第140話 経○秘孔って経穴、要するにツボの事だよね? 人にもあるのなら国にあっても別におかしくはないという話
「クベンスコエ湖畔の街、《b》”ヴォログダ”《/b》。それをアルハンゲリスク攻略前に落としておきたいとこだな」
来栖だ。
突然だが、戦争ってのは相手が嫌がることをやり切った方が勝つのが鉄板だと思っている。
”ヴォログダ”は、陥落成功の報告を受けたオネガ湖南岸の街ヴィテグラより南方322km、首都モスクワの北500㎞にある街だ。
だが、この街が重要なのは二重の意味での交通の要衝ってことだ。
一つは水路。
ヴォログダはクベンスコエ湖の南岸にある街で、クベンスコエ湖は”ヴォルガ・バルト水路(マリインスク運河)”の要所だ。
簡単に言えば、マリインスク運河(この時代は、こっちの呼び方が主流)の始点とされるシェクスナ川とヴァルガ川の合流点であるチェレポヴェツや同じく運河の要所であるベロガ湖と水路で繋がっているのだ。
ちなみにシェクスナ川とヴァルガ川の合流点は、200の村を水没して作られたこの時代、世界最大の人工湖”ルイビンスク人造湖”がある。
だが、このルイビンスク人造湖、35年に着工され、つい先日に
故にまだ十全な状態ではない。無論、上記にあげた湖は河川(水路)で繋がり、オネガ湖へと流れつく。
だが、ことアルハンゲリスク攻略に関しては、ヴォログダの立地の方が重要だ。
ヴォログダはロシアの街道、陸上交通の要所でモスクワ→ヤロスラブリと北上した街道が、ヴォロクダで北西と北東に分岐し、北西の街道はオネガ湖東岸を通り、最終的にムルマンスクへ繋がる。
しかし、この道はヴィテグラをスオミ人が押さえた以上、ロシア人は使えない。
問題は北東の街道で、そのまま北上するとベレズニクという町の周辺で北ドヴィナ川に沿うように進み、最終的にアルハンゲリスクに辿り着くのだ。
実はこれだけではなくムルマンスク、アルハンゲリスクに繋がる街道に比べれば細いが、ほぼ真西に前述のチェレポヴェツ、つまりはルイビンスク人造湖へと伸びる道があり、それだけでこのヴォロクダの重要度がわかるだろう。
だが、俺の前世の第二次世界大戦には、不自然なほどこの街の名が出てこない。
ヴィテグラはこの時代、寒村と呼んでもおかしくない人口しかなかったが、比較的規模の大きいヴォログダも、どうやら史実では攻略対象から外されていたようだ。
しかし、これもまた妙な話なのだ。
ヴォログダはムルマンスク・アルハンゲリスク双方に物資や兵員を送る要所であり、またムルマンスクやアルハンゲリスクに荷下ろしされたレンドリース品の集積地にもなり得る。
その答えは、元の世界の戦史を読めばわかる。
前世のドイツは、中央軍集団によるモスクワ陥落を容認し、他の方面から消耗した人員を引き抜くことはしても、他の方面軍と共同戦線を張るような事は、あまりさせてない。
元々、北方戦線は二線級扱いで、レニングラード、ムルマンスク、アルハンゲリスクその全てを陥落させられなかった為に、戦力として
だが、これらに関しては元々目標を攻略するには最初から戦力、兵力も火力も少な過ぎた。また、事前調査も満足にされていない(ムルマンスクなどが好例)など、準備段階から何もかも甘い見積もりだった指導部の責任だ。
そして、敗北重ねて評価の下がった北方軍集団から、中央やアフリカに増援として引き抜かれ、益々やせ細る悪循環だ。
故に北方軍集団がラドガ湖やオネガ湖方面から南下し、モスクワを狙うということは考えられなかったのだろう。
加えて、ドイツ人はスラブ人だけでなく、本質的にはスオミ人も信じていなかった。
フィンランドに問題が無かったとは言わない。
だが、相互信頼関係を築く努力を両者がしていれば、少なくとも拗らせたあげく同士討ちじみた”ラップランド戦争”は避けられたはずだ。
***
しかし、今生は前世と状況が異なる。
少なくとも、ドイツはフィンランドを同盟国として扱っている。
その結果、カンダラクシャが陥落し、ラドガ湖・オネガ湖の陸路/水路での輸送網が寸断された。
そしてムルマンスク攻略に王手がかかっているのだが……
「正直言えば、ムルマンスクの攻略自体はさほど心配していないんだ。既に焼きあがりを待つアップルパイだ。問題となるのは、時間だけだろうしな」
「時間……ですか?」
シュタウフェンベルク君、頭の回転の早い君らしくないな?
「アメリカのレンドリース品を満載した船団が辿り着く前に、ムルマンスクの都市部に殴り込み、港湾施設を破壊ないし使用不可能にできるかどうかだよ。まあ、港は機雷封鎖でどうにでもなるだろうし、レーダー元帥のことだ、もうそのあたりはやってるだろう」
史実のアメリカのレンドリース、英国に流した分までソ連に来るとなると、空恐ろしい事になること請け合いだ。
「あと、ドイツの主力艦隊、動ける状態にあるのはもうノルウェーの……ムルマンスクから適度な距離を考えるとポルザンゲル・フィヨルドあたりで待機してるんじゃないか? あそこの気候ならまだ海は凍ってないし」
ポルサンゲン・フィヨルドはノルウェーで4番目に長く大きなフィヨルドで、あのあたりは沖を流れるメキシコ湾流の影響で冬はそれほど厳しくなく、-15℃を下回ることは滅多にない……ぶっちゃけ北海道より冬は暖かいくらいだ。
フィヨルドに籠ればバレンツ海の強風も防げるし、隠蔽にもなる。
短期に身を潜めるなら、120㎞超の長さと適度な幅のあるあのフィヨルドは最適だろう。
前世の歴史と違って、ドイツはノルウェーに侵攻せずに友好的な関係を築いている以上、そのあたりは融通が聞くだろう。
それに場所は違うが、ノルウェーのフィヨルドに軍艦を隠すのはドイツの十八番だ。
「北上する10万の陸軍に、フィンランド方面からの空爆、天候によりけりだが北からは軍艦が押し寄せる。ムルマンスクはソ連北方艦隊の司令部があるが、所属してる軍艦は精々駆逐艦だ」
ソ連の保有するまともに使える軍艦の多くは、既にタリン沖で漁礁に変わり果てている。
正直、潜水艦だけでも何とかなりそうだが、戦艦の主砲による絨毯艦砲射撃は、物理的なダメージよりも心理的なダメージが大きい場合がある。
(既に凍り始めているアルハンゲリスクへの退避はないと思うが……)
そうなったらなったで、”
それは、レンドリース船団も同じだ。ムルマンスクに入港できなければ、アルハンゲリスクに行くのが普通だが、まだアメリカから出航した情報は無い。ならば、辿り着くころにはアルハンゲリスクは完全に凍結してるだろうし、この時期のアメリカの輸送船に満足な砕氷機能は無い。
ロシア人は持ってるかもしれないが、ノコノコ出てくれば
砕氷船が氷割ってる最中なんて極めてどん臭く、こっちも”座ったアヒル”みたいなもんだ。
「だが、アルハンゲリスク方面への陸路がガラ空きというのが、どうにも気に入らない」
水源地が遠い北ドヴィナ川ならともかく、陸路は不可能でない以上は遮断しておきたい。
「やはり、元栓から締めないと水漏れは止まらないからな。シュタウフェンベルク君、まさかオプション・プランくらいはあるんだろ?」
いや、まさかあるよな?
ヴォログダを押さえれば、モスクワからムルマンスクやアルハンゲリスクに攻めあがる水路も陸路も遮断できるし、万が一、レンドリースが陸揚げされても最低でも陸路では遮断できるんだぞ。
水路もオネガ湖は押さえてるからマリインスク運河は使えず、アルハンゲリスクに荷卸ししたら前述の北ドヴィナ川を遡る水運は使えるだろうが、陸揚げできるポイントが、モスクワから大分離れる。
おそらく上流で一番近い大都市はキーロフだ。
「おまけに工事を終えたばかりのルイビンスク人造湖まで抑えられるんだぞ?」
まだ本格稼働してないとはいえ、あれを押さえる意義は大きい。
なんたって、上手くすればソ連って国を日干しにできるかもしれん。
「えっと、それは……」
もしかして、無い……のか?
「総督閣下、そこまで考えが及んでいるのなら、いっそ草案を作ってみてはいかがですか?」
「シェレンベルク、俺は本職の軍人じゃないんだ。現状のドイツ軍の状態やフィンランド軍の状態は手元にある資料しかわからん。穴だらけの計画になるのは目に見えてる」
「本計画ではなく、アイデアノートや企画案程度で良いんですよ。それができればシュタウフェンベルクの上官、サンクトペテルブルグ駐留部隊司令官、リスト元帥あたりから提出してもらええば良いんです」
そして、シェレンベルクはシュタウフェンベルク君をちらりと見て、
「面倒な根回しは、小官とシュタウフェンベルクがやっておきますので、例え穴だらけの計画だろうと見るべき物があれば、
ムムム……
「越権行為、横紙破りだと思うんだが?」
「それこそ今更です」
シェレンベルクはそう苦笑すると、
「フォン・クルス総督、貴方の持ってる権威も権力も発言力も、貴方が思っているより余程大きいのですよ?」
げっ……薄々おかしい、そうじゃないかと思っていたんだが、
「……とりあえず、草案を作るのは吝かじゃない。ドイツが赤色勢力に蹂躙されるのは、日本としても都合が悪いしな」
むしろ、ドイツが蹂躙した方が何かと都合がいいまである。
ソ連御弱体化は、日本としても望むところだ。
「とりあえず、今回の会議でまずアイデア出しだけでもやってみるか」
俺は頭を切り替え、思考を沈降させる準備に入る。
「先ずはカレリア、ラドガ湖、オネガ湖に展開するフィンランド軍の底上げをするプランでも考えてみようと思うが、どうだろうか?」
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