第127話 実に興味深い技術実証車両(?)と来栖の男の子に関する取り扱いについて




「今、手持ちの機材でも何とかならんわけではないかと思っただけなんだが……」

 

「T-34を再生産するので?」

 

 それはないな。

 

「現行のT-34は砲塔が小さすぎるんだよ。それにまつわる不具合が多い」

 

 例えば、

 

 ・砲弾を砲塔に必要量搭載できず床下に収めた為、砲塔バスケットを採用できなかった。

 ・砲塔に二人しか入れず車長/砲手/装填手の役割を二人でこなすしかなかった。

 ・スペースの関係で、砲塔操作ハンドルの位置が悪く、腕を交差して動かすような配置だった

 ・主砲の俯角がほとんどつけられず、近距離戦に対応できなかった

 

 砲塔以外にも、クリスティー式サスペンションを採用している為、車内の容積がコイルスプリングで圧迫され、また容積あたりの出力がガソリンエンジンより低いディーゼルエンジンを、しかも縦置きで配置するという相乗効果で同じサイズのIV号戦車に比べてかなり狭いってのも問題点だろう。

 ぶっちゃけ、でっかいドイツ人やフィン人には狭すぎる。

 更には全体的に作りが甘くて、操向装置がシンプルな乾式クラッチ・ブレーキ式操行装置で曲がりにくい。4段変速機は動作が重くて動かすだけで疲労するレベル。ディーゼルエンジンがフレームに直付けされてるため振動が車体にモロに伝わり運転してるだけで疲れるし、酔う。

 つまり、曲がらず、変速するのも運転するのも疲れ、居住性は最悪……という強いかもしんないが、乗員には優しくないのが、この時代の初期型T-34だ。

 42年型を通してT-34/85まで行くと、大分改善されるのだが……

 

(それでもラジエーターやエアフィルターの虚弱さは最後まで改善されなかったっけか。あと自動消火装置やマフラーの不搭載も)

 

「実はKV-1系列の方が、発展性自体はあるんだよなぁ」


 なんせ内部の容積が大きく、レイアウトの自由度が高い。また、(この世界線の)ドイツでは主流になってるトーションバー方式のサスペンションの為に実は足回りの性能はT-34より潜在的には上だったりする。

 ソ連では「鈍重すぎる」と嫌われたようだが、あれは単純に10t以上軽いT-34と構造的に大差ない操向・変速機を使うのが悪いと思うぞ?

 加えるなら、KV-1の軽量化のメソッドって実はあるんだよ。

 史実でもKV-1Sなんて軽量型も製造されてるし。

 というか、KV-1ってのは”無駄に・・・重装甲”な戦車なんだよ。

 

 どういう意味かっつーと、”重装甲にしなくても良い部分まで分厚い鉄板を使っている”んだ。

 戦車ってのは、全部を分厚い装甲で囲む必要は無い。

 戦術により多少の差は出るが、被弾率の高い場所ってのは既に判明している。

 それにKV-1はSMKやT-100って時代遅れの多砲塔戦車を設計元にしてるのだが、デザインにその名残がある。つまり洗練しきれてないのだ。

 

「そういえば、T-34と異なる……というか、T-34に試験的なサスペンションが搭載されているような作りかけの試験車両が発見されたようですが……」


 なにっ!?


「シュペーア君、資料はあるかい? できれば、写真付きの」

 

「ありますよ」


 とシュペーア君が執務机の引き出しを開けて差し出した資料を早速……”アインザッツ”君だっけ?が受け取り運んでくれる。

 俺は、礼と共に頭を撫でる。

 同性だとこういう接触が気楽なのが良い。前世は戦後生まれ日本人としては、異性との気軽な触れ合いがセクハラと呼ばれたロクでもない時代を知ってるだけに、どうしても未だ抵抗がある。

 

(もし、妻との間に子供、男の子がいたらこんな感じだったんだろうか……)


 妻と結婚したのは、俺が外務省に入省した20歳をいくばくか過ぎた頃で、妻はまだ15歳だった。

 前世風に言うならば”奥様は女子高生”の年頃だ。

 

(だが、妻は二十を迎えずにあの世へ旅立ってしまった……)


 流行り病……インフルエンザをこじらせてであっさりと。

 この時代、まだまだインフルエンザは死に至る病だ。

 スペイン風邪では、今生ではわかっているだけで1億人以上が死んだらしい。第一次世界大戦を止めたのは、実質的にはスペイン風邪だ。

 その死者故に各国は戦争を継続できなくなった。

 そして、予防接種が制度化した戦後でも、死者7000人を超えた年が二度もあり、それ以外でも死者2000人を超える年は珍しくない。

 

「ふぇ……」

 

 なんだか可愛らしい声が聞こえたが……

 

「ああ。すまん。撫で過ぎか」

 

 いくら見た目が綺麗といっても、物思いに更けながら撫でるもんじゃないな。

 

「い、いえ……も、もっと撫でてほし、もいいです」


 撫でて干し芋? なんのこっちゃわからないが。

 まあ、嫌な顔をされてない……というか、ちょっと顔赤くないか? というか、何かふにゃけてないか?

 

「あー、総督閣下。実はその子達ってNSRが保護した孤児って出自でね。実は父親を知らなくて、母親に捨てられたって経緯が……だから、父性に対する憧れみたいなもんがありましてね」


 というかニヤニヤしながら話す台詞じゃないだろうが。


「そういう大事なことは先に言え」


 マジかぁ……まあ、ドイツ人でも色々あるんだろうな。重苦しい系のとか。

 

「まさかNSRは孤児を育てて人材供給源にしてるのか?」


「よくご存じで」


「ヲイ」


 NSR長官ハイドリヒェ……お前は一体、何処のチャウセスクだ? 

 というか、あの後先考えない子作り阿呆チャウセスクはこの世界線でもいるのか? ルーマニアがアカ化しなければ何とでもなるとは思うが……

 まさか”彼岸花”とか”鈴蘭”みたいな事させてんじゃないだろな……

 

「心配しなくても外道なことはさせてませんよ? 就業訓練行ってヒトラーユーゲントに研修代わりに出向させてるくらいですし」


「これも福利厚生、社会的セフティーネットと考えるべきか? 全く人間というのは、いつの世でも・・・・・・業が深い」

 

 この本来の名前を失くしてしまっただろう少年たちには、少しは優しくしてやるとしますか。

 まあ、それはそれとして……

 

「とりあえず、拝見と……」

 

 シュペーア君の資料を見ると、

 

「マジかぁ……」

 

 いや、確かにレニングラードは戦車開発の中心地だったけどさ……

 

(この試作車、おそらく”T-43”の原型の一つだ……それもかなり初期の)




***




 T-43ってのは特に車体の素性は良かったが、ソ連が「火力不足」って理由で没にした戦車だ。

 基本はT-34の延長線上にあるんだが、足回りが方式が全くの別物で、車体自体の大きさはT-34と変わらないのに内部容積は大きく改善されている。

 そして、T-43の最大の特徴がクリスティー式から変更された、

 

(この”トーションビーム式サスペンション”は、ほぼ間違いないな)


 史実では実車が完成したのは名前の通り43年のチェリャビンスクだが、さっきも言ったが陥落するまではレニングラードが戦車開発の中心地だったわけだから、初期のサスペンションの技術実証車がここにあってもおかしくはないが……


「シュペーア君、このシャーシは製造、いや量産可能だと思うか?」


「車体その物はT-34の発展型というより、まんまT-34のシャーシを改造して作られているので、条件が揃えば可能だと思いますが……」


「なら、その条件を揃えよう。そして設計をより洗練させ、量産向きにしよう」


 脳味噌が活性化する兆候があった……閃いたというか、降りてきたというか……自我を落とさない程度の軽い酩酊トランス感がやって来る。

 設計をミスらなければ、トーションビーム方式は内部容積が大きくとれ、構造も単純で製造単価が安い量産向きのサスペンションだ。

 

「誰か、メモの準備を」


「あっ、はい! ボク、職業訓練で速記を覚えました!」


 ツヴェルク君か……

 

「良いだろう。君がメインでアインザッツ君とドラッヘン君は並行でメモを。三人がかりでやれば、取りこぼす情報は少なくなる。机は……」

 

 予備の机とかなかったな。仕方ない。

 

(補佐と言うなら、この子たちの机も用意させるか)

 

 とりあえず、一番ちっこいツヴェルク君ならさして重くは無いだろう。

 俺は、膝をパンパン叩き、

 

「来なさい」

 

「よ、よろしいんですか……?」


「早く」


「ひゃ、ひゃい!」

 

 俺は近づいてきたツヴェルク君のわきの下に手を入れ、子供を抱き上げるように……というか子供ユーゲントだったわ。とにかく、膝に座らせた。


「すぐに速記の準備を。アイデアってのは、霧や霞のようにあっという間に消えてしまうもんだ」


「わ、わかりました!」


 俺は、腕を組もうとしたけど、流石に頭の上で組むのは邪魔になるか。

 

(それにしても、ちっこいな……それに軽い。ちゃんと食べてるのか?)

 

 まさか、NSRは食費ケチってないだろうな?

 俺は、ツヴェルク君を抱きかかえるようにして腕を組む。女の子なら問題かもしれんが、男なら問題無いだろう。

 

「ひゃん!」

 

「ん? どうした? 速記しにくいか?」

 

「い、いえ、でも、もっとギュってしてぇ……♡」

 

「?」

 

 まあ、筆記に問題ないならそれで良い。

 意識を集中させる……そうすることで、イメージを明確化させる。

 

(イメージするのは、前世の”T-34/85”……)

 

 あれはどんな戦車だった?

 どんなコンポーネンツを使ってた?

 

 強くイメージしろ、もっと強く!

 前世の記憶に手をより深く伸ばせ!

 

(俺ならできるはずだ。そうだろ? 来栖任三郎)

 

 

 

***




 だから来栖は知らない。

 

「はへぇ……」

 

 この時、膝に乗せられたツヴェルクと呼ばれた少年が、どんな顔をしていたかを。

 そして、残る2人の少年が嫉妬の視線でツヴェルクを見ていた事を……

 

 来栖は知ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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