が届いていないので、今は公的な身分は曖昧なのですが」


 そう、仕立ての良いスーツとコート姿の男は右手を差し出し、

 

「心より歓迎を。ようこそ、アメリカのお客人」


 その瞬間、軍楽隊が奏で始めたのは、アメリカ人なら誰もが知る国歌”星条旗よ永遠なれThe Star-Spangled Banner”。

 既に北国の短い日は落ち、街中がライトアップされてるようなムルマンスクの街で国歌が流れる中、北極からの風で星条旗が揺れる姿は実に勇壮であり、美しかった。

 

 だが、アメリカ人は気づくべきだったのだ。

 この街には、一枚も”赤い旗”が掲げられていない・・・・・・・・……星条旗以外の国を示す旗がない事に。

 

 


「提督、船団長、難しい話は明日からにいたしませんか? 既に夜の帳は降り、荷下ろしをするのには危険です。それに……」


 老人は、視線を港の一角に向ける。

 そこには幾つものテーブルが用意され、その上にはソ連名物の”ストリチナヤ”のウォッカの瓶とジョッキが所狭しと並んでいた。

 また、ジョッキに注がれる予定の”ジグリョフスコエ”のビールはタンクごと持ち込まれ、注ぎたてを飲めるように持ち構えていた。

 また、冷える夜の暖を取ることを兼ねて、あちこちに並べられている炭火のオープングリルには、分厚い牛肉が旨そうな音を立てて炙られている。

 これはまさに臨戦態勢というものであろう。

 

「せっかくの歓待の用意が台無しになってしまいます」


 二人のアメリカ人はごくりと喉を鳴らした。

 

「ああ、そうそう軍艦の方は無理ですが、波止場に着いてる船にはウォッカとビール、あとツマミなども差し入れてよろしいですかな? さすれば、船乗り達からも文句は出ますまい。彼らは軍属であっても軍人ではない。厳しい訓練で己を律する訓練は受けてはいないのでしょう?」


 つまり、遠回しに「不平不満が出ないよう、船乗りたちにも酒を振舞う」と言っていた。

 敵国・・勢力下という高ストレス環境での長期航海ともなれば、どんな些細な事で士気モラルが崩壊するか解らない。

 相応の訓練を受けた海軍軍人ならともかく、民間人の船乗りには酷な環境だったのだ。

 ならばストレス解放の機会が必要だ。

 

「ご配慮に感謝を。Mr.フォージ」


 この老人は”わかってるな”と船団長が感心と感謝をすれば、今度は提督が、


「貴方はロシア人なのに・・・とても英語が堪能なのですな」


 とロシア人と認識し、


「だからこそ今回のお役目が回ってきたようなものです。これでもそれなりに教育は受けているのですよ?」


 ファギ・・・は肯定も否定もしなかった。




***




「なるほど……司令官以下、ムルマンスク司令部は全滅。ドイツ人は寒さと極夜の慣れない夜戦に根負けして退却したが、司令官不在ではまずいとフォージ卿が……」


 少しアルコールの回った頭で提督が聞けば、


「ええ。1935年・・・・・に一度退役したのですが、そのような事情から再び予定になかった服役をする羽目になりましてね。予備役に編入されていたのが運のつきという事です。とはいえ、今は退役ではなく引退の手続きをしておりますがね。歳が歳です。もう60歳を超え、お国に奉公するには歳を取り過ぎました」


 魔が差すという言葉がある。

 合衆国軍人は、決して任務中に飲酒はしない……という”建前”だが、既に全ての輸送船は入港し、護衛艦隊も待機に入っている。

 臨戦状態はいつまでも維持できるものでは無い、訓練された軍人とて息抜きは必要と自分を納得させる。

 それにゲストとしてホストの用意した歓迎を受けないというのも問題だとさえ思っていた。


「いえいえ、まだまだお若いですよ!」


 と陽気に返す船団長。

 確かに”彼ら”には油断があったのかもしれない。

 慣れない航路で薄暗い海を進んできたのだ。

 疲労も、体力も精神力も限界だったのだろう。

 

 そんな彼らに、”ファギ退役・・元帥”が用意した最大の武器は、ストリチナヤのウォッカだった。

 ストリチナヤのウォッカには、誰もがイメージする”火炎瓶の代用品になるくらいアルコール度数の強い酒”であるウォッカ以外にも、オレンジやシトラスなどの柑橘系のフレーバーを入れて口当たり柔らかく甘い香りのウォッカも存在する。

 だが、甘い香りで口当たりが良くてもウォッカはウォッカ、アルコール度数は40%ほどもある。

 これをビールと一緒に、時にはファギ退役元帥自らが作った「なみなみとビールが注がれたジョッキにショットグラスごとウォッカを落とす」という”なんちゃってボイラーメーカー”みたいなものをバーベキューを肴にグビグビやれば、いかなアメリカ人でも酔いつぶれるというものだ。

 ちなみにファギが飲んでいたのは、「濃度を1/5にまで水で薄めたウォッカ」だ。

 瓶の中身が完全に水だと、無臭で怪しまれる恐れがあった。

 

 そして、上陸組が酔いつぶれたのを見計らい、

 

「身柄を拘束しろ。くれぐれも丁重にな。米艦隊には提督が今晩はこちらで夜を明かすことを発光信号で伝えておきたまえ」

 


 時間は、現地時間で午前1時を回っていた。

 

 








******************************










「申し訳ないが、既にムルマンスクはソ連の物ではなく、我がドイツとフィンランドの共同管理地。領海、ならびに領土侵犯したのは貴殿らの方になる。なので、身柄は拘束させてもらうし、船は貨物ごと証拠として拿捕させてもらう」


 ファギ退役元帥のこのセリフに対し、見知らぬ天井を見ながら目を覚ましたバークス少将とヴァスカーク代将が何と返したかは、残念ながら記録に残ってはいない。

 いや、正確には記録されたかもしれないが、公表はされていない。

 きっとアメリカ人らしい罵詈雑言を記録係が聞き取れなかったのだろう。

 決して放送できない”下品な言葉”が機銃掃射のように飛び出したわけではない……と思いたい。

 一部、まだ聞ける部分を抜粋すると、

 

「ファ○ク! 国籍と階級を偽るのは、ハーグ陸戦条約違反だっ!!」


「何を勘違いしているのか知らないが、私が既に退役した身であるのはドイツ政府も認めている事実で、ムルマンスクの代表者というのも事実だ。駐留軍の司令官は別にいるよ。ああ、ついでにお忘れのようだが、我々はロシア人と申し出てはいないし、ソ連の国旗も港に掲げていない。掲げたのは星条旗だけ・・であり、私は”現在のムルマンスクの代表者”としか自己紹介していない」

 

 ”そう勝手に思い込んだのは貴殿らだろ?”と続けると、

 

「こ、このっ!」

 

 とりあえず”ピー”音が続いたとだけ書いておこう。

 冷静さを失ったアメリカ人に、ファギは怒りより先に憐れみを感じたという。

 そして、アメリカ人が落ち着いた(叫び疲れた)ところで、


「さて、では貴殿の部下に下船するように伝えてもらえるかね? ドイツは文明国だ。無益な殺生、無駄な殺しは好まない。貴殿も、貴殿の部下も共産主義者に義理立てして命を落としたい訳ではないだろう?」


 そして、ファギは現状を説明する。

 既に埠頭に停泊した輸送船は押さえられていることを。

 昨夜、酒を差し入れ船乗りたちがアルコールで命の洗濯をしている間に、給仕に扮していたNSR(国家保安情報部)自慢の非対称戦部隊がブリッジを制圧していたのだ。無論、MP40短機関銃など装備一式はビールタンクやケータリングコンテナに隠して。

 ちなみに未だ酔いつぶれて寝ている者、二日酔いで抵抗力を失った者は丁重に船室に閉じ込めている。

 下手に騒がれて、その拍子で射殺するのは本意ではないのだ。


 お忘れかもしれないが、この世界線のNSRは史実のSSと違い独自の装甲兵力は保有してないが、都市戦、不正規戦、非対称戦などに適したSOCOMやGSG9ばりの特殊作戦任務群を幾つも保有していた。

 今回活躍したのも、そういった面々だ。


「……部下の命は保証するんだろうな?」


「当然だな。米国とは未だ宣戦布告を交わしていないし、戦争状態にはないと考えている。そのような状態であるにも関わらず、貴殿らは我々ドイツの領海・領土に、敵対的国家ソヴィエトへ渡す兵器を満載し入ってきた。これは立派な侵犯行為に利敵行為だ。だからこそ、我々は貴殿らを拿捕し、身柄を拘束したのだよ」


「……そういう”筋書きシナリオ”かよ」


 吐き捨てるように言うバークスにファギは相変わらず好々爺然とした人の良さそうな笑みで、

 

「安心したまえ。貴殿らは、”捕虜ではない・・・・・・”。事情聴取は行うし調書を取り、国際連盟(※ドイツは脱退していないし、追放もされていない。そして史実通りアメリカは加盟されておらず、ソ連は追放された)と国際司法裁判所には今回の顛末を含めて報告、提訴はさせてもらうがね」


「つまり恥さらしとして母国アメリカへ帰れと?」


「アメリカ人は喜劇コメディを好むのだろう? ならば偶には貴殿も主役になってみたまえ」













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