第139話 バルバロッサ作戦の人事から、今後の展開を予想してみる……要するに、いつもの”アレ”である




「さて、問題はカレリア……特にオネガ湖の南岸から東岸の守りだな」


 ”ヴィテグラ”を陥落させたスオミ人は今頃、カンテレでも弾きながらサッキヤルヴェン・ポルカ Säkkijärven polkkaでも歌ってるかもしれんが……

 

「その前にシェレンベルク、シュペーア君、シュタウフェンベルク君、今から聞くことは確認であり、答えられないようなら答えなくてもいい」

 

 俺はそう前置きしてから、

 

「大雑把に言って、中央軍集団は白ロシアベラルーシのミンスクに本部を置き、現在はトート機関を投入してスモレンスクを巨大要塞化工事中。来年度、というよりは当面はモスクワ攻略の予定はなく防衛に専念しつつ戦線維持。南方軍集団はウクライナ・ロシア本国の国境線を維持しつつ、42年度は黒海の制海権確保と、東岸の要所……ロストフ・ ナ・ドヌーとクラスノダールをなるべくに制圧、ノヴォロシースク、ソチも占領下におきコーカサスの石油地帯獲得を視野に入れる……でいいかな?」


 順当にいけば中央で押さえて、南部を削るって路線だろうな。


「なぜ、それを……?」


 いやシュタウフェンベルク君、なぜって……そりゃあ、

 

「トート機関の動きと外交情報やら何やらをあわせれば、それぐらい想像つくって」




***




 例えばフランスのメルセルケビール艦隊をスクラップ扱いで黒海に入れようとしてたりしてるんだから、そりゃあね。

 一応、これでも日本皇国の外交官よ?

 いや、外交官の仕事してないけど、外交チャンネルくらいあるし、吉田先輩からだって情報くらいは入ってくるさ。


「あと、人事も参考になる。中央軍集団のスモレンスク方面軍司令官にゴッドハルト・ハインリツィ中将が就任、南方軍集団の参謀長に新たにウェルザー・モーデル大将が就任したんだって?」


 前世の記憶が正しいなら、「守備の名手」のハインリツィ(確か史実ではロンメル同様に自殺に追い込まれたんだよなぁ……)に、かの有名な「ヒトラーの火消し役」モーデルだ。

 これから読み解けるのは、中央で防備を固め、南方で慎重に侵攻作戦を行うということだな。

 

 

 

 せっかくの機会、ちょっと現在のバルバロッサ作戦、各方面軍の人事を軽くまとめてみようか?

 

・中央軍集団

 総司令官:ヘルムート・ホト上級大将(近々、元帥に昇進。ミンスクの中央軍集団司令部)

 方面軍参謀長:フランク・ハルダー大将(史実では38年のヒトラー暗殺計画の一員)

 スモレンスク要塞司令官:ゴッドハルト・ハインリツィ中将(守備の名手) →New


・南方軍集団

 総司令官:フェードラ・フォン・ボック元帥

 方面軍参謀長:ウェルザー・モーデル大将(ヒトラーの火消し役) →New

 装甲司令官:エーデルハルト・フォン・クライスト上級大将(パンツァー・クライスト)

 ※あとマキシミリアン・ビットマン中尉(戦車戦のウルトラエース)もこの部隊

 

・北方軍集団

 総司令官:ヴィクトール・フォン・レープ元帥

 増強装甲指揮官:エドヴィン・ロンメル大将(ムルマンスク攻略増援)

 山岳師団長:エアハルト・ディートル大将(ムルマンスク攻略支援)

 ※フィンランド軍:ヤンマーニ・シーラスヴオ中将

 

 ついでに

 ・バルバロッサ作戦参謀長:エルンスト・マンシュタイン大将

 ・バルバロッサ作戦統括部長:アルフレッド・ヨードル大将

 ・バルバロッサ作戦情統括官:ランハルト・ゲーレン少将

 

 とりあえず、こんな感じか?

 勿論、他にも有能な綺羅星軍人はいるが、まあそいつはおいおいに。


「総統閣下の言葉を借りるなら、必要なのはドイツ民族の安寧な生存圏”レーヴェンスラウム”の確立だろ? 別にモスクワを陥落させたり、ロシア人を皆殺しにする事が戦争目的じゃない。逆に黒海の制海権や石油資源の確保はレーヴェンスラウム形成に直結する」


 絶滅戦争なんてやるんじゃなければ、別に今の時点でスターリンの首を取ったり、モスクワを攻め落とす意味はない。

 むしろ、敵の首魁がスターリンサイコパスのクソ野郎なら行動は読みやすいし、敵の首脳陣はモスクワにまとまってくれていた方が何かと都合がいい。

 

「だから、今は”モスクワをいつでの攻略できる”ような姿勢を見せて、プレッシャーを与えておくだけで十分なんだよ。スモレンスクを攻勢拠点のように見せつけていれば、ソ連は必然的にモスクワ防衛の為に大兵力を貼り付けとかざるおえない」


 レーヴェンスラウム確立に関してだけ言えば、スターリンやモスクワの優先度は低いのだ。

 むしろ、生存圏確立のため、ソ連の他の領土を削るとるためモスクワに大兵力を粘着させる必要がある。


「そもそも、レーヴェンスラウムの確立が目的なら、極端な短期戦は逆にドイツにとり都合が悪いのさ。”バルバロッサ作戦”の意義は、ロシア人の支配地を削り取るだけじゃない。新領土開発って側面も同時に進めねばならんのよ」


 何せ、新たに得た占領地をレーヴェンスラウムとして”意味のある土地=ドイツの利益になる土地”にしなければ、この戦争その物が無意味になりかねない。当然、その下準備には時間がかかるし、戦争しながらなら猶更だ。

 戦争ってのは、そもそもが本質的においては不採算の赤字国家事業だ。

 消耗ばかりで生産性がない。

 だから、「今は不採算でも将来的な黒字を見越して巨額の軍事費を投資」するのが正しい。

 ドイツにとっての黒字は当然、レーヴェンスラウムの確立。

 最終的には、

 

(おそらく、西欧州のマルク経済圏の設立……)


 何のことはない。ユーロではなくマルクが幅を利かせる、そしてドイツの意向に従順な巨大経済圏を作りたいってところだろう。

 おそらく、マルクの国際基軸通貨ハードカレンシー化も視野に入れているだろう。

 

「シェレンベルク、どうせNSRも国防軍情報部も”ドイツは戦争早期終結のため、隙あらばモスクワを狙っている”と思わせるような情報を、赤軍に握らせてるんだろ?」


 答えは無かった、そのアルカイック・スマイルが回答を物語っていた。

 ロシア人が思うほど、ドイツはモスクワやスターリンを重要視してないし、執着もしてはいないのだ。

 だが、それを悟られてはならない。ドイツ人は、モスクワ攻略にイキッているように思わせねばならない。


「偽装モスクワ攻略の作戦名は、”タイフーン作戦Unternehmen Taifun”あたりか?」


「……よくご存じで」


「当てずっぽうに言っただけだ。特に根拠はない」


 前世の歴史で同じ作戦名でモスクワを攻め、失敗し、致命的な敗北を喫した。

 今生のドイツは、同じ轍は踏むまい。

 

(おそらく、ハイドリヒは転生者だろう。もしかすると、ヒトラーも)


 あの感じ、多分間違ってはいないと思う。


(なら、北方戦線の重要性を理解してるはずなんだが)


 北方……ムルマンスクとアルハンゲリスクの攻略成否は、レーヴェンスラウムにモロに影響が出るのだ。


(確かめてみるか……)


「北方軍集団は、ムルマンスク攻略が成功したら、アルハンゲリスク攻略は既定路線として……それをどうサポートするか、だな」


 俺は地図と睨めっこしながら呟くとシェレンベルクは、

 

「いやにアルハンゲリスク攻略を断言しますね?」

 

「北方軍集団担当地区で、アメリカのレンドリース船団を受け入れられるのは、ムルマンスクとアルハンゲリスクしかないからな。他の港じゃ規模が小さいか、内陸までの水路や陸路が貧弱かで持て余すぞ。相手の嫌がることをやるのが戦争だろ? なら、当然狙うだろう。まあ、アルハンゲリスクは不凍港じゃないから……42年の春季攻勢、どんなに遅くても夏季攻勢か?」


 俺はジッとシェレンベルクを見て、

 

「なあ、シェレンベルク……総統閣下は北方軍集団、いや北方戦線をどの程度、重要視しているんだ?」




***




「……どういう意味で?」


 そうシェレンベルクは怪訝な表情で返してくる。

 まあ、確かにこれじゃあ要領は得ないだろう。

 

「いや、ムルマンスク攻略に本腰を入れてるのはわかる。今後に控えたアルハンゲリスクの攻略、それの下準備となるであろう戦いに投入できる戦力を出し渋る可能性はあるかってことだな。具体的に言うなら二線級の戦線/戦域として扱うかどうかだ」


 アルハンゲリスク攻略は、おそらくドイツが主戦力になるだろうが……もし、北方戦線を主戦域として考えていない、史実のように寡兵で落とせ、カレリアをフィンランド軍だけで守れってんなら、正直、取れる戦略の選択肢はかなり狭くなる。

 実際、海流の関係で不凍港のムルマンスクと比較するなら、年によっては1年の半分が氷に閉ざされるアルハンゲリスクの戦略的価値はやや低い。


「それには心配及びません。具体的な事は省かせていただきますがね、総統閣下も最高司令部(OKW)も作戦総参謀長のマンシュタイン閣下も、北方戦線を軽んじる様な真似は決していたしません」


 シェレンベルクはそう断言すると、

 

「ドイツに、何よりモスクワに最も近い・・・・・・・・・”アメリカのレンドリース品受け入れ港”を放置する意味を、上層部はきちんと認識していますよ。総督、ある意味においてはそのために、バルバロッサ作戦に必要な全戦力を抽出するために、我々はアフリカからもイタリアからも手を引き、貴方の生まれ故郷と英国と停戦したんです。北方戦線も”充足させるべき戦場”に間違いありません」


「結構」


 そこまで断言するなら信じてみようじゃないか。

 これで史実のように、中央やらアフリカやらに戦力の引き抜きにでもあったら目も当てられないが、どうやら今生ではドイツは先にあげた”戦争の意味と意義”を認識し続けてるようだ。


「だとすれば、アルハンゲリスク攻略の前に是非とも攻め落としておきたい場所があるな。できれば、可能な限り早急に」


「どこでしょうか?」


「わかっているだろうに」


 俺は地図の上にあるヴィテグラに一度指を置いてから、

 

「スオミ人が落としたヴィテグラより南方322km……」


 下へ真っ直ぐ降ろす。

 モスクワからオネガ湖方面とアルハンゲリスク方面へ向かう分岐点にして街道の要所、オネガ湖に繋がる”ヴォルガ・バルト水路(マリインスク運河)”の要所でもある、

 

「クベンスコエ湖畔の街、《b》”ヴォログダ”《/b》さ」














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る