第138話 リガ・ミリティアは思ったよりもトンデモな組織に成長したようですよ?




「取り敢えず、現状を把握しようか?」


 大変、不本意ながらサンクトペテルブルグ”冬宮殿”の一室、会議室として利用してるおそらくは応接室の一つで、俺は側近扱いの三人、NSRのシェレンベルクに軍需省のシュペーア君、軍参謀本部のシュタウフェンベルク君と円卓を囲む。


 従兵の少年たちに用意させた資料のうち、「サンクトペテルブルグからラドガ湖、オネガ湖の周辺の地図」を卓上に広げ、

 

「先ず、スカンジナビア半島・コラ半島方面だ……」


 ”ペツァモ”に拠点を置く山岳師団が、陽動をかねた圧力をかけてる間に、集結したケミよりキーロフ鉄道を使い効率的に北上するドイツ軍北進軍団と、サッラ→カイラリ→ニャモゼロの東進ルートを打通したフィンランド軍が、キーロフ鉄道の要所”カンダラクシャ”の南で合流に成功する。

 

 ドイツのヴィクトール・フォン・レープ元帥率いる北方軍団は、8万。

 ヤンマーニ・シーラスヴオ中将率いるフィンランド軍は2万。

 総兵力10万……史実のムルマンスク攻略の数倍の規模に、この時点で達していた。

 これはあくまで地上兵力だけで、これに空軍のエアカバーが加わった結果、赤軍のカンダラクシャ守備隊は、ドイツ・フィンランド連合軍の強引なまでの強襲作戦により物理的に瓦解した。

 鎧袖一触と言うのは、まさにこのような戦いを言うのだろう。

 

 包囲戦を想定していた守備側のソ連軍に対し、独芬の攻撃は半ば虚をつく奇襲となったのだ。

 政治将校が撤退を許可しなかったせいもあり、民間人の強制徴用で3万まで膨らませた守備隊は、確認できてるだけで6割以上が戦死する結果となったようだ。

 

(実際は、もっと多いかもしれんな……)


 現在、独芬は制圧したカンダラクシャを拠点として整備し、ムルマンスク攻略の為の再編を行っている。

 カンダラクシャとムルマンスクの距離は277㎞、目と鼻の先とは言わないが、遠いとは言えない距離だ。

 おそらくカンダラクシャより先のキーロフ鉄道はかなり壊されているだろうが、まともな工兵隊がいれば修理は可能だろう。

 いや、例え修理できなくとも道路自体はある。

 あれで、ドイツとフィンランドの工兵隊はしっかり重機も備えて優秀だ。

 それにソ連はおそらく

 

(カンダラクシャの防衛に失敗した以上、あまり妨害工作や遅延工作する余力はないんじゃないか?)


 主に物理的な限界で。

 

 

 

「コラ半島方面の作戦で、サンクトペテルブルグとしてできる事はさほど多くはない。計画通りの兵器生産と食料生産、サンクトペテルブルグ担当領域の鉄道や水路の治安維持と保全。これに関しては、対象は正規軍ではなくゲリコマだからな……一応、”バルト三国義勇兵団リガ・ミリティア”の得意分野ではあるんだが、NSRにも面倒をかける」

 

 何やら、俺の私兵という扱いになっている(あるいは認識されている)”バルト三国義勇兵団リガ・ミリティア”なんだが、ありがたいことに応募人員が未だに多く、今は規模が正規1個師団に相当している。

 ただ、ドイツの正規軍と編成は大分毛色が違っていて、部門は大雑把に五つ

 

 ・装備実験部隊

 ・土木・工兵部隊

 ・資材・食糧管理部隊

 ・衛生・医療部隊

 ・警備部隊

 

 になる。

 装備実験部門は、一番新しい部門で主に「サンクトペテルブルグで製造される、ソ連由来の兵器」を実験する部隊だな。

 人員は、主にバルト三国と投降した元赤軍の素行と思想に問題ない選抜軍人だ。

 サンクトペテルブルグの製造設備から考えれば、少なくとも数年は旧ソ連軍装備を原型とした兵器になっちまう。

 なので実際にそれが戦場で使い物になるか? あるいはソ連のそれに比べてどうなのか?を判断する部隊だ。

 要するに、実際に使ってた連中に確かめてもらうのが一番だって発想だ。

 

 土木・工兵部門はまんまそれ。

 重機の扱いになれた連中の集まりで、優秀な連中には土木工事の変態技能集団トート機関に研修にいってもらっている。

 井戸掘りから浄水場や焼却場の設営、橋や線路の修理・修繕まで何でもござれ。

 ある意味、一番自衛隊臭がする部隊だし、とにかく戦地復興の需要が大きく、一番大規模だ。

 

 資材・食糧部門は、食料を中心とした非軍事物資、民需物資(生活物資)の在庫管理を主にやってもらってる。

 とにかく、戦地の正常化ってのは物資を大喰するから、その管理も大変だ。

 あと炊き出しや、統制されてる物資の配給なんかもこの部門にやってもらってる。

 

 衛生・医療部門は、言うまでもなくお医者さんと衛生管理者の部隊だ。

 野戦病院は軍の施設だし、サンクトペテルブルグにも軍病院はあるが、当然のように優先権があるのは軍人だ。

 だが、戦地ってのは衣食住だけでなく医療、そして公衆衛生面……特に死体処理が壊滅してることが大半だ。

 病院の復興や再建だけじゃ時間がかかるから、野戦病院もどきの医療テント村を設営、それを怠れば平時でなんてこてはない状態でも人は死ぬ。

 衛生面の悪化、特に放置された腐乱死体なんざ、すぐに伝染病の温床になっちまう。

 医療体制が半壊してるところに伝染病が蔓延すればどうなるかは、想像がつくだろ?

 

 あと、警備部門。

 まあ、ほらバルト三国を陥落させた時って、赤色スパイやら破壊工作員やらが随分と暴れ回っただろ?

 だからな、有志を集めて”不正規戦・非対称戦”の専門部隊を立ち上げたって訳。

 幸いと言うべきか、ここは一番前世の俺の経験が生きた。

 まあ、何というか……前世では、民間軍事企業やら対テロ特殊部隊と、それなりに面識はあったからな。

 俺自身は別に凄腕スィーパーって訳じゃないが、それなりにノウハウはあった。

 

 実は、リガ・ミリティアの警備部門とシェレンベルク(いや、正確にはハイドリヒのか?)のNSRとの対テロ技術・情報交流が始まっていて、もうすぐNSRにも前世のGSG9じみた非対称戦対応の特殊部隊が生まれそうだ。

 

「いえいえ。持ちつ持たれつじゃないですか」


 そう笑うシェレンベルク。

 実際、サンクトペテルブルグ管理下の外に出れば、俺にもリガ・ミリティアにもどうにもできない。

 それこそ、鉄道の防備はNSRやシュタウフェンベルク君の軍の管轄だ。

 

「後はローテーションで戻ってくる将兵の疲労を抜くアメニティ、十分な食料と娯楽の確保だな」


 疲弊した兵と言うのは、古今問わず弱体化する。

 肉体面だけでなく、精神面の士気の低下は、恐ろしく勝敗や作戦の成否に影響するのだ。

 だが、それを回復する手段もやはり太古から問題とされているだけあり確立されており、基本的には”飲む、食う、打つ、抱く”だ。

 美味い酒を飲み、たらふく食事をし、博打を打ち、女を抱く……伝統的な命の洗濯だ。

 

 幸い、サンクトペテルブルグの「後方拠点としてのその手の機能」は、優先的に行っている。

 

「輸送作戦自体は流石に担当できないが……前線に必要な物を作り、あるいはさらに後方から物資を集積し軍の輸送部隊に渡す。後は静養に戻ってきた将兵に前戦に戻るまでに十分な静養をさせる……まあ、こんなところか?」


 傷病軍人の世話は、軍病院の管轄だし、実際埋葬まで含めてそうだろう。

 まあ、軍の施設がキャパオーバーしたらこっちにもお鉢が回ってくるだろうが、今のところパンクするほど死傷者が出てないのが幸いだ。

 

「あの、僭越ながらフォン・クルス総督、軍はそれ以上もそれ以外も後方、それも都市に求めません。むしろ、そこまで手厚いフォローを受けれる方が珍しく」

 

 なんか戸惑うシュタウフェンベルク君だが、

 

「? サンクトペテルブルグは元々帝都の巨大要塞都市だぞ? 物資の製造拠点にして集積拠点であり中継拠点、そして前線から戻ってくる将兵の休養施設……紛いなりにも大都市型後方拠点がこれぐらいできんでどうするよ」

 

 いや、そもそもそういう目的があったから、優先順序つけて機能回復させていったんだ。

 限りあるリソースと時間は、可能な限り有効に使わねば、勝てる戦も勝てんぞ?

 

 前世の枢軸国は、それで負けたってのもあるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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