第135話 この世界において、”継続戦争”という呼び名が使われるか微妙なところ




「時は来た。そして、機は熟した(Aika on koittanut. Ja Aika oli kypsä.)」


 それが、レニングラード陥落の一報を受けた時の”カールハインツ・エッケルト・フォン・マンネルハイム”フィンランド軍元帥の言葉だったという。







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 さて、今生ではドイツの同盟国であるフィンランドが特に北方戦線、カレリア地峡やカレリア共和国(カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国)の攻略に甚大な役割を果たした。

 しかしそれは、一朝一夕で相互信頼関係を築いたものではなかった。

 当然であろう。

 フィンランドは、レニングラード攻略の側面支援としてカレリア地峡に侵攻して瞬く間に平らげ、その勢いのままラドガ湖の北岸にあるラフデンポヒヤ、ソルタヴァラ、ピトカランタをドイツ軍もかくやという電撃戦を展開し、立て続けに陥落させるという大殊勲をあげた。

 

 実際、ここは……というか、カレリア共和国領土全体が元々は冬戦争の前まではフィンランドの領土だった為、地の利もあったし潜伏していた”カレリア解放戦線”の目覚ましい活躍もあったが……

 疑問となるのは、兵員数はともかく、なぜ「フィンランドがこれほどの大規模攻勢が行えるほどの戦力を有していたか?」だろう。

 

 だからこそ、紐解かねばならないだろう。

 本来の歴史ではありえない、ドイツとフィンランドの強い結びつきの根幹を。

 

 ドイツとフィンランドの関係が深まったのは、”冬戦争”……ではなく水面下の接触は、1935年のドイツの再軍備宣言からあったという。

 だが、最も着目されるのは1938年の日本皇国政府によるカウンターインテリジェンス、「太平洋問題調査会の内情」、「米国共産党調書」、「第7回コミンテルン世界大会と人民戦線の詳細内容」の公表以後の動きであった。

 同盟国である英国では重く受け止められ、事実上、敵対とまではいかない物のあまり良好な関係とは言えない米国では政府により「無かったことにされた」そのレポートは、実はドイツ政府も真摯に受け止めていたのだ。

 

 顕著なのはアウグスト・ヒトラーの反応だろう。

 彼は極東から全世界に発信され、在ドイツ日本大使館から公文書として届けられたレポートを読み終えると、ただ静かに

 

『なるほどな。委細承知した』

 

 と頷いただけであったという。

 だが、その静かなモーションとは裏腹に、ドイツの動きは素早かった。

 「日本皇国レポート」をダシに、ソ連へ真意を問い質した。

 当然である。

 特に第7回コミンテルン世界大会と人民戦線の詳細内容」においては、反ファシスト戦線に関する結束の呼びかけと……

 

 ”共産主義化の攻撃目標を主として日本、ドイツ、ポーランドに選定し、この国々の打倒にはイギリス、フランス、アメリカの資本主義国とも提携して個々を撃破する戦略を用いること、第三に日本を中心とする共産主義化のために中華民国を重用すること”


 が記されていたのだ。

 これが大々的に紙面を飾り、ラジオで連日放送された。

 「元々、ソ連はそういう国で、ロシア人はそういう民族」と考えていたヒトラーやその側近はむしろ当然そうだろうなと達観していたが、ドイツ国民の怒りは凄まじく、これはこの時期まだ残っていた「第一次世界大戦の敗北は、ユダヤ人と”社会主義者”に背中から刺されたせい」という社会通念となり、「二重の意味でのドイツ人に対する裏切り行為」に仄暗い嫌悪感を社会主義者や共産主義者、そしてその首魁たるソ連に募らせていったのだ。

 こう言ってはなんだが……ヨアヒム・ゲッペルス宣伝相は良い仕事をしたものである。


 だからこそ、国防政策の一環として提出された

 

 ”親独友好国に関する武器供与に関する取決め”

 

 は、国民に大きな賛同と共に受け入れられた。

 これは、ソ連が「フィンランドは元々はロシアであり、ソ連に併合されるべきである」と主張しており、この法案の対象国がフィンランド、加えてポーランドである事は解りきっていたからだ。

 ならば裏切りの報復にフィンランド(+ポーランド)への武器供与は、「手ごろな報復」と認知されるのは当然だった。

 また、ドイツ国内でNSR(国家保安情報部)主導で行われた国内共産主義者の徹底的な検挙には国民から拍手喝采が贈られた。

 

 元々、ヒトラー政権樹立後はドイツ国内で共産主義・社会主義活動は違法とされていたのだ。

 そして彼らは地下組織化していったが……”最終的に極東反共レポート”という形にまとめられた政府公式見解(日本皇国からの赤色勢力に関する報告にドイツ政府の独自見解を加え、ほぼ内容を全面的に肯定する物だった)に煽られた民意が後ろ盾となり、「史実より徹底した弾圧」が社会的に容認されたのだ。

 特筆すべきは、これら一連の反共行動(弾圧活動)の枠組みからユダヤ人は、巧妙に外されていた・・・・・・事だろう。

 これは言うまでもなく、後に大きく影響した。

 

 そう、ユダヤ人は表向きはどうあれ「労働力として必要」と判断されたのに対し、赤色勢力は「あらゆる意味において、国家に不要」と判断されたという事だった。

 もっとも国家というものは1割ほどの反動勢力、「身内の敵」がいた方がまとまりやすいためにそのあたりは考慮されたが、逆に言えば最低限の”必要悪”とされたもの以外は悉くが刈り取られたのだ。

 

 彼らアカが収容されたのは強制収容所……ただし、ユダヤ人のような名目上の名を冠した施設では無く、”本物”の強制収容所であった。

 

 


***




 これに大慌てをしたのがソ連である。

 ドイツ国内のコミンテルン組織は裏表問わず壊滅させられ、おまけにフィンランドには格安で武器の売却がされるというのだ。

 そして、この時点でドイツと戦端を開くのは不可能であった。

 大粛清の影響で、準備の何もかもが足りていなかった。


”このままでは、フィンランド侵攻もポーランド侵攻も甚大な被害が出る”


 そう判断したソ連は、弁明と釈明に奔走することとなった。

 そのお膳立てまでに約1年の時間がかかり、そして実現したのが有名な《b》”モロトフ=リッベントロップ協定”《/b》だった。

 

 

 

 だが、賢明な読者諸兄は既にお気づきではないだろうか?

 この世界線において、ドイツの外相は”ノイラート・・・・・”だ。

 だが、条約締結の為にモスクワに全権委任大使の肩書を受け向かったのは、リッベントロップなのだ。

 モロトフは腐っても外相であり、本来はバランスが悪いのであるが、そこは「モスクワに呼びつける」という体裁で政治バランスをとった。

 

 さて、ドイツが本気でソ連と何らかの交渉を行うなら、こんな真似はしない。

 少なくとも、「ソ連の弁明をベルリンで聞く」形にしたはずだ。

 

 そう、既に独ソ戦を戦争計画に組み込んでいた、むしろそれが本命だったヒトラーにとり、”モロトフ=リッベントロップ協定”……つまり、”独ソ不可侵条約”あるいはポーランド侵攻戦後に行われた”独ソ境界友好条約”は、所詮時間稼ぎ目的の画餅に過ぎなかったという事だ。

 

 

 

***


 例えば、である。

 Bf109の主力エンジンであるDB601の量産が強化されたのは、まあ当然と言えよう。

 だが、独ソ不可侵条約が締結された39年度中だけでも合計300基を超えるDB601エンジンに「まるでポンプ駆動用のガソリン式発電機のようなパッケージ」がなされ、ストックホルムで一度スウェーデン船籍の輸送船に乗せ換えられてバルト海を北上した。

 一見すると、ドイツとスウェーデン、スウェーデンとフィンランドの商取引が僅かに増えただけのように見えただろう。

 

 他にも、トタン屋根やアルミパネル、何故か内部に螺旋が刻まれたパイプなどが、様々なルートを通じてフィンランドへと持ち込まれていた。

 

 例えば、”冬戦争”。

 フィンランドの英雄、シモン・ヘイへが握っていた狙撃銃が、帝政ロシア時代のそれでなく、ドイツのマウザー社製の物だったのは、象徴的な事象と言えよう。

 

 そして、”冬戦争”の結果は、大きく見れば”我々の世界の史実”と大きな変化は無いように見えた。

 実際、カレリアはロシア人に一度は奪われたのだ。

 

 だが、その後のフォローが違い過ぎた。

 ”冬戦争”後も、ドイツからの支援は”継続・・”され、少なくとも装備面からみればフィンランド軍は戦後の方が充実するようになった。

 そして、独ソ戦の戦端が開かれた今は、益々ドイツからの支援は手厚い物になっていた。

 

 これで、”奪われた祖国カレリア”を奪還しない方がどうかしていた。

 サンクトペテルブルグ攻略が祖国奪還の手助けになるのなら、喜んでドイツ人に手を貸そうと。

 

 そして、約束は守られた。

 空美しく水豊かなカレリアの地は、今やスオミ人の手に戻りつつある。

 

 ならば、フィンランドに”戦争・・継続・・”しない理由など無かったのだ。

 

 

 










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