第142話 花の魔術師によって幸運を引き寄せた燕がいるなら、そうならなかった野生馬もいる




 さて、唐突だが時には気分を変えようと思う。

 たまには、飛行機の話などどうだろうか?


 舞台は日本皇国、”日本皇国空軍統合技術研究所”。

 開発能力の向上と効率化を図るため、「未曾有の国難に対処するため、企業の垣根・官民の垣根を超えて航空機を開発しよう」という皇国空軍首脳部の呼びかけの下、設立された日本皇国における航空機開発のナショナルセンターだ。

 

 この手の施設ハコモノ、日本人が作ると計画倒れになったり頓挫することも多いが、どうやら転生者込みで計画をブン回した結果、一応の成功は出た。

 少なくとも、空軍の技術者集団”空技廠”、民間の三菱、中島、川西、川崎、愛知の大企業とも呼べる重工系企業の航空機開発部門から挙って技師やら研究者やら変人が集まって日々、切磋琢磨している姿は頼もしいと同時に色々と目に厳しい。

 さて、爽やかさとか清々しさとかとは無縁の空気の中……

 

「ムムム……」

 

 腕を組んで、1台の航空機用液冷V型12気筒エンジンを眺めてる男がいた。

 彼の名は、”土井 武士どい・たけし”、川崎重工の航空機開発部門で戦闘機開発を担当するチーフエンジニアであった。

 

 彼の目の前にあるのは開発コード”ハ140”と呼ばれる試作エンジンだ。

 

 性能諸元や特徴は、

 

 ・エチレングリコール混合液対応液冷式V型12気筒48バルブSOHC

 ・機械式燃料噴射装置(形式的にはKジェトロニックに近いマルチポイント・インジェクション)

 ・二段二速式スーパーチャージャー+水冷式アルミ合金製インタークーラー

 ・バルブ回り:ナトリウム冷却バルブ

 ・推力式排気管

 ・ドライサンプ式潤滑システム(ナフテン系鉱油)

 ・鍛造ピストン

 ・水-エタノール噴射式強制冷却出力増強装置

 ・出力:100オクタン燃料で離陸時出力1500馬力、高度2,000mで1780馬力(最良出力高度)、出力増強装置使用時高度5,000mで2000馬力

 ※なお出力はベンチテストの結果

 

「確かに優秀なエンジン、いや元のマーリン60番台が優秀だからなのではあるんだが……」

 

(しかし、これだけのエンジンを生かし切ろうとすると、どうしても今の飛燕じゃ物足りない……エンジンに合わせて機体を設計すべきだな)


「できれば、層流翼を使いたい。自動空戦フラップも欲しい。メレディス効果のあるNACA型の胴体下インテーク、ジャイロ安定式照準器にバブルタイプキャノピー、後方警戒用の簡易電探が欲しい。超々ジュラルミンの全面採用は当然、プロペラはロートル系の電気安定4翅、電波高度計と簡易式慣性航法装置と電波誘導装置、ロケット弾も搭載できるようにすべきだな。セルフシーリング式のインテグラルタンク、無線機は最新の軽量型、電気関係も万全に。ドーサルフィン付の垂直尾翼もいる。武装は、発射速度向上型ホ103改/13㎜機銃×6がベストだ」


 と土井は何かにとりつかれたメモに書き、


「Gスーツは空技廠が試作してた筈。射出座席は英国マーチンベイカーが開発中……これは戦時中に間に合うか微妙だな」


 彼の独り言は続き……


「プロペラと照準器とキャノピーは英国由来の技術だ。タイフーンのキャノピーがそうだったな。メレディス効果は英国の論文。A7075は住金、層流翼と自動空戦フラップは川西、電気・電子部品は日本電気と富士通信機……」


 と開発・製造を担当できるメーカーや機関を絞り込み、

 

「残りは俺が、いや俺達・・が作るか……!! ついでにスーパーチャージャー用インテークも矩形ではなくラム圧をかけやすい楕円形状にしよう」


 ちなみに土井が口走った内容の大半は、史実においてさえこの段階で実用化、実用段階、開発中の物であり、実験室段階というものはない。

 一部を除けば、この世界線だと遅くとも1943年中には量産体制・・・・に入れるものばかりだったりする。

 もっと言えば史実のP-51Dや紫電改などの実機に搭載され大戦後半から末期、終戦直後までの間に戦場に現れた技術だった。



 さて、そろそろ土井が抱えている仕事を説明しよう。

 簡単に言えば……

 

 ”英国サンが言うには、グリフォン・エンジンの実用化までまだ時間かかるみたいだから、マーリン・エンジンをアップデートする事に決まりましたってさ。日本ウチもその波に乗らなきゃだから、新型カワサキ・マーリンに見合う飛燕のアップデート、よろっ♪ あっ、英国サンにも輸出予定だから、その辺も考慮してね~”


 

 

「こりゃ”五式戦”の開発依頼は当分来ないな……」


 ため息とともに少し哀愁が漂う背中で、土井は製図盤と向き合うのだった。

 

「あー、駄目だ駄目だ。高高度性能の追加要求があった場合の発展的余地を考えて、与圧コックピット……機密構造にできるようにせんと。いっそグラマンみたいに防弾装置も兼ねたバスタブ型コックピットにするか? いや、その方が耐久限界が上がるかもな。そうしよう。だとすると、酸素マスクとかも……そうだ、燃料タンクに不活性ガスで一定の圧力を加えれば、Gによる燃料移動に起因する運動性の悪化はある程度緩和できるかもしれない」

 

 訂正。なんか楽しそうだった。

 蛇足ながら、この時の土井の苦労は報われる事になる。

 三式戦闘機改Ⅲ型”飛燕改”は、高高度戦闘機として43年以降の世界各地の空を飛ぶことになるのだから。

 

「翼の武装部分もちょっと余裕持たせておこう。空軍から20㎜機関砲デカブツ積めとか言われるかもしれんし」

 

 


***




 後日、書きあがった設計図の第一稿を、各企業や空軍の”特定のメンバー”に見せた。

 そして、その中の一人が気付く。気づいてしまう。

 

「土井さん……これ、どっからどう見ても”P-51むったん”じゃん! それも最後期のH型!!」


「しょうがないじゃん! マーリン系戦闘機の最適解、これなんだからさ!! グリフォンならスパイトフルやシーファングだけど」


「いや、絶対、土井さんの趣味ですよね!? 前から”日の丸ムスタング国産のP-51”作ってみてぇなぁ~っとか言ってたし!」


 土井武士は、”転生者”である。

 ついでに言えば元々はプロのスケールモデラー、それも内部までこだわったりラジコン機飛ばしたりする飛行機系モデラーだった前世を持つ。

 無論、好きなのは”第二次世界大戦に活躍したウォー・バード”達。

 特に人類で最初に音速を超えた漢、チェック・イェーガーも愛したP-51”ムスタング”が大好きで、付け加えるならメジャーなD型より、究極のムスタングを目指し開発されたが、戦争に間に合わずレシプロ戦闘機時代の仇花となったH型を好んでいた。

 土井は転生してきた後、この世界線では本物の第二次世界大戦戦闘機ウォー・バードをいじれると知り、猛勉強の末に晴れて航空機エンジニアになったクチだ。

 まあ、それを言うならこの場に居る全員が似たり寄ったりの経歴なのだが。

 

「悪いか!? 敵国のまだ開発されてない戦闘機だからええやろ!! 大体、飛燕自体が元々ムスタングに似てるからええんや! 胴体はら下のラジエター配置とかさぁ」


 まあ、嘘は言ってない。

 少なくともラジエターの位置や開口部はBf109とは全くの別物だ。どちらかと言えば、史実の飛燕で言えば作中にも何度か出てきたイタリア戦闘機”MC.202 ファルゴーレ”の方がインテーク周りだけでなく全体の印象も似ている。

 戦時中にアメリカ軍が飛燕に付けた識別コードが”トニー”なのだが、これはイタリア系アメリカ人男性に多い名前だからというのもこの辺りに起因している(飛燕の実戦配備よりファルゴーレの方が史実では早い)。


 ちなみにこの世界線の飛燕は、ちょっとイタリアンよりブリティッシュテイストが強めなのだが……

 だが、子羊に誉あれ!

 幸運にもこの世界線のP-51は、少なくともD型以降は我々の知る機体モノとは似ても似つかない物になりそうだ。


 それはともかく……技術系転生者が暴走するのは、お約束を超えた様式美だと思う。











******************************










 さて、政治的理由(「英国支援計画」の一環)で最初からマーリン・エンジンの搭載が前提とされていたこと、転生者をはじめ様々な理由で日本皇国が英国と比べて遜色のない技術水準と基礎工業力、科学力があった為、三式戦闘機”飛燕”は、”液漏れおもらし戦闘機 ぴえん”にならずに済んだ。

 だが、「マーリンによって救われた機体」があるとするならば、「マーリンがなかったことでポテンシャルを発揮できなかった機体」もある。

 

 

 

 舞台はアメリカ本土、陸軍航空隊の某集積地に移る。

 

「ロッキードP-38E”ライトニング”、ベルP-39D”エアコブラ”、カーチスP-40E”ウォーホーク”……どれも工場から出て来たばかりのピカピカの新品じゃねぇか。ジョンソン、これ本当に全部ロシア人イワンどもにくれてやっちまうのか? 米国陸軍航空隊USAACにだってまだ満足に配備されてない新型機じゃねーの?」


 航空機の詰め込み作業を行っていたアラバマ訛りの強い同僚のケニー・カーンズ整備曹長に、ジョンソン・ダッドリー整備曹長は、

 

排気タービンターボチャージャー外してるからいいんだろ? なんでも我らが合衆国大統領は、”自由主義の兵器工廠になる”らしいからな」

 

 お返しとばかり、ミシシッピ訛りで返した。

 

「送り先は共産主義者コミュニストだぞ?」


「大統領の頭の中じゃ、クソッタレのコミュニストも自由主義戦士だろうさ」


「あー、奥方がコミュニストなんだっけ?」


「そして、本人は中国人の出資チャイナマネーで大統領になったんだよ」


「ジョンソン、お前さんってかなりルーズベルト嫌いだよな?」


「俺は爺様の代から共和党支持者だ。曾爺様は南軍の将校だしな」


 ちなみにミシシッピは保守王国、共和党が非常に強い州である。

 相棒の機嫌が急降下スツーカしてることに気づいたカーンズは、話題を変える事にした。

 

「そういえば、ノースアメリカンがレンドリース専用の戦闘機作るって噂知ってるか? なんでも、上の方がウォーホークのライセンス生産するよう伝えたら、『アリソン・エンジン使って、もっといい戦闘機作ってやる』って啖呵きったらしいぜ?」


「さあ。いずれにせよ、北部の連中の考えることは、よくわからん」


 カーンズは、話題の変更に失敗したことを悟った。

 


 だが、ここで重要なのは「ノースアメリカンの新型機の相棒は、少なくともこの世界線ではずっとアリソン・・・・・・・」ということなのかもしれない。















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