第145話 第142話 レンドリース品搬入の三つのルート、そしてクルス・シリーズ(?)誕生秘話
さて、サンクトペテルブルグ、ムルマンスクなど北方戦線が大いに賑わってる昨今、少しだけ視点を他に移してみようと思う。
というのも、1941年12月25日、東部時間午前8時にアメリカの各所を出航する予定の”レンドリース船団”を確認しておきたいからだ。
この世界線において、ソ連側のレンドリース受け取り口とされている場所は大きく分けて3つある。
一つは言うまでもなく”バレンツ海ルート”。
まさにこの章に何度も出てきたムルマンスク、アルハンゲリスクへ向かう海路であり、モスクワに最も近い荷卸し港であり、同時にドイツにもっとも致命的なダメージを与えかねないルートである。
出発点は、ニューヨーク港などがメインになる。
ただ、日英共にドイツとの停戦を盾に、レンドリース船団の自国港への寄港、並びに領海の航行禁止を宣言している為、ニューヨークを出航し、アイルランド西部の港、”ゴールウェイ”を寄港地として利用し、バレンツ海方面に進み、スカンジナビア半島沖を回り込むようにして件の港に到着する予定だ。
史実では最も早く稼働したレンドリース海路で、ソ連への援助物資の1/4がここから運び込まれた。
次は、”渤海ルート(史実の太平洋ルート)”。
これは、西海岸を出発した船団がハワイを経由し、フィリピンに寄港、その後に東シナ海→黄海と北上し、渤海、具体的には遼東半島の旅順港、大連港に陸揚げする。
前に触れたと思うが、この世界線においては第一次世界大戦直後のいわゆる「日米蜜月期」において締結した ”渤海海峡通商条約”により、遼東半島と山東半島は米国に売却されているのだ。(”第68話 渤海海峡通商条約”を参照)
その後、中国は国民党と共産党に分かれて争ったが、それもじきに小康状態となり、国民党の支配領域は史実の満洲国+華北5省(山東省、山西省、斉斉哈爾省、河北省、綏遠省)+河南省&安徽省、江蘇省(ただし、遼東半島と山東半島は除く)というところで、現在、蔣政権は”中華民主共和国”を名乗っているが、あまり公的に認められてはいない。
というのも、国民党は未だ共産党(彼らも”中華人民共和国”を名乗っている)と小規模衝突を繰り返しており、国境線が不明瞭な部分があり、国際的な認識は「未だに内戦中」である。
加えてだが、バックボーンといっていいアメリカが国際連盟未加入で、ソ連が国際連盟を追放された為、どちらも国際連盟に「国として登録」おらず、故に未だ国民党、共産党と呼ばれることが大半だ。(つまり、自称中華民主共和国、自称中華人民共和国)
ただ、トピックスとして考えられるのは、この”渤海ルート”が一番輸送量が多くなると考えられている事だ。(史実でもレンドリース品の半分が太平洋を通った)
というのも、30年代にチャイナロビーとルーズベルトの
これは、一通り敷設が終わったアメリカ本土の鉄道事業者の雇用を確保するという目的もあった。
そして、奉天から東清鉄道の
ついでに言えば東清鉄道はアメリカが既に全て買収しAMTNに組み込んでおり、これにより一気に複線化されると同時に近代化工事が行われ、ウラジオストックを始発とし哈爾浜、満州里を通りシベリア鉄道のポグラニーチナヤ駅(現在の綏芬河駅)に乗り入れさせることにより、シベリア鉄道との接続に成功したのだ。
つまり、この路線は旅順からモスクワまで伸びているのだ。
ドイツにとって悪夢なのは、AMTNもシベリア鉄道も同じ”5フィート軌間”の軌道(線路)を採用しているということだ。
このレール間幅5フィートのレール、別名”ロシア軌間”と呼ばれ、ロシアとその周辺で主に使われていた規格だが、実は19世紀後半まで南部を中心にアメリカでも使われていた規格でノウハウは十分にあり、故にAMTNもロシアの鉄道網に合わせてこの”5フィート軌間”で線路も車両も用意された。
鉄道網の規格統一が、一部の例外を除きほぼ全国規模でなされている日本に住んでいるとピンとこないかもしれないが、
”旅順でレンドリース品を満載した信頼性の高いアメリカ製蒸気機関車が、モスクワまで直接物資を運べる”
というのは、恐ろしく意味が強いのだ。
これは、物量的な意味でモスクワが不落であることにほぼ等しい。
実はこの状況も、ドイツがモスクワの早期攻略を諦めた理由の一つでもある。(アメリカの支援が届く前にモスクワを攻略する事は不可能と判断されてもいた)
しかも質が悪いことに、”バルバロッサ作戦(独ソ戦開始)”直後に米ソの呼びかけで「ドイツの帝國的覇権主義に対抗するため、ソ連を支援する」事を名目に国民党と共産党は無期限停戦条約を締結してしまい、二つの中国に起因した遅延もおきそうもない。(”第95話 The SAVOYの古狸達”参照)
もし、ムルマンスク・アルハンゲリスクが陥落すれば、ここがメインルートになるだろう。
唯一救いがあるとすれば、最も太く最も安全なレンドリース品搬入路かもしれないが、同時に最も距離のある搬入路でもあるということだろうか?
また、日本が拿捕・臨検する可能性があるので、今のところは史実同様に兵器・弾薬などは積めないことになっているらしいが、ムルマンスク・アルハンゲリスクが陥落すれば、その限りではないだろう。
あと付け加えるとすれば……少し未来の話を含むが、国民党支配領域を輸送列車が走るのと、輸送列車の運航自体は旅順からポグラニーチナヤ駅まではアメリカ人が全て取り仕切るので国民党より見返りを要求されており、それが後に禍根となる(ドイツと戦っていない国にレンドリース品を流していた)事と、武器を含めたレンドリース品の一部が戦後に中国共産党へと流れて新たに火種となりそうではある。
他にも悪名高き”フライング・タイガース”がレンドリースに含まれており、近い将来(おそらくはバレンツ海ルート崩壊後)に”アメリカ戦闘機の指導教官・教導隊”として中国へ降り立ち、安全な後方でロシア人に指導しそうな気配はある。
***
さて、最後は”ペルシャ湾ルート”だ。
これはおそらく最も細いルートであると思われる。史実でも本格的に稼働したのは1943年からだとされるが、それでもレンドリース品の1/4はこのルートで運び込まれている。
イランを経由し、テヘランで分岐、黒海東岸、ないしカスピ海東西岸から物資を搬入するルートだが、まず受け皿となるイランの港湾施設、陸路のインフラ整備が弱い。
加えてそこまで行く海路の問題もある。何度か書いたが、この世界線では日英はレンドリース船団の自国の港の使用と領海の航行を禁じている。
つまり、マラッカ海峡やジブラルタル海峡を使用できないのだ。
では、どういう航路をたどるのかと言えば、アメリカ東海岸を出航し、ブラジルのサンパウロ港に寄港。その後、ケープタウン沖でアフリカ大陸を回り込み北上、アラビア海を抜けてペルシャ湾に入るというルートだ。
一応、アメリカはイランの港湾インフラの整備に力を貸してるし、また史実で起きた「イラン進駐」は事前に回避できた(英独の停戦と、ソ連の史実以上の敗北により余力が失われた事が理由)のではあるが、根本的な輸送船の細さの解決には至っていない。
だが、ムルマンスク・アルハンゲリスクが陥落すれば、おそらく史実よりも本格化は早くなるだろう。
「とまあ、レンドリースの現状をまとめるとこうなる」
「ダンケ、”レーヴェ”。我々の想定を超える事態は起きてないようで安心した」
”タタタタタタッ! タタタタタタッ!”
「それ、もしかしてサンクトペテルブルグで作られたアレか?」
「ああ。”SPMP-41”という仮称らしい。サンクト・ペテルブルグ・マシン・ピストル41年式ってところだろう。随分、撃ちやすくなってるな」
レーヴェンハルト・ハイドリヒにアウグスト・ヒトラーはそう答える。
そう、ここは以前にも登場した郊外、射撃場ではなく公的には狩場と言うことになっていた。
ヒトラーは公的には狩猟が趣味とされているし、実際にもやるが本質的に好きなのは実弾射撃自体だ。
「ライフルタイプの湾曲ストックではなく、独立させたストレート・ショルダーストックとピストルグリップ、そして前方のフォアグリップの三点支持にし、ボルトを重くするなどでフルオートの発射速度を毎分900発前後の原型から600発程度に落とすことでコントロール性を上げている。ついでに排莢方向を上でなく右側にしているのも悪くない。これなら、”新兵にも使い易い”だろうな」
「そういう狙いだろうな。はっきりしてるのは、この作り方……改良の
「それを上手く”この世界の、この時代”に落とし込むことにクルスは長けているようだな?」
「まったくだ。KSP-42戦車の時もそうだが、クルスは”前世知識の現実へのフィードバックとフィッティング”に長けている。何ができて、何ができないかの取捨選択に優れているとも言える」
そして、ヒトラーはハイドリヒに、
「他にも何か言いたそうだな?」
「シェレンベルクからだ。クルスがアルハンゲリスク攻略前に”ヴォログダ”を攻略すべきとし、作戦案を出すよう仕向けた。プランが完成したら、クルスの名は伏せ、サンクトペテルブルグ参謀団からの提出という形で処理する」
「……良いな。ドイツの参謀本部は優秀だが、少々頭が固く融通が利かない部分がある。”完全なる異物”であるクルスの考えは、良い刺激になるだろう」
ハイドリヒは満足げに頷き、
「それに関連してなんだが……ブロニスコフ・カミンスキーとコンスタンティヌス・ヴォスコボイニクをクルスと合わせたい」
ヒトラーの頭の回転は早い。だからこそ、彼の言わんとすることを察した。
「この世界での”カミンスキー旅団”をサンクトペテルブルグで、クルスの指導下で発足させる、か? 確かにクルスなら制御できるかもしれん。悪くない」
ヒトラーは少し考えてから、
「悪くはない。悪くはないが、少し足りんな」
「足りない?」
「指導教官が足りん。クルスは有能だが、最前線で殴り合うタイプではない。それを教えられる人間が必要だ」
ヒトラーは”別の歴史”の「カミンスキー旅団の顛末」を忘れてはいなかった。
無論、この世界には存在していない”突撃隊”や”親衛隊”の存在もだ。
「誰を送る? 我らとて現状、人材が有り余っているわけではないぞ? 特に実戦を経験した有能な将校は」
「
ハイドリヒふとヒトラーの言う人物の目星がついた。
「”
ヒトラーは、静かに頷いた。
***
「ところで”オージェ”、クルスが
「それは楽しみだな。試作品が出来たら、是非とも撃ってみたいものだ」
「シェレンベルクに伝えておこう。ん? 考え込んで、どうした?」
ヒトラーは手に持つ短機関銃を見ながら、
「いや、SPMP-41というのは少々長いし座りが悪いと思ってな……ふむ。総統権限を使うか」
「いきなりどうした?」
「いや、これよりサンクトペテルブルグで製造される、そしてクルスが関わった兵器や装備には、クルスの”K”を略称として入れよう。例えば、このサブマシンガンなら
ハイドリヒは怪訝な顔で、
「分かりやすくて良いとは思うが、理由を聞いて良いか?」
ヒトラーはニヤリと笑うと、
「”クルス・ブランド”を立ち上げた方が都合が良いと思ってな。ガンデザイナーとして大々的に持ち上げられるクルスを、米ソがどうプロファイリングするかは何パターンか考えられるが、どの捉え方をしても”クルスの
※仮称SPMP-41短機関銃(小規模試験生産品)→KMP-41短機関銃(制式)
サンクト・ペテルブルグ・マシン・ピストル41年式の略。ただし、これは制式名称ではなく仮称扱いだった。
基本的にはPPSh-1941のままだが、ライフルタイプのストックからレシーバーの後端にストレートタイプのリアストック、トリガーの位置に独立したピストルグリップ、レシーバー先端にフォアグリップを装着。肩、左右の手の三点支持でガッツリ保持できるように設計されている。
また、ボルトを重量のあるものに変更し、フルオート時の発射速度を原型の毎分900発→600発程度に下降させた。
また、排莢位置を真上ではなく、右側に変更。
弾倉は当初35連発のボックス型を用意していたが、プレス加工の未熟さと素材の関係から強度不足が判明、長すぎて伏せ撃ちがやりにくく変形しやすく装弾不良の原因になることから、強化リブ入りのやや短い30連発ボックスマガジンを標準とする事になった。
また、サブマシンガンの射程距離を考慮し、リアサイトを無駄に長射程にできるタンジェントサイトではなく、100m/300m切り替え式の単純なL字型サイトになっている。(UZIのそれに近い)
基本的なコンセプトは、「壊れにくく反動を押さえやすく当てやすい、実用本位で質実剛健な新兵に優しい短機関銃」であるらしい。
30マカロフ弾、30マウザー弾両方を問題なく射撃でき、9㎜パラベラム弾より強力な実包を使う割にはコントロールしやすいと評判になる。
アサルトライフルが登場するまでの代役としての役割は、十分果たせたという。
主にフィンランド軍やウクライナ解放軍、また非対称戦部隊など親ドイツの非ドイツ正規軍に優先的に配備されていたようで、一部のドイツ将兵たちは非常に羨ましがったという話が残っている。
追記
ガンデザイナーとしても非凡な才をみせたとされるニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグの「最初の作品」として知られる。
主にサンクトペテルブルグで生産された一連の兵器体系”クルス・シリーズ”の第一号であり、後に”KMP-41”に制式名称が改められた。
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