第9章:”銀狐作戦(Unternehmen Silberfuchs)”、またの名を”第二次冬戦争”

第133話 ”銀狐作戦” ~史実におけるそれは、あまりにも頭無残な結果に終わった~




 さて、唐突に物語を始めよう。

 史実におけるドイツ軍とフィンランド軍が行った下記の作戦、


・銀狐作戦 (Unternehmen Silberfuchs)

・白金狐作戦(Unternehmen Platinfuchs)

・北極狐作戦(Unternehmen Polarfuchs)


 これら三つのの作戦は、たった一つの街を攻略するために立案され……そして、全て見事に失敗した。

 その攻め落としたかった街の名は、

 

 ”ムルマンスク”


 コラ半島にあるソ連の港湾都市であり、軍港であり、拠点であった。

 失敗の原因は実にお粗末な物であった。

 その根本的な間違いは、ムルマンスクが「アメリカからのレンドリース品を満載した船便がダイレクトにつく、ソ連では貴重な海流の関係で冬でも凍らない”不凍港・・・”」だというのに、”主戦域と認識できなかった”事に他ならない。

 それを示すいくつかのデータを示してみよう。

 

 

 

 正確に言えば、”白金狐作戦”と”北極狐作戦”は独立した作戦ではあるが、”銀狐作戦”という作戦の一つとして立案された作戦だ。

 ”銀狐作戦”の骨子は、

 (1)ペツァモ地区のニッケル鉱山の安全の確保

 (2)サッラ地区の回復

 (3)ムルマンスク鉄道の遮断

 を経ての”ムルマンスク攻略”というものであった。

 

 先ずは最悪の失敗だった”白金狐作戦”から見てみよう。

 前段階であるトナカイ作戦で防衛成功し、安全を確保したフィンランド領のニッケル鉱山の街”ペツァモ(現代の地図だとロシア領ペチェンガ)”から陸路を使ってムルマンスクを攻略するのが作戦の骨子だった。

 ペツァモはムルマンスクから西北西に140㎞ほどの所にある街だが……この作戦において、ドイツは致命的な”やらかし・・・・”をしていたのだ。

 このコラ半島やムルマンスクを巡る戦いには珍しく師団以上の規模を投入したこの作戦は、実は初手から躓いていた。

 

 結論から先に言えば、これだけの大軍を投入しながらも、”進撃路が確保できないなかった”のだ。

 OKW(ドイツ国防軍最高司令部)の作戦用地図製作担当者は、ソ連製の地図を見てペツァモからムルマンスクまでの道が整備されていると思い込んでいたが、実はそれは地図の読み違えで道路なんて物はそこに存在していなく、ドイツ人の地図屋が道路だと思い込んでいたのは「ソ連製地図の電話線とラップ人が使う車両が通れないような小径こみち」だった。

 信じがたいことだが……この地図担当者、現地の地形を確認しないでロシア語の地図を勘違いしたままドイツ語に直しただけで仕事を終わらせたようだ。

 現地確認をしなくても、せめて航空写真と自分が作成した地図を一度でも照らし合わせればわかったことだが、それすらしなかった。

 無論、地形を熟知していた現地の作戦司令官ディートル大将は、「現地の地形条件で大軍の進撃は不可能」と本国に打診し、「ケミヤルヴィ→サッラ→カンダラクシャの攻略を行うべき」と進言した。

 しかし、史実のOKWは現地を知るディートルより本部の誤った地図を信じたのだ。

 では、実際のペツァモからムルマンスクの地形はどうなのかと言えば……「敵の抵抗がなくても、1時間に1kmしか進めないレベル」だったという。

 別の言い方をすれば、”防衛側ソヴィエトに圧倒的に有利な地形”なのだ。


 もし、仮に神の奇跡が起きて打通できムルマンスクに辿り着いたとしても、ディートルの部隊は壊滅を免れなかったろう。

 なにせ補給線が恐ろしく細いのだ。

 補給はナルビクから沿岸航路のみで、これはイギリス海軍とソ連海軍の脅威にさらされており、同じくペツァモ港は、入り口がリョーバチ半島のソ連軍重砲の射程圏内で使えなかった。

 そのためキルケネスから車両運送になったが……道路は田舎のあぜ道だ。

 

 そして、当然のようにソ連は「敵の抵抗がなくても、1時間に1kmしか進めないレベル」の地形に精強な防衛部隊を置いていた。

 結果は推して知るべし。

 ドイツは甚大な被害を出して摺り潰され、作戦は大失敗だ。

 

 

 

***



 

 そして、続く”北極狐作戦”。

 この作戦では、ムルマンスクの文字通りの補給線生命線であるムルマンスク鉄道(キーロフ鉄道)のターミナルポイントであるカンダラクシャとルウキを攻略するというものだったが……白金狐作戦に比べれば、まだ作戦の健全性が保たれているように思えるが、これも失敗する。

 根本原因は単純な”戦力不足・・・・”。

 ソ連の防衛戦力を過小評価していたというのもあるが、この時の北方軍集団はレニングラード包囲戦を主戦域として考え、そこに主力を集中させていたのに加え、早期のモスクワ攻略を目指す中央軍集団に戦力を抽出させられ、やせ細っていたのだ。

 加えて、白金狐作戦の成功、つまりペツァモからムルマンスクへの打通成功が前提となっているのもまずかった。

 つまり、”確定し、約束された失敗”だったのだ。

 

 

 

 かくて”銀狐作戦”は(1)ペツァモ地区のニッケル鉱山の安全の確保と(2)サッラ地区の回復は達成できたが、(3)ムルマンスク鉄道の遮断はカンダラクシャの攻略失敗で、ムルマンスク攻略はならなかった。

 他にも「フィンランド軍の協力が消極的だった」を理由にあげる人間もいるが、それはそうだろう。

 フィンランド人に言わせれば、

 

『レニングラード包囲したままムルマンスク攻めるとかマ?(戦力どうすんだよ……)』

『ペツァモからムルマンスク攻めるとか正気?(道、ねーんだけど……)』

『冬季戦装備は?(まさか、こいつら冬に戦争しない気なんじゃ……)』


 考えてみても欲しい。

 彼らは真冬にロシア人と戦い、純白の雪原をロシア人の血で赤く染め上げた”冬戦争”を戦い抜いた猛者なのだ。

 冬は彼らの戦機であり、雪はカモフラージュであり、寒さは味方だ。

 ドイツ人に、

 

『冬までに攻略できなければ作戦中断するんで』


 などと言われて協力などできるはずはない。

 しかも、戦力不足で現実には存在しない進撃路を進むなんて無茶ぶりに付き合う義理などあるわけはない。


 このようにお粗末なのが、史実の銀狐作戦だった。




***




 だが、ここは異なる世界線だ。

 当然、ここまで頭無残な結果は転生者ヒトラーが許す筈もない。

 

 実際、この世界線でも”銀狐作戦”という名前は一緒で中身は別物の作戦が立案されているが、まず発動条件が違った。

 

 ”作戦発動は、「サンクトペテルブルグ攻略完了まで凍結」”

 

 であった。

 加えて、他の前提条件が違い過ぎる。

 ノルウェーは史実と違ってデンマークと同じく侵略せずに貿易相手国として極めて友好的な関係を築いており、また英国とは停戦が成立していた。

 加えてヒトラーは、ある厳命を加えていた。

 レニングラード陥落後にしか作戦を発動させないことを前提としていたため、

 

冬季戦・・・も含めた、全季節での戦闘を想定せよ。スオミ人が如何にしてロシア人を打ち破ったか、徹底的に究明・探究せよ」


 とOKWに通達したのだ。

 無論、現地の偵察を密にせよとも。航空機偵察だけでなく、斥候の陸上部隊を出し、入念に下調べをさせたのだ。

 ロシア人の地図などに頼らず、自分達で「オフセット印刷のフルカラー地図と地形図」を作成するレベルまでの地形の把握を命じ、10年間の気象情報も調べさせた。

 当然、現地の状況を把握できればペツァモからムルマンスクを攻めようとするはずもない。

 

 またそれらの調査で、見えてくるものもあったのだ。

 何度か書いたが、ムルマンスク港は北極圏の間近でありながらソ連には珍しい冬でも凍らぬ不凍港であり、これは暖流である”北大西洋海流”が流れ込んでる影響だ。

 実際、地図的には南にあるが海流が入り込まないアルハンゲリスク港は、普通に年に数ヶ月は凍結する。

 

 つまり、ムルマンスクは「緯度の割には寒くない・・・・」。

 厳冬期の1月でも平均気温は-9〜-10℃程度だ。この数字は、実はずっと南にある北海道の旭川市とどっこいであるのだ。(北緯で言うならムルマンスクは北緯約69度。旭川は約北緯43.5度)

 つまり、フィンランド人のアドヴァイスを素直に聞いて、まともな冬季装備を用意したドイツ軍なら、”冬場でも十分に戦える・・・・・・”環境だったのだ。

 

 だからこそ、今生のヒトラーはレニングラードがサンクトペテルブルグと名前が変わった瞬間に、作戦発動を命じた。

 

 

 

 そう、これこそがムルマンスク攻略戦……いや世に言う、

 

 ”第二次冬戦争”

 

 の幕開けであった。











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