第137話 冬の宮殿とかサンクトペテルブルグ名誉第一市民とかいうパワーワードの羅列は、ある種の暴力じゃなかろうか?
さて、来栖任三郎だ。
なんか久しぶりな気がするのは、なんでだろうな?
一応、所属は日本皇国外務省で、ドイツへ特命全権大使としてやって来た筈なんだが……紆余曲折があり過ぎるくらいあって、今じゃあ何故か”サンクトペテルブルグ復興・再建委員会全権代表”なんて不可解な役職を務めている。
おかしいな? 俺、本業は外交官だった筈なんだが……解セヌ。
ついでに言えば、”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”なる転生前の歴史ではありえない組織から、”バルト海特別平和勲章”なんてこれまた有り得ない勲章が授与され、ついでにドイツから貴族(名誉)称号のフォンが与えられた。
いや、改めて振り返っていると、ホントどうしてこうなった?
だが、取り敢えずは言っておきたい……
”俺はサンクトペテルブルグ
いや、マジに総督じゃないからな? 総督と呼ばれちゃいるが、それは正式名称が長すぎるってんで、略称として黙認してるだけだからな?
サンクトペテルブルグ復興・再建委員会全権代表なんてクソ長い役職を一々人に呼ばせるほど、俺は傲慢にはできていない。
長いつながりで言うと、”ニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ”でもないぞ?
というか、ドイツ語のその広報誌を見た時、誰の事かと思ったわ。
「”フォン・クルス総督”、どうやら情報共有すべきことができたようだ」
入室するなり早速
なんつーか、すっごい腐れ縁になりそうな気がする奴なんだが、
「悪いニュースって訳ではないみたいだな?」
悪いニュースなら、逆にこの人生を愉悦で満たそうとしてる様なコイツは楽しそうな顔をするからな。
そういうところ、コイツの上司とそっくりだ。
「フィンランド軍が、”ヴィテグラ”を陥落させた。戦闘詳報は、後でシェレンベルク辺りが持ってくるだろうが、先ずは第一報だ」
さすが、
それにしても……
「なるほどな……」
こいつは中々に由々しき事態だ。
”ヴィテグラ”
オネガ湖南岸にある街で水上交通網の要所。
この街を占拠するというのは、ただの拠点を陥落させたという意味にとどまらない。
バルト海とヴォルガ川を結ぶ”ヴォルガ・バルト水路(マリインスク運河)”と、白海とバルト海を結ぶ大運河”白海・バルト海運河(スターリン運河)”を事実上、掌握したって意味だ。
少しだけ解説すると、この時代のソ連は道路網や鉄道網の整備がまだまだ貧弱であり、相対的に水運の価値が高かった。
特にオネガ湖とラドガ湖を連結する白海・バルト海運河はスターリン肝いりの大規模国土開発計画で、その重要度は極めて高い。
”スターリン運河”なんて名前を付けるのも、納得いくほどだ。
実は、俺の知る歴史でドイツがレニングラードやムルマンスク、アルハンゲリスクなどの要所が落とせなかった理由の一つが、カレリアを中心に張り巡らされたソ連の水運輸送網を掌握できず、ソ連の膨大な物資の輸送を遮断できなかったからというのもあるのだ。
逆に言えば戦略面からみれば、カレリアとラドガ湖、オネガ湖をフィンランド(とドイツ)に掌握されるのは、余りにもソ連にとり痛手だ。
何しろサンクトペテルブルグが陥落した現状、スカンジナビア半島、何よりムルマンスクのあるコラ半島への陸路でのアクセスを完全に切られてしまうのだから。
できれば地図を見て確認してほしいが、サンクトペテルブルグ→ラドガ湖東岸→オネガ湖西岸を敵国に掌握された以上、例えばモスクワからコラ半島やムルマンスクに陸路で増援を送るには北上し、ヤロスラブリ→ボロクダ→ヴィテグラを通り、最終的にオネガ湖北岸の要所メドヴェジエゴルスク(現カルフマギ)を経由して通る事実上の一本道だ。(実は、サンクトペテルブルグからのルートでもカルフマギは経由する)
そして、それをソ連も熟知しているからこそ、史実ではヴィテグラは陥落させなかったのだが、
(確かに朗報だし、ムルマンスク攻略の難易度は下がるが……)
ソ連の最も脅威となる輸送力は陸路と河川の水路だ。
これにアメリカからの海路、レンドリースが加わると手が付けられなくなる。
それを防ぐための、ムルマンスク攻略、そしておそらくは来年になるアルハンゲリスク攻略なのだが……
(だが、コラ半島が完全に孤立化する見通しとなると、ソ連も一か八かの賭けに出るかもしれんな)
確かに、今のソ連は余力はないだろう。
だがもし、ムルマンスクを見捨てる気が無いのなら、無理をしてでも反転攻勢をかけてくる可能性は否定できない。
「どうやら、戦争は”見えない”局面に入ってきたな……」
まあ、不利なのは現状こちらではなくソ連というのが救いだが。
(だが、戦争ってのは最後に勝ってなきゃ意味が無い)
「シュペーア君」
俺はたいていが同じ部屋で仕事している軍需省からの出向組であるアルフレート・シュペーア君に、
「シュタウフェンベルク君が来たら、今後の方針……アウトラインでも決めておこうか?」
そして、俺の膝の上で体を摺り寄せながら書類を整理していたドラッヘン君の頭を一撫でし、
「アインザッツ君、ツヴェルク君、ドラッヘン君、会議室の用意を。そして、今からいう資料と地図、それもなるべく大きく新しく詳細な物を」
******************************
シェレンベルクの予想通り、軍参謀本部からの出向であるクラウザー・フォン・シュタウフェンベルクがあまり時間をおかずぬに俺の執務室にやって来た。
最近、色々と区画整理やら破壊された建造物の修理などの目途が立った(優秀過ぎだぞトート機関)事もあり、軍は旧ロシア海軍省をそのまま接収してるそうだ。旧参謀本部を使わなかったのは、こっちの方が破壊度合いが低く、機能回復しやすかったかららしい。
まあ、修復したら参謀本部の方へ移るかもしれない。
ちなみに俺が新たな庁舎として今使っているのは、これまでの旧レニングラード市庁舎……ではなく、つい先日一部施設が使える程度まで補修の終わった《big》《b》”冬宮殿”《/b》《/big》。
《b》いや、バカなのっ!? 本当にバッカジャネーノ!!《/b》
革命前までロシア皇帝の冬の居城じゃん!!
つか、
なんで文化施設を政治施設に返り咲かせんだよ!?
そりゃあ、被害は比較的軽微だったのかもしんないけどさ。
無論、俺は猛然と抗議したが、
『それが、政治というものです。フォン・クルス総督』
シェレンベルクはいけしゃあしゃあと言いやがった。
要約すると、
・冬宮殿が美術館から政治中枢に返り咲くこと自体、レニングラードからサンクトペテルブルグに還元した象徴として、世界規模で民衆に印象付けられる
・そして、「現在のサンクトペテルブルグの最高統治者は誰か?」ということも同時に印象付けられてお得(ヲイ!)
ということらしい。
要するにこの上なくプロパガンダだ。
当然、俺は「冬宮殿に居座る最高統治者が日本人とかおかしいやろっ!? ってか北部戦線、日本関係ないやろがいっ!!」と反論するが、
『日本人かどうかは問題ではありませんな。昨日の”バルト海条約機構(BVO)”の定例会議で、フォン・クルス、貴方への”サンクトペテルブルグ名誉第一市民”の称号が”バルト海特別平和勲章”に続いて授与される事が内定しております。無論、これは名誉称号ではありますがね』
いや、それ初耳なんだがっ!?
というか、”サンクトペテルブルグ名誉第一市民”ってなに?
古代ローマの”
ん? もしかして、ローマか? ローマ繋がりなのか? 国家/民族的に。
『また現状、サンクトペテルブルグはドイツ並びにBVOの国際共同統治下にあり、国家ではないので日本皇国が禁じている二重国籍にも抵触いたしません』
いや、それは”名目上は”って言葉が頭につくよね?
確かに、書類上は「バルト海沿岸諸国の共同管理権を、一括してドイツに委任する」って形になってるけど、実質的にドイツの統治下やん。
『おま……それは詭弁と言うもんじゃないのか?』
あるいは多国間政治詐欺。
『現状、目立った反論は無いようですよ?』
いや、ここにあるじゃんよ!
『ちなみに俺の苦労や心労は?』
『当然、考えない物とします』
その時のシェレンベルクは、実に清々しい笑顔だったと追記しておく……
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