第124話 ”メッサーシュミット・スキャンダル”





「確か、あれってサンクトペテルブルグ攻略してすぐぐらいだっけ?」


 というか、国内の混乱防ぐためだと思うが、逮捕するってレニングラードが陥落するのを待っていたよな?




***




”メッサーシュミット・スキャンダル”


 まず、これを説明する前に、史実と全く異なる歴史を歩んでる航空機メーカーを書くべきだろう。

 それは、

 

”ハインケル社”


 だ。

 史実では社長のハインケルが東部領主ユンカーの出身であり、「暴力的な成り上がり」とナチスを毛嫌いしており、そしてナチス自体もユンカーを旧時代の遺物と嫌っていたためにどれほど高性能な機体を作っても冷遇されたという経緯がある。

 

 だが、この世界では全く状況が異なる。

 この世界のアインスト・ハインケルと彼の率いるハインケル社の躍進は、1939年に”人類最初の実用ジェット機”として初飛行した”He178”の成功で確定したと言われる。

 その展覧飛行にいたく感激したヒトラーは、

 

『ハインケル君、君は航空機というものが産声を上げたその瞬間、それに匹敵する功績を上げたのだよ。良いかね? 君は人類出始めて動力飛行を行ったかのライト兄弟に匹敵する偉業を成し遂げたのだよ』


 とその場で”一級鉄十字章”を授与するという異例の待遇を行ったのだ。

 後にハインケルはこう語っている。

 

『総統閣下に勲章を賜ったとき、私は彼の目を見た。それはまるで空に憧れる少年のように済んだ瞳だったのをよく覚えている。印象的だったのだ。そしてこの時だよ。総統閣下とナチ党が全くの別物だと確信したのは』


 ヒトラーは褒賞されるということは、同時に裏からNSR(国家保安情報部)や国防軍首脳部から庇護を受けるに等しかった。

 そして、ヒトラーはこう続けた。

 

「新たな時代を築く軸流圧縮推進機関ターボジェットの開発は君に任せよう。必要なものがあれば、いつでも言いたまえ」


 と。

 そして、ハインケルはジェットエンジンとそれを搭載するジェット機の開発を行う傍ら、航空機メーカーとしての本懐を果たすべく次々に傑作機を開発・製造した。

 

 既に作中に出て来た機体としては変則的な双子エンジンではなく、「戦略爆撃機なのに急降下爆撃能力の付与を求められる」という無茶ぶりがなかったため、DB601エンジンを4発積んだバランスのいい大型爆撃機として完成したHe177B”グライフ”がある。

 それ以前にも双発爆撃機のベーシックモデルとなったHe111、そして現在、DB603エンジンを積みまさに生産が始まろうとしてる高性能双発夜間重戦闘機He219”ウーフー”などもその代表格だろう。

 だが、ハインケルを象徴するといえば、やはりこの二つは外せない。

 

 ・He100M”フリガットフォーゲル(軍艦鳥)”

 ・He280”リーゼ・アドラー(大鷲)”

 

 He100Mは、ついぞサンクトペテルブルグの一連の戦いで名を明かさなかった”ドイツ海軍初の本格的な艦上戦闘機・・・・・”だ。

 名前からわかる通り試作機のHe100Dをベースに徹底的に艦上戦闘機として再設計された機体であり、史実でも「性能ではBf109に勝っていた。だが、Bf109の採用は最初から決まっていた」高性能をそのまま落とし込むことに成功し、見事にソ連軍機を圧倒してみせた。

 エンジンは当然のようにDB601Nである。

 役立たずのBf110が製造中止になった分、エンジン在庫に余力があった。

 

 He280は、既にこの時点で試作機が飛んでいる”世界初の実用ジェット戦闘機”だ。

 この機体の成功は、偏にハインケル社が並行開発していた二つのジェットエンジン、”ハインケルHeS8”と”ハインケルHeS30”のうち、HeS30を選択した事が大きいだろう。

 HeS8はタイトな設計故に推力と稼働時間を上げられず、結果として設計に余力があるHeS30が採用された経緯がある。

 ジェットエンジンの開発で先行していたハインケル社の強みが生きた形だ。

 またHe280も世界で初めてインジェクション・シートを採用したり、電波感性による地上からの電波誘導によるヒンメルベッドの発展型である半自動迎撃システムの機材を搭載したりとといくつもの先進性を持っていた。

 航続距離は短いが、それはドロップタンクで補う形で、量産型は防空戦闘機として大量生産される予定だ。

 

 

 

***




 だが、この決定に歯ぎしりをしてる男がいた。

 メッサーシュミット者総帥、”ウェルナー・メッサーシュミット”だ。

 

 史実ではナチ党に昵懇(主に献金などの金銭面)になることで、”明らかな失敗作”さえも空軍に納入させることに成功した、「ドイツの全てのジャンルの航空機をメッサーシュミット社の製品で埋め尽くすことと」を目標とした野心家だ。

 

 だが、献金工作はナチ党には成功しても、ヒトラーやその側近、軍の上層部には通用しない。

 それでも諦めなかったのは、ある意味立派なものだが……だが、彼は一線を越えてしまった。

 

 Bf109の後継として提示したMe209だったが、基本的にMe209は最高速度記録機レコードブレイカーとして制作した機体を戦闘機として仕立て直した代物。

 そして、結局不採用となったBf110の後継として設計したMe210……史実では、Bf110の運用結果が出る前に1000機発注されたといういわくつきの機体をHe219に代わる夜間戦闘機として再設計した。

 

 そして、この世界線でもメッサーシュミットは、この二つをまず採用させようとして……ナチ党の幹部に大量の献金を行った。

 いや、ナチ党だけでなく軍の幹部にも行った。

 他にも余罪はいくつも出てきた。

 設計段階で見え始めたBf309の欠陥を隠蔽した開発資金援助の要請や、明確な失敗作であるMe210の改良型の提案……

 戦略爆撃機として性能不足なMe264の性能粉飾に、競合他社に関する妨害工作も散見された。

 

 

 

 これが、ヒトラーの逆鱗に触れたのだ。

 

『私利私欲の為に、役立たずなことを分かっている機体を売り込むとは何事だっ!! パイロットの命を、つぎ込まれる血税を一体なんと心得るっ!!』


 レーヴェンハルト・ハイドリヒにしても、ここまで激怒したアウグスト・ヒトラーは初めて見たという。

 そして、開戦以来のメッサーシュミット社の動きを訝しんでいたヒトラー直々の命令で、三軍統合情報部アプヴェーアのカナリス大将共々、NSR(国家安全保障情報部)を動かし39年より密かに内偵を進めていたハイドリヒは、証拠固め自体は済んでいたため、アプヴェーアに限らず提携している公安・警察機構全てを動かし、一斉検挙を行ったのだ。

 

 ”投獄の夜(Nacht der Gefangenschaft)”


 と称されたその日だけで、逮捕者はドイツ全体で1000名を超えたという。

 そして、特に主犯格もしくは悪質と判断された陣頭指揮を執っていたウェルナー・メッサーシュミットと贈賄を担当したメッサーシュミット社の経営陣や幹部、実働した職員、そして収賄しメッサーシュミット社の製品を軍に採用させようとロビー活動をした軍人、軍に働きかけを行っていたナチ党幹部にかかった罪状は、

 

 ”重国家反逆罪”

 

 だった。

 その理由の根幹は、

 

『欠陥のある兵器を私欲に従い軍に納品させ、現場で扱う善良な公僕たる兵士を危険にさらし、ひいてはドイツ軍や全体を危機に陥れ、ドイツを戦争に敗北させようとした利敵行為』

 

 であった。

 この罪の恐ろしいところは、裁判は1回のみで公開で行われ、しかも刑が確定すれば抗弁は認められない。

 しかも有罪となれば求刑は原則死刑(銃殺刑)しかないのだ。

 だが、メッサーシュミット社の規模を考えれば、万を超える欠陥機が納品された恐れがあり、それを否定できる者はいなかった。

 そして最終的に、ウェルナー・メッサーシュミット社長をはじめ、100名を超える有罪確定者が、裁判後直ちに刑に処された。

 ヒトラーは、こう演説を残している。

 

『兵も私の大事な国民である。その大事な国民を戦場で比喩ではなく命がけの戦いを命じるのが、我であり国家だ。であるならば、予算、技術、時間などの物理的制約が許す限り、最良の装備を用意するのが国家の義務であるのだ。そのために国民は血税を収め、福祉ではなく戦費に使う事を許容と納得をするのだ。偏にそれは、ドイツという国家の為、民族の為の思いだと我は信じている!』


『だが、彼らはそれを怠った。兵の命より、国民の命より自らの私利私欲を優先したのだ。劣悪な装備で兵が死に、国が滅んでも自分の財布が厚くなればそれで良いと言ったのだっ!!』


『愛する国民よ! これを国家、民族、国民に対する裏切りとせずいったい何を裏切りとする!! このような俗物が国家の舵取りを行うなど断じてまかりならんっ!! そして、彼らがこれまで犯してきた背信は亡国への導きであり、まさに万死に値する! 我はドイツを背負う者として決して許しはせん! 今、持つべきは慈悲と寛容の心ではなく、断罪の覚悟なのだっ!!』




***



 

 会場で、あるいはラジオ放送でこれを聴いていたドイツ国民は万雷の拍手喝采で応えた。

 そして、改めて自分たちの”主君”は彼しかいないと思い直す。

 なぜなら、ヒトラーこそ”チュートン的正義の体現者”であり、”あらゆる不誠実を許さない断行者”なのだから。

 

 ヒトラー自身は、自身の信じる正義に従った行動に過ぎないと思っているだろう。

 そして、それが”自分というの正義”に端を発するものだということを自覚していた。

 

 だからこそ、国民に理解を求める為に行ったのが、この演説だった。

 結局は、政治である。

 

 しかし、ドイツ国民はそうとらなかったろう。

 おそらく、こう思ったのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 ”総統閣下こそが、我らが正義”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******************************










 しかし、罪人を捌いてめでたしめでたしとはならなかったのだ。

 ヒトラーの怒りはその程度で収まるのではなかった。

 先に言っておくが、これは贈収賄に関係してなかったメッサーシュミット社員、特に技術者に関する温情などではない。

 何が言いたいのかと言うと、

 

 ”メッサーシュミット社は安易な倒産すら許されなかった”

 

 のだ。ヒトラーは語る。

 

『彼らの犯した罪は、罪人が死に会社が倒産した程度で償えるようなものではない』


 まずドイツ政府が行ったのは、贈収賄で使われた有罪者保有株式や自社保有株のメッサーシュミット社株の没収と、一般株式市場や投資家が持つメッサーシュミット社株の有償・・強制徴収だった。

 つまり、市場にあるメッサーシュミット株を「期日までに政府機関に提出せよ。額面金額(ドイツは無額面株を禁止している)で買い取る。期日を過ぎれば、メッサーシュミット社株は、理由の如何を問わず無効となる」と宣言したのだ。

 同時に社債は、連鎖倒産を防ぐためにドイツ連銀が肩代わりする事になった。また、メッサーシュミット社と提携関係にあり、贈収賄に関わっていなかった企業にはセフティーネット的な救済措置が取られた。

 随分と念入りに準備されていたようだが……シャハト経済相は泣いて良いかもしれない。


 この決定は特に投資家を喜ばせた。

 メッサーシュミット社が倒産、一気に株式は紙くずに変わると思いきや、額面金額とはいえ回収できるのだ。

 特に”投獄の夜”以降、メッサーシュミット社の株価は急落し、額面割れを起こしていたのでありがたかった。

 



 周囲のへの経済的損失や混乱を最小限に抑制するよう配慮されながらメッサーシュミット社自体に下った沙汰は、株の接収からわかるように

 

 ・メッサーシュミット社の国有化。国防軍最高司令部(OKW)、ドイツ空軍(OKL)総司令部の所管

 ・また、軍部の許可なく職員の自由退職は許されない

 

 とされた。

 更に、

 

「メッサーシュミット社においては、生産済みの製品のメンテナンスを含むアフターフォローを義務とする。また、第二世代ジェット戦闘機候補”Me262”とそれに関連する事象を除く、全ての新規受注・開発・生産・販売を禁ずる」

 

 であった。

 これを平たく言えば、

 

”お前たちはMe262だけ作ってろ。後のお前らの飛行機は役に立たん。今まで作った物の面倒だけはきちんと見ろ”


 殺しはしないが、太らせるつもりもない……だが、その判定にすがるしか生き延びる道はない。

 実に皮肉であった。

 ウェルナー・メッサーシュミットが生きている時に計画した「ハインケル社を追い落とすために設計・開発を命じた先進的で野心的なジェット戦闘機」が自分たちの命綱になるとは……

 

 半ば国に身柄を拘束されたメッサーシュミット社の技術陣は、今度こそ失敗の許されない開発……そこにかけるしかなかった。

 持てる技術を総結集、開発リソースを一点集中した結果(理由はそれだけでなく戦闘爆撃機化などの横やりが入らず開発の軸ががぶれなかったこと、BMW003とJumo004の計画統合なども大きいが)、Me262の開発が早まり、やがて地に落ちたメッサーシュミットの名を再びジェットの轟音と共に再び天空に響かせることになるが……

 

 それはまだ、誰も知らない未来の話であった。

 

 











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