第131話 来栖はロンメルが転生者である確信を得て、皇国外務省高官は今日も頭痛薬や胃薬と友情を育む
「小官から貴殿に頼みたいのは一つだ」
グーデリアン装甲総監と共にサンクトペテルブルグにやってきた、どうやらムルマンスク攻略の駄目押しらしい戦力を率いているロンメル大将は、喋り始めたと思ったらそんなことを口走った。
「測距儀をジャイロで二軸安定化し、一軸式の
……マジか?
(”オートスレイブ式撃発装置”かい……)
ロンメルが何を言っているかと言うと、中身の詰まった未開封のティッシュ箱と物干竿の関係だ。
まず片手で持った場合、どっちが安定させやすいかと言えば、まずティッシュ箱だろう。
これは重さの違いもあるが、長さの違いも大きい。長いものほど角速度の影響を受けやすく、慣性質量が大きくなる。
例えば、箸と物干竿、同じ棒状の物でも水平から垂直に振り上げた時、先端の移動量(移動距離)が全く違うことに気づくだろう。
戦車砲は長ければ長いほど、僅かな揺れが砲口部に影響が出る。
具体例を上げれば88㎜71口径長砲が車体の振動などで上に10度動いた場合、砲口は約35㎝も上へ跳ね上がる。
この状態でほぼ水平にいる標的に当てるのは不可能だろう。
そこで、まず上下動(一軸)を抑えるガンスタビライザーが必要になる。
そして、次に重要なのは照準器をジャイロなどで上下動・左右動の二軸を安定させる事だ。
実際の照準器と88㎜71口径長砲のサイズ差、重量差はティッシュ箱と物干竿以上だ。
ならば、まず照準器を安定化し、ガンスタビライザーを用いても微細に上下動を繰り返す主砲の軸線が一致したときに発砲するようなシステムを組めば、理論上は命中するはずだ。
これ、実は電子回路ではなく
特にドイツの戦車砲は電気着火式だから同調させやすい。
(弾道コンピューターやレーザー測距儀を使わないのなら、最良の命中精度を出せるやり方だが……)
これ、確実に戦後の発想だぞ?
「……できなくはないですね。ですがそれであれば、大きなステレオ式よりコンパクトな像合致式の測距儀の砲が作りやすいですが?」
ステレオ式は”カニ眼鏡”の別名がある通り、左右二つに分かれて砲塔の外に出るタイプの測距儀(兼照準器)だから図体が大きく、安定化がやりにくい。
なので、安定化させるならレンジファインダー・カメラと同じくピントを合わせる要領で距離を算出する、ワンボックス一体型の像合致式の方が良い。
「それで構わないさ。おそらく最適解だ」
ああ。こりゃ
ほぼ間違いなくロンメル将軍は転生者だ。何せ”完成形を知っている”んだ。
じゃないと、このセリフは出てこない。
「お受けしましょう」
いずれにせよ、あれば便利なのは違いない。
というか、日本本国ではもう開発が進んでいると思う。
日本の場合は、アイデア力というより技術の限界と政治力学(主に日英同盟との兼ね合い)の限界が影響してくる。
俺が知ってる限りだと、”(仮称)三式中戦車”は、英国のチャーチル戦車なんかと同じメリットブラウン式操向・変速機装置(前進5段・後進2段)。
サスペンションは、先端と後端の大型転輪だけがトーションバーで、接地する履帯の真ん中(中間転輪)はホルストマン式サスペンションを入れた二輪一体のボギーを前後に2基ならべ、それをダンパーとリンケージで連結・連動させる”発展型シーソー式”のハイブリッドだ。
一見、複雑そうに見えるが実はトーションバー以外の部分は外装式になる為、車内容積が多くとれ、また破損した場合は交換が簡単というメリットがある。
従来の技術の寄せ集めと言うより集大成と言ってほしいところだが、まだ技術的に未成熟なトーションバーを全面的に採用する気が起きないというのは、まあ理解できなくもない。
どことなく英国面の香ばしい臭いがするが、史実のセンチュリオン戦車もメリットブラウン式+ホルストマン・サスペンションなので設計をミスらなければ50t程度までは対応できるはずだ。
エンジンだけはオリジナリティがあり、予備燃焼室付きの三菱AL空冷V型12気筒4スト・ディーゼルエンジンは、450馬力以上を発生する……らしい。
(主砲は、早く17ポンド実用化しないとそのうち追いつけなくなりそうだ)
おそらく、現在の皇国で開発されてる戦車砲は、ボフォース社の高射砲”75mm Lvkan m/29”のライセンス版、”戊九九式七糎半野戦高射砲”の戦車砲改修型だろう。
性能はざっと75㎜52口径長、撃ち出す弾の重さで大砲を表す英国風に言えば”14ポンド砲”とでもなるだろう。
威力は、APCBCタイプの徹甲榴弾”一式徹甲榴弾”で、1,000mで100㎜の圧延均質装甲板を貫通可能ってとこじゃないだろうか?
これでも史実のそれよりだいぶマシっぽいのは、持ってる科学技術の差だろう。
(まあ、極端なオーパーツ作るわけでもあるまいし、問題は無いだろう)
無論、報告書は皇国に送るぞ?
どこまで検閲されてるかは知らんが、これでも定期報告は毎月本国に送ってるんだ。
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「あの馬鹿、また判断の付かんもの送ってきよって……」
後日、日本皇国外務省書簡管理部部長は最高機密指定でサンクトペテルブルグより届いた書類に頭を抱えていた。
ドイツ(一応、来栖の身元引受はドイツのままだ)の”検閲済み”の印鑑が押され、ほぼほぼ情報が消されていない書類の中身は、サンクトペテルブルグ市の復興進捗状況と兵器開発計画がびっしりと書かれていた。
ちなみにほぼ情報が消されていないのは、来栖レンタルの条件の一つ「そういう取り決め」だからだ。
後年、歴史家からは『これ、検閲印じゃなくて確認印だろ? ドイツ政府は内容に間違いないですって証明する為の』なんて呼ばれる事になる。
中身はなんの事はない。叩き台になっているのは、バルト海沿岸関係各国へ提出する月次報告であり、それに外交官という視点と見解と見識を加えた物なのだが……
「サンクトペテルブルグでのソ連戦車をベーシックにした新戦車開発計画に、ドイツ陸軍省の全面協力を取り付ける事に成功? そういうのは陸軍省にでも直接送ってくれ。頼むから」
ただし、その内容は明らかに外交官の仕事内容では無かったが。
そもそも、来栖は外交官の仕事をしてないのだから当然と言えば、当然だが。
外交官の仕事をしていない海外にいる外務省職員とはなんなのか?と哲学的な問いになりそうだが、彼らの親玉である野村時三郎外相に言わせれば、
『確かに外交官の仕事はしておらんが、これ以上ないほど外交にはなっとる。なら、外務省の所管で問題あるまい?』
と問題ないという態度だ。
そして英国から帰ってきやしない(というか戦時中は帰ってこないだろう)古狸、吉田滋に言わせれば、
『
と意に介す様子もない。というかむしろこの状況を好機ととらえ、如何に日本皇国に利益誘導するか日々考えているようである。
外交官としては、正しい姿勢ではあるのだが。
そして、話題に出たどこぞの首相はと言えば、
『あんなカンシャク玉みたいな奴、外務省からおっぽり出したところで引き取り手なんざ国内にいやしねぇよ。いっそ、ドイツに引き取らせるか? 十中八九、余計にタガ外れんぞ?』
さしもの来栖も、歩く鉄火場みたいな近衛首相にだけは”カンシャク玉”とか言われたくないだろうが……
ともかく、これが日本皇国国内、特に外務省における認識だった。
・外交としてはドイツに限らずバルト海沿岸諸国にありえないほど絶大な外交的成果を挙げている。なお、繰り返すが外交官の仕事ではない方面で。
・「バルカンの火薬庫」ならぬ「バルトの武器弾薬庫」の主に成長した
・かといって日本追放したら、その1時間後にはドイツとその一派が喜び勇んでサンクトペテルブルグ総督にしかねない(実質、既にそうなってる事からは目線逸らし)
・その勢いのまま”ニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ”大公ならびに”サンクトペテルブルグ公国”でも生まれた日には、ますます外交がややこしいことになること請け合い。
という訳で、「日本の外交官」という立場、主に心理的リミッターとして来栖任三郎という男は、未だに日本皇国外務省の人員名簿に名前が記載されているのであった。
無論、様々な思惑から来栖の退職や帰国を促す声が外務省内外からもあるにはあるが、それが大きな声にならないのは上記のような理由があった。
”制御不能の来栖任三郎”なんて誰も相手にしたくは無いだろう。
もっとも、そのリミッターがどこまで効いているかは、それこそ「神のみぞ知る」なのだが。
何しろ、今の来栖は、「とるあえず与えられた仕事と役割は全力投球する」という古き良き時代の日本人の性質が出てしまっているのだから。
まあ、これはドイツ側からの「外交官以外の外交に大きく関係する仕事やって欲しいんだけど?」という要請を、対価に目が眩んであっさり了承した外務省、ならびに日本政府にも責任が無いわけじゃない。
むしろ、大ありなんだが……ただ、
日英同盟とドイツとの戦争再開の可能性は極端に低くなり、日英はバルト海経済に関わる筋道が付けられ、ついでに日本人でも英国人は一滴も血を流さず、ついこの間まで敵対関係にあったドイツ人が日々不俱戴天の仇である共産化ロシア人を攻め滅ぼしているのだ。
これを外交的勝利と言わず、何を一体外交的勝利と言えばよいのだろう?
その兵器を作る一助になっているのが日本人の外務省職員というのは、実に皮肉ではある。
それにしても、
「来栖……本国で開発中の戦車と正面から殴り合える戦車を大量生産して、お前は何がしたいんだ……?」
外務省の苦悩と胃痛は続く。
されど、来栖は別段、胃痛も頭痛もない。
世の中とは、実に不公平な物であるという実例がここにあった。
いや、来栖は来栖で相応に苦悩はしてないが苦労はしているのでバランスは取れているのだろうか?
こればかりは、神ならぬ人の身ではわからない物なのかもしれない。
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