第128話 仮称サンクトペテルブルグ戦車の開発に来栖は少しだけ本気を出し、少年はお膝の上でなんか出す





 暗闇から、影を束ねて手を創り、届けと光に手を伸ばす……握った光は曖昧な物から、やがて戦車の形を成す。

 イメージするなら、そんな感じだ。

 

「主砲は”52-K/85mm”高射砲を改設計して転用。各種徹甲弾の開発も並行して行う。シュペーア君、砲塔を鋳造できる施設や機材は?」


 無ければ、ドイツ式に電気溶接で作るしかなくなるが……

 

「ご心配なく。いきなり1,000台作るとか言いださなければ、問題ない程度に揃えられます」


 ふむ。ならば、

 

「開発が成功したならば、1,000両を製造できる設備がいるな」


「……そんなに?」


 いや、多分、ロシア人相手にするなら、最低10,000両生産くらいは覚悟した方が良いぞ?

 

「ひゃう♡」


 なんかツヴェルク君から、妙に色っぽい声が聞こえたような気がするが……速記はできているようなので問題は無いだろう。

 おっ、ノックと同時にシュタウフェンベルク君が入室してきた。

 なんか珍しくシェレンベルクが気を利かせて呼びにいかせたらしいな。ついでにドア開けて事情説明してるっぽいし。

 敬礼するシュタウフェンベルク君に俺は目礼を返す。

 膝に座るツヴェルク君を凝視している気がするが……許せ。今は非常時だ。

 

「大雑把なデザインは後で書いてみるが……砲塔は避弾経始を重視、跳弾による自己破損ショット・トラップ防止を考慮した丸みのあるソ連式に近い鋳造砲塔と思ってくれ。砲塔正面装甲は最低100㎜、できれば105㎜は欲しい。車体正面は85~90㎜。125~8㎜ザウコップ防楯を採用。過剰な重量超過は、側面や後面、車体底面の装甲厚で調整する。照準器と無線機、ベンチレーターはIV号の機材を転用、再調整し、必要なら改良する。砲塔は車長・砲手・装填手と即応砲弾を乗せて十分なスペースがあること。砲塔バスケットを採用。車体側には操縦手と無線手。無線手は車体前面の機銃手も兼ねるが、防御力を上昇させる為に車体前面機銃は廃止しても構わない。砲塔上ハッチは最低二つ。重く作り過ぎるな。ポーランドで戦前に設計された戦車用のペリスコープがあったはずだ。それの手配を。あと鋳造素材はニッケルを多めにして最良の配分を見つけよう。ソ連の素材をそのまま使うと砲弾の命中の衝撃で装甲の内側が剝離して散弾のように飛び散る”ホプキンソン効果”を頻発させるぞ?」

 

 実際、HESH(粘着榴弾)なんてホプキンソン効果を意図的に引き起こす砲弾が開発されたくらいだし……作ってみるか?

 構造自体は簡単だし。特に屑鉄を熔かして固めたような、この時代のソ連戦車には有効なはずだ。

 ソ連の場合、国家非常時とはいえ、スクラップにされた旧式戦車や自動車等の機械類をいったん溶鉱炉で熔かして鋳物の素材として再利用しているから、エコではあってもとても品質なんて語れたもんじゃないんだ。これが。

 

「くれぐれも均質に製造するようにな? 強度ムラは危険だ」

 

(いっそ、砲塔を2ピース構造にして砲塔の後ろを弾薬庫に利用し、ブローアウトパネル処理しても良いな。いや、まだ技術が足りないか?)

 

 まだ、通常の作り方の方が良いかもしれんな。まずはそこからだ。

 

「砲塔上面に14.5㎜弾の直撃に耐えられる防盾付きの機関銃を。車体前面に機銃を付けないのなら尚更必要だ。対空用という名目だが、実際には地上掃射に使われる場合が多い」


 何しろサンクトペテルブルグで最新鋭の14.5x114㎜弾、それを使う専用銃の”シモノフPTRS1941”対戦車ライフルと”デグチャレフPTRD1941”対戦車ライフルが製造設備ごと発見されている。

 そんなに製造の難しい武器じゃないので、この先ソ連軍に多用されるだろう。サンクトペテルブルグでも再生産が始まってるぐらいだし。

 実際、貴重な対装甲装備……でもあるけど、俺としては超長距離狙撃銃とか対物ライフルとして使っていきたいもんだ。


(そっちの方向で改良を進めるか……)


「それでしたら一つ提案が」


 とシュペーア君。

 

「言ってみたまえ。シェレンベルク君もシュタウフェンベルク君も意見があったら忌憚なく言ってくれ。特に制限は付けない」


 これはブレインストーミングの一種だ。実現可能かどうかより、まずアイデアを出すことが大事だ。

 そして、実現不可能な部分を削り、収斂させていくことに意味がある。

 

「そういう使い方でしたら、回収したソ連の12.7㎜機関砲、”DShK1938”と言うらしいですが、それを使ってはいかがでしょう? ドイツ陸軍正規部隊以外の配備で、戦車搭載に限定するなら空軍の13㎜弾と混ざる危険性も低いでしょう。銃本体も弾も製造設備がサンクトペテルブルグで揃います」

 

「採用だ」


 確か、DShK1938って戦後に車載銃になったんだよな。しかもビンゴで砲塔の上の。

 

「車体は発見された試作車両、T-34改修のトーションビーム式サスペンション式をベースとし、必要なら設計変更を行う。重要なのは、電気溶接で車体を作ることだ。幸い、サンクトペテルブルグの電力事情は急速に回復している」


 なんせ、一時はソ連全体の電力の八割近くをレニングラードの発電設備で賄っていたんだ。復旧さえしてしまえば、電力不足に悩むことは無い。

 何しろソ連全体に送っていた電気を、サンクトペテルブルグに集中できるんだ。

 この余剰発電量の大きさこそ、サンクトペテルブルグ復興の鍵だと俺は見ている。

 

(電気はこの先、ますます重要度を増してくる……)


 発電設備の近代化やアップデートも考えないとならんな。


「ただし、転輪は強度が落ちない程度に肉抜きを行う。鍛造で作れば、強度は出しやすいはずだ。ドイツなら得意分野だろ?」


 実際、そういう転輪をドイツは既に使ってるしな。後年、ソ連も”スターフィッシュホイール”って肉抜きした軽量転輪を採用しているし。

 

「バネ下荷重を小さくできればサスペンションの負荷が小さくなるし、また中空にした方が排熱効果が高い。ただ、むき出しにしとくとソ連の狙撃兵に狙われるぞ? 連中、14.5㎜の対装甲ライフルで転輪を撃って破損させる戦法を多用してくるはずだ。3分割したシュルツェン(履帯の外側に展開するスカートアーマー)を採用だな。あれは対装甲ライフルだけでなくソ連が成形炸薬を使ってきた場合も効果がある。あと、近接防御用のSマインは視覚的にシュルツェンで隠れる位置に搭載だな。発射する前に壊されては叶わん。いっそ砲塔側面にも増加装甲を装着できるようににして、その内側に発煙弾を隠すか……」


 これだけ外見が変われば、ソ連戦車と誤認されることも無いだろう。


「問題はエンジンと操向・変速機トランスミッションか……」


 どっちもソ連製のそれは使えたもんじゃない。

 

「ん? トランスミッションはともかく、エンジンは高出力のディーゼルで良品だと聞いていますが?」


 シュタウフェンベルク君、それは瞬間最大風速的な話なんだよ。

 

「それには語弊がある。ソ連のエンジンは出力と引き換えに、耐久性と信頼性が著しく低い。稼働率の低さと稼働時間の短さを数で補うのがソ連式ドクトリンだ。例えば、ソ連のエンジンはアルミブロックでできているのは有名な話だが、それは軽量化と熱伝導の高さによる放熱効果を狙った物だと思う。だが、肝心のアルミ合金の硬化技術、熱処理やら何やらの技術がソ連には欠けてるんだよ。だから、アルミ合金の弱点がモロに出やすい」


 例えば、日本はアルミニウムに亜鉛、マグネシウムなどを添加した合金に更に熱処理を加えた7000番台アルミ、いわゆる”超々ジュラルミン(A7075)”を普通に製造できるが、これに関しては存在も製法も一切公表していない最重要国家機密の一つだ。

 特許は、全然別の名前、用途の欺瞞工作を行いながら取っている。

 史実ではアメリカのアルコア社がほぼ同じ75S合金を発表しているが、これがどうにも無傷で手に入れたいゼロ戦を解析した結果臭いんだよな。

 アルミってのはその添加物によって大きく性質が変わるが、どうもソ連のそこいらの冶金技術、合金技術は何というか……荒い。

 加えて加工精度も悪いから、戦場での蛮用だと”当たり”のエンジンでも数ヵ月でスクラップヤード送りになるんだ。

 

「設計は良いんだが、製造段階の素材の品質も加工精度もダメだ。個体ごとの馬力をはじめバラつきが激しい。ここはそこらへんも見直そう。素材をエンジンに最適化させて、加工精度を上げ、高負荷がかかる部分、例えばピストン部分に鋳鉄製のスリーブをかませるだけでも耐久性も信頼性もかなりマシになるはずだ」


 アルミ合金の製造には、電気精錬を使う以上、膨大な電力が必要だがサンクトペテルブルグにはそれがある。

 

(いや、いっそ高強度の鋳鉄製のエンジンブロックを作るべきか?)

 

「あと、すぐ水漏れ起こす弱すぎるラジエーターの冷却周りや、役に立たないエアフィルターの吸気系にマフラーもついていない排気系もゴミだ。エンジン寿命が短い理由はこれもある。それと車体に振動の大きなディーゼルエンジンを車体に直付けするとか何を考えてるんだ? 過剰な振動は金属疲労を加速させ、車内のボルト結合部分を緩め、人も摩耗させるぞ? それに自動消火装置やエンジンや燃料タンクを仕切る防火壁も必要だ。ああ、これは連中アカはディーゼルエンジンは燃えにくいと思ってるらしいが、それは思い違いだ。軽油は引火しないが着火はする」


 そもそも燃えなけりゃ燃料にならんだろ?

 

「つまり、火炎瓶とかには強いが、燃料タンクを徹甲榴弾あたりで撃ち抜かれて内部で爆発してみろ。一発で火がつくぞ?」


 しかも、一度火がつくとまともな防火・消火システムが無いので消し止める手段がなくあっという間に火が回り、砲弾の位置も悪かったのですぐに誘爆した。

 第二次世界大戦ではなく朝鮮戦争での話だが、撃破されたT-34/85のうち、乗員の死因の実に75パーセントが砲弾誘爆を含んだ車輌火災だ。

 結論から言えば、T-34の火への強さは限定的で、一度燃えれば途端に松明になる戦車だ。

 

「あと、電装系が致命的に弱い。絶縁処理や防水処理がなってなくて、すぐに漏電するし、そもそも発電能力が低い。だから、砲塔を回すモーターに十分な電力がいかず、手回しの砲塔旋回ハンドルに頼ることになるんだ。いや、そもそもモーターにダイナモ、バッテリーの品質が悪すぎるんだな。容量も小さすぎる」


 これじゃあ敵に殺される前に乗員が疲労で死ぬぞ?

 この辺りは絶対手直ししよう。幸いモーターにバッテリー、ダイナモはドイツが強い分野だ。

 というか、ディーゼル電気機関車や潜水艦なんかのディーゼル・エレクトリック機関が盛んな国は大体、この分野が強い。

 あっと、忘れちゃならんな。

 

「振動に関しては、エンジンは車体に直付けせずにサブフレームを介し、なおかラバーブッシュなどの防振部品を使う。ユニバーサル・ジョイントや”ツェッパ・ジョイント”も可能なら駆動系、動力伝達系に組み込もう」


「ツェッパ・ジョイント?」


「1930年代中期にハンガリーの技術者ツェッパが考案した”可変角等速ジョイント”だ。特許の出願が出てなかったら、大至急手を打ってくれ」


 アレの有無はは、オートマやFF車の作りやすさが違ってくる。


「かしこまりました」


 他には……


(いっそ、燃料直噴のV2ディーゼルを予燃焼室付に改設計するか……燃費は落ちるが、明らかに騒音と振動は減るし、何より燃焼安定性とコールドスタートの始動性が段違いだ。そうしよう。寒冷地の戦いを想定するならあった方が良い)


 なら、やはり発電系の強化はますます必須だ。

 余熱プラグ割と電力を食う。しかもエンジン始動に使うから、バッテリーの蓄電分しか使えないからな。

 

「エンジンはそれでどうにかするとして……」


 とにかく、ドイツの素材工学と加工精度の高さに期待だな。


「あとはトランスミッションをどうするかだな……」


 本気でこの時代のソ連製は使えんし。戦時中のソ連製ミッションは、どっちにしろあまり良品ではない。

 

「いっそ、これもIV号のを移植するか?」


 だが計算上、35t級の戦車になりそうだが……荷重許容量は大丈夫か?

 

「それなら、もっと良い物がありますよ?」


「シュペーア君、心当たりが?」


 するとシュペーア君はにんまり笑い、

 

「ほら、V号戦車とVI号戦車の計画が統合されてV号戦車のトランスミッションがVI号のメリットブラウン式に決定されたじゃないですか? それで、お蔵入りになったV号本来のトランスミッションがあった筈です。あれ、IV号の拡大強化発展型みたいなものですが……閣下の中では、その戦車の重量はどのくらいになる予定で?」


 確か、操向装置はクラッチ・アンド・ブレーキだけど史実の九七式中戦車と同じ遊星歯車使ったタイプで、変速機は6速のシンクロメッシュ機構付きだっけ?


「ざっと空虚35t前後ってとこかな?」


 史実のT-34/85が戦闘重量で32tぐらいだったから、それよりは5t程度重くなるだろう。

 シュペーア君は満足げに、


「なら大丈夫です。そのミッション、荷重積量40tの実機試験にはパスしてますので。軸入力も650馬力までは問題なくクリアしてます」


 ふ~ん……ん?


「ちょっと待て。V号戦車の重量って確か計画では45t級の700馬力だったんじゃ……」


「け、計算上は大丈夫……なはずです」


「それ、ダメなやつだからなっ!?」

 

 だから史実では”切れやすいアキレス腱”とか呼ばれるんだぞっ!?

 あっ、でも……

 

「シュペーア君、そのお蔵入りトランスミッション、もしかして平歯車を多用してないか?」


「……そこまではデータにありませんが、平歯車だと何か問題が?」

 

「設計変更できるなら高負荷部分だけでもヘリカル・ギアとスラスト軸受、できればテーパーローラー・ベアリングを用いたタイプの軸受を制作するよう伝えてくれるか?」

 

 確か、V号戦車のミッションが壊れやすかった理由って、乱暴な変速で過剰なトルクがかかって単純だが強度が足りない平歯車が破損する事が大きな原因だったって聞いたことがある。

 ヘリカル・ギアとテーパーローラー・ベアリングのスラスト軸受ならトルク分散効果でかなりの入力許容量になるはずだ。

 

「了解しました。閣下がおっしゃるのであれば、ゴリ押す価値があるのでしょう」

 

「いや、ゴリ押しちゃ駄目だからな?」



  

***




「まあ、まずはこんなところか……」


 細かい技術考察はさておき、概要というかアウトラインはこんなもんだろ。

 本気での詰めは技術者に任せるしかない。

 

(ディーゼル屋のユンカースも来るんだっけな……)


 Ju87のユンカース社は系列で航空機用ディーゼルも作ってるからな。何かの参考にはなるだろう。

 

(なら、フランスからも呼ぼう)


 確か、T-34のV2ディーゼルは、元々はイスパノ・スイザの航空機用エンジンだったはずだ。フランス戦闘機はあの系列のエンジン使ってるし、詳しい奴を募集しよう。

 

 ふと気づくと膝の上に居たツヴェルク君が涙目になってて、

 

パパ・・ぁ……ごめんなさい……出ちゃった……」


 何事?と思えば、半ズボンの前の部分が濡れて変色していた。

 

「おおっ!? すまん。俺がガッツリホールドしてたせいでトイレにいけなかったんだな?」


 う~む。いかんいかん。仕事に夢中になって子供にお漏らしさせてしまうとは。

 するとツヴェルク君、首をふるふると横に降って、

 

「パパの腕、とってもたくましくて気持ちよかった♡」


「ん? そうか? それはともかく、着替えてきなさい。これで一旦、仕事はおしまいだ」


「えへへっ♪ せっかくだから、パパにお着換え……痛いっ!?」


「はーい。そろそろ膝から降りようか? お仕事は終わりだし、総督閣下は忙しいんだから。というか、少し調子に乗り過ぎだよね?」


「いきなりパパ呼びとか、ちょっと抜け駆けが過ぎるよね? それにお膝の上で出すとか、なんて羨ま……はしたない」


「痛い痛いって! 耳がエルフみたいに伸びちゃうってばぁ!」


 なんか両耳をアインザッツ君とドラッヘン君に引っ張られて退室していくツヴェルク君……なんなん?

 それとシェレンベルク、なに腹抱えて笑ってんだ?

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る