第125話 DB系(特に605)のエンジンの話 ~メッサーシュミットの顛末を添えて~





 ”メッサーシュミット・スキャンダル”という下手すればドイツという国自体の存亡に関わりかねない世紀の大不祥事により、メッサーシュミット社は国有企業化されジェット戦闘機の開発以外は全て禁止となった。

 

 だが、問題となったのは主力商品であるレシプロ機の技術者達だ。

 製造部門はまだ生産済み機体のメンテナンスやオーバーホールの交換部品の製造を義務付けられた為にMe262開発チームと共に取り込まれたが、開発部門は完全に手持ち無沙汰になってしまったのだ。

 そして、現在のメッサーシュミット社社員は、半公務員(実質的な保護観察中扱い)のため勝手に退職や転職もできない状態だった。

 

 無論、ドイツ政府もそこを考えてなかったわけでは無く、フォッケウルフ、ハインケル、ユンカースなどの大手航空メーカーに振り分けられたが……

 

「まさか、花形の戦闘機開発部門がほとんど丸ごとサンクトペテルブルグに回されてくるとはねぇ~」


 と思わず呆れる俺、来栖任三郎である。


「いえ、これには深い事情がありまして……」


 シュペーア君の話をまとめると、こうなる。

 

 ・フォッケウルフ社は既存の主力商品Fw190の改良と可能性を突き詰めてる最中であり、他にもクルツ・タンク博士が新たな戦闘機の開発計画を立ち上げているので、今更戦闘機部門の開発者の増加は、混乱を招きかねない。

 

 ・ハインケル社は、He280ジェット戦闘機の製造段階への移行やHe219夜間戦闘機やHe177戦略爆撃機の製造と後継機の開発、ドイツ空軍から要請のあった「簡易小型ジェット戦闘機」のコンセプト決定や試作機の開発と既に開発リソース満杯状態で、新規のレシプロ戦闘機開発から事実上、撤退している。


 ・ユンカース社はそもそも戦闘機を製造していないので、レシプロ爆撃機の人員は喜んで受け入れるが、戦闘機はちょっと……

 

 この三社だけではなく、どこも現在抱えている案件で手一杯だったようだ。

 いや~、カツカツだな。ドイツ航空産業。

 数少ない例外は、ハインケルの撤退で空席になった次期艦上レシプロ戦闘機の開発に乗り出したブローム・ウント・フォス社(飛行艇やビックリドッキリメカ的飛行機の制作で有名)が受け入れを表明したが、やはり全員は無理とのことらしい。

 

(おそらく”Bv155”あたりの開発に投入するんだろうけど……)


 あの戦闘機、空母に離着艦できるか以前に、本当に空飛べるのか?

 それにしても、

 

「なんの因果かなんだかんだで日本人が統括することになった元レニングラードなサンクトペテルブルグに、イタリア選抜のヒコーキ屋とメッサーシュミットの残滓が合流するとか、一体何の冗談なんだか……」


 いや、マジでなんなん?

 このカオスな状況。

 いやこの状況、俺に一体どうしろと……

 

「いや~、やりごたえのありそうな仕事で何よりですな」


 シェレンベルクェ……

 

「随分、さっきから楽しそうじゃないか?」


「何せ、証拠集めに苦労させられたクチですんでね」


 さよけ。ところで、今度は俺が苦労させられそうなんだが?

 

「いっとくが、俺は航空機は専門外なんだがね……」


 前世込みで俺は空軍には入ったことないし。

 というか、なんとなく陸式寄りだった感覚がある。

 

「いえ、航空機産業のマネージメントは軍上層や空軍省からも人を回してもらうよう手配しましたので。総督閣下は、顎でそれらの者達を使っていただければ」

 

「顎では使わんよ。精々、苦労を分かち合うとするさ」


 そういうのは性に合わん。


「フォン・クルス総督……」


 い、いや、あのさ……シュタウフェンベルク君、そんなに熱視線で俺を見ないでくんないかな?

 君、マジに美形だから色々シャレにならんのよ。

 変な扉が開いたらどうしようか。

 

 

 

***




「改めて確認したいけど、開発・製造予定なのは、フィアット社の”G.55”、マッキ社の”MC.205”、レッジーナ社の”Re.2005”で間違いないな?」


 イタリアの仇花、悲運の名機。DB605のイタリア・ライセンス生産エンジン(フィアットRA.1050RC.58”ティフォーネ”)を搭載する、史実で言う所謂”セリア5トリオ”だ。

 

「ええ。ですが、イタリア本国仕様と異なるドイツ仕様になる予定です」


「ん? シュペーア君、詳しく説明してくれないか?」


「エンジンが違います。実は……」




 シュペーア君の説明をまとめると、こんな感じだった。

 イタリアにライセンス生産許可をだしたDB605は、史実のDB605にDB603の過給機を組み合わせ、高硬度性能を改善したDB605AS(M)とほぼ同じもの。

 基本的にDB601をボアアップして最高回転数を引き上げ、ついでにDB603の過給機を付けたパワーアップ&高度性能改善版だが、

 

「ドイツ正規版は中空クランクシャフトを廃止し、心材の詰まったコンペショナルな高強度クランクシャフトに変更。また流体継手を用いた一段無段変速式の遠心圧縮過給機スーパーチャージャーを二段二速式の空冷中間冷却器インタークーラー付遠心圧縮過給機に変更しています。その為、強度上昇により内部の圧縮比と加給圧を引き上げることが可能となり、出力上昇、更には高々度性能の改善につながりました。具体的なスペックは……出力は87オクタン燃料(この時代のドイツの標準燃料)で離陸時(海面高度)で1,785馬力を発生します」


 げっ、史実末期のDB605のMW50水/エタノール出力増強装置の使用時並じゃん。


(というか、史実のDB603並みの出力かよ……)


 コンパクトなDB605、それも初期型でその馬力って……この世界線のDB603って素で2,000馬力級なんじゃないか?

 いや、それ以前に87オクタンでそれって……

 

「いやそれって、100オクタン級のハイオク燃料使って、水/エタノール式の出力増強装置使えば、軽く2,000馬力級になるんじゃないか?」


 するとシュペーア君はキランと目を輝かせて、

 

「ほほう。その出力増強装置とは? 詳しく」


 えっ? この時代ならもうドイツに原型あるだろう?


「コンセプトから言えば、出力増強装置とは言うが、実態は冷却装置だ。水とエタノールの混合液で過給機を冷却して、過給気(過給機で圧縮された空気)の温度を下げることで結果的に出力を増強させるっていうな」


 もうちょっと詳しく話すと、過給機で空気を圧縮して取り込むと温度が上がる(空気の圧縮加熱)。

 温度が上がると体積が増え、体積当たりの酸素密度が低くなる。

 なので、圧縮され温度が上がった高圧空気を冷やすことで酸素密度を上げてエンジンに過給気を送り込んだ方が効率が良い。

 

 その冷やすパーツがインタークーラーであり、水/エタノール噴射装置なんだが……

 

(あっ、そういうことか……)


DB系に史実のマーリン後期型と同じ中間冷却器付の過給機の開発と装着が成功したってことは……


「もしかして、中間冷却器の開発に成功したから、水/エタノール噴射装置はまだそこまで必要性が無いから開発してないとか? ”MW50”って開発コードは聞いたことない?」


「ええ。亜酸化窒素を用いた”GM1”という装置ならありますが……」


 ああ、あれか……レースなんかでは”ナイトラス・オキサイド・システム(NOS)”で知られてる奴だ。

 実はあれも、エンジン内に亜酸化窒素を噴射してノッキング抑えつつシリンダー内の酸素量を増やすシステムなんだよな。

 

「GM1の多用は禁物だぞぉ? ニトロ・ブーストはエンジン内部に亜酸化窒素を噴射するタイプだから、エンジンへの負荷がバカにできない。きっちり調整し用法/容量を守らないとすぐにエンジンがオシャカになる」


 車でもそうだが、ニトロはセッティングや使用法を間違えるとエンジンぶっ壊すからな。


「……何が専門外ですか? 滅法詳しいじゃないですか」


 なんか、シュペーア君にまで呆れられてしまったが、

 

「エンジン関連の技術は好きなんだよ。ああ、そうそう。インタークーラーあるなら、水/エタノール噴射装置で冷やすのは過給機本体よりインタークーラーの方が良いぞ? 噴射液で冷やすってのは熱膨張/熱収縮を繰り返すって意味だから劣化しやすい。頻繫に交換する事になる部品なら、小さくて軽くて安いにこした事は無い」


 実際、エンジンはともかく飛行機の方はデータしかわからないからなぁ。

 多分だが、実際に飛ばしたり整備した事はほとんどないと思う。


「いっそ、”フォン・クルス式冷却システム”としてパテントでもとってはいかがです?」


「それだっ!」


 ”それだっ!”じゃないよシュペーア君。

 それとシェレンベルク、相変わらず人生楽しそうだな?


「DB605がサンクトペテルブルグに納品されたら、是非試作してみましょう。ダイムラーベンツの技術者も巻き込んで」


 そこで目をキラキラさせるあたり、シュペーア君も軍需省に染まってると言うか……

 

「いっそ、二段二速過給機にしたのも構造の簡略化も兼ねてるだろうから……構造を単純化した二段無段変速式の過給機でも提案してみるか? 流体部分に空冷のオイルクーラー取り付ければ、熱許容量も大きくなるだろうし」


 過給圧とかに無茶しなければ、まあいけるだろう。

 それもだが、フルカン継手だけでなくトルクコンバーターとかも作ってみたいもんだね。

 トルコン作れれば、オートマとか作りやすくなるんだよなぁ。

 

 

 

***




「ところで、なんで二系統のDB605が開発されたんだ?」

 

 まるで、輸出仕様のDB605ってデチューン版、いわゆる”モンキーモデル”のような感じがするよな?

 

「これにも事情がありまして」

 

 

 

 ちょっとエンジン開発史じみた話になってしまうが……

 そもそも、DB605の前モデルであるDB601が、面倒くさい中空クランクシャフトなんて物を採用した理由は、こんな感じになる。

 

 ・当時のエンジンは”目指せ1,000馬力”という出力の時代で今の基準なら非力であり、それでスピードを出そうとしたら空気抵抗の少ない薄い主翼の採用が最適解とされた。

 ・薄い主翼では、主翼内燃料タンクや機銃を搭載できる容積が確保できなかった。

 ・また、当時のドイツが入手できた大口径機銃(機関砲)MGFF20㎜機銃は初速の低さゆえに弾道特製が悪く(いわゆるションベン弾道)、命中率を少しでも上げるためには、照準器と同軸にするのが理想とされた。

 ・加えて、エンジンと機銃という重量物を機体中央に集中搭載することで、重心の安定に寄与する効果が期待できた。

 

 という訳で、プロペラ軸に機関砲を通すために採用されたのが、中空クランクシャフトだった。

 だが、

 

「出力1,500馬力時代が見えてきて、航空力学の進歩で機銃を搭載できる厚みのある主翼も問題なく採用できるようになりました。しかも弾道特製の良いMG-151/20㎜機銃も開発できた。そこで、当初からDB601の後継エンジンは、中空クランクシャフトを廃して強度上昇による圧縮比の増大による高出力化、またより高出力と高硬度性能の獲得を狙える二段二速過給機を搭載すると早々と決まったんですが……」

 

 どうも俺は勘違いをしていたらしい。

 

「ですが、他国からの要請……これは主にイタリアからですが、変わらず同軸機銃を使いたいから中空クランクシャフトの継続使用を求められたんです。しかし、開発は通常のクランクシャフトで始まっていました。そこで考えられたのが、DB601のクランクケースやクランクシャフトと、DB605のエンジンヘッドやシリンダーブロックを組み合わせる手法でした。幸いDB601と605は同じサイズになるよう設計されていたので、作業自体は困難ではなかったのですが……ただ、これでは強度の問題で圧縮比は上げられませんし、二段二速過給機も装着できない仕様になりましたが。それでも過給機自体を大型化したりの努力はしたんですがね」


 とまあ、中々に酷いオチだ。

 つまり、イタリアにライセンス生産許可を出したのは、DB605のデチューン版モンキーモデルではなく、DB601とDB605の”ハイブリッド”。本来なら別のエンジンだ。

 実際、出力に20%以上、350馬力以上の開きがあれば当然だろう。

 高々度性能のだって全くの別物だろうし。

 

(実質的に、イタリアに設計図渡した奴はDB601のボアアップ・排気量拡大版だもんな~)

 

 いや、史実のDB605自体がそんなエンジンなんだけどさ。

 むしろ、俺の主観で言わせてもらえば今生のDB605の方が、”DBとマーリンの良いとこどりハイブリッド”に見える。

 

「あー、もしかしてDB603には中空クランクシャフト版なかったりする?」


 DB603は、DB601の設計をベースにエンジン自体を大型化した高出力エンジンだが、


「ええ。あのエンジンは輸出予定がありませんので」


 なるほどー。

 

「代わりにJumo213系列のエンジンが、中空クランクシャフトを継続するみたいですよ?」


 攻めるなぁ、ユンカース。

 

「フォン・クルス閣下は、本当に多彩ですね」


 いや、シュタウフェンベルク君。実はこれ前世知識に頼った一種のカニングだから……とは流石に言えんし。

 

「まあ、たまたまさ。そんなことより、さっさとイタリア人やメッサーシュミット残存の受け入れ準備でもつめようか?」




 さて、お仕事お仕事と。、

 

 

 

 










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