第129話 ”Kampfpanzer Sankt Petersburg-34/42”






「ほう……英国アフリカ軍は、ついにイタリア領東アフリカを平らげたか」


 只今、1941年11月初旬。

 英国はイタリア領東アフリカ、前世の地図でいうエリトリア、エチオピア、ソマリアを完全制覇したらしい。

 

(史実と比べて半年遅れでハイネ・・・・セラシエ1世がアジスアベバ入りしたか……)


 おそらくベルギー領コンゴが転がり込んできたから、英国の事だ。後に残る無理や無茶はせず、より慎重に念入りに執拗に地固めをしたのだろうと思う。

 リビアを日本に丸投げしてまでのアフリカの英連邦軍のほぼ全てを投入して(しかも、ドイツとの戦いでも日本の介入があったためトブルクやクレタ島で消耗してない状態。また英国自体がドイツと停戦中)、なおかつ史実より時間をかけたのはそういう事だろう。

 

 英国人は恋愛と戦争では手段を択ばないし、手を抜かないと言うしな。

 

(これでエジプト・スーダンからケニヤ、ウガンダ、タンザニアのコンゴへ続くルートを邪魔できる者はいない)

 

 しかも、ローデシアから南アフリカへのルートはきっちり押さえている。

 これでインドネシアの西半分まで新領土として統治し始めてるんだから、この時代の英国ってホント巨大だ。

 

「これでまた時代が動くか……」


 伝え聞く限り、日本のリビア攻略は「いっそ気味悪いほど順調」らしいし、

 

(”クリスマス前に戦争は終わる”か……)

 

 そう宣言して終わった戦争は、歴史上ないと言うが別に日本皇国は時間的宣言はしてないから問題は無いだろう。

 まあ、日本人として言わせてもらうが、年内中には終わってほしいな。

 大掃除を終わらせて、スッキリした気分で正月は迎えたい。

 

パパ・・、お茶を入れたよぉ」


 と書類に目を通してると紅茶を入れてきてくれたのは、ほんわかおっとり系のドラッヘン君だ。

 ちょっとした”事故”の時、ふにゃふにゃになってたツヴェルク君が俺を”パパ”と呼んだ時だが……残るアインザッツ君とドラッヘン君からもパパと呼びたいと要望が出たのだ。

 まあ、この子達の場合、NSRに拾われた事情が事情だ。父親に対する憧れも理解はできんが、理解を示さんわけにはいかない。

 妻に早く先立たれたので、俺には子供はいないし、故に子供との距離感はわからんが、まあ懐かれたり甘えられたりするのは悪い気分じゃない。

 という訳で、パパ呼びも来客前じゃなければ良いぞ?ということになった。

 同時に気楽な話し方も解禁だ。

 というか、かしこまられるより気安い方が、俺がやりやすい。

 

 シュペーア君には「甘すぎる」と呆れられ、シェレンベルクには「やはり閣下には、少女より少年の方が効果的でしたな」とニヤニヤされた。

 少々、発言が気になったので問いただしてみると、

 

『僭越ながら総督閣下の身辺を調査させて頂きましたが……若くして奥方様を亡くされたとのこと。では、ご成婚された頃のような若い婦女子は何かと気を遣うだろうと思いましてね?』

 

 どうやら、シェレンベルクなりの気遣いだったらしい。

 なんか方向性が微妙にズレてる気もするが、まあシェレンベルクだし。

 

 ヒトラーユーゲントの構成員は成人とみなされる前の10~18歳が一般。この世界では、少年部門と少女部門に分かれてるだけで、制度的にはヒトラーユーゲントで一元管理されている。

 妻が13歳の時に俺達は見合いで出会い、14歳で正式な許嫁となり、15歳で結婚し、そして……二十歳前に死別した。

 正直、ドンピシャの年頃の女の子を側近に付けられても気苦労抱えそうなのは事実だ。

 そこ、「お前にそんな繊細な回路付いてるのか?」とか言わない。

 

 

 

 ちなみに俺の身の回り世話役のそば付き、言うならば従兵ボーイ役は三人で日替わりの持ち回りになったらしい。

 無論、三人分の小さめの執務机は部屋に用意させたし、残る二人も事務補助兼秘書役で働いてもらってる。

 いや~、この三人、歳の割には……ああ、すまん。実は年齢知らないんだわ。NSRから渡された資料にも載ってなかった。というか、今のコードネームっぽい名前とできる技能スキルしか記載されてなかった。

 なら、言い方を変えよう。明らかにローティーンな見た目に反して、めっちゃ優秀なんだわ。

 さすがNSRの肝いりで鍛えられただけのことはあると感心するよ。

 

「パパぁ、膝に座ってもいい?」


 ただし、わりと甘えん坊である。

 

「お前たち、それ好きだな? 男の膝なんてただ硬いだけだろうに」


 物好きな事だ。


「だめぇ?」

 

「別に構わんぞ。俺も少し脳を休めようと思ってたところだ」

 

「わーい♡」


 膝を叩くとぴょんと乗ってくるドラッヘン君。

 ガタっとアインザッツ君とツヴェルク君が机から立ち上がろうとするが、

 

「……みんなだってやってるよね? 特にツヴェルク」


 あっ、静かに座りなおした。それにしても……

 

「軽いな。ちゃんと食べてるか?」


 ちょっと心配になるちっこさと軽さだぞ?

 

「んー。食べてるよ? ただ、太りたくないだけで」


「なんか、女の子みたいなこと言ってるなぁ」


 こっちは妻じゃなくて、前世記憶だが。妻は体質だったのか、太りたくても太れなかったみたいだし。よく「もっとふくよかになりたい」とハイライトが仕事を放棄した目で、ペタペタ平たい胸を触ってたっけ。

 俺が、「大丈夫だ。そう言う需要もある。俺がそうだ」と慰めるまでお約束だった。

 

「……一緒にしないでほしいかなぁ」


 ああ、忘れていた。

 ドラッヘン君に限らず、三人そろって女の子っぽいって言うと機嫌が下降するんだよな。

 

(父親を知らない上に、母親に捨てられたとか言ってたし……)

 

 おそらくそれの影響だろう。ちょっとどころでなく女性不信なのだろう。

 将来的に困ることになるかもしれんが、

 

(それは俺が考えることじゃないんだろうな……)

 

 結局、どこまで行っても、あるいはどれだけ慕われても……この子たちとは仕事上の付き合いだ。

 その内、確実に別離が来るだろう。

 

(もしかしたら、久しくなかった”寂しさ”って感情を思い出すかもしれんな)

 

 俺は色々と複雑な気分を感じながら、膝に座るドラッヘン君の頭を撫でる。

 

「ふにゃあ~♪」


 ……なんか息子ってより、ネコでも飼ってる気分になってきた。

 頭の中でネコ耳と尻尾を付けたドラッヘン君が縁側で微睡まどろんでるイメージが浮かんだ。

 いかんいかん。これは腐女子や貴腐人の発想だ。

 

 

 

***




「ほ~う。可愛がってもらってるようで何よりだな」


 と入ってきたのは、最近じゃあノックすらしなくなったシェレンベルクだった。

 まあ、さっきも言ったが気安いのは別にいいんだけどね。

 

「シェレンベルク様、いらっしゃいませ♪」


 様付けはしても、俺の膝から降りようとはしないドラッヘン君。マイペースで何よりだ。

 まあ、シェレンベルクだけじゃなくシュペーア君もシュタウフェンベルク君も客人って感じじゃないわな。

 シュペーア君に至っては、軍需省のサンクトペテルブルグ事務局に自分の執務室もあるけど、あっちは半ば資料庫と接客スペースにしていて、効率を考えてるのかサンクトペテルブルグ中央庁舎にいる時は、ほぼ俺の執務室に持ち込んだ机で仕事してるし。

 

 ああ、シェレンベルクはNSRサンクトペテルブルグ支局、シュタウフェンベルク君はドイツ軍のサンクトペテルブルグ司令部(この二つは庁舎とは別の建屋。近いけど)にそれぞれ自分の執務室があるから、用事があるときに俺の執務室に来るって感じだ。

 

 とはいえほぼ毎日顔合わせはしてるし、合同ミーティングはここでやることも多いから、あんま別のところに居を構えてる印象が薄い。

 

「どうした? 何か”新戦車開発準備委員会”に問題でも出たか?」


 実は本日はシュペーア君は出張で、軍の建屋で合同会議を行っている。

 少し前置きが長くなるが……俺が提案したサンクトペテルブルグ産の新戦車、仮称でも何でも名前がないと不便なので

 

 ”Kampfpanzer Sankt Petersburg-34/42”


 略称”KSP-34/42”となった。日本語に直すと”42年式サンクトペテルブルグ戦車34t型”にでもなるかな?

 34は計画重量でもあるが、(主にソ連に)”T-34ベースの戦車(=T-34と大差ない戦車)”であるということを印象付けること、42は”許可が降りれば1942年中に製造を開始したい”という意味だ。

 実はこの計画、シュペーア君とシュタウフェンベルク君に軍需省と陸軍に打診して貰い、シェレンベルクにはNSRを通じて総統閣下ヒトラーの耳にも入るように手配したのだが……

 

(思ったより大規模になりそうなんだよな……)


 というのも、ドイツ軍や産業界からの参加も見込んでいたのだが、どうも総統閣下が思った以上に乗り気らしく、予算拡大が鶴の一声で決まったらしい。

 そして、ディーゼル作ってるユンカースのエンジン部門と俺が希望したフランスのイスパノ・スイザの航空機エンジン部門のスタッフだけでなく、イタリアからの出向組、フィアット社から来ているメンバーに”AN1航空機用ディーゼルエンジン”の開発スタッフがいたらしく、戦闘機開発でこちらに来るついでに戦車用エンジン開発チームに合流してくれる運びとなった。

 

 実は、T-34のV2エンジンは元々イスパノ・スイザのV12エンジンとフィアットの航空機向けディーゼルの技術的悪魔合体らしいのだ。

 なら、その根源を知る技術者の参加はありがたい。 

 あのエンジン、今は冷却系や電気系を中心にまだまだ甘い部分もあるし精度は酷いが、改設計繰り返して洗練してゆき最終的にはT-90シリーズのエンジンとして21世紀まで出力を倍加させた子孫が生き延びたという基礎設計自体は大変優れている。

 

「戦車がらみの問題と言えば、問題ですかねぇ」

 

 そして、差し出された電信。その封を解いてみると……

 

「げっ……」

 

 ”視察に行く”

 

 ただ、そう書いてあった

 問題なのは、その差出人。

 

「グデーリアン機甲総監サマが来るのかぁ~。それもロンメル大将・・連れ立って」

 

 俺は思わず天を仰ぎたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る