第151話 閑話とか日常回とか拠点イベントとか英国王とかそんな感じの話




 さて、唐突だが閑話休題といこう。

 何せ、ニューヨーク港を出航したレンドリース船団がムルマンスクに来るまで1ヵ月以上あるのだ。

 

 では、ニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグの様子か?

 いや、いつもそれでは芸がない。

 それに彼の”芸風”も大体周囲に認知される昨今、今更、彼がおかしな発言をしたところで誰も驚かないだろう。

 なので、今回はちょっと書き方を変えてみよう。

 

 

 

 それは冬のとある晴れた日の昼下がり、荷馬車ではなくKSP-34/42開発チーム:エンジン担当部門が、


主任ボス、やっぱT-34のオールアルミのディーゼルエンジン、使い物なりゃしませんぜ。肝心のアルミの品質が悪すぎる」

 

 と聞けば、クルス総督は、

 

「よし。シリンダーヘッドとラジエターやオイルクーラーの冷却系だけ鋳造のアルミ合金にしよう。アルミは比熱は悪いが熱伝導が良い。シリンダーブロック、クランクケースは鋳鉄に置き換えよう。重くなるが強度と信頼性には変えられない。アルミ製のそれらは熔解させて再利用な? ああ、ただ純アルミに近ければ近いほど溶けやすいけど、再精錬する際には珪素シリコンを添加しろよ? 具体的に言うなら4000番台アルミのペレット作って鋳造しろってこったな。4000番台のアルミ合金ってのは、通常のアルミに加えて熱膨張率が低くて、耐摩耗性が高い。シリンダーヘッドには向いてるのさ。だが、強度はアルミにしちゃああるって程度だから鋳鉄スリーブはかませるようにしとけよ? 4000番台の良いアルミができれば、ピストンはアルミの鋳造でも行けるはずだ。ダメなら鍛造に変えて強度を上げるか。バルブにコンロッドやクランクシャフトは、流石に鍛造鋼じゃないときついか? クロモリ合金とか手に入れば楽なんだが、皇国じゃあるまいし流石に無理か……炭素鋼で鍛造材は手を打とう。S45Cクラスだったら手に入るだろう」


 などと返すのが当たり前の環境だ。

 蛇足ながら、日本皇国の冶金技術や合金技術は、来栖が転生者だということを差し引いてもちょっと飛び抜けている。

 史実のA7075アルミ合金(超々ジュラルミン)やアルマイト処理だけでなく、大規模なアルミ・ダイキャスト製法、本来ならこの時代にはないダクタイル鋳鉄にミーハナイト製法を確立。精密プレス加工技術や粉末冶金の技術もある。

 この時代ではまだ珍しいクロームモリブデン鋼の量産に成功し、数々のステンレス鋼も生まれている。

 どのくらい凄いかと言えば、史実の大日本帝国では満足に作れなかった史実ドイツのDB601/603/605あるいはBMW801エンジンやMG131・151機関砲、Jumo004軸流圧縮式ターボジェット、ビスマルク級の高圧缶をなんの問題もなく設計図やら仕様書やら各種資料が揃っていれば、いつでも問題なく完全フルコピー生産できると言ったら、その凄さが伝わるだろうか?

 無論、マーリンエンジンを普通にライセンス生産しているこの世界線で日本にDBエンジンは必要ないし、そもそもこの世界線のドイツは技術水準が1段階くらい上がってそうだから今生のDBはちょっと怪しい気もするが。

 

「ボス……鋳鉄でエンジンの大部分を作れって事と、シリンダーヘッドと冷却回り、ピストンをアルミで作れってのはわかったんですが、合金のレシピに関してはちんぷんかんぷんですぜ? ああ、バルブとコンロッド、クランクシャフトは鍛造の鋼でしたかい?」


 まあ、その割には日本皇国製兵器には華やかさチート臭が無い、他国の同じジャンルの兵器に比べて性能的に飛び抜けた物がないとお思いかもしれない。

 確かにカタログスペック的には、飛び抜けた物がない。

 まあ、兵器とは基礎工業力がなければ満足な物は作れないが、かと言って高い基礎技術があれば作れるってものでもないという前提はともかく……

 戦後の日本製品の特色を、この転生者だらけの日本皇国兵器群は持っていると言うと、分かりやすいだろうか?

  ・日本皇国兵器は、壊れにくい

  ・日本皇国兵器は、品質が良く、同じ条件なら個体差バラツキを感じさせず同じ性能が発揮できる

 意外に聞こえるかもしれないが、当時の大日本帝国兵器群は「テストでは上手く行くが、実際の戦場ではその性能が発揮できない」ということが当たり前だった。

 だが、日本皇国兵器のスペックは原則として「性能保証の数字・・・・・・・」だ。

 例えば、高度6,000mで2,200馬力を発揮するエンジンがあるとすれば、勿論整備は必要だが、ロットのどのエンジンを抜き打ちでテストしても試験飛行場上空だろうが、戦場の空での武人の蛮用だろうが、安定して同じ「高度6,000mで2,200馬力」を発揮できる。

 日本皇国において「自動車が個人所有の耐久消費財なら、兵器は国家保有の耐久消費財」……この考え方は、意外と凄いというか、ヤベー奴は来栖だけじゃないってのがよくわかる。


「あー、冶金技術や合金に詳しい技術研究職テクノクラートに聞いてこい。そいつも分からないってんなら、一緒に連れて俺のところへまた来い。0から説明してやる。アルミは、精錬した3%程度のエネルギーでリサイクルできる優等生だ。使いであるぞ」


 ちなみに来栖が口走った素材やら製造法は、現在のサンクトペテルブルグでも何とかなる物ばかりだ。

 また別の日は、同じくディーゼルエンジンの燃焼系担当に、

 

「ボス、予備燃焼室を設けるメリットってなんです? 構造が複雑になるだけで、故障率上がると思うんですが?」


「ディーゼルってのは、構造的に全部燃料噴射で、ある程度高圧でなきゃならんだろ? だが、予備燃焼室を設けることで、直接冷えた燃料をシリンダーに注ぐよりずっと噴射圧力が低くて済む。つまり、燃料噴射装置の設計が楽になるし、エンジン全体のトータル故障率ではむしろ低くできる可能性がある。あとグロープラグで予熱するからサンクトペテルブルグみたいな寒冷地での始動性が大きく上がる。あと始動だけでなく回転も安定するし、結果として騒音や振動も少なくなるからマウントやサブフレームの設計が楽になる。煤煙がクリーンだからマフラーの設計が楽になるって感じか? デメリットは構造が少し複雑になる、コストが少し嵩む。あと熱効率は下がるから燃費は少し下がるって感じか?」


 なんか、明らかに当時のソ連には根づいていない知識を喋っていた。

 戦車がらみだと他にも、

 

「ボス、砲塔上に乗っけるのは対空銃も兼ねた”DShK1938”の50口径機銃でいいとおもうんですが、車内銃はどうしますかい?」


「MG34はドイツが使いたいだろうからな……そうだ。7.92㎜マウザー弾使う機銃で、ブルーノの”Vz.37重機関銃”ってのがあった筈だ。アレの車載銃タイプのライセンス生産版がイギリスに”ベサ機関銃”とかって名前で採用されてたはず。まとまった数を供給できるかシュペーア君に確認しとくよ」


 後日、かつての国営軍事工廠、今は無事に民営化してドイツ企業としてシュコダ社と並び飛ぶ鳥を落とす勢いのブルーノ社から「おk」の返事が来たらしい。

 単なる売買契約ではなく、拡大の一途をたどる需要の供給元を探していたブルーノ社との思惑と噛み合い、誘致成功。近い将来、ブルーノ社のサンクトペテルブルグ工場が立ち上がる事だろう。

 そして、これが呼び水となり兵器産業だけでなく多くの重工業系企業が豊富な電気と水、立地条件と優遇税制を求めてサンクトペテルブルグに工場を設営する事になるのだが、それは未来の話だ。

 

 

 

 とまあ、来栖は呆れるぐらい今日もニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグだった。

 これじゃあとある王族から、「いっそニコラエヴィチ以来のサンクトペテルブルグ大公にしてはどうかね?」という提案(?)があったというのも無理はない。

 ところでアメリカアバズレ女と縁が無くて”ウィンザー公爵”になり損ねたそこの英国王、中々釣り合う縁がないのは分かるが(よりによってヤベー女揃いの)”地雷女製造工場ミットフォード家”から20世紀生まれの嫁さん娶った、史実とは別の意味で問題児の国王陛下……ニコライ1世の曾孫でアレクサンドル3世の外孫はアンタの国に亡命してなかったっけ?

 流石に大公に返り咲かせるならそっちが先と思うのだが?

 

 という訳で、インタビュー with 王子様(ロシア系)。

 

『フォン・クルスの代わりに私がサンクトペテルブルグ大公に? нетニエット! 断じてнетノーだ!! 君は私に死ねと申すか? 私がなれば、フォン・クルス以上のパフォーマンスを求められるに決まっているではないかっ!? あんな人類というカテゴリーに辛うじて踏み止まってるようなニーチェの示す哲人以上の何かと一緒にしないでくれたまえ。私は悠々自適の優雅な隠遁生活を楽しみたいだけなのだよ』


 ……ちょっとだけ、クルス総督は泣いていいかもしれない。




***




 ところで、最近台詞が無い側付三(美)少年ショタから代表して、切れ長のお目目が素敵なアインザッツ君から苦言があるそうで。

 出番が少ない文句かな?

 

「戦車開発チームの礼儀知らず共ときたら、イタリア人もフランス人もロシア人も、パパのことをボス、ボスって気安く呼びすぎだっ! 呼ぶならせめてフォン・クルスって」


 いや、君らも”パパ”呼びって十分気安いじゃん。

 

「僕たちはパパにとって”特別な存在”だからいいんだ」


「「そーだそーだ!」」


 ドヤ顔するアインザッツ君に、乗っかるツヴェルク君とドラッヘン君であった。

 男の(娘)の嫉妬は……まあ、言うまい。














******************************










 さて、そろそろ本日のメインディッシュと参ろう。

 そう、諸事情と時代と主にチョビ髭と金髪の要求があったとはいえ、来栖任三郎がまーーーーーーーーーーーーーーったくやってなかった外交官の仕事を一身に引き受けることになった天下御免の俗物、駐独大使の”大島 博”の物語を始めようではないかっ!!

 

 その日の予定は、盟友であり親友のドイツ外務省の誇る外交アドバイザー、リッベントロップと所縁ゆかりのある文化事業財団の招きにより、”オクトーバーフェスト”の視察にミュンヘンまで足を伸ばしていた。

 

 えっ? オクトーバーフェストは10月だろうって?

 大島大使の場合、大体が文化事業や文化交流、平和な時代が来た後、如何にドイツと言う「素晴らしい文明圏」を日本皇国に紹介し、売り込むかが重要なので、時期はいつでも問題ない。

 ちなみにクリスマスの時期は、ケルンあたりにいるだろうことは想像に難くない。

 おそらく大聖堂のミサとクリスマス・マーケットを堪能している事だろう。

 

 彼は戦時下でありながら、豊かさや華やかさを失わないドイツの偉大さに猛烈に感動するのだった。

 

 ちなみに彼の活動と交流は、政府の官報や広報だけでなく、NSRやアプヴェーアの息がかかった「どっからどう見ても無害な、プロパガンダ臭がしない大衆紙」にも大々的に報じられ、「日独友好と親善の架け橋」として生暖かく受け止められていた。

 

 更には昨今、日英の外務省全面協力の元、「大島レポート」が書籍化される事が決定した。

 無論、「ドイツの素晴らしい文化の紹介」が内容だ。

 

 

 

 つまり、大島は「来栖が(やりたくても)できなかった」(親善)大使の役割を見事に、あるいは十全に果たしていたのだ。

 まさに外務省トップエリートの面目躍如である。

 

 




***




 そして、そんな(親善的な意味で)”進撃の大島巨人”に苦々しい思いをしていたのが、米ソの政府首脳陣であった。

 大島というスポークスマンが、実に楽しげに記す「ドイツ文化の旅」は、調査によると”敵国”としか思っていなかったドイツの別の側面が紹介されることにより、着実に日英両国の国民感情を軟化させ、市民感情を改善させていた。

 

 政治的な意図プロパガンダがなく、ただただ「ドイツは素晴らしい!」を純粋無垢に連呼するような紙面は、逆に噓臭さをなくしていた。

 何しろ、大のオッサンがドイツ文化に触れて子供のように大はしゃぎしてるのだ!

 

 そして、ひじょーに嫌な事に大島の著書、イギリスで売られてる(ドイツとの緊張緩和デタントの時節が合致したのか、ちょっとしたベストセラーになりつつある)英語版が、ついにアメリカ国内の親独勢力(主にドイツ系移民やシンパ)によりアメリカ国内で発売されることになったのだっ!!

 

 これが過剰なヒトラー賛美やナチズム賛美なら発禁にもできよう。

 1939年発刊の反戦小説”ジョニーは戦場へ行った”をいきなり発禁にする国は伊達ではない。

 表現の自由とやらはどこへ行った?

 

 だが、大島のそれはそんなのとは無縁の「楽し気なドイツ旅行記」であり、過去ではなく「今のドイツ」の文化紹介本なのだ。

 これじゃあいくら表現の自由が建前に過ぎないアメリカでも、発禁に持ち込むのも難しい。

 ドイツ系移民だって多いのだ。

 その報告を受けたルーズベルト大統領はこう叫んだという。

 

《big》《b》「こんな悪質なプロパガンダがあってたまるかっ!!」《/b》《/big》


 有権者が、敵国の人間を「文化的な同じ文明人」と認識するのは、戦争においてマイナスでしかない。

 しかもその引き金を引いたのは、劣等民族である日本人ときてるっ!!

 この時から、ルーズベルト大統領の脳裏、「ひき肉にしてやりたい日本人リスト」の上位に大島の名前がランクインしたという。

 

 ん?

 もし、この世界線でもルーズベルトが病死憤死したとしたら、もしかすると大島大使はそれに大分貢献してるのかもしれない。















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